星の君はもう見えない


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作:猪のような
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第零話 陽が昇ると、星は消える


ゼンゼロ5章をやったワイ

ワイ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」(ストーリー良すぎ)

ワイ「ウギャァァァァァァァァ!!」(ゼンゼロの妄想メモを引っ張りだす)

ワイ「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」(小説を書く)

ワイ「ハァッ!!」(ハーメルンに叩きつける)

ワイ「ふぅ…スッとしたぜぇ〜」

てな訳。

友人「この人怖い…」


 

 

 

カン、カン、と何かをぶつけ合う音が夕暮れの空に響いていく。

 

「雅先輩!今日は勝たせてもらいますよ!」

 

「悪いがそう易々と勝ちは譲れない」

 

その音の正体は二人の狐のシリオンが振るう木刀がぶつかり合う音だった。片方は美しい黒色の髪の女性で、もう片方は綺麗な金色の男性。二人は凄まじい速さで木刀を振るい、更にそれを加速させていく。

 

「ふっ!!」

 

「っ!」

 

黒い狐の木刀が振り上げられ、それを受け止めた金の狐の木刀を上に弾き、体勢を崩す。がら空きになった胴に右から左へと木刀を振るうと…

 

「っ、何…!?」

 

「危な…っ!」

 

金の狐は迫る刃を左腕の肘と左脚の膝で上下から挟んで寸のところで止めた、そして動きが止まったところで右手の木刀を振り下げると、黒い狐は自分の木刀を手放し、両手でその木刀を白刃どりした。

 

「ええっ!?」

 

「ふんっ!」

 

黒い狐は受け止めた木刀をぶん取ってすぐさま持ち手を握る。金の狐も黒い狐が手放した木刀を握りしめ、二人は再び構えて向き合った。

 

黒い狐の名は星見(ほしみ)(みやび)

金の狐の名は夕星(ゆうづつ)里桜(りお)

 

二人は今日も、刀を交えていた。

 

 

防衛軍やH.A.N.D.そして治安局の人間を養成する為の学校で、ある日、雅は二年生に上がった頃にある話が耳に入ってきた。

 

『新入生の首席は歴代でも稀に見るほどに優秀で、とても綺麗な狐のシリオンだと』

 

そんな話が学校中に広まり、同じ狐のシリオンという事もあって雅に何か知らないか質問されたりもしたが、雅は何も知らず、話を聞いている内にその新入生に興味が湧いた。

 

「見に行ってみるか」

 

そう言って雅はその新入生を探した。話題になっているだけあってその人物の元に人が集まっているようであり、見つけるのは簡単だった。そして雅はその新入生を見つけると…

 

「────」

 

目を奪われた。陽に照らされて輝いたように見える金色の髪、端正な顔立ちに透き通るような碧い瞳、自身を囲う人々に向ける柔らかい、太陽のような笑み。気付けば雅は彼に向かって真っ直ぐ歩き始めた。彼を囲う人々も、雅に気付いて道を開ける。彼の近くには集まった人々を整理しているクラスメイトらしき人間が居た。

 

「すまない、少しいいか」

 

「あーはいはい、ウチの里桜君に用がある人は並んで並んで…って、ほ、星見雅さんっ!?」

 

「彼と話がしたいのだが」

 

「あ、はい!どうぞどうぞ!」

 

クラスメイトはサッと退き、雅は彼の前に立った。

 

「………」

 

「?………えっと…どちら様ですか…?」

 

「何言ってんの里桜君!星見雅だよ星見雅!知ってるでしょ!?」

 

「ああこの人が!え、僕と同じ狐のシリオンなんだけど!」

 

「何で知らないの君!?」

 

「…君が、首席の新入生か」

 

「あ、はい!こほん…夕星里桜と言います!よろしくお願いしますね、星見先輩!」

 

それが、二人の出会いだった。

 

 

 

 

そこから二人はすっかり仲良くなってしまった。

 

「先輩〜!今日はどんな修行してるんですか?」

 

「ああ、里桜。今日は──」

 

ある日は一緒に修行し。

 

「ほう、里桜の弁当は自分で作ったのか。美味しそうだ」

 

「えへへ、頑張ったんですよ〜?よければ食べます?この卵焼き」

 

「頂こう」

 

ある日は共に昼食を摂り。

 

「いえい!今日は僕の勝ち〜!」

 

「むぅ…これで78戦48勝28敗2引き分けか…」

 

「ふふん、直ぐに追い越して勝ち越しますからね〜」

 

そして毎日のように手合わせした。

 

