ホロウ災害で家族失ったけど本人がまったく気にしてないパターン


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作:いつかの
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夢の中でくらい理想を見たい。懐かしい追憶に身を委ねて~


 

 

「それで篠崎隊員、復職許可の診断書の方は……はい? もらってない? そもそも退院してから病院一度も行ってない? ……篠崎隊員、あのですね……」

 

 

 完全に呆れ返った副課長と、なぜ行ってないんだと半目で俺を睨む課長。

 それ見て笑いを堪えてる同僚と、ここまでの話をよく分かってなさそうな同僚。

 これらの四つの要素で俺の職場復帰は完璧に出鼻をくじかれた。

 

 

 ハイ、と言うわけでこれから病院です。しかもめちゃ混んでる。

 で、ただ混んでるだけならまだいいが、入った瞬間に分かる非常事態……まぁこの世紀末、非常が日常だから見慣れた光景っちゃ見慣れた光景だ。

 

 

 現に看護師さんやお医者さんも手馴れた様子で誘導を行っている。

 えーと患者は、大人大人大人、子ども子ども、大人。

 如何にも怪物にやられました〜って酷い傷を負った大人に、如何にも親が怪物にやられました〜って悲しそうな顔してる子どもを見るに、どこかでホロウ災害でもあったらしい。これまた俺たちの仕事増えるな。

 

 

「え〜と……どうしよ」

 

 

 どうしようもなにも災害となにも関係がない、痛いところとかなにもない俺は速やかに帰った方がいいんだけど……。

 

 

「でも俺みたく普通に来てる人もいるにはいるんだよな……」

 

 

 俺と同じホロウ災害とは無関係の来院者達。そういった人たちは負い目からか端っこに集まってコロニーを形作っていた。

 かなり迷って、ざっと十分くらいたっぷり考えて俺もそのコロニーに加わる決意をする。

 全く、俺はただ診断書を貰いに来ただけなのに、なんだってこんな決断を迫られなくちゃいかんのだ。

 

 

 すみっこの方にある待合の椅子に座って三十分程度。

 被災者達の群れも一旦は落ち着き、俺たち無関係の肩身も広くなってきた頃。

 よほどやることがなくて暇だったからか、寝てしまおうという悪い考えが頭をよぎる。

 

 

 ……いやでも、寝て待つのってそんな悪いことか? だいたい俺以外にも寝てるやついるし、そうだな番号札は貰っているので寝てしまおう。

 運が良ければ可愛いナースにでも起こしてもらえる。悪けりゃ起こして貰えずそのままスルー……なんてことは流石にないか。

 

 

 てな訳で背もたれに体重を預けてリラックス。そのまま目を閉じ何も考えず無心になる。

 減ってきたとはいえやはりロビーに残る被災者はいる。いるが、こうしていれば我関せずで自分に没頭できるだろう。

 

 

「…………」

 

 

 それに、あまりの痛みに声もあげられなくなった誰かとか。

 もう動かなくなった誰かに声を掛け続ける誰かとか。

 そういう現実(いま)を頭に入れたくないのなら。

 昔の記憶でも夢に見て、気を紛らわすしかないだろう。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

 星見雅がその青年の話を聞いたのは、虚狩りの名を得て新たな部隊(対ホロウ六課)を発足させたばかりの頃だった。

 

 

「……で、その人が出したエーテル適性値が、HIAの公式記録を余裕で塗り替えたとか……ってちゃんと聞いてます? 雅課長。六課に相応しい強者を探して欲しいって言うから、僕も頑張って色々な部署回ってたんですけど」

 

 

 調べた内容を話している最中、ずっと真顔な上司に耐え切れず、この新設された部隊に配属されたばかりの部下、浅羽悠真は思わずそう訴える。

 

 

「ああ、聞いているとも。エーテル適性の歴代最高。それは伝承として語られる過去の虚狩りをも超える才能だ。……それで悠真。強いのか、その者は」

 

 

 一番肝心な部分を聞くと悠真は、上司を責める強気な態度から一転、聞かれて困ることを聞かれたような、その一番肝心な部分を言いにくそうな表情をした。

 

 

「それがですね……どうもその人、ウチで働く執行官でも、ましてHIAお抱えの調査員とかでもないんですよ」

 

「? それはどういうことだ? HIAの検査機械を使えるのはここの職員だけだろう」

 

