ーールミナスクエアの麺屋、滝湯谷・錦鯉にて…
あたし、クレタ・ベロボーグは昼食がてら約束通り兄貴の忘れちまったことを説明していた。
「あたしが兄貴、あんたと出会ったのは今から大体半年前ぐらいだ」
あの日、あたしは社長らしく監督役として現場の視察、工事予定地の安全調査をやってた。ま、あたしの仕事は姉貴……じゃなくてウチのエンジニアの仕事を近くで見守るだけっていう気楽なもんだったんだけどな?それでも大事な仕事には違いねぇ。あたしはきっちりやることをやってた。
「ふーふー……そこで何かあったんです?」
箸ですくった麺に息を吹きかけ冷ましながら兄貴はそう聞いてきた。……もしかして兄貴って猫舌だったのか?ならラーメン屋に誘っちまったのはミスだったか?なんか悪いことしちまったな…。
っていうかやっぱりこうして話してると尚更思っちまうが、あたしの知ってる兄貴と今の兄貴だと言葉遣いも雰囲気も何もかも違うんだよなぁ。だからこそギリギリまで声が同じことにも気付かなかった訳なんだけどよ。
『し、失礼しまーす!』
ふと、工事現場であった兄貴を思い出す。あたしに荷物を渡してすぐに逃げるように動き出した姿……。
あぁ、少なくともあたしの知ってる兄貴なら、あたし相手にビビって逃げ出すなんて態度はまずありえねぇな。
「ん? あぁ、別にそこで何か事故が起きたとかそういうことはねぇよ。兄貴の登場はもうちょい後だ」
安全調査中に乱脈現象で出来たホロウの裂け目に落っこちるなんてこともない。……まぁ数ヶ月前ぐらいには実際にそんな目に遭っちまったんだけどな?ほんとあの時はハラハラしちまってさぁ……って悪い。この話は
で、仕事の件は以下省略、その日の仕事を問題なく終えた私は夕暮れ時に十四分街のコンビニで買い物をしてた。
「ずるずるっ、何買ってたんです?」
食べやすいぐらいに冷ました麺を啜った後、口をもぐもぐとしながら聞いてくる兄貴。そんなこと気にするか普通?というか、あんた、なんかご飯食べ始めてから急に態度がラフになってねーか?店来る直前まで縮こまってやがったのに……あーいや、そっちの方があたしとしても話しやすいから全然いいんだけどよ。
「いや、それこそ本題とはこれっぽっちも関係ねぇからな? 一々言わねーよ。あとラーメン食べるか話すかどっちかにしろよな。ずるずるっ」
「そっちだって人のこと言えないでしょ……もぐもぐ、どぞ」
あたしの言葉なんて気にすることなく兄貴は自分のラーメンに乗っているチャーシューをこっちのラーメンに乗せてくる。
「……ったく、あんたチャーシューこっちに一枚寄越してまでそんなこと聞きたいのかぁー?」
はぁ、どうかしてるな。あーわかったわかった。教えてやるって。甘いもの買ってたんだよ。甘いもの。いわゆるスイーツってやつだ。一日のご褒美にと思ってさ。
「……おい兄貴、今あたしのことガキっぽいとか思ったか?」
「ははは、思ってない思ってない」
「……そうか? ならいい。話続けるぞ」
買い物を終えたあたしは店を出てすぐ、奇妙な感覚を覚えたんだ。で、その感覚に従って歩いた先にはなんとホロウの裂け目があったんだ!