同じ狐のシリオン同士だからなのか、それ以外の理由なのかはっきりとは分からないが、二人は一緒にいる時間が多くなった。その所為で二人がアイドルコンビの様に見られファンクラブが出来たり、共通の友人の朱鳶が何かと苦労するようになったり色々あった。

 

「里桜は何故、この学校に?」

 

「ん?あー…両親の影響ですかね」

 

里桜から話を聞くと、里桜の両親は父がH.A.N.D.の執行官、母が治安局の特務捜査班のメンバーであり、二人共ホロウ内で活躍した事があるらしい。

 

「で、二人みたいになるんだーって、小さい頃から鍛えていたんです」

 

「……そうか。因みに、H.A.N.D.と治安局、どちらを選ぶつもりだ?」

 

「それはまだ悩んでます。二人はどっちでもいいし、なんなら防衛軍に入っても構わないって」

 

「まぁ、お前なら何処でもやっていけるだろうな」

 

「えへへ〜」

 

「……私はH.A.N.D.に入ろうと思っている。里桜、お前さえ良ければ、私と共に来ないか?」

 

「!先輩とですか?」

 

「ああ、お前になら、背中を預けられる」

 

「……良いですねそれ!よし、H.A.N.D.に入ろう!あ、髪の手入れ終わりましたよ〜」

 

「む、もうか。相変わらず手際が良いな」

 

「はい次僕の番〜」

 

そう言って里桜は笑い、雅は微笑みながら櫛を手に取り、金の髪の手入れを始める。この時、二人は疑っていなかった、自分達の未来を、二人で共に歩めることを…

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱鳶!」

 

「!雅……」

 

「里桜は…?」

 

「………」

 

朱鳶は険しい表情で視線を移動させ、雅をそれを追うと、そこにはベンチに座り込んで、一枚の紙を両手で握りしめ、見つめている里桜の姿があった。表情は見えなかったが、明らかに落ち込んでいた。朱鳶と雅は頷き合って雅が里桜に近付く。

 

「里桜…」

 

「っ……雅先輩…?」

 

里桜がゆっくりと顔を上げて雅を見ると、里桜の目元は赤くなっており、雅が手に持った紙に目を向けると、その紙には大量の涙の痕があった。そしてその紙の内容は…

 

「エーテル適応値……」

 

「……」

 

ホロウ内で活動するには自身のエーテル適応値が非常に重要になる。適応値が高い人間…エーテル適応体質の人間はホロウ内で長時間活動が可能であり、雅も非常に優れた適応値を保持している。しかし、里桜は…

 

「……非適応体質でした…基準を大きく下回ってて…これじゃ対侵蝕装備があっても、30分も持たないだろうって…」

 

「……そうか…」

 

エーテル適応値は小さい時は数値が変動するが、里桜は高校生。そろそろ数値が安定化し、固定される。そこで出されたこの残酷な結果は、彼を絶望させた。

 

「これじゃ…H.A.N.D.の執行官も、治安局の特務捜査班も…無理だと…」

 

「…ああ」

 

「父や母のようには…なれないと…」

 

「………里桜…」

 

雅は里桜の隣に座り、彼をそっと抱きしめる。里桜の身体が僅かに震え、雅は彼の背中をゆっくり撫でる。

 

「先、輩…?」

 

「我慢しなくていい、言いたいことは、全て私に言え」

 

「………」

 

「すまない、何と言葉を掛ければ良いのか、私には分からない…だから、せめて全部聴かせてくれ。お前が思ったこと、感じた事

 

「……いいん、ですか…?」

 

「ああ…安心しろ。お前が全部吐き出すまで、こうしている」

 

「………で…」

 

「何で…何で何で何で!?ずっと頑張ってきたのに、小さい頃からの夢だったのにっ!!何で()()()()()で諦めなきゃいけないの!?こんな…こんな風に否定されるくらいなら、何のために頑張ってきたの!?何のために剣を振って、何のために勉強して、毎日毎日努力して…その結果がこれ!?納得出来ない、出来る訳がないっ!!何で僕が、何で、何で…!う、ううっ…!!」

 

里桜は大声で泣き、その間雅はずっと黙って里桜を抱きしめていた。やがて、里桜は泣き疲れてしまい、眠ってしまう。雅は里桜の頭を膝に乗せ、撫でながら寝かせていると朱鳶が寄って来た。

 

「雅、助かりました…私ではその…どうすれば良いのか分からなくて…」

 

「気にするな、私も、ただ里桜の叫びを聴くだけしか出来なかった」

 

「……里桜は、これからどうすればいいのでしょうか…?」

 

「分からない…ただ…今の里桜を一人にする訳にはいかない」

 

「そう、ですね…」

 

