星見雅より強い男


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作:ぼっちプレイヤー
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対ホロウ6課、浅羽悠真


 
 旧都を呑み込むホロウの中で巨大な異形の花が咲き誇っていた。

 コンクリートを割り地面に根を刺して花弁を開花させるのは相利共生型エーテリアス群、コード・ニネヴェ。人の女性のような上半身とビルに匹敵する巨大な蕾のような下半身をもち、前例のない他のエーテリアスと共生関係を築くエーテリアスの謎多き親玉である。そして、ホロウの中でも最大規模と言われる零号ホロウの主である。

 現状、人類はニネヴェに対して有効手段を持ち得ていない。かの虚狩り、星見雅であってもその外殻に傷をつけるのがやっとであり、ホロウとエーテル物質を研究する者たちは討伐不可能と位置づけている。あくまでも、現状は。

 しかし、それを覆す何かが起こったのをニネヴェは感じ取っていた。

 ホロウの深層に根差していても分かる、圧倒的な存在感。姿形を捉えていないのにも関わらずニネヴェの本能は理解してしまったのだ。その何かが自分の命を絶つ生き物であることを。

 ニネヴェが生まれ落ちて初めての恐怖だった。己の生命が潰えることへの恐怖。そしてそれは執着に転じた。ただ生きるだけだったニネヴェの、自身の命に対する執着へと。

 故に花を咲かせる。
 漂うエーテルを吸収し、張り巡らせた根茎から縄張りを活性させ利害関係のある同族に分け与えるために。

 命が潰える恐怖に震え、本能的に死から逃れようと生にしがみつくニネヴェはひたすら、ただひたすらに人類が未だ踏み込めない深層で花を咲かせ続けていた。


 

 対ホロウ6課に柊要が所属して一ヶ月。労力が増えたことによる恩恵を受けているのは6課の苦労人こと月城柳であった。

 要は優秀というわけではないが要領が悪い訳でもなく、どこぞの課長や斥候係のようにサボることもないためシンプルに人手が増えたおかげで今まで必要以上に手を回していた柳の負担を減らすことに成功していた。

 

 「久しぶりに携帯が鳴らない休日を過ごせました」

 

 とは本人の言葉である。

 

 そして蒼角もまた要の助けを得ている一人だ。柳とは違って業務的なものではなく、内容はもっぱら勉強の分からないところだったり柳が不在時の世話だったりしていて、助けというよりかは面倒を見ているといっていいかもしれない。

 これは要が蒼角を特別扱いしている訳ではなくただ聞かれたことに答えたり、余裕があるときに雑談や昼食に付き合っているだけであって、基本的に要から話題を作ったり広げたりはせず起点は必ず蒼角である。それでも、戦闘以外で役に立てない蒼角は誰かと一緒に入れる時間が増えたことが嬉しいらしく、彼女にとって″なんで?″を答えてくれるもしくは、一緒に考えてくれるという人間像が固まっていた。

 

 対して当初の想定通りにいかなかったのは言うまでもなく星見雅と浅羽悠真の二名。この二人に到っては仕事が減るどころか二割増しでさえある。

 

 雅は要によって空いた容量のおかげでサボりがちな課長に眼を光らせることができるようになった柳が前よりも雅の仕事振りを監視するようになり、十分に休息を取るようになった副課長の圧の前で雅は時間の許す限り駄々をこねるしかなく、渋々ながら業務に務める姿が見られるようになった。

 

 「このようなはずでは……」

 

 「課長?手が止まってますよ」

 

 最近ではこんな会話が度々繰り広げられている。

 

 悠真は悠真でサボりの常套句である病気による休暇申請の受理がされなくなった。訳ではなく、今まで通りサボり自体はお目こぼしして貰っているのだが、書類の受け取りが柳ではなく要に変わっていて受け渡しの際に細々とした仕事を渡されるようになった。

 

 「はい要。午後の休暇申請。今日はちょっと調子悪くてさー」

 

 「ちょっとまて……。これ、サボってもいいけどに終わらせとけよ」

 

 「また?いやー、今日は一段と酷くて仕事なんてとてもとても……」

 

 「別にしないならしないでいいぞ。その代わり、30分で終わるものがそれ以上の面倒物になるだけだから。あと、これが浅羽以外に渡されることはねえからな」

 

 「分かった分かったやりますよ、まったく。君には病人対する気遣いってものがないのかい?」

 

 「だから病人にしか出来ない仕事しか渡してないだろ?まぁ、文句言う元気があるならもう少し増やしても──」

 

