星見雅より強い男


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作:ぼっちプレイヤー
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対ホロウ6課、蒼角


 

 「今日から6課に配属されることになった、柊要隊員です。質問等に関する時間は後ほど確保してあるのでその時にお願いします。では柊隊員、挨拶を」

 

 「どんくらいの付き合いになるかは分からんが、まぁよろしく頼むわ」

 

 先日の試験から数日後、6課への配属と手続きが筒がなく終わり制服に袖を通すことを許された要はその初日、相変わらず不遜な態度で初対面の蒼角と浅羽悠真と顔を合わせていた。

 既に柳が名乗ってしまったので自己紹介は不要だろうと短く述べた要の挨拶は、突きはなそうとも親しもうともしない微妙なもので些か反応に困る。子どもの蒼角はともかく、年齢が近い悠真の第一印象はギリマイナスといったところか。

 

 「ねー、カナメがホロウ壊したのって本当なの?」

 

 「あ、それ僕も気になりまーす。一応記録は見たんですけど、あんなことを課長以外ができるなんてまだ信じらんないですよ」

 

 どう声をかけるべきかと悠真が悩んでいると蒼角が口火を切ってくれたのでそれに乗っかる形にする。話題もちょうど気にしていたことでもあった。

 共生ホロウの短期間消滅の達成。それは新たな虚狩りの誕生といっても差し支えない。今でこそ柳が情報にブレーキをかけているおかげで信憑性の薄い噂の範疇に収まっているが、ホロウが一つ消えた事実は記録として残っているためそれを公にするか組織内に留めるかは上層部の判断待ちである。

 

 「気持ちは理解できますが本当ですよ二人とも。出発から十分ほどで高濃度のエーテリアスは排除され、共生ホロウは崩壊。今は別の人員が派遣されています」

 

 「課長殿がどの程度なのかは知らんし、俺にもできることだったってだけなんだが。悪いが世間には疎いんだ、詳しいことは月城に聞いてくれ。俺はエーテリアスをぶっ飛ばしただけだしな」

 

 共生ホロウを消滅させたことを″エーテリアスをぶっ飛ばしただけ″で済ませるのはきっとこいつしかいないだろうなと悠真は内心呆れながら思った。今のやり取りといいさっきの挨拶といいなげやり気味の言動は、この男の周囲に対する関心の無さを感じ取れる。

 世間に疎いのと関心が無いことは似ているようで違う。その解離に要自身が気づいているかはともかく、雅とは異なる方向で外れたことを言う要は例に漏れず変人なのだろうというのが、自分のことを棚に上げた悠真の所感だった。

 

 (ま、僕の仕事が減るなら何の文句も無いけどね。課長と違って事務作業もしてくれるなら負担が減ってサボりやすくなるかもしれないし)

 

 6課に籍を置く人間で一般的という枠組みに収まる奴はおらず、その内の一人であり面倒くさがり屋の悠真は新人の性格よりも、いかに効率よくサボれるかに思考をシフトさせていた。この男もこの男で、柳の頭を悩ませる原因の一つなのは周知の事実である。

 

 対して最年少の蒼角といえば、

 

 「へー!じゃあボスと同じくらい凄いってことだよね?カナメがいればもっと困ってるひとたち助けれるってこと?」

 

 年齢よりも幼く見える無垢なままの目を輝かせて要を称賛していた。テレビの中のヒーローを見るかのような瞳をする蒼角を要は照れたように謙遜するわけでもなく、胸を張って喜びを表すわけでもなく起伏の乏しい視線を返している。

 機械的ともいえる冷たい目は蒼角の年齢でも恐怖を覚えてもおかしくないが、彼女にとってそれは恐怖足り得ないようで無邪気なまま爛漫な笑顔を向けていた。

 

 「俺にその気があればな。貰った給料分は働くがお前の期待に応えられるかは別だ」

 

 「?お前じゃないよ?蒼角には蒼角っていう名前があるよ」

 

 「あぁ悪い。蒼角ね、蒼角……。あんたも名乗らなくていいのか?必要ないならあんた呼びで固定させて貰うが」

 

 「年上で後輩ってのも面倒だよね、最初の距離感の掴みずらさったらないよ。

  浅羽悠真。好きにしていいよ、こっちもそうするからさ、要。まぁ僕は月城さんや蒼角ちゃんみたいに真面目じゃないし身体も弱いんだ。病弱な先輩の仕事を減らしてくれると嬉しいかな」

 

