「それにしてもいい天気だねぇ。男二人、寂れたローカルタウンに繰り出すには最高の日だ」
「……あぁ、ホントに。湿気た街に野郎二人じゃなきゃ、文句なしで最高の日だったよ」
場所は六分街。本来ならバリバリ当直、バリバリオフィスで働かなきゃ行けないこの日に、俺とマサマサはバリバリ街に繰り出していた。
「おっと、今回のはサボりってわけじゃないよ? ちゃんと副課長の頼みで来てるわけだし」
「頼まれたのは俺な? お前は報告書サボれるからって相乗りして来ただけだろうが」
「ちょっとそんな冷めたこと言わないでよ。僕と愛斗の仲じゃーん」
「そんな仲なら荷物持ちくらいやれよ? 最初来たがってた蒼角ちゃんの方が仕事するなんてマジで笑えねえ冗談だからな」
蒼角ちゃんが来たがるような案件って、つまり飯に関する案件なんだけど。
近々行われる零号ホロウの調査、それから零号ホロウ拡張防止を目的としたエーテリアス掃討作戦に向けて、対六課のメンバー、つーかH.A.N.D.で働く連中のほとんどが缶詰状態で作戦立案だったりなんだりをする羽目になる。
それに備えての食糧調達が、柳副課長に与えられた仕事だった。
仕事が増えるのはゴメンだけど、こういうのはちょっとお泊まり会みたいでワクワクする。
「てか思ったんだけどさぁ。雑貨店ならルミナススクエアとかにもあるでしょ。なんだってこんな下町まで来たのさ」
「……説明する前にもう着いたな。141のここの店舗は、毎回この時間にタイムセールやってんだよ」
「いやいやタイムセールって……どうせ経費で落ちるんだから、そんな節約なんて気にしなくてもよくない?」
「バカ。この金はな、俺達が守るべき新エリー都の住民達の大事な大事な血税なんだぞ? そんな無駄使い出来るか」
「六課所属の建前はいいから、愛斗個人としての本音は?」
「カップ麺買い占めんのに金使いすぎると柳副課長にキレられる。この前それでめちゃくちゃ詰められたし」
「なるほど、その反省ってこと。……ていうか待って、まさかまたカップ麺だけでこの数日間を乗り切るつもり?」
「うん。だって普通にカップ麺食い放題って最高じゃね?」
「……やっぱり僕もお金出すからさ。マトモな食材も買おうよ。今からその辺のATM行ってちょっとお金下ろしてくる」
まぁ流石にカップラーメンだけで乗り切るのは冗談だったが、前回俺達の飯がカップラーメン尽くしになってしまったのはひとえに、ここの品揃えが悪すぎたことに起因する。
「だから金下ろしたって意味ねぇと思うんだけど。まぁアイツの引きつった顔が面白かったしいいか」
マサマサが大量のディニーを財布に詰め込む様子を想像しながら、こっちはこっちで六課の面々に買っていく商品を選んでおく。
「ん〜。ん〜! あ〜もう! なんでこんな高い場所に商品を置くかなぁ……そもそもあの子達はどうやってここに商品置いたの?」
俺が商品を選ぶ隣では、青髪の女の子が戸棚の一番上の商品を取ろうと苦戦中。
そんで取ろうとしてるのは……あ〜期間限定のカップラーメンか、結局人選びそうなパッケージだけど中々いいセンスしてるなこの子。
「ほら、欲しいのこれだろ」
「わっ、ありがとうお兄さん。背低いとこういう所が不便でさぁ。どうやったらそんなに大きくなれるの?」
「さぁ? 俺にもわかんねーや。まぁ少なくともカップ麺ばっか食べてちゃおっきくなれないぜ。お嬢ちゃん」
「余計なお世話だよ! だいたい、普段はカップ麺じゃなくてチョップ大将のラーメン食べてるし!」
「結局ラーメン食ってんじゃねーかよ……」
いやまぁ、毎日カップラーメン生活を強要した俺が言えたことでもないんだけど、結局あれも一週間くらいの出来事だからな。
この子がどんくらいラーメン生活を続けてるのかが問題だ。
彼女の外見からその期間を想像するという激キモなことをしていると、陳列棚の向こうから細身の銀髪の兄ちゃんがやってきた。
「リン。買う物は決まったかい? ……と、その隣の人は?」
「あっお兄ちゃん。この人はね、さっき私が取れなかった商品を取ってくれたの」
「取ってくれたのって……リン、取れない商品があったなら僕を呼べばよかっただろう? 他の人にあまり迷惑をかけちゃいけないよ?」
「ちょっと待ってくれよ兄さん。それは俺が勝手にやったことだからさ。迷惑とかでもなんでもないし。あんまり叱らないでやってくれない?」
「そうだよ〜! 私が頼んだわけでもないし、一人でも取れたし!」
「…………」