二人は、寝ている里桜の表情を心配そうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

それから、里桜は一見すると以前と変わらぬ様子で日常を送っていた。しかし、雅や朱鳶だけは里桜の元気が少しだけ無くなっている事に気付いていた。どこか、上の空でいる事が多くなり、雅との手合わせの頻度も落ちていた。

 

「はぁ…」

 

雅は自宅でため息を吐いた。どうすれば里桜が元気になるか朱鳶と一緒に色々と考えたが、どれもあまり効果は無かった。どうしたものかと悩んでいると、星見家の使用人が雅に近付く。

 

「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん、何だ?」

 

「ご当主がお呼びです。大事な話があるので、執務室まで来て欲しいと…」

 

「父上が?分かった、直ぐ行く」

 

雅は執務室に向かう。大事な話とは何だろうかと考えながら到着し、中に入ると、そこには雅の父である星見宗一郎が、少し硬い表情で待っていた。

 

「父上、来たぞ」

 

「ああ、突然すまないな、雅……」

 

「…どうかしたのか?」

 

「いや…話をする前に雅、最近の里桜君の様子はどうだい?少し前までは、雅の修行に付き合わされてよくうちに来ていただろう?」

 

「…里桜は…最近、少し元気が無くなったように感じる。一見すると何も変わっていないように感じるが、普段から接している者は皆気付いている」

 

「そうか…彼のことは夕星夫妻からも聞いてはいたが……」

 

宗一郎は雅の顔を見つめ、少しだけ眉間に皺を寄せる。

 

「父上…?」

 

「雅、先に謝っておこう。今からする話はあまり気分の良いものではないかもしれない。すまないな」

 

「?」

 

「この話はお前や、星見家のこれからを左右する非常に大事な事だ、心して聴いてほしい」

 

「…分かった」

 

そうして雅にある話をし始めた。その話を聴いた雅は最初は驚きに満ちた表情を浮かべた。しかし、宗一郎が話を続けていくと、雅の表情は段々と険しくなっていった。

 

「…父上、それは…」

 

「どうするかは雅に任せる。ただ出来るだけ早く…そうだな、卒業までには決めてほしい」

 

「…分かった」

 

そうして雅と宗一郎の()()()()はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタッ…

 

スマホが地面に落ちる。身体の力が抜けて両脚の膝が地面に着く。落ちたスマホから誰かの声が聞こえてくるが、スマホを落とした人物……里桜の耳には全く届いていなかった…

 

「……嘘だ…」

 

そう呟いて両手で顔を覆う。

 

「嘘だ……」

 

呼吸が荒くなり、全身から汗が吹き出す。

 

「嘘だっ!!!!」

 

必死にそう何度も叫ぶ、しかし叫んだところで事実は変わりはしない。これは間違いなく現実であり、悪夢などではない……

 

 

 

 

 

 

 

里桜の両親…夕星夫妻は、ホロウ災害に於ける任務活動中に…殉職した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

二人の葬式には多くの人が参加し、皆で夫妻を偲んだ。葬式が終わった後、里桜は誰もいない葬儀場に一人で残り、椅子に座って俯いていた…

 

「里桜…」

 

夢を諦めることになったあの日と同じように、雅は里桜に声を掛けた。しかし、里桜は全く反応しない。雅は里桜の前に立ち、しゃがんで里桜の顔を下から覗き込むと、息を呑んだ。

 

「……里、桜…」

 

「────」

 

里桜の表情は、まるで死人のようだった。口が半開きで、碧い瞳は、今だけは濁り切った灰色のように見え、視界の中に雅がいるのに、目が全く合わない。

 

「っ……」

 

その表情を見て、雅は怖くなってしまった。今、里桜を一人にしてしまったら、このまま何もしなかったら、里桜は…消えてしまいそうだったから。

 

「ぁ……」

 

雅は咄嗟に口を開いたが、何と声を掛けるべきか悩んだ。今の里桜は前回の何倍もデリケートな状態だ。対応を一歩でも誤れば、傷付けてしまう。しかし、何もしないという選択肢も雅の中にはもう無い。何か言おうとして、ふと雅の脳裏に宗一郎との()()()()が思い出される。

 

(…いや、今する話ではない、もっと段階を…里桜が落ち着いてから話すことだ…!他には…他、には……)

 

そして次に雅の頭に浮かんだのは……

 

(……母上…)

 

旧都陥落の日、自身が握る妖刀によって貫かれ、命を落とした雅の母親の顔だった。母親を思い出した雅は、意を決して里桜を抱きしめる。

 

「里桜…私も…旧都陥落の日に、母上を亡くした…」

 

「………」

 

