ある日のこと。
「もぐもぐっ…」
新エリー都ヤヌス区、六分街近くにあるハンバーガー屋にて俺はハンバーガーを食べていた。こうして六分街近くで食事をとっているのは家が近所だから……という理由ではなくて、単純に午前最後の配達先が六分街だったからというだけだ。
「もぐもぐっ…」
ちなみに俺は今日は午後休をもらっているので仕事は以上。気楽なものでこうやってのんびりランチタイムを過ごしていた。俺の配達員としての仕事量は基本的に忙しい日と忙しくない日、普通な日とがマチマチなのだが時期によっては忙しい日が連続したりすることがある(基本はどの職種もそうか?)。
最近はめちゃくちゃとは言わないまでも普通に忙しい日が続いていたのでこんな風に平日にのんびりと昼食をとるのも久々……は大袈裟か。多分一週間ぶりぐらいである。昼休憩をいつとるかはこちらの自由というか配達者本人に一任されているのだが、ついついキリのいいとこまで配達してから休もうとか考えちゃって休憩を疎かにしちゃいがちなんだよなぁ………。
「やっぱハンバーガーっていつ食べても美味いですよねー……そっちが食べてるそれ、何バーガーでしたっけ?」
なんてことを考えながらハンバーガーに齧り付く俺は実は一人で昼食をとっている訳ではない。とある人物と二人でハンバーガーを食べていた。
「チキンバーガーよ。私の経験上、これが一番美味しい」
「確かに美味そー……今度来た時はチキンバーガー食べよ」
ソファー席に座る俺の向かいにある椅子に座ってハンバーガーを食している彼女の名はアンビー。時々こうしてハンバーガー屋で出会う友達だと俺が一方的に認識しているクールな人である。
………いつ、どこで、どう知り合ったのかは何故だかこれっぽっちも思い出せない。でも思い出せないということは多分俺と彼女は劇的な出会いの果てに知り合ったとかそういうんじゃなくて、今日こうしてハンバーガー屋で偶然出会ったみたい何とはなしに出会って知り合ったんじゃないかと思う。
今日ハンバーガー屋で出会った時は俺がハンバーガーが食べてるとこにアンビーさんが来て「ここ、座っていい?」とだけ言って現在に至っている。
「あなたの食べているソレはフィッシュバーガーね、美味しい?」
「はい、美味いです。普通に! ……あ、普通っていうのは褒め言葉としてですよ? マジで」
悪いが俺には食レポの才能はない。あったとしてもこんな仕事終わりの昼食というリラックスタイムに発揮できる気はしない。というかアンビーさんも俺の食レポを期待してフィッシュバーガーの味の感想を聞いてきた訳ではないだろう。
「えぇ、わかっているわ」
お互いの食べているハンバーガーの感想を口にしながら俺とアンビーさんはまたハンバーガーを一口食べた。うん美味い。これは完全に俺の偏見だけども、こういったジャンクフードって健康には悪いかもだけど期待を裏切らない美味さがあるよな。
ハンバーガーを食べながら俺はアンビーさんに話を振る。
「もぐもぐっ……アンビーさんは、最近どうです?」
「もぐもぐっ……最近?」
「ですです。はむっ……普段の調子っていうか、仕事とかどんなもんです?」
そこまで聞いて俺はドリンク(ウーロン茶)をストローで啜る。会話の内容に深い意味はない。ただ単純にせっかくこうして会ったんなら話したいなぁと思っただけのことだ。
「はむっ、仕事………そうね。今月の収支は前よりも良くなっているわ」
「おぉ〜」
そりゃいいことだ。思わず食べようとしていたハンバーガーを一度トレイに置いて拍手する。
「でも、依然として……」
「? 依然として?」
アンビーさんが急に黙った。何やら話の雲行きが……つい拍手する手を止めた。嫌な予感しかしない。
「赤字よ」
「………わぁーお」
赤字?依然として?何それ怖い。その会社よく今もやっていけてますね。大丈夫?近々倒産しない?
