また、ある日のこと。
『目的地に到着しました。案内を終了します。運転お疲れ様でした。』
「えー……?」
運転中の車内に響いたその音声アナウンスに俺はふと首を傾げた。近くにはコンビニや駐車場も見当たらないので仕方なく道路の端に車をゆっくり寄せて停めた。ハザードランプも忘れずにつけてっと。
「……んん?」
そうしてカーナビの画面を今一度見つめる。現在地は黒雁街跡地付近。目的地は……どうやらすぐ右にあるらしいことを確認してから車の右のサイドガラスから見える建物に目を向けた。カーナビの画面と右横にある建物を交互に見てまた俺は首を傾げた。
(配達先の住所間違えちゃったか…? ……いやあってるっぽいな。じゃあカーナビの案内が間違ってるのかぁ…? ……そんなこともないっぽいなぁー……?)
まず助手席に置いておいた配達票、そこに書かれてあるお客様の住所とカーナビに入力した住所が合っているかチェックしてみる。……ちゃんと合ってた。
次にカーナビの地図情報に誤りがあったのかと思い、自分のスマホに入れてある地図アプリで同じ住所を入れてみる。……カーナビの位置情報が古いのかアプリの情報と比べると僅かな誤差はあるものの目的地の位置は概ね変わらず、すぐ右にあるとのことだ。ちなみに写真情報はなかった。
「…………」
改めて右を見てみる。そこはどうやら工事現場らしく俺は工事うんぬんについての知識はさっぱりだが、コンクリート柱らしきものが何本も建っていてその上には組み立てられた鉄筋の型枠?が残っていたり、重機が何台か動いているのが見えた。あとドリルとかの「ウィーン、カーン、ガンガン!!」って感じの作業音も聞こえてきた。
現場前に立てられた「建築計画のお知らせ」という看板をみるにどうやらここは工場跡地であと一ヶ月ほどで大型ショッピングセンターが建つらしい。見ればオープニングスタッフ募集と書かれた看板も隣にある。
(建設業についてはズブの素人だけど、あとたったの一ヶ月でこっからショッピングセンターができるなんて信じらんないなー………すご)
人の力っていうか、職人の技術力あってのことなんだろうなぁと感心しながら俺は車を出てトランクから配達物の入ったダンボールを取り出し小脇に抱えた。カーナビと地図アプリ、配達票に書かれた住所を信じるならばここが配達先らしい。工事現場への配達はまぁたまにあることではあるが事前に何も教えてもらってなかったために少々面食らってしまった。
「………おもっ」
そのまま荷物を小脇に抱え工事現場に向かおうとした俺だが、少し歩いて荷物の重さを実感して両手で抱える持ち方に変える。配達前にトランクに積んだ時点で一度荷物の重さは実感していた筈だがうっかり忘れていたようだ。結構重いわこの荷物。中身が何かとかは知らんけど。
………あと配達員をしている身でこんなことをいうのもなんだが俺は力仕事が苦手だ。まぁこんな細腕だからね、仕方ないね(諦観)かといってじゃあ頭脳労働は得意なのかといえば全然そんなことはない。ちなみに接客業も苦手だったりする。……なんでこの仕事してんだろーね俺? まぁ雇ってもらえたからか。
いつかは天職が見つかるんじゃないかーなんてぼんやり思っていた時期もあったような気がするが「そもそも自分にそんなものないのでは…?」と思いつつある今日この頃だ。うーん諸行無常。
閑話休題。
「あの、すいませーん、天馬エクスプレスの者なんですけど………」
工事現場に入った俺はとりあえず声を上げて来たことをアピールする。が普段通りの俺のボリュームでは作業中らしき工事現場にはこれっぽっちも響かず誰も気付いてくれなかった。というか作業中なら一旦出直した方がよかったりするか……?なんて思いつつ頑張ってボリュームを上げて声を出してみる。
「す、すいませーーんっ!! 天馬エクスプレスでーーすっ!! 配達物のお届けに上がりましたー………ぁぁ……」
叫んでからすぐに「ちょっと今俺大分ボリューム間違えちゃったんじゃ?」とか不安になっちゃって途中で声が萎む。もともとあまり大声を出すタイプではない+仕事意外だとあまり喋らないのが起因した結果なのだがかなり恥ずかしい。荷物を両手で持っていなければ両手で顔を覆っているところだ。
「! おーわりぃわりぃ! 今行くから待ってろー」
あ、でも頑張った甲斐あって作業員さんらしき人が気付いてくれたぞ!大声出してよかった!
