ホロウ災害で家族失ったけど本人がまったく気にしてないパターン


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作:いつかの
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後悔先に立たず。大嫌いな言葉を並べて〜


 

 

「うぇぇ……マジで気持ち悪ぃ……」

 

 

 例えるなら二日酔い。それを百倍最悪にした感じ。それももうだいぶマシにはなってきたけど。マシになってしまう自分の体質が恨めしい。

 

 

 つーか何を一番恨みたいかって、考え無しにアレを使った自分だよ自分。

 徹頭徹尾、全くもって柳副課長の言う通りで、一生涯あの人の言うことだけは聞こうと、もう何度目かも分からない誓いを立てる。

 

 

 しばらく空だけを見つめて、吐き気と頭痛の解消を促していると、コツコツというヒールの音で現実に戻される。

 

 

「隣、構わないか?」

 

 

 聞いておいてもう座ってるのが、雅課長クオリティという奴か。

 表面に汗を滴らせるコーヒー缶を手土産に、雅課長はヤヌス区の現場にやってきた。

 

 

「愛斗、酷い顔だ。まさかまた使ったのか?」

 

「あ〜、説教はやめてください。ちょっと本気で後悔中なんで今。もう二度と使わないって決めたんでホントに」

 

「その言葉はもう六度目だ。お前の二度とは悠真の病欠届け並に信用出来んとは柳の言葉だ」

 

「そんなこと言ってたんすかあの人……」

 

 

 いやまぁ確かに六度目。なんならもっと言ってる気がするけどさ。

 

 

「ていうか事後処理とか治安局だけに任せっきりでいいんですか? 俺が縮小させたとはいえ、実際に被害にあったヤヌス区はまだてんやわんやでしょう。治安局のヤヌス区の担当はどうも、赤牙組がどうたらで忙しそうっすよ?」

 

 

 雅課長を見ていると不思議と吐き気と頭痛が引いてきたので、まずは当然の質問をしてみることにした。

 

 

「治安局については他の地区からの応援が来ている。それに後ほど調査協会、人員に余裕がある対ホロウ一課も合流する予定だ。今回の事後処理は空を飛ぶ燕を切るよりも容易いだろう」

 

「普通にそれはめちゃくちゃ難しいのでは……?」

 

 

 と思ったけど、ビルの隙間を飛び回りながらエーテリアスを追撃するこの人にしてみれば、空飛ぶ燕を切るなんざほんのお遊びみたいなもんか。

 

 

 雅課長はこの後、現場の事後処理が終わり次第ホロウに突入。

 俺の狩り残しを殲滅してホロウの更なる縮小、可能なら消滅まで持っていくという話だった。

 

 

「本来ならより多くの犠牲者が出てもおかしくなかった。お前のお陰だ。愛斗」

 

 

 そう言いながら真っ直ぐな目で俺を見る雅課長に、若干の申し訳なさが出てくる。

 

 

 やった行為に嘘は無いけど。

 やった理由があんまりだった。

 

 

 用事がある〜なんて適当言って柳副課長から退勤許可をもぎ取ったのがお昼頃。

 もちろん用事なんてありゃしない俺は、ヤヌス区で飯でも食うか〜とインターノットで評判の高いお店へ。

 

 

 その、ちょうど腹ペコだったタイミングで共生ホロウが発生しやがったもんだから。

 俺もムカついてホロウ内にいるエーテリアスを狩りまくったというのが今回のオチだった。

 

 

 まぁ六課としての世間体とか、人に死なれたら寝覚め悪いな〜くらいの意識はあったけど、それでも大部分を占めるのは腹ペコ状態の憂さ晴らし。

 あ〜あ、あの店の鶏白湯ラーメンめちゃくちゃ美味そうだったのに。ちくしょうマジで食いたかった。

 

 

 とにかくそんなだから、雅課長がくれたこのコーヒーも少し申し訳ない。それでももらった以上は飲むんだけど、実際の苦味以上の苦味を感じる。

 つーか雅課長メロンジュース飲んでるじゃん羨まし。いやメロンパンも食ってるじゃん羨まし! どっから出したのそれ! 