 二人のやり取りを眺めていれば急に水を向けられたため、悠真は棘を混ぜつつおくびもせず飄々とした態度で応える。向こうも馴れ合いたいわけでもないみたいだし、これくらいは許されるだろうという考えは合っていたらしく、視線が厳しくなることも不快そうにもしていない。

 後半の病弱はともかくほとんどは本音である。自分一人くらいサボってもお目こぼしされるようになれば悠真にとっては万々歳だった。

 

 日頃の仕事に対する姿勢を知っている二人、特に悠真の休暇申請を通す際に適当に書かれた理由を何度も見ている柳の目がサボり魔を貫くが、本人は気にした様子の欠片もない。顔を合わせて間もないというのに、柳の心労が手に分かる一幕であった。

 

 「病弱ねぇ……」

 

 疑わしそうな要の呟きは一見体質における真偽を探っているように見えるが、その目を向けられる悠真は言い様のないささくれだつ不快感を覚えた。まるで体質だけではない隠された真意を見透かすような視線に、悠真の賑やかな笑みの裏で背中に一筋の汗が流れる。

 

 (病気のことを知ってる?まさか。誰にも言ったことないのに一般人だったこの人が知ってるわけないだろ)

 

 柳が洗った柊要の経歴は蒼角を除いた雅と悠真に共有されている。旧エリー都出身で陥落時の大規模ホロウ災害の被害者の一人という、この世界では驚くこともないありふれた過去。それ以外に関しても不登校とニート、つまり引きこもりだったことが明らかになっているがそこも調査によって裏が取れている。

 

 虚狩りを授かってもおかしくないぽっと出の実力者。のはずで、それを証明する材料も揃っているのに何か見落としているような、理解が足りていないような漠然とした不安感が悠真には渦巻いていて、向けられる機微の薄い瞳が不安を加速させていた。

 

 「真に受けなくていいですよ柊隊員。浅羽隊員が病気を装って持ち場から離れるのは何時ものことなので」

 

 冷たく強かな声色に悠真は逸れかけていた意識を取り戻す。この時ばっかりは責める口調に心の声で感謝を述べて悠真は道化の笑みを貼りつけた。

  

 「ひどいですよ副課長~、僕は嘘ついたこと殆ど無いのに決めつけるなんて。ゴホ、ゴホ、あ、心に傷ができたせいで持病が悪化したかも」

 

 「え?でもハルマサさっきサボりやすくなるから身体が軽いっていってたよ?」

 

 「蒼角ちゃ~ん、後で飴ちゃん上げるから少しだけお口にチャックできるかな?」

 

 「浅羽隊員、蒼角に余計な食事を与えるのはやめてください。蒼角も受け取ってはいけませんよ、お菓子なら私が上げますから」

 

 茶化す悠真に蒼角がマジレスしその二人を柳が嗜める光景は6課の日常ともいえて、天然の雅が入ればさらにカオスになるだろう風景を要は変わらない表情で眺めている。

 メインを差し置いて繰り広げる茶番を収める冷めた瞳に、見守るような暖かさがあったのを蒼角だけが気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして雅が合流し形式的なものを一通り終わらせた要は蒼角にオフィス内を案内されていた。

 6の数字があるように対ホロウ特別行動部には他にも専門的な部隊が置かれていて、6課はその遊撃部隊にあたる。そして、装備考案作成を務める課など別部隊も同じ建物内に配置されているため、顔を会わせることが少ないとはいえ各課の受付役には一言挨拶をしておくべきという柳の判断があり、その付き添いに緩衝材兼案内役として蒼角が任されたのであった。

 

 天真爛漫を体現しているような蒼角は見た目よりも幼い精神と素直な性格のおかげか、6課以外の部隊でもマスコット的な存在として認識されており行く先々で二言目には賑やかな笑みと共にお菓子やらパンやらを渡されている。

 両手にぶら下がった袋の中身はもはやそれが目的だったかと疑問を浮かべるほどの量だが、幾つかの課では蒼角が来てから態々取りだして来たところもあったのでこれが日常なのだろうと要は上機嫌に前を歩く小さな先輩を見て思っていた。

 

 因みに各課の要に対する反応は言うまでもない。確実にいえるのは蒼角が居なければ間違いなく柳の仕事が増えていたということである。

 そこに特別何かを思うことはなく用がある時は蒼角を連れるか、柳を通して接触を減らしておこうと要は思案する。手間はかかるが無駄に衝突する必要もないし、関わらないなら基本的にどうでもいいのがこの男のスタンスだった。

 