「あの時は世界の全てが灰色に見えて…何をしても無意味に思えて…ただただ、無力な己に嫌気がさしていた……お前の今の苦しみが、全て理解できるなどとは言わない。だが、私は母上を失っても、今も生きて、前に進んでいる、だから…」

 

雅の言葉は優しかった、温かった。そして同時に悲しく、痛ましく、背中や頭に回された腕から、雅の感情が伝わってくるのが、里桜には分かった。里桜は、両腕をゆっくり上げ、そして……

 

 

 

 

トンッ

 

「───え?」

 

雅を、突き放した。

 

「………ください…」

 

「り、里桜?何を「やめてくださいっ!!」っ!?」

 

里桜は立ち上がって、困惑した雅を睨みつける。雅は、今まで向けられた事の無いその鋭い視線に身体がビクッと震え、身体が耳の先までピンと張り詰める。

 

「自分が進めるから…?だから私もって…先輩は私を何だと思っているんですか…?同じように親を亡くしたから、少しでも自分と重ねたんですか…?」

 

「ち、ちがっ…!」

 

「先輩は凄い人ですよ、本当に、羨ましいくらいに…!」

 

「な、何を…?」

 

「私は進めた…?そりゃ進めるでしょうね、羨ましいですよ………

 

 

 

 

 

先輩には歩ける道も、理由も、強さも、全部あるじゃないですかっ!!」

 

「──ぁ」

 

そこで雅は気付いた、自分は、判断を誤った事に。

 

「それに比べて、何ですか私は…!?どれだけ強くなったって、どれだけ頑張ったって、どれだけ憧れたって、私は、私は…!

 

 

 

 

 

道を歩く(両親の為に戦う)事すら許されないんだっ!!!」

 

はぁ、はぁ…と、雅に怒りを露わに、それをぶつけた里桜は肩で息をする。雅は、頭が真っ白になって、何も考えられずに、目の前の里桜の目を見るのが、怖くなっていた。すると、床に何かが落ちる音が僅かに響き、雅はハッとする。

 

「う、うぅ…」

 

里桜は一変して、苦しそうな表情で、涙を流しながら雅を見つめていた。雅は手を伸ばそとして…先ほどの叫びが頭を過り、動きが止まる。

 

「…先輩、言ってましたよね…旧都陥落の引き起こした咎人を決して許さないと、必ずこの手で全て捕えると……本当に…本当に…羨ましい…」

 

そう言って里桜は身体を翻して、雅に背を向けて歩き始めた。

 

「……ま、待ってくれ、里桜……」

 

雅は震える身体に必死に鞭を打ち、手を里桜へと伸ばす。

 

「わ、私は…私は…!」

 

追いかけたいのに、すぐそこにいるのに、今だけは雅の自慢の脚が、固定されたかのように重い。

 

「頼む、待ってくれ…」

 

そんな雅の小さな叫びも虚しく…

 

「行かないでくれ…」

 

バタンッ…と音がして、扉が閉まった。里桜の姿が見えなくなり、その場には暫く、少女が啜り泣く声が響いていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日、里桜は学校に行かなくなった。

 

「………」

 

あのような出来事があったのにも関わらず、雅は里桜の家の前に居た。正直、まだ里桜に会うのが怖いが、それでも里桜を放ってはおけなかったのと…()()()()をしたからである。呼び鈴を鳴らすと少しして玄関に設置されている機械から声が響く。

 

『…どちら様ですか…?』

 

「里桜、私だ」

 

『雅先輩…?どうして……帰ってください。今は…会いたくありません』

 

「里桜、聴いてほしい。お前に、大切な話があるんだ」

 

『今更、話すことなんて…』

 

「……頼む…私は、お前とこのままでいたくない…だから…話だけでも…」

 

『じゃあ、ここで話してください』

 

「そ、それは出来ない…これは星見家にとって非常に重要な話なんだ。ここでは話せない…父上から、お前を連れて来て欲しいと言われて、だから…」

 

『………今日は帰ってください』

 

「……分かっ…た……最後に、お前に渡したい物があるんだ。ここに置いておく…大切な、物だから、受け取ってもらえると嬉しい」

 

『…………』

 

雅は、小さな箱を玄関先に置くと、トボトボと帰って行った。少しして、玄関のドアがゆっくり開くと、里桜が出て来て雅の置いた箱を拾う。

 

「……はぁ…」

 

少しだけため息を吐いて、雅が歩いて行った方向を眺めると、中に戻っていった…

 

「…本当に…最低だよ、僕は…」

 

机の上に箱を置き、そう呟いてリビングを見渡す。3人で住んでいたこの家に、里桜は一人ぼっちでいた。

 