(…………こ、子供??)
そして、こちらに向かってきた作業員さんを見て失礼ながら俺はそんなことを思った。遠目で見えた時も小柄なのはわかっていたが近付いてくる作業員さんは本当に小さくて、中学生と言われても普通に信じてしまえるような見た目だった。しかしこんな工事現場で働いているのだからそんなことは多分ないのだろう。
また、彼女が低身長を気にしていることを考慮してそこら辺は思っても絶対口にしないと決める。というかお客様に対して無駄口叩くとかありえねーよ普通に。真面目に仕事しろ俺。
「すぐに気付いてやれなくて悪かったな、配達員のにーちゃん。こっちも作業中だったもんでさ」
「い、いえいえ、気にしないでください」
目の前まで来た作業員さん、眼帯とクマの耳のような形をしたカチューシャが特徴的な小柄な少女にあくまで冷静を装って俺は返事をし、両手で抱えたダンボールの上に置いてある配達票に書かれた名前を読み上げる。
「えっと、これクレタ・ベロボーグ様宛の荷物なんですけど……こちらにこのお名前の方はーー」
「ーーあぁ、あたしがそうだ」
こちらの問いに軽く頷いた作業員さんもといクレタさんに対し、俺は一旦ダンボールをその場に置いて、右手で胸ポケットに入ったボールペンを取り出し彼女に手渡す。
「そうでしたか、では、こちらにサインお願いします」
「わかった……これでいいか?」
「はい、大丈夫です、こちらお客様控えになります、よいしょっと」
配達票にサインを貰い、お客様控えを渡し、再びダンボールを両手で抱え持ち上げる。
「この荷物ですけど、どちらまで運んだらいいですかね?」
「いや、この場で受け取る。後はあたしが持ってくから大丈夫だ。お疲れさん」
簡単にそういう彼女に俺は唖然とした。マジで言ってるのかこの人?荷物の重さ分かってます?もしかして遠慮してる?
「あー…………結構重たいですよ? 大丈夫です? 全然持って行きますけど」
「いや大丈夫だって」
「……ほんとのほんとにですか?」
「ホントのホントに大丈夫だって! 心配性だなーあんた、ほら」
心配する俺に対してクレタさんは「ん」とだけ言い右手を差し出してくる。さっさと荷物くれと言わんばかりだ。けれど、彼女は見ての通り小柄な少女(のように見える)で差し出されたその腕は俺以上の細腕だ。持てるわけないだろう!そんな腕で!しかもなんで片手で受け取ろうとしてんの?折れますよ骨?と思わずにはいられない。
助けを求めてちらちらとクレタさんの後ろに目を向ければ、他の作業員さんが居るのが見えた。ほらいるじゃん力持ちそうな人!あそこのクマさんとかそっちのクマさんとかあっちのクマさんとか!
だがしかし、誰もこっちに来る気配がない。そりゃそうだよねー作業中だもんねー……くそぉ!!
「おーい? 配達員のにーちゃん?」
そんな俺にずいっと近付いて首を傾げるクレタさんに俺は何故か申し訳なさを感じつつ荷物を差し出した。ええいままよ!