「なにも職員だけ、ってワケじゃないですよ。ほら、HIAお抱えのホワイトスター学会とか、あそこは零号ホロウの研究以外にもエーテル研究なんかも盛んにやってますから、実験用のネズミちゃんとか機械によく通してるんじゃないです?」

 

 

 妙に生々しい話だった。まるでそういう現場を実際に見てきたかのような───体験してきたかのように語る。

 

 

「悠真……それは」

 

「えぇ、言いたい事は分かります。でも抑えてくださいよ? 僕も色々調べてて結構キてるんです。───いくらなんでもあれは惨い。これは僕が実際に見たわけじゃない聞いた話ですけど、その人はもう六年近く外を見ていないとか」

 

 

 それを聞いた星見雅は席を立った。

 その時の雅はその青年を自分の部隊に迎えるつもりなどは全くなく、おそらく不当な扱いを受けているであろうその者を、虚狩りの特権でもなんでも駆使して救いたいという純粋な正義感だけで動いていた。

 

 

 雅は無駄に急ぐことなく、悠真から聞いた研究施設へと向かっていた。

 

 

 都市の喧騒から少し離れた場所に位置するその施設は、彼女の属する機関の管理下にある。一般にはほとんど知られていないが、関係者にとっては馴染みのある場所だった。

 

 

 正面ゲートに差し掛かると、警備員がすぐに気付き、軽く頭を下げる。

 

 

「お疲れさまです、星見長官」

 

「ああ、ご苦労」

 

 

 それだけの短いやり取りで、雅は何の確認もなくゲートを通された。身分証を見せる必要すらない。

 顔パスでの入館は、少し前なら有り得なかったが、虚狩りの名を得た今では当然のことだった。

 

 

 入った施設内は無機質な白い壁に囲まれ、廊下にはほとんど人影がない。蛍光灯の冷たい光が床を照らし、足音はやけに大きく響く。

 

 

 総じて何とも居心地の悪い内装で、何より迷いそうな内装だった。元々方向音痴の雅にしてみれば目的の青年に会う為には案内役が必要だ。

 人を呼ぼうにも人の気配がないので、雅は誰か来ないかなーと脳内修行をしながら待っていると、しばらくして小綺麗な白衣に身を包んだ男が雅のもとへやって来た。

 

 

 白衣の男の焦った様子を見るに、警備員の連絡がいったのか、ロビーで脳内修行に勤しむ虚狩りの映像を監視カメラで見たか、どちらにせよその男は急な英雄の来訪に驚愕していた。

 

 

「これはこれは星見長官殿。あまりにも急なご来訪に我が目と耳を疑いましたとも……それで、えっと……今日はどんなご用件でしょう?」

 

 

 態度を取り繕うので必死な白衣に雅は簡潔に告げる。

 

 

「会いたい人物がいる。この研究施設に収容されている、エーテル適性値の公式記録を塗り替えたという青年だ」

 

 

 その言葉で、白衣の表情が一瞬青ざめる。だが、すぐにまた平静を装い、白衣は淡々と答えた。

 

 

「……この時間なら、第四研究区画の個別管理室にいると把握しています」

 

「案内してもらえるか」

 

「……かしこまりました」

 

 

 白衣はプルプルと震える不安定な足取りで廊下を先導する。

 その震えが、緊張から来るものではなく、恐怖によるものだと雅は見抜いていた。

 震えは時間と共に激しさを増していく。より正確に言えば、その青年が収容されている部屋に近づくにつれて増していく。

 

 

 どうも事情が違って見える。

 悠真の話では青年が被害者で研究員が加害者の筈だ。

 それにも関わらず、この男の弱々しさはなんだ。

 

 

「その青年を恐れているのか」

 

「────!」

 

 

 駆け引きなどは一切せず、いきなり核心に踏み入った。

 そういう大胆さが、この虚狩りの持つ強さだった。

 

 

 

「……えぇ、怖いです。だってアレは……ちょっと本気で理解出来ない。一体どんな壊れ方をすれば、あんな怪物が産まれるのか」

 

「怪物か」

 

「えぇ、怪物です。たまたま運良く人間の形を保てているだけで、内面まで人間で在ろうとする怪物───」

 

 