「何で…あんな事、言ったんだろう…」

 

そう言いながらも、内心では里桜は分かっていた。雅に嫉妬していたのは本当だ。だがそれはほんの少しだった。しかし、あの日からどうすればいいのか分からなくなり、周囲もそんな里桜をどう接すればいいのか悩んでいた、あの日から変わってしまった環境に苦しみ、それでも何とか取り繕っていた所で…両親がホロウ災害により、命を落とした。その結果、雅にあの様な言葉を言ってしまった。

 

「……何で…」

 

しかし、あの時里桜の怒りが向いていたのは、雅だけでは無い。寧ろ雅以上に怒りを向けた存在がいた。それは…

 

「何で、()()()()()()()()()()()()()()()…!?」

 

他ならぬ、里桜自身であった。感情を抑えきれなかった事もそうだが、何よりは…

 

『里桜…私も…旧都陥落の日に、母上を亡くした…』

 

雅に、死んだ母親の話をさせてしまった事である。あの時、雅の表情は分からなかったが、声だけで里桜は分かっていた。雅が苦しんでいた事に。

 

「それなのにあんな……あんな…!!」

 

そこまで言って、里桜は雅が置いていった箱を見てハッとすると。ゆっくりとそれに手を伸ばして、箱を開ける。すると中にあったのは…

 

「これ、先輩の…」

 

それは、里桜も何度も見た事がある物だった。雅の髪を手入れする度に目に入った…雅の髪飾りが、その中にあった。

 

「何で、コレが…」

 

里桜は、雅にとってこの髪飾りがどれだけ大事な物か知っている。雅の亡くなった母親の形見を模したものだと、雅本人から聞いた事があるからだ。

 

「………」

 

里桜にはこの髪飾りがどういう理由で渡されたのかは分からない。だがしかし、この髪飾りを贈られた事には何か特別な理由があるのは分かった。

 

「……何でここまで…」

 

髪飾りをジッと見つめ、里桜は暫く悩む。そうして緊張した顔つきでスマホを取り出し、メッセージを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃雅は、家に戻って宗一郎と話していた。

 

「そうか、会うのはまだ少し掛かりそうか」

 

「ああ…」

 

「…雅、里桜君はともかく、君は大丈夫なのか?」

 

「私は何も問題は無い…このままでは里桜は…本当に消えてしまうかもしれない…だからその前に……

 

 

 

 

 

 

 

里桜を私の婿として、星見家に迎え入れる

 

それは、以前雅と宗一郎が話していた重要な話の内容だった。里桜を雅の婿にする。何故その様な話が出て来たのかは、様々な理由が絡み合った結果であった。

 

ことの発端としては、旧都陥落により星見家の人間もかなり減り、その中から雅と婚約出来るほど遠縁であり、雅の婚約者となる者…つまり、いずれ当主となる雅を支え、共に星見家を導く者がいない事が始まりだった。

 

身内にいないとなれば、外から見つけて来るしかない。しかしそれは身内から選ぶより難しく、難航していた。そんな中、里桜が現れた。

 

里桜の存在は、雅の婚約者を探す中での、一筋の光となった。里桜は若くしながらも非常に優秀で、社交性も優れており、何より人を導く才もある。家柄は普通だが、両親が新エリートで絶賛活躍中の英傑であり、文句を言う者はあまりいなかった。現当主である宗一郎も、里桜の事をかなり高く評価しており、星見家に属する殆どの者が、里桜ならば…と思っていた…しかし、問題が一つあった。

 

それは、里桜が雅と同じH.A.N.D.の執行官を目指しているという部分であった。妖刀の持ち主となった雅にはその力を用いて新エリートの脅威を排除する役割がある。H.A.N.D.の執行官はその役割を果たす為に目指しているものだ。必然的に、雅はその役割がある限り家を空ける時間が多くなる。その場合婚約者に求められるのは雅の代わりに家を任せられる事だ。

 

里桜もH.A.N.D.の執行官になるという事は、その条件を満たせないという事であった。もし婚約者が同じ執行官であれば、最悪二人してホロウで死んでしまう可能性すらある。そうなれば星見家は再起不能だ故に、里桜は惜しくも雅の婚約者には出来なかった……そう、里桜が、エーテル適応体質ではないと判明するまでは。

 

「…結果としては、彼の夢が強制的に閉ざされたのを体良く利用した形になってしまった……」

 

「…そうだな」

 

「彼は非常に聡い。少し考えれば自ずと答えを導き出すだろう…その時にどう思われるか…」

 

「………!む…?」

 

すると雅のスマホから通知音が鳴り、画面を確認すると、雅は目を見開く。

 