「すいません、ど、どうぞぉ……できれば両手で受け取ってくださーい」
「?」
クレタさんはぽかんとしながらも俺がか細い声で漏らした気持ちを汲んで両手で荷物を受け取ろうとしてくれた。よし!これでお客様が荷物受取で骨折なんて悲劇は生まれずに済んだんやなって……まぁ両手でもキツイだろうけども……
そう思った俺は次の瞬間、懸念していた方向とは全く別の方向から大きなショックを受けて目を見開くことになった。何故なら、
「? なんだ? 普通に軽いじゃねーか……ま、いいか。荷物は確かに受け取ったからな」
「……何……だと……?」
こちらが両手で抱えても確かな重さを感じたダンボールを彼女、クレタさんが軽々と片手で持ち上げているのを目の当たりにしたからである。いやそうはならんやろ。え何、どっからそんなパワーが…?幻術なのか?信じられない光景に俺は目をパチクリさせる。彼女の声音から察するに虚勢とかではなくて本当に「軽い」とそう思っているのだろう。
な、なんてことだ……(衝撃)
(しょ、職人ってすんごいんだなぁ……こわぁ……!)
職人ってすごい。職人ってこわい。
俺はそうある種、畏怖の感情を抱いてバッと頭を下げてこう言った。
「し、失礼しまーす!」
それだけ言ってくるりと振り返って工事現場を後にしようとそそくさと歩き出す。一刻も早くここを出よう。別に急ぎの配達とかないけども!
「ん? おい、あんたちょっと待った!」
え何これデジャブ?なんか前にもこんな風に呼び止められなかったっけ俺?後ろからした声に足を止めながら嫌な予感はしつつも仕方ないので振り返ってみる。
「は、はい?」
「んー…? うーん…?」
するとクレタさんはこちらにトコトコ歩み寄ってきて何故か俺の周りを歩き始める。なんか視線をビシバシ感じる……理由は定かではないがどうやら俺は観察されているらしかった。
今日変な服装でもしてたかな俺?ズボンのチャックは…ちゃんと閉まってるな。よし。着てるワイシャツのシワ取りはかなりテキトーにやったがその上に会社の作業着もといユニフォームであるジャンパーを羽織ってファスナーも上げてるのでまず見えないだろう。よし。寝癖も直す暇がなくて放置しちゃってはいるがこれまた会社のキャップ(シリオン仕様で上部に二つ穴が空いている)を被っているのでとらない限りまずバレないだろう。よし。
………こう客観的に自分の状況を見てみるとかなりだらしいないな俺?これはしがない配達員ですわ……間違いない(自虐)
「! やっぱりそうだ!」
そんなこんなしてる内にどうやらクレタさんは何かを理解したらしく声を上げ、俺と向き合ってこんなことを宣った。
「あんた
「ぁ…………スゥー…………」
またか、また
後ろから呼び止められた段階でデジャブっていたが更には人違いまでされて既視感をひしひしと感じた俺は気付けば息を吐いて、自分の額に手を当てたくなる気持ちをぐっと堪えてーー不意に頭に疑問が浮かんだ。
(?
