「なるほど、お二人は知己の間柄だったのですね。私はてっきり……」
「まぁ無理もないっすよ副課長。こんな場面見たら俺でもそう思いますもん」
「……ねぇ、話終わった? ならおかわり頼んでいい?」
柳副課長に営業疑われた直後にこれとか、肝が太すぎて笑えてくる。
ルミナススクエアの火鍋屋。この店のメニューはどれ頼んでも多すぎるんだけど、この面子なら絶対残す心配は無いと断言出来る。
「あら? 私も頭数に入っているのですか?」
「せっかくならどうです? もちろんお代は俺が出しますから」
「それは魅力的な提案ですが……ごめんなさい。今は蒼角のお昼ご飯を買ってくる最中だったのでまた今度の機会に。あまり待たせてしまうとまた泣いてしまいますから」
「あーそりゃそっち優先だわ。すみません引き止めちゃって」
「いえいえ。ちゃんと休んでいるようでこちらも安心しました。六課の皆にも私が見たままのことを伝えておきます」
「そう言ってマジで見たまんまを言わないでくださいよ? そしたら俺六課のオフィスに入れないっすからね?」
「ふふっ。ではまた」
「いやそこ怪しげに笑うところですか柳副課長! ちょっと副課長ー!」
対ホロウ六課戦闘員の叫びも虚しく、対ホロウ六課副課長は無慈悲にも行ってしまわれた。
あの笑みは柳副課長のウィットに富んだジョークだと信じたい。信じたい!
「六課の中の愛斗のポジションって何? いじられキャラ?」
「いや中立。いじる時もあればいじられる時もある」
「ふーんつまんな」
答えてやったのにコレである。
いやまぁ、実際つまらない回答だとは俺も言ってて思うけども。
「言ってろおシャメ。ほら、もう飯はいいのかよ」
「ん。久々にいっぱい食べれた。ごちそうさま」
「はいお粗末さん」
……あれ? なんか伝票に書いてある数字の桁がおかしい気がするんだけど、俺の見間違いかな。
「見間違いじゃないよ。あたしもそうやって見えてる」
「じゃあ伝票に書いてあるこの数字が間違えてんのか」
「書き間違ってもないよ。あたしが頼んだものざっくり計算したらそれくらいになるし」
「……やっぱり割り勘で──」
「ごちそうさま」
もちろんこれは冗談なのだが。
有無を言わさずにも程があると思うんだ俺。
軽くなった財布に諸行無常を感じる昼過ぎ。
店を出た俺たちは互いに予定がないことを確認し、この後どうするかと分かりやすく頭を悩ませたりしてみる。
「マジで暇なら俺ん家来るか? 柳副課長のゴタゴタであんまり話せてねーしさ」
「どうしようかな……あ、やっぱ無理。ボスに呼ばれちゃった」
気怠げな声に鋭さが宿る。
その反応からそれなりに厄介な案件だと見た。
「……それならしょうがねーけどさ。俺、お前がメイド服着て働くの全然許容してないからな?」
「保護者面ウザい。あたしがどこでどう働こうが勝手でしょ」
「全くの正論。……たく、なんでこんな生意気になっちまったかな」
「あたしが知るわけないでしょ。……それじゃバイバイ」
「はいバイバイ。気をつけろよ」
そうして独りに戻ったお昼過ぎ。
アイツに誰の面影を重ねていた訳でもないが、ああいう成長の仕方をしてくれたのは嬉しい限りである。
「さて、こっちはこっちで楽しくやりますかね。あの店長さんのチョイスがどんなもんか、お手並み拝見と行きますか」
♢
「うぃーっす。返しに来たぜ〜……って」
「いらっしゃ〜い……って」
きっかり一週間で返しに来たので、そんな詰まるようなやましさは互いにない筈なのだが、少なくとも、俺と店長さん。いや、店長ちゃんとの間にはそのような理由があるらしく。
でも初対面の時はここまで酷い対応はされなかったと思うんだ俺。
「あっ、えっと、ビデオの返却だよねっ。返しに来たのものを見せてくれるかな!」
「あっあぁ、はいコレ」
兄貴はどうしたと言いたくなる惨状。
つーかそこのスカーフ巻いた愛らしいボンプでもいいだろ。前は見なかったけど、兄貴の代わりか?
……ん? てかちょっと待てよ。スカーフ巻いた愛らしいボンプ?
それって、なんか前にも見覚えあったぞ?
「なぁ、一つ聞きたいんだけど」
「えっと、どうかした?」
「店長ちゃんってさ。もしかして零号ホロウの独立調査員やってたりする?」
「…………」
ハイ確定。
なんだよ。雅課長が言ってた超優秀なボンプの持ち主ってこの兄妹だったのかよ。
でもそれが俺をあからさまに避ける理由には繋がらない気がするんだけど。なんならボンプ助けてるし。
「あれか? ボンプの助け方が雑って、このチビ助がチクリやがったのか?」
ボクじゃないよと目で語るボンプ。
お前以外に誰がいるのか。その鉄扉の向こうに同じ顔のボンプが何体もいるとでも?
「言っとくけど、アレでも俺は結構気を使った方でな……」
「そんなこと気にしてるわけないよ! 愛斗さんにはすっごく感謝してる! ……ただ」
「ただ?」
「ただその、愛斗さんの右腕……本当に大丈夫なの?」
……チクられたのはそっちか。
確かに、俺の戦い方を見たやつ、聞いたやつは、俺とエーテリアスと混同して避ける傾向にある。
つーか怖くて当然、俺でも避けるよそんなヤツ。
「大丈夫かは分からないけど。……まぁ言いたいことは分かるよ。怖いだろ? そんな人か化け物か分からねーよなヤツ。ごめんな、店長ちゃん」
もう来ないからと、借りたビデオをサクッと返してさっさと退散する五秒前。
「ぜんっぜん! 分かってないよ! 愛斗さんは!」
胸のド真ん中に突き刺さる声。
久しく忘れていた、誰かに呼び止められる嬉しさに驚愕した。
「えっと、どうした店長ちゃん?」
「あのね! 私は全然ビビってないよ!」
「そっ、そうなの?」
「そうなの! 愛斗さんの右腕なんて全然怖くないんだから!」
「あっ、はい。怖くないんだね?」
「愛斗さんの体の右半分が結晶に覆われようが、私は全く気にしない!」
「そこは気にしようぜ?」
とにかく。
彼女が言いたいことは次の一点に集約される。
「だから、もう来ないなんて……寂しいこと、言わないでよ」
あんたは、私の恩人なんだから。
実際に自分が助けられた訳じゃないのに。よっぽどボンプ思いなのか。
いつの間にか、俺たちの間にあった壁は消え去っていて、いつか出会った日と同じように、なんのやましさもない素直な関係に戻っていた。
「また、ビデオ借りに来てもいいのか?」
「もちろん! 最初に四本も借りてくれた時点で、愛斗さんはもうウチのお得意様だもん! じゃんじゃん借りていってもらわなきゃ!」
「そっか、そっか……」
右腕を侵す痛みは錯覚じゃない。
その、花が咲いたような笑みが、正しく誰かの面影と重なっただけ。
「ありがとな店長ちゃん。また絶対来るよ」
「うん、絶対来てよ? 私も愛斗さんの好み把握しとくから」
その言い方はどうかと思うが。
今度は最近味わったばかりの、誰かに見送られる喜びを感じながら店を後に出来た。
これから職場に行く上でなんて幸先がいいのか。
憂鬱で重い現場復帰が返したビデオ四つ分、軽くなった気がした。