 「じゃあすぐ終わらせてくるから!申請は通しておいてよね!」

 

 といった風な会話が柳がいない時によく行われている

 悠真にとって面倒なのは渡される仕事の内容が要の言葉通りに簡単なものばかりで、サボるための″これくらいなら……″を突いてくるところだ。

 

 蒼角で間に合うならレベルなら蒼角でいいと言えるし、悠真にできても明らかに面倒そうなのは断固として拒否するのだが、そのどちらでもない。蒼角には任せられずかつ悠真ならすぐに終わらせれるものしか持ってこないのが要の嫌らしいところである。

 

 特別仕事が出来るわけではないが、人を動かすのが恨めしいくらいに上手いのが最近分かった要という人間の一端であった。

 

 そんな感じで少しばかり労働体制が改善されつつある6課の今日の任務は零号ホロウの探索、そしてホロウ内の活動を抑制するためのエーテリアスの間引きである。

 

 零号ホロウ。コードネーム・リンボ。

 

 今から十年前に突如として暴走、拡張し旧エリー都を壊滅させる大災害を引き起こした観測記録でも最大級のホロウ。新エリー都に存在する全てのホロウの親であり、都市災難の代表格であるホロウ災害の根本的原因。

 一つの都市を呑み込んだその規模はまさに親といって差し支えなく、今もなお成長を続けている。また、リンボ(辺獄)の名の通り危険と未知、得られるメリット等あらゆる面で今までのホロウとは群を抜く、新エリー都の衰退と繁栄の象徴でもある。

 

 雅が要を勧誘したのはこの零号ホロウの消滅の一助になるからであったが、出自が一般の出であることと本人のホロウに対する知識の調査及び一般人には必要のない専門知識の補強が行われていたこともあり、要は一月の期間行動に制限がかけられていた。そして、上から届いた正式な認可の知らせでようやく要は零号ホロウの出入りを含む色々な制限が失くなったのだ。

 

 新体制になってから初の任務に心踊らせるのは一見すると蒼角だけだが、表情筋の仕事が芳しくないだけの雅は期待を胸に膨らませ、柳は新しいことに対する不安を抱きながらも要という要素がどのように作用するのか雅以上に期待している。

 悠真は逆に期待も不安もせずに飄々とした態度を崩さず、いつも通りに任務をこなして定時で上がることに集中しているがエーテリアスの掃討ならば要の働き次第で早上がりもあるため、内心はウキウキであった。

 

 全員が理由は違えど似たり寄ったりな考えを持っていて、零号ホロウが要の身に危険を及ぼすものではないと無意識に悟っている。その意識が元一般人に向けられていることの異常性に気づく者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零号ホロウに入るにあたり作戦指揮官の柳は班を作ることによる効率化を試すため、今回は二人一組で四人を分け柳本人は広く視野を保つために拠点で待機していた。

 今まで四人で行動していた6課はその人数の少なさと雅という単騎戦力の極端さから、どうしてもホロウ内の探索が思うように進まなかった。

 

 後方で戦場を客観的に見たい柳は人の少なさで指揮官でありながら常に現場にいなければならなず。

 敵を斬ること以外を不得手とする雅は部隊の指針を柳に任せているが、万が一のために部隊から遠く離れることができない。

 唯一単独行動が許されている悠真は斥候であるが故に雅と違って想定以上の結果を持ち帰れない。蒼角もまた、戦い方が守り重視のため防衛という点で秀でているものの、道を切り開くには火力不足。

 

 少数が過ぎる人数に個人が得意とする物の偏りとデメリットが、戦力を持ちつつも零号ホロウ攻略が芳しくない理由であった。しかし、要という雅を越える圧倒的な個の加入により過剰だった戦力を分散させることが可能になり、切り札だった雅を強力な手札の一つとして常にキープできるようになった。

 

 雅と要の二人ならば仮に零号ホロウの消滅が不可能であっても、人命救助という点に置いて如何なる事態にも対応できるのだ。大事なのはとちらが優秀かではなく、二人が揃うことで離れた場所であっても同等の対応を行えることにある。そして、最善の対応を行うために前線から身を引いた柳は後方で盤面を汲み取り、的確な判断に集中できる。

 火力を均等に配分することの重要性を柳は改めて認識していた。

 

 班の内訳は雅と蒼角、悠真と要。組み合わせに理由はないが、悠真が雅と組むことに気まずさがあるのを先じて柳に伝えていたためこうなった。単純に同性のほうが気安いというだけである。

 

 『こちら月城です。各員通信に問題はありませんか?』

 