……そんなことあっただろうか?頭を捻ってみたがこれといって何も思い出せなかった。思い当たることはなかった。
まぁ、思い出せないだけで以前に人違いされたことぐらいあるのかもしれない。人違いされたことなんて一々細かく記憶している方が変だろう。うん。そうだ。きっとそうだ。
自分を納得させるようにそう思い込み、思考を無理くり完結させて、
「? お、おーい? 兄貴? 大丈夫かぁ?」
彼女の声にハッとして考えるのをやめる。見ればクレタさんはこちらを心配そうに見つめながら目の前で手を横に振ってくれていた。
「ぁ、す、すいません。ちょっとボーっとしちゃってました。それでえーっと……勘違いしてるとこ申し訳ないんですけど、人違いしてらっしゃいませんか? いやマジで」
心配をかけたことを謝罪しつつ、出来る限り丁寧に人違いを訂正してみた。自然と口からこんな訂正の台詞がスッと出てくるあたりやっぱり俺は以前から結構人違いされる機会があったのかもしれない。……なんだかそんな気がしてきた。これで相手が分かってくれれば話は早いのだが、
「人違い? そんな訳ないだろ? だってあんた、どっからどう見たって兄貴じゃねぇか! まぁ前会った時と雰囲気はかなり違うけど、その髪の色とか目の色とか、ギリギリまで気付かなかったけど声もよく聞いたらそっくりだしよ」
まぁそんなことを言ってくるわな。
クレタさんは俺の言葉に納得いかずに喋る。しかし、そんなことを言われても俺としては彼女とは初対面という認識だし、そもそもの話俺に妹はいない。かといって姉もいないし多分弟も兄もいないだろう。考えてみても出てこないし。いかに忘れっぽい俺でも流石に家族の存在を失念することはない……筈だ。きっと、たぶん、おそらく、めいびー。
「で、でもですね…………む?」
困って苦笑いしながら俺はふと気になり思った。別に兄貴と呼ばれたからといって必ずしも俺と彼女が家族とは限られないのでは?別の線だってあるのでは?そう例えば……
「あの、もしかして、その兄貴呼びってあれだったりします? 俺があなたの実の兄貴ってことじゃなくて相手を兄貴って呼んで慕ってる、みたいな……リスペクト的な?」
そう、そういう可能性だ。普通に考えてみれば彼女が俺の生き別れの妹なんてとんでも説よりこっちの可能性の方が高いだろう。よく見なくてもわかることだが、そもそも俺とクレタさん外見似ても似つかないし。しかも俺シリオンだし。兄妹は無理がある。
「? おう、そりゃそうだろ。あたしに実の兄貴なんてのはいねぇからな」
そんなの当たり前だろ?というクレタさん。いや知らないよそんなこと。でもそっか。やっぱり彼女は俺の妹じゃなく俺は彼女の兄じゃないようだ。……じゃあなんでこの人は俺を兄貴と呼んで慕ってるわけ?初対面だよね俺たち?考えれば考えるほどなんだか不安になってきた。
「…………どこかでお会いしました?」
「! 覚えてないのかよ?」
心当たりが皆無なんだよな。やっぱり人違いでは? ほら世の中には同じ顔の人が二人いるとかいうじゃん……いや二人じゃなくて三人だったっけ?まぁいいやそんなことは。
「え、いや、まぁ、あの、そのー………」
「……そうか、なるほどな。あんたにとっては危険を顧みず誰かを助けるなんて当たり前で一々記憶してないってことか……」
なんて困った挙句にしどろもどろな返答にもなってない言葉を吐く俺だったが、そんな俺を見て何を思ったのかクレタさんは何事かを小声で呟きニヤリと笑った。いや何その「流石だぜ…」みたいな反応?何を一人で納得してやがんだこのおチビちゃんは……!
そんな俺の思いが通じたのか自体はこんな風に進んだ。
「なら仕方ねー。あんたが忘れちまったことあたしが噛み砕いて教えてやるよ。おーいお前らー! 今から昼休憩にするぞー! 作業再開は一時間後、しっかり飯食べて水分補給も忘れんなよー!」
「え、あの」
「ほら行くぞ」
「ちょ」
「まさかあたしの誘いを断ったりなんてしねぇよな? 兄貴」
「…………」
勝手に進行する話に俺は「なんかめんどくさそう」「逃げ出したい」「何か逃げる口実はないか?」という思いから今日の配達予定がずらりと書かれたメモ帳を取り出し開いた。けれど残念かな。この工事現場への配達が午前中最後の仕事。非常にキリのいいところであった。
「なぁ?」
グッと肩を組まれる。うわ力強いっ。
それでも本当に嫌ならちゃんと断った方がいいって?それは真にごもっともなんですが、
「な?」
「……はい……」
些か俺には勇気が足らんかったぁ……。
こうして半ば連行されるように俺はクレタさんと昼休憩を共にすることになる。この後、話の流れで知ることになったのだがクレタさんはなんと社長で普段重厚なハンマーをそれはもうブンブンと自由自在に振り回してるらしい。
…………逆らわなくてよかったなぁ、と後になってしみじみ思った。