「は、いやなんすか感覚って……なんか急に話が嘘臭くなってません? これほんとにあった話です? フィクションじゃなく? 作り話にしか聞こえませんけど」
そこ静かに!んで、あたしは更に感じたんだ。誰かがこの向こうで助けを求めてるってなっ!あたしはこう見えてホロウに入った経験もそこそこあるからな。裂け目のサイズ的にもきっと中のエーテリアスを何体か軽くぶちのめせば縮小して消滅させられる共生ホロウだろうと踏んだ。
「だから、あたしは迷う事なく裂け目の中に飛び込んだんだよ!」
「へーすごいですねー……話の信憑性は終わり散らかしてますけど、ずるずる」
「っておぉーいっ!? 白い目でこっち見んなって! あとそのまま麺啜んのもやめろー!」
「白鉢揚げうめぇ〜……」
胡散臭いって思う気持ちはわかるが仕方ねぇだろ!?マジの話なんだから!だが、あたしの話をこれっぽっちも信じられなくなったらしい兄貴は興味を失くしたようでスッとラーメンを啜り出す。相槌もテキトーだ。ちくしょう……あたしはそんな兄貴を見て前にウチの社員に聞かれて話した鉄板のネタのこと、そしてそれが全く信じてもらえなかったことをつい思い出した。
あの時、社員があたしの話を信じてくれなかったことはほんの少し腹が立った程度だったが、兄貴にあたしの話を信じてもらえないってのはあの時以上に……こうしっかりと言葉には出来ねぇんだがなんつうか……めちゃくちゃ気に入らなかった。
こいつは人違いだって言って認めないが、あたしはこいつを兄貴だと思ってる。だから、こいつに信じてもらえないってのはあたしにとっては兄貴に信じてもらえないってのとトーゼン同義な訳で……兄貴とはたった数十分の付き合いだったが、あたしは認めてるし信頼してて……あぁー!つまり!兄貴と同じ顔で、そんな目で見られるのはすっげぇ〜イヤだってことだ!!
「ほら! あたしのゆで卵一個やるから最後まで聞けって! そんで信じるかどうかはそれから決めろよなっ!」
そう声を上げたあたしは自分のラーメンに乗ったゆで卵を箸で掴み、丸々一個を兄貴の口に押し当てた。
「むぐっ!? ………うまっ………わかりました。聞けばいいんでしょ。聞けば」
兄貴は急な熱さに驚きながらもゆで卵を口に入れ食べ、仕方なくといった風ではあるがあたしの話を聞く気になってくれたらしい。あたしは内心ホッとしながら話を再開した。
それからホロウに入ったあたしはエーテリアスをばったばったとなぎ倒しながら先を進んで、その先で、いつの間にか何匹かのエーテリアスに囲まれちまってた。あぁ、あれは私の見通しの甘さが招いた状況だった。今じゃ反省してる。
「そんで、あんたが登場するのはここからだ」
ここからが話の主旨で、兄貴が忘れちまっているであろう話だ。
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最初にしたのはガンッ!という鈍い音。
次にしたのはどさりと何かが倒れる音。
つられて音の鳴る方に目を向ければそこに「あんた」はいて、その足元には一匹のエーテリアスが倒れ消えていた。音につられたのはあたしだけじゃなく、あたしを囲んでいたエーテリアスの内の数匹も注意をあんたに向けていた。その隙にあたしはハンマーをぶん回して左右にいたエーテリアスをぶっ飛ばしてから改めてあんたを見る。
夕暮れ時で薄暗くなりつつある中でも目立つ金色の髪、その上に生えた髪と同じ色の狐みたいな耳、夕焼けみたいなオレンジ色の目。そう、あの時あたしの前に現れたのはまさにあんたと瓜二つのヤツだった。
『……? 子供? なぜこんなところに…?』
現れたあんた(こっからは兄貴って呼ぶが…)は右手に真っ黒な警棒らしきものを持ち、左手でまだ十歳にも満たないであろう子供を抱いていて、あたしの存在に気付いてそんな台詞を口にする。