それは無理だろというツッコミは流石に野暮過ぎるのでここは控えておく。
「そうなのかい? それならいいんだけど……」
「も〜お兄ちゃんは何かある度に私を悪者扱いするんだから。実の妹をもう少し信用してくれたっていいんじゃない?」
「リンのことを信用してるからこそ、そういう判断になるんだよ。君は遠慮ってものを知らないからね」
「あ〜! 言ったなぁ!」
実に健全な兄妹のやり取り。聞いてるだけで目眩がしてくる。
つーか痛い。マジで痛い。妹に千切られた右腕らへんがなんかキリキリしてる。
「まぁあれだ。銀髪の兄さんの言う通り、嬢ちゃんも次に困ったことがあれば兄さんを頼ってやりな。なに、安心しろって、妹に頼られて嫌がる兄貴はいねーから」
まぁ嫌がんなくても面倒だなーくらいの気持ちはあるけど、そこはご愛嬌だ。
とにかく、俺は色々と眩しすぎるその兄妹が見てらんなくて、さっさとこの場から退散したかったんだけど。
「ああ、少し待ってくれ。これも何かの縁だし」
そう言いながら兄さんは懐からなんかのカードを取り出して渡してきた。
「僕達はすぐそこにあるビデオ屋を経営してるんだけど、今すぐにでも、それかまた今度にでもこれを持って来てくれたら、入会金は無料で会員登録させてもらうよ」
「お兄ちゃんってばこんな時にまで商売のこと? 全く、遠慮がないのはどっち?」
「さて、なんのことやら。僕はただひとりのビデオマニアとして、同好の士を増やしたいだけだよ」
「……そうだな。まぁビデオは嫌いじゃないし、今度暇な時に顔出すよ」
そうして今度こそ、俺には色々と目に毒なビデオ屋の兄妹と別れることが出来た。
でも実際羨ましいよなぁ。なにより自営業ってのがいい、俺も将来金貯めてなんかやるか。
「つーかアイツ遅くね? マジで何やってんだって……噂をすればか」
駅の方から小走りでこっちに向かってくる色男。
ATMそんなに見つかんないのかよと思ったが、心の底からうんざりした表情を見るにどうも事情が違うらしい。
「ごめんごめん! ちょっとファンの子に捕まっちゃってさぁ。やっと帰してもらったよ〜……」
「久々に見たわ、お前の本気で疲れてる顔」
「女子高生に質問攻めされたら疲れもするって……。はぁ、今度こういう機会があったら愛斗みたいに制服脱ごう」
「お前の場合制服着てなくても顔でバレそうなもんだけどな」
「でも愛斗はバレてないんでしょ? いけるいける」
「いけないいけない。そもそも俺とお前の場合、単純な知名度に差があり過ぎる」
それこそさっきのビデオ屋の兄妹だって、俺が六課だって気づく気配皆無だったからな。ただの気の良い兄ちゃんだと思われてる。
「あれ、ていうかもう買い物終わったの? 僕お金下ろして来たんだけど……」
「マトモな食材はここに売ってねえよ。マジで欲しいんなら別の店行かねーと」
「なんで最初にそれを言ってくれないかなぁ……いやまぁ、サボれる時間増えるのは嬉しいんだけどさ」
「サボれるサボれるって言ってるけどお前、戻ったらどうせまた報告書やらされんだからな? 後回しにすればするだけ苦しむのは自分だぞ」
「それはほら、こうして街ブラするくらい僕と仲がいい篠崎愛斗君が〜……」
「俺は手伝わねーよ?」
「あらら〜。愛斗は優しくないなぁ」
「そりゃお前、男に優しくする理由がないからな」
「そうは言うけど、愛斗って蒼角ちゃんのも課長のも手伝わなくない?」
「そりゃお前、手伝うと柳副課長が怖いからな」
「あ〜、そっちが本音か」
六課で一番ヒエラルキー上なのは誰かって聞かれりゃ、柳副課長に決まってるからな。
権力的にも実力的にも格上の相手には逆らわないのが吉だ。
「んじゃまぁ。天下の副課長のご機嫌取りの為にも、あんぱんもついでに買っていくとしますかね」
「つーか毎回あんぱん差し入れとけば、お前がしょっちゅう出してる休暇申請も簡単に受理してくれそうなもんだけどな」
そんな夢のある呟きをしてみる。
「…………」
「…………」
自分で言っといてあれだけど、割りとマジで何とかしてくれそうな雰囲気を感じ取ってしまう我々だった。
「……いや、いけるな」
そんな感じで新たな手札をマサマサに与えてしまった俺。
すんません柳副課長。でも俺悪くないですよね、流石に鋼の意思で断ってくれますよね。
「それでも、五分五分か……?」
断言出来ないのがまた申し訳なかった。
揺れる柳副課長への信頼。それが零号ホロウの攻略に支障をきたさないといいけど……って、これも笑えない冗談か。