 6課のオフィスに戻ればそこには誰もおらず少しだけ配置の入れ替わったデスク達が寂しそうに持ち主の個性を匂わせている。

 他三人は各々にやることがあったため他所にで張っている。自分の我が儘からくる負い目で嫌々ながら従順に仕事をしている雅とそれに付き添っている柳は他部隊との調整。悠真は荷物をみる限り仕事をしているようだが、内容までは伝えられていない。

 

 蒼角は自分の椅子に座ると早速袋をひっくり返そうとして、言いつけられていた勉強を思い出したのかしゅんとした様子で学習用の漢字ドリルを手に取る。ちゃんと自制できた蒼角を尻目に要も任された仕事をすることにした。

 

 現状子どもの先輩しかいない要にできることは殆どない。教育係をかって出た──というか彼女しかろくに教えられる人間がいないので必然的になった──柳は人員増加のための仕事と元からある仕事のせいでまともに教えられるのはまだ先そうだ。ならば、出来ることが限られている新人のやれることは柳の優先順位から低めに設定されていて、尚且つ放置しずらく触って問題ないもの。つまりは雑用である。

 予め柳が残していたメモを頼りに書類の仕分けや備品整理に手をつけていく彼だったが、

 

 「多いな……」

 

 メモに書かれた箇条書きの数に思わず独りごちる。人よりも頑丈かつ膂力もある要ならそう時間を使う物ではないが、彼から見ても多忙を極める柳にこれだけの量をこなすのには相応に手間がかかるのは想像に難くなく、柳の性格からしてここまで溜め込むに至るのは彼女にとってもいい気分ではなかったに違いない。

 不可抗力ながらもその一端を担ってしまっていた彼は辟易しつつも、箇条書きのメモに横線を増やしていく。

 

 小さめの倉庫を行ったり来たりしていると近づいてくる気配に気づいて、そっちの方に顔を向ければ丁度声をかけようとしていた蒼角がいた。しかし、さっきまでの元気いっぱいな表情は口にへの文字を作って疲労を隠せないでいる。

 

 「カナメ、一緒にお昼食べよ?」

 

 「別いいけどいいのか、あれ」

 

 要が視線を飛ばすのは広げっぱなしになったままの学習ノート。真っ白ではないノートには蒼角なりの努力の痕跡は見えるが、保護者の納得には心許なさそうである。蒼角自身もそれを分かっているようだが誤魔化すように頭をふった。

 

 「い、いいの!あとで頑張るから!今は休憩が必要!」

 

 「はいはい、飯は外にするか。リクエストはあるか?」

 

 「うーん……ラーメン!」

 

 出前で蒼角の胃袋を満たそうとすると配達員に相当な負担をかけることになるため、徒歩でいける距離にある商業施設のルミナススクエアにいくことにした。要の記憶が正しければラーメン屋があったはずだ。

 

 オフィスから出て案内されていた時と同じように蒼角を前に要が後ろを歩く。6課の役割は遊撃だけでなくその整った容姿から宣伝活動も兼ねているため、一般人にも広く知れ渡っている蒼角は道中で当然のように声をかけられる。が、要という異分子に気づくとファンだと思われる人々はいずらそうに目を泳がせ去っていく。

 

 子どもの蒼角含む女性陣に人受けのいい爽やかな笑顔が似合う悠真らとは反対に、要の顔立ちは強面ではないものの男女問わず良い印象を与える物ではない。その上6課に配属されたが一般向けの宣伝資料にはまだ掲載されていないこともあり、6課や蒼角のファンからしたら近より難い──なんなら普通に怖い──謎の人物にしか見えないのだ。

  

 自分が人に好かれない人相をしていることに自覚がある要は慣れているし特に思うことはない。というか基本的に他人からの評価に興味がない。極端な人嫌いな訳ではないが、名前も顔も知らない相手にはデフォルトで無関心を貫くくらいには個人で完結するタイプである。

 しかし、自分に明るく話しかけてくれる人々が、要を視界に収めると真逆の反応をして消えていく姿を蒼角は不思議そうに眺めている。高い感受性を持つ蒼角は去っていく人達の感情が分かっても、どうしてその感情を抱いてしまうのか理解出来なかった。

 

 「うーん……」

 

 「どうした?」 

 

 「なんであの人たちは蒼角には優しいのにカナメのことは避けるんだろう?」

 

 蒼角の疑問は尤もであると同時に、彼女ほどの年齢の人間ならある程度理解できる物だ。蒼角がそうでないのは幼少期にまともな教育環境が整っていなかったから。だけでなく、蒼角自身が善性を失わず確かな時間をかけて育んだからに違いなかった。

 