 

 

 小さい罪悪感など速攻でブン投げて雅課長のメロンを羨ましがっていると、向こうから歩いてくるスタイルのいい治安局の姉さんが。

 

 

「今回は協力ありがとうございました。愛斗さん。死傷者、行方不明者共にゼロ。貴方がいなければこの結果は得られなかったでしょう」

 

 

 キチッとした姿勢で頭を下げる治安局のお姉さんもとい朱鳶。

 何が困るって、そういうことされるとメロンでブン投げた罪悪感がまた戻ってくることだ。

 

 

「頭上げてくれよ朱鳶。俺は六課として当たり前のことをしたまでだし。それにあの場に居たのが六課じゃなくて治安局の誰かでもきっと同じことをしただろ」

 

 

 そんな思ってもないセリフを言い終わったところで、今度は向こうから小走りでやってくる女性が目に入った。

 その女性の腕の中にいるのは、目元に泣き腫らした跡が見える女の子。

 

 

 その子は俺がホロウから助け出した子だった。

 治安局に預けてそれっきりだったけど、ちゃんと母親と再会できたんだな。

 つーか朱鳶お前、この子の母親に俺のこと教えたろ。なあそうだろ。

 

 

「この子をホロウから助け出してくれて……本当にありがとうございました……っ! 人混みの中ではぐれてしまった時は、もう二度と、二度と会えないかと……!」

 

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に礼を言う母親。

 そういや俺のお袋も最後にはこんな感じの顔してたっけ。

 もうマトモだった頃の顔も思い出せないお袋が、なんとなく重なる。

 

 

 まぁ同じ泣き顔でも、その涙の意味合いはもちろん正反対なんだけどな。この子の母親は喜び、俺のお袋は恐怖。そこは確認するまでもない。

 

 

「……お子さんが無事で何よりです。今度は何があっても、決してその手を離さないようにしてください」

 

 

 全く、我ながら思ってもないことをスラスラと。

 意識したのは柳副課長のモノマネ、こういう時に使える言葉のストックは大体あの人由来。今度またお礼にあんぱん差し入れよう。

 

 

「……なんだよ。なに笑ってんだよ朱鳶。それに雅課長も、なにメロンジュース倍の速度で飲んでんすか」

 

 

 小声で指摘するが二人は無言でニヤつくばかり。

 いや、雅課長はそもそもニヤつくっつーかジュース飲んでるだけだけど、そんなに美味しいのそれ? 

 

 

 その後は、滞在時間が短いとはいえその女の子にはエーテル侵食の疑いがあった為、朱鳶が医師の待つ仮設テントまで案内した。

 

 

「どうだ愛斗。多少はこの仕事にやりがいというものを感じたか?」

 

「ほんの少しだけっすよ。でも俺やりがい搾取なんて大っ嫌いですから、後できっちり報酬はもらいます」

 

「勿論だ。柳に話を通しておこう」

 

 

 多少ふっかけたつもりだったが、大真面目に検討してくれるあたりマジでいい職場と再認識。

 今でも在り方は好きになれないが、こういうところは大好きだ。

 

 

「ところで愛斗」

 

 

 唐突に、メロンパンを口に含んだまま話題を切り替える雅課長。

 

 

「はい? なんでしょう?」

 

「お前と朱鳶についてだが」

 

 

 言葉を切って、雅課長はメロンパンをガブリ。

 気のせいかな、なんか機嫌悪い? 雅課長。

 

 

「俺と朱鳶が、どうかしました……?」

 

「朱鳶の名前は、呼び捨てで呼ぶのだな」

 

 

 どことなく冷ややかな目で、雅課長は再びメロンパンをガブリ。

 あれだけ大きかったパンはもう三分の一も残ってない。

 

 

「……雅課長がここに来る前にも少し話して、本人に呼び捨てでいいって言われたんでまぁ。そうしてます」

 