 そうして青年のいる部屋まで案内された。

 聞けば白衣は外で待っているという。やはり青年と会いたくないらしい。

 特に気にすることなく、雅は一人で怪物と呼ばれた青年がいる部屋に入った。

 

 

 そこは窓がない正方形の密室。広くもないが狭くもない、快適でもないが不快でもない大きさの空間だ。

 部屋に置かれた家具は机とその両側にある椅子のみ。

 件の青年は雅から見て左側の椅子に座り、机に置かれた画用紙に向けて一心不乱にペンを走らせていた。

 

 

「…………」

 

 

 ペンを動かす青年の集中力は、虚狩りである雅とほとんど遜色なかった。

 現に雅の入室にも気づかず、青年はペンを動かし続けている。

 

 

 雅はしばらくその様子を見つめて、しかし一向にペンの動きが止まる気配がないことが分かると、コホンと咳払いをしてから声をかけた。

 

 

「絵を、描いているのか?」

 

「……ん? あぁ、そうだけど。……って誰だアンタ、いつからいた? こいつは見世物じゃねーぞ」

 

 

 ほら、しっし。とペンを向ける青年。

 インクがつくこともお構い無しの傍若無人。

 しかしそれは彼にとって仕方の無い動作でもあった。

 

 

 彼が雅に向き直った時、それまで見えていなかった右半身を確認出来た。

 雅はすぐに指摘せず、青年の向かい側の椅子に座ってから、その本来ある筈のものについて問うた。

 

 

「その腕はどうしたんだ?」

 

「その腕って……あぁ右腕か。これは妹に千切られた」

 

「妹に?」

 

「うん。可愛いし結構自慢だったんだけど、ああなっちまったらもう、お互い殺し合うしかなくて」

 

 

 青年のペンは止まらない。

 雅は彼の妹について詳しい話を聞きたかったが、まだ知り合ったばかりの段階でそこまで踏み込んだことは聞けないと自制する。

 

 

「ペンを持つ手が震えているが、利き手じゃないのか?」

 

「そ、俺は右利きだよ。なんで今みたいに暇つぶしがてら練習してるんだけど、やっぱダメだわ、うん。何かを突いたり切ったりは左手でも出来るんだけど、こういう細かい作業は苦手だ」

 

「何を描こうとしてるんだ?」

 

「んー、今はまだ秘密。まぁ完成してからのお楽しみ」

 

 

 どこかいたずらっぽい笑みを見せ、再び絵に没頭する青年。雅も倣うように彼の観察に埋没する。

 

 

 画用紙に描かれる絵は逆さに見ても決して上手くは無い。

 線も塗りもガタガタで、どれだけ贔屓目に見たとしても幼児の落書きそのもの。

 

 

 なのでその時の雅は、その出来上がっていく下手くそな絵に対してではなく、不器用ながらも懸命にペンを動かす青年にこそ、間違いなく魅入られていたのだ。

 

 

「……うん。やっぱダメだ。捨てよ」

 

 

 そうして画用紙に絵を描き終わり、ペンを置いた彼が発した一言目に、雅はすかさず口を挟む。

 

 

「捨てる? 見せてはくれないのか?」

 

「別に、見たいならいいけど。それならアンタが捨てといてくれよ」

 

 

 あれだけ集中して描いていた割には、あっさりと絵の所有権を放棄した。

 画用紙に描かれているのは青く塗りつぶされた背景に、これまた潰れた肌色の線が二つ、雅はそれらの線を辛うじて人と理解し、この絵の全容を掴んだ。

 

 

「良い絵だ……捨てるのはもったいない」

 

「……流石に世辞だよな。じゃなきゃアンタのセンスを疑うぜ」

 

 

 怪物と呼ばれた割には、なんてことのないテーマだった。

 二つの線、二人の人。雲ひとつない青い空を背に手を繋ぐ、男の子と女の子。

 

 

「てかそんな絵はどうでもよくてだな。どうもアンタ、見るからにここの職員じゃないけど。どこのどちらさん?」

 

「私は対ホロウ特別行動部第六課課長、星見雅だ」

 

「聞いたことねー……いや、星見って響きはちょっと聞き覚えあるけど。なんだっけ、なんかの名家だった気がする……」

 

「……まぁ、今はその程度の認識でいい」

 