口にしながら片手間に飛び掛かってきたエーテリアスの一匹を警棒の一振りではたき落とし、そのまま一瞥もすることなく頭にあたる黒い球体を踏み潰し倒しやがった。
『!』
そんな兄貴は次の瞬間、あたしの方に向かって駆け出した。あたしはその覇気に思わず身構えたがすぐに勘でわかった。こっちに向かってくるこいつにはあたしに対する悪意なんかこれっぽっちもないってな。そして同時に気付いちまった。こっちに駆けてくる兄貴の後ろを犬みてぇなエーテリアスが追ってることを。
『オラよっ!』
あたしは咄嗟に兄貴と同じように駆け出し、ハンマーを勢いよく振り下ろしてエーテリアスの脳天をぶっ潰してやった。そんで続けて兄貴が駆け出した方、自分の背後に目をやれば、
『……成る程』
そこにはエーテリアスが一匹、あたしの前にエーテリアスが倒れているのと似たようにぶっ倒れていて、どうやらあたし達は互いに互いの背を守ろうと動いたらしかった。あたしと同じく状況を理解したらしい兄貴は腑に落ちたって風に頷く。
『先程は済まなかった』
『? ……何の謝罪だよそりゃ』
気付けばあたし達は自然と背中を合わせて構えて、あたしは兄貴からのいきなりの謝罪にエーテリアスを見据えながら思わず聞いた。すると兄貴はこう言った。
『子供だと思った件についてだ。一目見て抱いた感想だったが、それは俺の誤解だった。だから、済まなかった』
『……なんだそんなことかよ。別にいい。あたしはンな小せぇいこと一々気にしないっての』
いや真面目か??つうか律儀か??って。
なんか堅苦しいヤツだなと思った。いやだって思うだろ普通。ウチにも色んな
『……そうか、君の寛大な心に感謝しよう』
……いや、ほんと真面目すぎるっての。あと大袈裟だしよ。
『なぁあんた、その左手に抱いてる子……大丈夫なのか? っていうかなんであんた達はホロウなんかに?』
『安心してくれ。この子供なら無事だ。今は疲労で眠っているだけだ。それと何故俺達がホロウに居るかだが……その話はここを切り抜けてからにしよう』
『ハッ、同感だ!』
『
『おう、任せろ!』
こうして再び駆け出したあたし達はそりゃあもうあっという間にエーテリアスの群れを片付けた。あたしの記憶が正しければ一分にも満たなかったかなぁ〜……いや嘘じゃねぇって!?マジだっての!話盛ってる訳じゃねーよ!マジでそんぐらい一瞬だったんだよ!パパパッ!って速攻で気付いたら終わってたんだよっ!
……まぁそんな感じでエーテリアス共を倒した後、兄貴がこう口にした。
『ーーそれで何故俺達がホロウに居るか、だったか? ……時間も惜しい。移動しながら話そう』
その言葉に頷いてあたしは兄貴の後に続いて移動を始めた。途中、兄貴の口から説明されたホロウに居た理由は言っちまえばあたしがホロウに入った理由とさして変わらなくて、仕事帰りに十四分街で買い物をしていたところ子供が路地裏に一人で入っているところを目にし、心配と好奇心が半々といった理由で後を追った結果偶然ホロウに入ってしまったのだという。
『この子は俺がホロウで保護した時には既にこうでな。無事だったのは奇跡と言っていいだろう』
『俺からも聞いていいか? 君は何者だ? 何故ここに?』
ある程度の説明を終えた兄貴は次にあたしに話を聞いてきた。
『あたしはクレタ。クレタ・ベロボーグだ。ここに居るのはあんたと似たような理由さ。たまたまここいらで買い物してたら誰かが助けを求めてる気がしてな? 勘で歩いた場所に裂け目があったんだ』
『だから飛び込んだ、と? ……他者を思いやるその心は美徳だが、優しさから考え無しにホロウに入るのは感心しないな』
『考え無しって……そりゃあんたもだろ? 知らねぇガキを思って追いかけてホロウに入ってんだから』
『……それを言われると此方も何も言えないな。だが、一つ訂正させてもらおう』