 生まれながらにして戦が身近にあった彼女は柳と出会うまで一般とはかけ離れた環境に身を置いており、食事も教育もろくに与えられず姉と慕う人を失ってもなお、太陽のような底抜けの明るさと人への信頼を捨てていない。目を背けたくなる過去をおくびにもせず、笑顔を絶やさない蒼角の姿はホロウという脅威に晒され続けている人間にとって救いそのものだった。

 

 精神性が幼くても善と悪の区別のつく蒼角は要に対しても同じ対応でないことが理解出来なくて。何よりも顔を合わせたばかりの自分たちの様子を暖かな目で見ていた彼が、悪い人のように扱われるのが納得できなかった。

 

 指を鉄砲の形で顎に当てて考え込む蒼角に要は分かり安い言葉を選びつつ口を開く。

 

 「難しい話じゃないさ。蒼角を知ってる人間は俺のことを知らないからなんだよ。知ってる人に知らない人間が一緒にいたら誰だって警戒するもんだ」

 

 「蒼角はナギねぇと一緒にいたカナメのこと怖くなかったよ?」

 

 「そりゃあ蒼角が月城のことを沢山知ってるからだろ。俺を避ける奴らは俺のことを何も知らないし、それ以外のことを蒼角以上に知ってるんだ」

 

 「ん~?、どういうこと?」

 

 「要するに蒼角が誰かを傷つけないことを知ってるけど、俺が誰かを傷つけないってことを知らないってことだ。わからないことは怖いからな」

 

 人は安心を求めて生きる生物だと誰かが言った。友人。恋人。家族。関係に名前をつける行為は明確にすることで安心を得て、また関係値を新しくすることで理解する建前を設ける。理解して安心したい。もっと簡単にいうなら、楽になりたいのが人間の本質なのだと。

 それに当てはめるのなら要を避ける彼ら彼女らは要に対して無知のままに恐怖しているだけなのだ。蒼角は柳を介さなかったとしても怖がることも忌避することもないだろうが、それは蒼角自身の審美眼が鍛えられているからであって、それを怯えることしか出来ない人間に求めるというのも酷な話しだ。

 

 要の言っていることのどれくらいを理解できたのかはともかく、最後の未知に対しての恐怖は蒼角でも分かったらしいく、合点がいったという風に顔を上げる。

 

 「ならみんなカナメのこと知っていけばいいってことだね!」

 

 「まぁそうだな。俺はどっちでもいいけど」

 

 笑顔を取り戻した蒼角に対する要の返答は突き放すような冷たいものだったが、疑問が氷解した方が大事みたいで上機嫌に進む脚が早くなる。身長差のおかげか大股になっても距離が空くことはなく要は小さな背中を追従していて、対照的な表情をする二人は年の離れた兄妹とは言わずとも親戚あたりにも見えなくもない。仲がいいというよりかは、元気の有り余る子どもとその世話を任された大人と言った感じではあるが。

 

 とっくに成熟した要とまだ成長の真っ只中にいる蒼角は正反対に見えて似通っているところがあり、その一つが誰に対しても平等であることだ。 

 興味がない故に要は人を選んで対応を変えたりせず、蒼角は善人でも悪人でも笑顔を向けることをいとわない。蒼角はそのことに無自覚ながらも気付いていて、周囲の反応は時間が解決すると言い切るのも無意識な共感が起因していた。

 

 「いっぱい考えてたらさっきよりお腹空いてきちゃった。お金足りるかな?」

 

 「子どもが金と食い意地を気にすんなよ。昼飯くらいは奢ってやるから好きなだけ食えばいい」

 

 「いいの?やったー!」

 

 「声がでけえ」

 

 眼を輝かせて喜ぶ蒼角を見る要の視線は変わらず冷めていて大きすぎる声量に思わず呟けば、蒼角は自覚があるのか申し訳なさそうにしつつも笑みは浮かんだままだ。

 

 このあとラーメン屋で何人前かも分からなくほどの量を胃に収めていく蒼角の姿を懐に余裕を持つ要は驚きもせず、喉に詰まらせるなよと気遣いを見せるだけだった。

 そしてこの日からルミナススクエアで蒼角と要の二人が食事する姿が頻繁に目撃されるようになり、6課のファンに柳に次ぐ蒼角の保護者として認知されるのにそう時間はかからなかった。




 
 要「蒼角?子どもだろ。それ以外何見えるんだ」 

 蒼「カナメ?みんなの中でいっちばん強いよ!あとねお顔が怖いけど勉強とか色々教えくれるの!」
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