「里桜からだ…!」

 

「!」

 

「父上、里桜が…こちらの都合が良い時に伺ってもいいかと…」

 

「…明日の午後が丁度空いている。訊いてみてくれ」

 

「分かった……里桜も問題は無いそうだ」

 

こうして、急遽明日、里桜が星見家を訪れる事になった。

 

「里桜…」

 

雅は自室で自分と里桜が写ったツーショット写真を手に取り、ジッと見つめる。写真に写った里桜はとても楽しそうで、満面の笑みを浮かべている。

 

「……不思議だ、この笑顔を見ると…胸が暖かくなるような感覚を覚える……なぁ、里桜…私は…お前の為なら、何でも出来る気がする…お前と一緒なら、どこまでも行けるんだ…」

 

そう言って雅は目を閉じると、瞼の裏に里桜との日々が映し出される。一緒に修行した事、弁当を分けてもらった事、髪を手入れしてもらった事、何度も手合わせした事、色んな場所に行った事…どれも昨日のことの様に思い出せる。そうしてその中の里桜の笑顔を見た雅は、不意に…

 

「──好きだ」

 

そう、無意識に呟いて、ハッとする。

 

「───そうか、私は、里桜が好きだったのか」

 

それを自覚した瞬間、雅の胸の奥底から、様々な想いが溢れ出す。

 

───楽しかった。また、一緒に修行がしたい。

 

───美味しかった。また、弁当を分けてもらいたい。

 

───嬉しかった。また、髪の手入れをしてほしい。

 

───面白かった。また、手合わせがしたい。

 

───幸せだった。色んな場所に行きたい。

 

それらの想いが止まること無く溢れ続け、雅の里桜への想いがどれほど大きかったのかを実感させる。そしてそれは…

 

「……必ず里桜を幸せにする。そして、また、あの日々を…!」

 

雅の覚悟を、更に後押しした。雅はもう、迷いはしないだろう。例え、明日、里桜に何を言われようとも。里桜を婿にすることに、星見家としてどんな理由があろうとも…自分のこの気持ちだけは、本当なのだから。

 

「……明日に備えるとするか…む?」

 

そうこうしている内に夜も更け、そろそろ寝る時間になった事に気付いた雅は、布団に入ろうとしたところで、着信音が鳴り響く。スマホを手に取り、画面を見るとそこには『朱鳶』と表示されていた。

 

「朱鳶?このような時間に一体……もしも『大変よ雅ッ!!』!?な、何事だ、そのように慌てて…」

 

『里桜が、里桜がっ…!!』

 

「───何だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、雅は家を飛び出した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」

 

何かに駆られ必死に、暗い空の下、建物の屋根から屋根へと飛び移って最速で駆け抜ける。息が苦しくなろうと、足が痛くなろうと、そんなのはお構いなしに雅は走り続けた。そうして…

 

「──あ、あぁっ…!」

 

雅は見た、見てしまった…たどり着いたその場所で…()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「り、里桜…!」

 

既に消防隊が駆けつけ、消火しようとしているが、火の勢いは収まらず、消火には今暫く時間が掛かりそうだった。雅はその場にへたり込んでしまう。先ほどからずっと掛けている電話には一向に応答が無く、里桜がどうなっているのかも分からない。

 

「い、嫌だ…」

 

目の前の惨劇への絶望。何も出来ない無力感。それは涙となって瞳から溢れ出し、頬を伝って地面へと落ちて行く。そう…母を亡くしたあの日のように……

 

「まだ、何も…伝えていないんだ、頼む……里桜まで、連れて行かないでくれ…!」

 

雅がそう懇願するも、無情な炎は燃え続ける。結局、炎が収まったのは、全てが燃え尽くされた頃だった…

 

 

 

 

 

 

 

───○○月△△日。□□区××街にて火災発生。被害に遭った家屋一軒が全焼。発火した原因は現在不明、依然、調査中。なお、この家には男性の高校生が一人住んでいたが、焼けた建物の中から遺体は発見出来ず。しかし、連絡もつかない為、行方不明とし、こちらも調査中。

 

 

 

 

 

 

 

───……?

 

「全くここまで随分と手間が掛かった…」

 

───ここ…どこ…?僕は……

 

「ここまで苦労したのだ、落胆させるなよ…」

 

───そうだ…雅先輩…今何時…?会いに行かないと…身体が、動かない…何も、見えない…息が苦しい…

 

「!もう侵蝕症状が…本当に適応値が低いのだな…全く、最後まで面倒だ…先ずはこの装置を…」

 

───何…?誰…?首に何か…

 

 

「はぁ、持ってこれたのが埃かぶっていた不完全なエリクサーなのが唯一の不満だな…全く、どいつもこいつも…だが、この天才なら…」

 

───痛っ…何…注射…?何を…うっ…!?