『あぁ?』
兄貴は一度足を止めるとあたしの顔を見つめ、それから左手に抱いた子供に目を向けてから言った。
『確かに俺はこの子供を思って後を追った。だが、その時に抱いた思いが君の優しさと似たものかといえば決して違う。今さっき説明したように俺がこの子供を追った理由は心配と好奇心が半々だ………いや違うな。実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
『……でも、心配してたのも確かなんだろ? だったらやっぱりあんたもあたしのことは言えねぇーよ。そんであんたはいいヤツだ』
あたしがそう言うと兄貴は何かを言いたそうにして、結局口を噤んだ。
『……なぁ、あんたさっきからどこに向かってるんだ? もしかして出口に目星でもついてんのか?』
そして、再び歩き出した兄貴にあたしは気になったことを聞いて、すぐにありえないと思った。あたし達が入ったここは確かに比較的規模の小さい共生ホロウだが、それでもホロウだ。一度入れば目の前に見える道が正確にどこに繋がってるかなんて
『君と同じく突発的にホロウに入った身だからな……残念ながらキャロットは持っていない。念の為、ここに入る前に調査協会にはホロウ災害として連絡を入れたが十分と経っていないからな。到着はまだだろう』
『…………つまりは、当てもなく歩いてるってことか?』
なんてあたしの気持ちを悟ったらしい兄貴は答え、それにあたしは思わずツッコんだが兄貴は「いいや」と頭を振り、
『当てはある。が、君が自分の第六感を上手く説明できないように
警棒を持ったままの右手の人差し指を自分の頭に当てながらこう続ける。
『ホロウの中であっても、俺には道筋がある程度正確に視えている。つまり、ホロウの出口までへの道も分かるということだ』
『まぁホロウの規模によって勝手は違うが、この程度の共生ホロウなら問題なく視える』
……そんな兄貴の話にあたしは思わず足を止めて。ポカンとしちまった。兄貴が冗談を言ってる訳でも嘘をついてる訳じゃないのもわかってる。終始真顔だったからな。だけど、それにしたって言ってることはメチャクチャだ。言っちまえばあたしの勘以上にデタラメに聞こえる話だ。
『……マジで言ってんのか? それ』
『そうだ。あぁ、何故視えるのかといった理由については俺にも分からない。一つ予想は立っているが……俺の
『おかしいって……大丈夫なのかよ?』
あたしの懸念に兄貴は困ったように肩を竦め、
『さぁな。恐らくは大丈夫ではないのだろうが………まぁ悪い事ばかりでもないさ』
『頭がおかしいお陰でこうして誰かの一助に成れているというのなら、そう悪い話じゃないだろう?』
あたしの方を振り向いてなんてことのないように言った。その顔にうっかり見とれちまったあたしは自分の中に湧き出た確信を自然と言葉にしていた。
『………あんた、やっぱりいいヤツだよ』
『だとしても、君ほどじゃないだろうさ』
それから出口まで移動したあたし達だったんだが、こっから最後の最後でもう一波乱起こった。それはエーテリアスの登場だったんだが、こいつが謂わばここの親玉って感じでな?今までのエーテリアスに比べたら一回りはデカくて……どんなヤツかって?あー確か兄貴は一目見てデュラハンとか言ってたっけな?右手が剣みてぇになってて左手が大盾みたいになってるやつだった。あとついでみてぇに何匹かのエーテリアスも来て、あたし達はそれに分かれて対処した。あたしが複数のエーテリアスの相手を、兄貴がデュラハンって呼んでたヤツの相手をな。
『この子を頼む』
『うおっ!? ちょ、いきなりだなオイ!』