 『異常なし』

 

 『蒼角も問題ないよ!』

 

 「同じくいつも通りですよー」

 

 「問題ないんだが耳に上手くはまらん。サイズ間違えたか?」

 

 耳に着けた小型のインカムから一瞬のノイズのあと、柳から点呼が呼び掛けられ各々が正常の旨を伝える中、要が収まりの悪いインカムを押さえながら呟く。声自体はラグもなく聞こえているのだが、形が合っていないのかバランスが取れておらず何かの拍子に落としてしまいそうだった。

 

 『申請通りの物を渡したはずですが……そうですね、装着に支障をきたすのなら任務のあとに整備の方を伺いましょうか。ホロウ内での連絡手段は文字通り生命線ですので、解決は早いほうがいいでしょう』

 

 「りょーかい」

 

 適切に装備するのを諦めた要の耳に遠回しな残業が告げられて、心底面倒そうにしながら気の抜けた返事を返した。

  

 「あらら、任務早々居残りが確定するなんてついてないね」

 

 「面倒くせえからさっさと終わらせるぞ。残業が分かってる時の仕事ほどやる気が失くなるからな」

 

 「早く終わるかはエーテリアス次第じゃない?一ヶ所に固まってくれてると楽なんだけどね」

 

 『雑談はそこまでして任務を始めますよ二人とも』

 

 零号ホロウという魔窟の中でも緊張感の会話を始める二人を諌めて柳は観測データによって導きだされた経路へ誘導する。目標地点はエーテル濃度の高いエリアであり、今までの間引きで何度も往復した場所だ。

 複数あるその場所を行き来しエーテリアスの排除によってホロウ内の活動を一定の基準値まで抑制できれば今日の任務は終わりである。

 

 しかし、今日の零号ホロウは様子が違った。

 

 『……エーテル濃度が低下している?』

 

 「どうしました副課長?」

 

 怪訝そうな柳の呟きに指示通りにルートを辿っていた悠真が脚を止めて聞き返した。彼女の眼に映る画面には平均よりも下回るエーテル濃度の数値が映されている。だが、零号ホロウに入る前と入った直後はやや高めに記録されていたはずなのだ。

 二組に別れてから出発し、この時間まで一時間も経っていない。その間に濃度が低下したのか?数十分という短さで?

 

 柳はちらりと雅たちのエリアを観測している画面を見た。数値に大きな変化はなく、既にエーテリアスと接敵している二人によって高くなっていた濃度は少しずつ低下しを見せている。

 やはり、悠真と要の周辺だけエーテル濃度が低くなっていた。これは正しく異常に他ならない。

 

 『二人とも、周りにエーテリアスの気配はありますか?』

 

 「いや、特にそれっぽいのはないですよ」

 

 「強いていうなら調査員の痕跡があるくらいだ。それが?」

 

 『こちらでエーテル濃度の急激な変化が見られました。周辺に注意して進んでください。浅羽隊員は小さな変化を見逃さないように』

 

 柳の警告に悠真が警戒レベルを一つ上げた。素早く抜刀できるように片手を背中に寄せつつ歩を進める。

 

 「ホロウ内の異常なら撤退じゃないんですか?」

 

 『エーテル濃度が高くなっているのなら撤退も視野に入れますが、今まだ低い状態です。活動には問題ないと判断しました。加えて理由も不明です。できるなら原因を特定したいところですね』

 

 「それに逃げるだけなら簡単だしな」

 

 その一言に撤退を指示しなかった理由が全て詰まっていた。ホロウもエーテル物質もエーテリアスも未だ解明されていないことが多い。ただ、どれだけ異常が起ころうとも要ならばホロウを脱出することは容易であるのを柳は理解していた。

 それにエーテル濃度が高くなっているのではなく、低くなっているのも気がかりである。間引きが必要になるまで高くなった数値が低くなったのには理由があるはずだ。

 

 柳の考えがある程度分かっていたのか悠真は納得した風に歩いていく。   

 離れた所で雅と蒼角がエーテリアスと戦闘しているのに反して、要と悠真は一体として姿を見ることがない。何時もなら何処からともなく沸いてくるくせに影一つすら見せないのは偶発的な物でないと証明しているようなものだ。 

 

 開けた場所にでるとぴたりと要が足を止める。軽く首を回して周りを確かめる様は自然災害を察知する動物のようだった。それと同時にインカムからノイズ混じりに柳の声が走る。

 

 『エーテル濃度の上昇を検知。加えて多数の生体反応を感知しました、恐らくエーテリアスです。しかし、この数は……』

 