 

「さぁ、主人よ、再創を…!」

 

目が覚めてから何も分からず、何も出来ぬまま、されるがままの里桜は、何かを腕に刺されたのを感じた。僅かな痛みと異物が流れ込む感覚。

 

───ぁ……ぅ……

 

次に感じたのは身体が作り替えられていくような感覚。自分が自分でなくなっていくよな感覚。

 

───…そっ、か…死ぬのか…

 

里桜は、そう思った。そしてそれを受け入れた。

 

───もう…いい…全部、諦めても……ああけど…

 

しかし、ある人物が、ぼんやりとした頭の中に浮かんで来る。

 

───雅先輩には…謝りたかったな…大事な話って…なんだったんだろう……なんでも、いいけど…会いたかった、な…

 

雅との思い出が、走馬灯のように脳内に映し出される。それはまるで、過去への旅行。雅との日々が、時間を巻き戻すように流れ…そして…

 

『…君が、首席の新入生か』

 

───………綺麗な人だと、一目見て思った…やっぱりそうだ…僕は…あの日から…

 

「大、好き…」

 

「む?」

 

「大好きです…雅先輩…」

 

「何だ?何を言って…」

 

───修行…もっと、一緒に、やりたかった…

 

───お弁当…また、分けてあげたかった…

 

───髪も…手入れ、したかった…

 

───手合わせも…あと少しで、勝ち越せたのに…

 

───また、もっと、一緒に…色んな場所に行きたかった…

 

───ああ…やっぱり…

 

「死にたく、ないなぁ…」

 

段々と、意識が無くなっていく。里桜は最後まで雅を思い続けた。

 

───…さようなら、星見、雅…

 

 

 

「……何なのだ、一体…全く折角あの夫婦を排除して手に入れたのだ、面倒な事にはなるなよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───おい、今なんて言った?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、素晴らしい!!」

 

謎の男…里桜を誘拐した犯人である男は、目の前の里桜…()()()()()()()を見て興奮する。

 

「期待以上の数値だ…!()()()()()()()()()()()でありながらこれほどとは…全く、これほどの力がホロウで使われないなど勿体無い!計画の為、私が最後まできっちりと使わせてもらうとしよう!」

 

里桜だったもの…サクリファイスと呼ばれたそれは、2mほどの体格に、灰色の身体。頭部は獣を彷彿とさせるようなフォルムで、下顎の部分以外が黒い装甲に覆われており、目と思われる横一線のラインの奥から、青い光が出ている。頭と腰からそれぞれ耳と尻尾の様に黄色の炎が噴き出しており、首には男が着けた装置があった。

 

「さぁ、では早速…!」

 

パチンっと男が指を鳴らすと、周囲からガーディアンが何機か現れ、サクリファイスを囲む。

 

「戦ってみたまえ、君の実力を見せて欲しい!」

 

そう言われると、サクリファイスは右腕を上げる。すると右手に黒い刀が物質を再構築するように現れる。同じように全身が黒に覆われていき、それは全身がまるで黒い甲冑と一体化したような姿へとサクリファイスを変化させる。

 

「じゃあ、開始っ!!」

 

ザシュ!!

 

男が開始を宣言した瞬間、サクリファイスは素早く一回転して刀を振るう。次の瞬間、動こうとしたガーディアン達の上下は真っ二つに切断されていた。

 

「っ〜〜〜素晴らしい!やはり君は最高の──」

 

そこまで言った瞬間、男は急に身体が揺れて地面へと倒れ…いや、()()()()

 

「───え?」

 

男の目の前には()()()()()()()()()()()()()()()があった。そして視線を落とすと…

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!!?」

 

そこには、切断され、下半身が無くなった自分の身体があった。それを認識した瞬間、凄まじい激痛が身体を襲い、男は身体をジタバタさせる。すると男の目の前にあった下半身が蹴り飛ばされ、サクリファイスが目の前に立つ。

 

「な、何故…装置は……あ?」

 

男が見上げると、サクリファイスの首にあった筈の装置は無くなっていた、そして視線を奥に移すと、そこには無残にも真っ二つにされて地面に落ちている装置の残骸があった。

 

「グルルルルッ……」

 

サクリファイスは唸り声を上げ、刀を逆手に持って男に向ける。

 

「や、やめっ──ぎゃぁぁぁぁぁっ!!?」

 