最中、あたしが雑魚エーテリアスを片付けた直後、兄貴はあたしの手が空くのを待っていたみたいなタイミングで左手に抱いていた子供をエーテリアスの攻撃を避けた隙にこちらに投げ渡してきた。その時の軌道がふわっとしたものだったこともあってあたしは驚きつつも無事にキャッチできた。……だからよかったんだがそれはそれとして今思えば人を投げるならもうちょい声掛けがあってもよかったと思わないでもねぇな。うん。
その後、あたしは兄貴に加勢しようとしたんだが、それは他ならぬ兄貴本人に「来るな」と手で制された。あれは多分コイツは俺一人で倒せるとかそういった自信から来る判断じゃなく、あたしにパスしてきた子供の安全を第一に考えていたからこその判断だったんだろうな。
『……火力不足、か』
エーテリアスとのタイマン中、兄貴はそうボソリと零した。それはいつでも加勢できるように見守っていたあたしの目からも明らかで、兄貴の持つ警棒はそれなりの強度があるにはあったがそこらのエーテリアスに比べて如何にも堅いヤツ相手にはいくら叩きつけても致命傷にはなり得ていなかった。きっと致命傷にするには何百回と叩きつけなきゃダメだろう。
『………!』
そんな兄貴の目が一瞬、あたしが片手に持っていたハンマーに行ったのをあたしは見逃さなかった。またそれはエーテリアスも同じだったらしく、兄貴の僅かな視線の移動につられてあたしの方に注意を向けーーこちらに向かって駆け出した。
『! やべっ!?』
兄貴の攻防を見ていて片手が塞がった状態じゃヤツの攻撃は弾けないと何とは無しに理解していたあたしは焦りながらも左手に抱えた子供を床に寝かせようとした。だが、それが間に合いそうにないと悟ったあたしは「こんにゃろう…!」と子供を力一杯抱き締め庇いながら、向かってくるエーテリアスに対してハンマーを片手でヤケクソ気味に振ろうとした。
『おい』
次の瞬間、ガンッという金属音が耳に届いたかと思えば、続いて凄みのある声がした。
『何を余所見している? 貴様の相手は未だ健在だが?』
声のする方を見遣ればそこにいた兄貴は片膝をついた状態で、その手には先程まであった警棒はない。見ればあたしに向かってきていたエーテリアスの足元にソレは転がっており、兄貴が咄嗟にエーテリアス目掛けて武器を投擲したことがわかった。
意識外から衝撃を喰らったエーテリアスの注意は既にあたしから兄貴に戻っていて、
『かかって来い』
そんな相手に兄貴は余裕坦々といった態度を崩すことなく、武器を失い空いた右手をエーテリアスに向けて手招きするように動かして挑発した。当然それに対してエーテリアスはすぐに兄貴に対してかっ飛んでいって兄貴とのタイマンが再開した。
それから状況は進んで兄貴は壁に追い詰められるように立っていた。その位置にいるのは多分意図したことだ。兄貴がヤツの攻撃を避けながら誘導したんだろうな。そして、そこからエーテリアスの剣みてぇな腕が兄貴に振り下ろされる直前、
『クレタ』
ーーただ一言、兄貴はそう静かにあたしの名を呼んだ。
短い付き合いだが、それだけの言葉でもあたし達には十分だった。相手が何を求めてるのかハッキリと理解できた。
『おうよっ! 受け取れ兄貴ぃ!』
ーーあたしはその呼び声に応えてハンマーを投げた。
兄貴の居る方に、空中に、勢いよくな。それを兄貴は……何だよ、今いいところなんだから水差すなって……何?ハンマーはどう投げたのかって?そりゃお前右手でこうぐるぐる回したあとにだな。左手には子供抱えてたしな。両手で投げれる状態じゃあなかったんだよ。
「いや無理でしょ。んなこと。ハンマー片手で投げるってそれ出来るのさっき現場にいたクマさん達ぐらいでしょ」
「……はぁ!?」
あ、あたしにも出来らあっ!!というか実際出来たんだからしょうがねぇだろ!?だぁー!もうわかったよ!そこまで疑うんだったら今度見せてやるよ!あたしがハンマー片手でぶん回して投げるところをなっ!おい、今更逃げようったって遅いからな!?