 

 聞けば俺の方が年上らしいし。

 一歳しか変わんないけど。

 

 

「言われたら、呼び捨てにするのだな」

 

 

 大口を開いて残りのメロンパンをガブリ。

 美味しそうな焼きたてのパンは、こうして虚空に消え去った。

 

 

「あ〜、雅課長? ちょっと話が読めないんですけど、ようするに何が言いたいので?」

 

「なんでもない」

 

「いや絶対なんかあるで──」

 

「なんでも、ない」

 

「……」

 

 

 雅課長は抜刀の構え。軽率にやんないで欲しいそのポーズ。

 メロンからエネルギーを補給した雅課長はどうも絶好調らしい。

 

 

 ホロウに残ったエーテリアスが不憫に思える。

 いやまぁ、虚狩りの神がかった剣術と俺の下手くそな槍術。どっちが楽に逝けるかは言うまでもないことなんだけどね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 突いて。斬って。抉って。

 ホロウに取り残された少女は、自身を殺そうと囲んでいたエーテルアスがそのように蹂躙されていく様を目を輝かせながら眺めていた。

 

 

「……きれい」

 

 

 幼さ故か、迫り来る死への恐怖はすぐさま目の前の光景に対する感動へと切り替わる。

 

 

 その、少女が目を輝かせるような演出を成すのは、やられ役のエーテリアスと主役の篠崎愛斗だった。

 

 

「オラオラどうしたどうした。こっちはまだあと百体はやれるぜ? ……ごめんやっぱり嘘。あと十体でも割りとシャレになんない」

 

 

 言いつつ、エーテリアスを殲滅する速度は全く落ちていない。

 

 

 愛斗は左右それぞれの手に槍を持ち、二刀流ならぬ二槍流を体現した戦闘方法でエーテリアスを蹂躙している。

 左右どちらの槍にしても、その正確さと威力は変わらず、冴え渡る槍の一撃一撃は、エーテリアスのコアをもしくは効果的な弱点を的確に切り裂き撃ち抜いていく。

 

 

 少女がはぐれた母の温もりを恋しく感じる頃には、もう全てが終わっていた。

 

 

「おにいちゃん……そっちのうで」

 

「あ〜、その。悪いけどお兄ちゃん呼びは勘弁してくれ。そんな歳じゃないし、そうやって呼んでいいのアイツだけだから」

 

 

 少女を支給品の浅葱色の上着にくるむようにして抱き抱えた愛斗は、再びどこからか湧いてきたエーテリアスに呆れたような表情を向ける。

 

 

「いい加減しつけーよ怪物。キャロットも何も無い以上、運ゲー総当たりで出口探すっきゃねーんだ。見逃してやるからさっさと失せな。……それでも着いてくる奴は……仕方ない」

 

 

 成りかけていた白色の右腕が完全に変異する。

 欠損を埋める機械仕掛けの腕を覆い隠すように黄緑色の結晶が展開する。

 その様相は、エーテリアスに酷似した、怪物の右腕。

 

 

「あんまり使うなって柳副課長には言われてんだけど。どうせエーテルが満ちてるホロウの中でしか使えねーし。条件が揃ってんなら使わない方がもったいない」

 

 

 怪物の右腕からのエーテル侵食に全身の細胞が悲鳴を上げる。

 壊れながらも活性化する細胞は、着実に愛斗の肉体を死に向かわせながらも、より強力なものへと作り替えていく。

 

 

 ホロウ内部に滞在することで起こる無作為で理不尽なエーテル侵食ではなく、明確な意思を持って行う人為的で合理的なエーテル侵食。

 極めて特異なエーテル適応体質である彼だからこそ耐えられる、自殺スレスレの肉体改造。

 

 

「さぁ、こっちはもう準備万端。怪物同士、速さ比べと行こうか?」

 

 

 高揚のままにぶち上げたスタートの合図。

 どちらの怪物が勝利したのかは、言うまでもない事だ──。

 

 

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