 柳の動揺を隠せない声色を耳に悠真と要を囲うように続々とエーテリアスが身を踊らせる。人と機械を合わせたような姿に全身は黒をメインに緑が輝いていて、頭部らしき所にはブラックホールのようなコアを浮かせるエーテルに犯された人間の成れの果て。

 片腕がなくもう片方がブレード状になっていたり、そもそも両腕がない奴や、両腕が健在でバックパックを背負っており調査員の面影を感じさせるものもいる。

 

 人の形をしていながらその姿は正しく人外。理性を失くして動物のようにホロウを彷徨い人を襲うエーテリアスは人類の共通の敵である。

 

 「ちょっと、数が多くないかい?」

 

 増え続けたエーテリアスは二人の視界を遮るほどの量になり、360度どこを見ても化け物で埋め尽くされている光景に悠真が冷や汗混じりに呟いた。反対に要は動揺もなくただ突っ立ている。

 

 「どうする月城。逃げるか、ぶっ飛ばすか」

 

 常人なら腰を抜かす光景を前にしても要は揺るがず、上司の指示を仰ぐ。どちらでも良さそうな普段通りの声色は人外の群れが脅威たり得ないと語っていた。 

 事実として高々エーテリアス、しかもポピュラーともいえるタイプの人類の敵では要に傷をつけるなど不可能だ。でなければこの男は6課への配属を許されていない。

 

 それを理解している柳の答えは当然決まっている。

 

 『全て排除して下さい。浅羽隊員は撤退経路の確認を。エーテル濃度の低下が見られないのであれば此方から撤退を指示します』

 

 「マジですか月城さん。これ普通なら逃げ一択でしょ」

 

 『浅羽隊員、課長にも同じことを言えますか』

 

 「そりゃ無理ですよ。けどほんとに大丈夫なんです?彼、武器一つ持ってないですけど」

 

 要の戦い方を直接見た人間は6課にはまだいない。先日の共生ホロウの消滅に随伴していた柳は入り口付近で待機していたし、記録用のボンプの映像はブレが酷くて人が見れたものではなかったため、悠真たち三人もまともに見たわけではないのだ。

 唯一柳がスロー再生で一部まともに確認したものの、それでも上層部を納得させるのには一苦労したほどである。

 

 しかし柳、そして上層部が納得するだけの情報が残されていたのも事実であった。

 

 『見ていれば分かりますよ。眼で追えれば、ですが』

 

 「それってどういう──」

 

 瞬間、暴風が吹き荒れた。

 思わず顔を守るように両腕を構えた悠真が辛うじて見えたのは、砕かれて飛び散るアスファルトの破片だけだった。

 

 頭に巻いた黄色のハチマキがうるさくはためき、鈍い音を伴って耳を通りすぎる風圧を腰を踏ん張って飛ばされないように堪え忍ぶ。透明な暴力は二、三秒にも満たない内に止み、自分のではない地面を踏む足音を聞いて悠真はやっと目を開いた。

 

 視界に映るのは見渡す限りのエーテリアスの群れ。瞼を閉じる前と違うのは、頭部にあるコアが残らず破壊されていることだ。

 エーテリアス達はまるで今死んだことに気づいたかのように一斉に地に伏せていく。黒と緑に彩られた壁が粒子となって消えていくのを、悠真は唖然と眺めていた。

 

 「終わったぞ。どうなった?」

 

 『少し待ってください……。エーテリアスがいた時に上昇していたエーテル濃度が低くなっています。ホロウ内の活性も抑制できたようですね。生体反応も周辺に確認できません』

 

 「つーことは一応任務達成になるのか。どうする?帰るか進むか。エーテリアスは親玉を倒さないとわき続けるんだろう」

 

 『今日は撤退しましょう。エーテル濃度の異常は何となく理由を掴めているので、こちらで検証してみます。ただ柊隊員に協力してもらう可能性があるので頭にいれておいてください』

 

 「……まぁ分かったよ。俺も何となく気づいてるし」

 

 「いやちょっとまってくださいよ二人とも。僕を置いてきぼりにして進めないでくれます?」

 

 「どうした?」

 

 『どうしました浅羽隊員?』

 

 「要はともかく月城さんは分かってやってますよねぇ、それ」

 

 そもそも説明する気があるのか分からない要はともかく、聞きたいことの殆どを把握しているはずの柳に惚けられるのに納得いかない悠真は咎めるように言葉尻が低くなった。悠真も要が何をしたのかを頭では理解している。だが、事実をそのまま受け入れられるかといったら首を横に振らざるを得ない。それほどの衝撃だった。