……ゴホン。気を取り直して話を戻すが、兄貴はあたしのぶん投げたハンマーを一瞥するとエーテリアスの振り下ろした腕に対して驚くことに背後の壁を蹴って斜めに飛んだーーつまり真っ向から向かって行って、空中で体を僅かに動かすだけでエーテリアスの攻撃を避けるとそのままヤツの肩を踏み台にしてもう一度飛び上がった。
そして、飛んだ先に投げられたハンマー、その持ち手を右手で掴んだ兄貴は重みに従って垂直に落ち、最中にハンマーを両手持ちにし、
『潰れろ』
静かにそう言いながら、エーテリアスの脳天にハンマーを全力で打ち下ろした。そんな見てるだけでスカッとしちまえる一撃で勝負はついた。
『やったなっ兄貴!』
『あぁ………待って欲しい。先程も気にはなっていたんだが、その「兄貴」という呼び方は一体?』
『? 兄貴呼びじゃなんか不満でもあんのかぁー? それ以外だと……大将の方がよかったりするか?』
『俺はそんな大層な者では………いや、もう好きに呼んでくれ』
『ならやっぱり兄貴だな!』
『……やれやれ』
こうして無事にエーテリアスを倒したあたし達は兄貴の案内で再び移動し始め、一分も経たない内に裂け目の前に辿り着いた。
『ここを通れば外に出られる筈だ』
『よっしゃ! ならさっさと出ちまおうぜ!』
『……疑わないのか?』
『あー? 何であたしが今更兄貴の言葉を疑わなきゃなんねぇーんだよ……それともあんたはあたしに疑ってほしかったのか?』
『いいや、話が早くて助かる』
そんでこんな会話を交わした後、あたしは早速裂け目に向かった。ホロウの中での短い付き合いだったがあたしは兄貴のことをとっくに認めていたし、疑う余地なんてある訳がなかったからな。
ちょろいって?バーカ、だったらあたしはちょろくたっていい。一緒にいた時間なんて関係ない。兄貴はあたしが認めるに足るすげぇ人だってあんたに伝わればそれでいいんだよ。
『クレタ、一つ頼みがある』
あたしが裂け目に入ろうとした時、兄貴は今になって改めて思い出してみても奇妙に聞こえる頼みをあたしにした。
『この子の事だが、後を任せたい』
『………はぁ?』
振り返ってみれば、兄貴はそう言って両手で抱いた子供をあたしにそっと差し出していた。あたしは思わず首を傾げちまった。
『理由は……俺にも説明できない。ただ
『……………』
『無論、俺が身勝手な都合を口にしているのは承知している。無責任なのは百も承知だ。だが、どうか頼みたい』
黙っていたあたしを見た兄貴は子供を床に優しく寝かせると、最後に「この通りだ」とあたしに向かって深々と頭を下げ、
『ーーおう、任された』
『ーー! …いいのか?』
ーー寝かされた子供をあたしは空いた右手で抱き上げ言った。
あたしの返答に兄貴は驚きながら顔を上げた。どうにも兄貴はあたしが色々と聞いてくるなり、文句を言ってくると思っていたらしい。全く心外だ。相手の言いたくなさそうにしてることを無理くり聞こうだなんてあたしはしないっつーの!何でかって?そりゃあ、
『あぁ! なんたってあたしはーー』
『ーーいい女だからなっ!』
フフンと胸を張りながらあたしはそう兄貴に告げた。すると兄貴は暫くパチクリと目を瞬かせてから、
『ふっ……ふふふ』
くすりと笑った。それはあたしが初めて見た兄貴の自然な笑顔だった。
『! な、なんで笑うんだよー!? あ、もしかして兄貴! あたしのことガキっぽいとか思ったんじゃねぇだろうなー?』
『いや、済まない。馬鹿にしたつもりは毛頭ない。ただ、いい女……か。全くその通りだなと思っただけだ』
『! だ、だろぉ〜? やっぱり兄貴はよくわかってんなぁ〜!』
………なんて会話を最後に、こうしてあたしと兄貴のホロウでのあれこれは幕を閉じた。
「ーーなぁ兄貴、何か思い出せたか?」
話を終えたあたしはそう、兄貴に問いかけた。