「悪いね、なかなか外を知る機会がなくて。……えーと、じゃあ雅さん? そんな名家のエリートが俺になんの用?」

 

 

 改めてそう青年は質問する。

 随分な寄り道をしたが、そもそも雅は彼を自由にする為だけに来た。

 そしてそれはここの責任者に直接話すれば済むことで、わざわざ本人と対話をする必要もなかった。

 ……にも関わらず、雅が青年と対話を重ねた理由は、彼女の目的が本来のものに戻っていたからに他ならない。

 

 

「最初は単に、お前を研究所の外に出してやるつもりだった」

 

「……は? 俺を外に? マジで言ってる?」

 

「だが実際に話してみて、やはり私はお前が欲しくなった」

 

「……は? 今度はプロポーズ?」

 

「お前を、私が率いる対ホロウ特別行動部第六課に勧誘したい」

 

「あぁ……欲しいってそっち……」

 

「……ダメか?」

 

「いや、ダメっつか。……普通におかしくねぇ? 名前聞いた感じ、ホロウに入ってなんかする部署なんだろ?」

 

「ああ、超級エーテリアスの討伐、ホロウ災害に関わる事件の調査等が主な職務内容だ」

 

「なら尚更俺みたいな片腕を勧誘するのはイミフだし。俺自身やりたくもねーよ。エーテリアスとの切った張ったはあの一度きりで懲りてんだ」

 

「切った張ったが出来ない、とは言わないんだな」

 

「五体満足じゃないにしろ、なんやかんやこうして生き残ってるしな。自分の体に嘘はつけねーだろ。実際検査続きで鈍り切った今でも、そんな強いエーテリアスじゃなきゃ問題なくやれるさ」

 

 

 青年の言葉は虚勢でも慢心でもなく、実に正確な現状把握だった。

 事実雅も、目の前の青年に関してその程度の実力だと測っている。

 

 

 利き腕が無ければ、その程度だろうと。

 

 

「義手は持っているのか?」

 

「持ってない。俺に合う義手は少なくともここにはなかった」

 

「私がお前に合う義手を用意すると言ったら、この勧誘に乗ってくれるか?」

 

「いや、そういう条件で受けるつもりはないよ。やっぱり受けるなら俺自身納得出来ないと。だってほら、内心納得してない状態でそういう死地に飛び込んでも、いつか死ぬ気がするし」

 

「なるほど。確かに、それはその通りかもしれないな」

 

 

 ならば、この青年を納得させるにはどういう理由が必要なのか。

 ここまでの会話から正義感が強いとは思えない。

 だが人並みの常識、倫理、良心は持ち合わせている。

 良くも悪くも等身大の青年だ。ついさっき彼の口から述べられた、決定的な歪みを除けば。

 

 

 一度は見逃した歪み。星見雅が彼を欲する理由でもある歪み。そして務めて指摘しないように自制していたその歪み。

 だが、彼が是が非でも欲しい星見雅は、その自ら誓った禁を破った。

 

 

「その右腕、妹に千切られたと言っていたな」

 

「言ったよ」

 

「そして、妹と殺しあったとも言っていた」

 

「あぁ、それも言った。……なんだよ、どっちが勝ったかなんて見りゃ分かんだろ? アイツは俺がころ───」

 

「私も、家族を手にかけたことがある」

 

「した……───は? なんだって?」

 

 

 思えば、その反応こそ。

 青年が初めて見せた何も取り繕うことのない〝素〟の反応だったのかもしれない。

 

 

「手にかけたのは母上だ。エーテル侵食によって、もう助からない段階まで来ていた」

 

「……だから完全に変わる前に?」

 

「介錯した。この刀で……この両手で……」

 

 

 何故それを話したか。

 もちろん同情目的ではない。

 しかし打算的な目的もなかった。

 

 

 雅自身、よく理解出来ない精神状態。

 もしかしたら、あの絶望的な感触を知っているのは、何も自分だけじゃないのだと、互いに慰め合いたかったのかもしれない。

 

 

 青年は雅の言葉をどう捉えたのか、少し申し訳なさそうにしながら、ずっと黙っている訳にもいかず、おずおずと口を開いた。

 

 

「……俺は雅さんより恵まれてるよ。変わりかけじゃなく、もう完全に変わっちまってたからな。俺の腕を取った妹はそうだし、リビングでくつろいでた親父も、台所で洗い物してたお袋だって、とっくにエーテルの化け物に変わってた」