 

 「一応聞くけど、なにしたの?」

 

 「走って殴った」

 

 「あの強い風はなに?」

 

 「走ったら風圧くらいでるだろ?」

 

 「人が吹き飛ぶくらいの暴風が当たり前みたいにいうのやめてくれる?出ないからね普通」

 

 マジでいってんのかこいつ。ドン引きしかけた悠真だったが、肩を竦めているのを見るにわざとらしかった。どうやら二人して悠真をおちょくっているみたいである。

 そもそも人が立ってられないほどの風圧を人間の体で生み出すのがおかしいし、あの量のエーテリアスを拳一つで、しかもたった数秒で片付けたのを信じられるか?

 

 ……いやでも似たような人が元から一人いた気がする。なんかもう悠真の常識が崩れ始めていた。というかただの踏み込みでアスファルトを砕くな。

 

 深く溜め息を吐き出して悠真は呟く。

 

 「これ僕いりました?」

 

 『いくら柊隊員でもホロウ内を単独行動するのは危険ですので。それにボンプ一体だと記録に苦労するのが先日の件で分かりましたし』

 

 それってつまりただの記録係では?悠真は訝しんだ。

 実際に斥候と要の先導を担っている分あながち間違っていない。仕事が楽になるのはいいのだが、いまいち釈然としない悠真だった。

 

 『取り敢えず二人とも戻ってきてください。浅羽隊員は報告書を書き終えたら上がってもらってもいいですよ。柊隊員は少しお話があるので待機していてくださいね』

 

 「早上がりはいいんだけどなーんか釈然としないなぁ」

 

 「残業確定の俺の前で言うかそれ」

 

 「まぁ確かに居残りの人を眺めて帰るのは気持ちいいかもね。それで納得しとくよ」

 

 辿っていきた道をそのまま戻るように二人は踵を返す。

 

 正直に言えば悠真は要が雅よりも戦力として優れていることに疑問を抱いていたのだ。

 悠真は雅が虚狩りと称えられるようになる異常共生体ホロウの消滅とその様を目の前で見届けた数少ない一人であった。詳細は省くが、人の身であれを成すなど実際に自身の目で見ていなければ到底信じられないものだったのは間違いない。

 

 そのため、それを越える人間というのが想像できなかった。だが、雅の時と同様に見てしまったのならもう疑うことは不可能だ。要という人間は、雅と同じ人の身に収まらない外れ値なのだろう。そして同時に、どうしようもなく人であるのもきっと間違いないのだ。

 

 他人に興味がなく理解させる気のない説明は逸脱した気質を感じるものの、自分よりも早く帰る悠真を羨ましそうにしていたり、不本意な残業に対して口をへの字にするのは人間くさいところがある。

 デフォルトの無表情が印象に残りがちだが別に感情が薄いわけでもないし、なんなら雅や柳よりも表情筋がちゃんと動く分わかりやすい部類ですらある。悠真がそうだったように初対面の人間がそれに気づけるかは別だが。

 

 柳の口ぶりからしてエーテリアスの局所的な増加は要が関係していそうであり、もし再現性があって常態化するようならそれこそホロウの活動を抑制するための間引きは奴一人で事足りるようになる。勿論、ホロウ内の探索に慣れるまでは単独行動を柳が許すはずもないので暫くは先導係が必要だろうが、それも時間の問題だろう。

 つまり、悠真は早々にお役御免になるのだ。空いた時間サボっても文句は言われまい。

 

 (それはそれで別の仕事渡されそうな気がするよねぇ。ま、頻繁に寄こしてくるわけでもないしほどほどにこなしていこうかな)

 

 あれだけのエーテリアスを物ともしない強さを持ちながら今まで関連する話題がなかったことや、ホロウ関係の知識の薄さなど気になる点はあるが今のところ不審な動きもなければ6課に何かしらの害が有るわけでもない。

 ならば、胸に燻る疑惑はいつしか要本人が否定するだろう。言葉という曖昧なものではなく行動とそれに伴う結果によって。

 

 それまでは猜疑心を持っていても文句はないだろうと、悠真は諦観めいたものを抱きつつ零号ホロウを後にするのだった。





 因みに悠真がぎりぎり立っていられるくらいの風圧なので、大体風速20~30mあたりだと想像しやすいです。結構強めの台風くらいの風圧。
 
 雅さん……時速200kmはまずいっすよ。風速でいったら60mですよ?新幹線かよ。なお要くんも同類。
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