男の声を無視して容赦なく刀を突き刺さし、一旦引き抜くとまた突き刺さす。何度も何度も何度も何度も。やがて悲鳴が聞こえなくなり、男がただの肉塊となろうとも、刀を振り上げては下ろす。そうして男の上半身が穴だらけになり、血が辺り一面に広がると、サクリファイスは手を止めた。

 

「グルルル…」

 

するとサクリファイスは、返り血で真っ赤になった左手の中にあった物を見た。それは、雅から里桜に贈られた、大切な髪飾りだった。

 

「グガァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

そうして空に向かって咆哮し、刀を掲げると、大きく跳躍してその場から消え去っていった……まるで何を求めるように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「課長…?課長!」

 

「む…柳か、どうした?」

 

あの日から長い時間が経ち、雅は最年少の虚狩りとして名を上げ、現在はH.A.N.D.の対ホロウ6課の課長として活動していた。

 

「また写真を見てボーっとして…こちらの書類に署名をお願いします」

 

「ああ、分かった」

 

雅は同じく6課の副課長から受け取った書類に署名する為、手に持っていた写真立てをデスクに戻して筆を取る。柳はその時、デスクに立てられた写真を見る。

 

「課長、よくこの写真を見てらっしゃいますよね……こちらの方は…?」

 

「……彼は、私の大切な人だ。たった一人の、大切な…」

 

そう言う雅の表情は、普段より分かりやすく悲しそうで、寂しそうだった。その表情を見た柳は、それ以上何かを訊きはしなかった。

 

 

 

 

 

雅が6課の課長として日々を過ごす中、インターネットである都市伝説が流行っていた。

 

『昨日、ホロウに迷い込んだんだけど、その時黒武者に助けてもらった!』

 

『マ?』

 

『ちょっとそれkwsk』

 

『ホロウの中に入っちゃって、その場で救助を待ってたんだけど、エーテリアスに見つかっちゃって…必死に逃げたけど追い詰められて、もうダメだー!って思ったら、黒武者が颯爽と現れて、そこに居たエーテリアスを全部黒い刀で倒しちゃったんだ!』

 

『どんな姿だった!?』

 

『全身を黒い布で覆ってて、あんまり分からなかったけど…身長はかなり大きかった!2mは絶対あるよ!後、戦ってる途中にちょっとだけ黒い鎧が見えたよ!』

 

『俺も、昔ホロウに入っちゃった時に黒武者に助けてもらったんだけど、その時と同じだ』

 

『後は、何か動物の唸り声みたいなのが聞こえた!』

 

『やっぱなんかのシリオンなのは間違いないな』

 

『それで、その後は!?黒武者と話したりしたり!?』

 

『それが、エーテリアスが逃げ出しちゃって…黒武者もそれを追って行っちゃった…その後は治安官が助けてくれて、ホロウから出たんだ』

 

黒武者…数年前からホロウ内に出没している謎の存在。何件かある目撃例は、全てエーテリアスとの戦闘中の物であり、エーテリアスを狩る事以外は、何も分かっていない。黒い刀を用いて、次々とエーテリアスを斬り捨てるその姿は、見た目の威圧感からは想像出来ないほどに美しく、実際に見た人間の何人かは、あの星見雅にも劣らないのではないかと言われている。

 

 

「フゥー……」

 

その黒武者は、今現在もある共生ホロウの中に居た。エーテリアスの群れを殲滅、刀を一度振ってから鞘に納めると、次なる獲物を求めて歩き出した。

 

その首にある、大事な髪飾りを着けた首輪を揺らしながら……

 

 

 

 

 




最初にこんなに長く書いたの初めてだっぴ…ここでキャラ紹介をしとく。

夕月里桜
本作の主人公。初手からフルスロットルで作者の寵愛(悲劇)を授かった可哀想な子。スペックは雅と比べると剣術だけならともかく、その他で圧勝するので総合的に見れば雅よりかなりハイスペックな超人。関わった人間の脳を大体焼いてる。どうか忘れないでほしい、夕月里桜は我らの光であり───

星見雅
本作のヒロイン。初手で初恋の人を一生引き摺るレベルで失った。もっと早く里桜を引き込めば良かったとずっと後悔してる。可愛いね♡

朱鳶
一番の苦労人。めちゃくちゃ雅のメンタルケア頑張った。けどこの人も普通にケアしてもらう側の人間

夕月夫妻
普通に強かったのに退場してしまった人達。隙あらば息子自慢するような夫婦だった。

星見宗一郎
星見家の当主。里桜君を息子の様に思っていた。里桜君に脳を焼かれているので雅の婚約者関係でかなり苦労してる。

里桜を誘拐した男
割と強いクズ。怒った里桜君によって復讐され速攻退場した。

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