 

「──────」

 

 

 そして家族三人を手にかけながら、あまつさえ自分は恵まれていると言い切ったその姿に、雅はあの白衣が言っていた怪物を見た。

 

 

 〝たまたま運良く人間の形を保てているだけで、内面まで人間で在ろうとする怪物〟

 

 

 そうか。なるほど、そういうことか。

 確かにこれは怪物と表現する他ない。

 

 

 彼は他者の持つ悲哀を理解出来ても、他ならぬ自身の持つ悲哀を理解出来ない。

 他者の心情を理解するという人並み以上の良識を持っているのにも関わらずだ。

 

 

 どんな故障が起きてそうなったのかは定かではないが、彼は今この瞬間も、自分の心の状態を知らないままでいる。

 知らないから、想像している。家族を殺したのならばきっとこのくらいの悲しさ、辛さなのだろうと。他者のそれは理解出来るのに、自分が抱く感情の重みは、どうしても彼には分からなかった。

 

 

 ……それでも、雅は信じたかった。

 彼自身気づいてないだけで、必ずそれらの感情は心のどこかに存在しているのだと。

 だってそうでなければ、自分に振り分ける悲哀を持たないこの青年は、本物の怪物ということになってしまう。

 

 

「……お前は、外に出たらまず何をする?」

 

「……この空気で急に質問変えるなぁ。いや、そもそも俺はそんなに外に興味あるわけじゃねーんだけど……まぁ、とりあえず美味い飯とか食いたくね?」

 

「そうか。……もしお前がこの勧誘を蹴っても、お前のことは必ず外に出してやる。だから────」

 

「別に蹴らないよ」

 

「好きに過ごせば……───今、なんと?」

 

「その誘い、蹴らずに受ける。やっぱり気が変わったんだ。アンタの下で働きたくなった。あの最低な感触を知ってる星見雅課長の下で」

 

 

 どういう心境の変化か、青年は多くを語らなかったが。

 雅もわざわざ心変わりの理由を聞こうとは思わなかった。

 

 

 そこから青年を研究所から出す為の手続き等は速やかに行われ、その日の内に彼は六年ぶりの空を拝むことが出来た。

 その速さの要因は、雅が持つ虚狩りという名の力ももちろんあるが、そもそもの話をすると、彼の異常なエーテル適性値に関する研究は殆ど完了しており、彼が六年もの期間研究施設に居続けた理由は、彼本人がそれを望んでいたからという真相だった。

 

 

「だって利き腕ないのに外で働ける気がしねーし。てか採血とか検査するだけで毎日三食貰えんのは普通に破格。美味くはねーけど」

 

「道理で、喜んでいる者も中にはいたぞ」

 

「せっかく協力してやったのに。酷い連中だね全く」

 

「……そういえば一つ、聞き忘れていた」

 

「なにを?」

 

「お前の名だ。私は名乗ったが、一番肝心なお前の名を聞いていない」

 

「あ〜名前ね。それなら雅さんが持ってる絵の裏に書いてあるよ」

 

 

 言われて紙を裏返す雅。

 すると右端に小さく、やけに不細工な文字で書き殴られた彼の名前を発見した。

 

 

「しの、ざき……あい」

 

「あいとなんて読まないでくれよマジで。まなとなまなと。篠崎、愛斗」

 

 

 自分には合わない名前だと自嘲しつつも、どこか誇らしげに青年は名乗った。

 

 

 以上が、星見雅と篠崎愛斗の出会いの話。

 思えば双方の認識はこの時からズレていた。

 雅はこの時から愛斗を善良な人であると信じ切り、愛斗は自身を常人とは違う異物として客観視していた。

 愛斗は任務を共にする過程で雅を虚狩りの名に相応しい英雄であると確信し、雅は自身を母の未練を断ち切れない未熟な修行不足の身であると卑下していた。

 

 

 互いに互いの理想を押し付けたまま、真の相互理解には至らなかった。

 故に篠崎愛斗はこの先、乱心した星見雅の手によって残った左腕すら斬られることになってしまうのだが、今のところ病院の待合で眠りこける篠崎愛斗と、六課のオフィスで平和に書類仕事に勤しむ星見雅には、未だ関係の無い話である。

 

 

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