「その仕事っていうか、会社? 大丈夫なんです? すっごい心配なんですけど」
ぶっちゃけ俺はアンビーさんがどんな仕事をしてるかとか、彼女個人についてとかは全然と言っていいほど知らない。それもその筈で互いに無駄にそこら辺の事情に踏み込んだりとかはしたことがないからだ。
だがいつも赤字の会社?に勤めてると知れば流石に心配になった。俺なんかが彼女の助けになれるとは到底思えないが心配するだけならタダだしいいだろう。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。彼女は支出を減らそうと言っていたし……私はニコを信じるわ」
へー…………ニコって誰だろ?もしかして以前にアンビーさんと会った時に教えてもらったことがあったりするのだろうか?支出について話すってことは会社の社長さん?それか会計の人とか?申し訳ないが全く覚えがない名前だった。ならきっと俺は会ったこともないだろう。知らんけど。
「……そっすか」
でもまぁアンビーさんが信じる人ならきっといい人なのだろう。なんとか赤字を回避できるよう頑張ってほしい。とりあえず内心でエールを送っておく。ファイト〜(他人事)
「それじゃあ、次はあなたが話す番よ」
そんな中、いつの間にかハンバーガーを食べ終わっていたアンビーさんはドリンクを一口啜ってからそう言い出す。
「……はい?」
「最近の調子はどう? あなた個人の話と仕事の話、両方についてよ」
首を傾げる俺にそう言ったアンビーさんはこちらの話を聞く姿勢になったようで両手でドリンクを持ちながら「早く話して」と言わんばかりに目を合わせてくる。
「そ、そうですね……俺個人の方は……うーん、なんて言えばいいのかなぁ……ふ、普通?」
「で、仕事の方は……あー、結構順調? というかまぁいつも通りって感じでこっちも普通?」
人に話を振っておきながら自分はなんとも淡白な近況説明になってしまったと後悔した俺は気付けばうーんと唸ってしまう。困ったらすぐ普通普通とか言って……語彙力というかシンプルに知能の低さが出ちゃってる気がする。そんな俺を見兼ねてかアンビーさんは次にこう聞いてきてくれた。
「あなたは、今日はどうしてハンバーガーを食べに来たの?」
「えっと、それはですね……何というか理由は俺にもよくわかんないんですけど、今日は
「無性に?」
「はい……なんでかはマジでさっぱりで。最近ハンバーガー食べてなかったって訳でもない気がするんですけど……」
なんて言いながら昨日自分が夕飯に何食べたっけと考えてみたが、これまたさっぱり思い出せないときたものだ。自分が普段どれだけテキトーに生きてるかがわかって嫌になるねまったく。
なんだろ、以前にフィッシュバーガーを食べ損なったりでもしたのだろうか? ……記憶にはないが。
「まぁそんなことどうでもいいですけどねー。フィッシュバーガー美味いですし。もぐもぐっ」
「……そう」
そう言って俺は残ったフィッシュバーガーを手に取って一口食べてからドリンクを飲んだ。ふぃーあと三口ってところか。というか今考えるとアンビーさんの方が後にきて食べ始めたのにもう食べ終わってるのか……ほんとにハンバーガー好きなんだなぁ……
「ーーねぇ」
その声にドリンク容器をトレイに置き、片手に持っていたハンバーガーを再び食べようとしていた俺は「はい?」と顔をそちらに向けた。見ればアンビーさんは俺をどこか心配そうに見つめながら、
「ーーあなたは、今、幸せ?」
そう問いかけてきた。
それが今までのどの問いかけとも違う、とても真剣味の帯びたものだというのはすぐにわかった。だから俺も改めて真剣に考えて答えようと思った。
「……そーだなぁ。仕事は順調です。忙しくて四苦八苦することはしょっちゅうありますけどやりがいはありますし。俺はアルバイトですけど、まぁ自分なりにうまくやれてるんじゃないかなって思います」
「俺個人としては、相変わらず好き勝手生きさせてもらってます。正直色々と悩みは尽きないですけど、それも人生だー! なんてポジティブに受け止めて事なきを得てます」
そこまで言うとアンビーさんがこう口にする。
「……人生は、つらい?」
「……そうですね、辛いことは多々あります。でもそれだけじゃない。人生には希望だってあるんです。だから辛くても頑張れるんじゃないかなって」
……ま、人生で味わうことになる数多の辛いことといつか掴めるかもしれない希望、その釣り合いが取れているかどうかは定かじゃないけれど。
みんな辛いことがあっても人それぞれ希望を抱くなり掴むなりして頑張ってる気がする。少なくとも俺はそうだ。
「俺が今、幸せかどうか、でしたよね? 俺はーー」
「ーー今、幸せですよ。こうやって友達とのんびりハンバーガーも食べれてますし、もぐっ」
アンビーさんの問いに答えた俺は言ってからちょっと照れ臭くなって恥ずかしさを誤魔化すようにハンバーガーに齧り付いた。我ながらキャラじゃないことを言ったような気がしてしょうがない。
「……? 友達?」
そんな俺に対し、アンビーさんはこてんと可愛らしく首を傾げてそう言った。瞬間、俺の思考は一時停止し、ハンバーガーを飲み込むと共に再起動して声を出す。
「……えっ? あ、えっ?!」
もしかして、アンビーさんのことを友達と思ってたのって俺だけ?アンビーさん的には俺ただの知り合いないしハンバーガー仲間ってだけだったり? え、マジで? ちょっと泣きそうかもしんない……うわ恥ずっ。勝手に友達と勘違いした台詞吐いちゃって……俺のバカアホ!!
だが、俺は諦め切れず一縷の希望に賭けて口を開く。
「俺とアンビーさんって、友達では……な、ないですかね?」
「私とあなたが、友達…………」
「ぁ、め、迷惑とかだったら全然知り合いで大丈夫なんですけどね……ははは」
だが、俺の言葉を聞いてもまた不思議そうな顔をするアンビーさんを見て、気不味さから思わず苦笑いする。もうダメだ。おしまいだ。俺の一縷の希望は木っ端微塵に砕けた……
「……いいえ、嬉しいわ」
と思われた時、アンビーさんから意外な返事が帰ってきた。
「……へ?」
ちょっと理解が追いつかなくて俺は固まる。
「驚いてしまってごめんなさい。その、あなたが私のことをそんな風に思ってくれてるだなんて、想像もしていなかったから……」
「……つ、つまり……?」
「あなたが私を『友達』だと思ってくれるのは、嬉しい。あなたがそう思ってくれるのなら私たちは『友達』よ。だから、これからもよろしく」
僅かに微笑みながら彼女はそう言った。
「こ、こちらこそ! ……はぁぁあー……よかったぁ〜……!」
俺はその言葉に喜びから思わず席を立って声を上げ、すぐに安心感から息を吐いてゆっくり席についた。友達だと思っていたのは俺だけだなんて悲しい話はなかったんや…!(安堵)
それからまた少しアンビーさんとなんてことない世間話をしてからのこと、どこからか連絡が来たのかスマホを取り出したアンビーさんが席から立ち上がった。
「! ごめんなさい。今急用が入って…」
「了解です。俺のことは気にせず行ってあげてください」
「ありがとう」
俺の言葉にハンバーガーの代金をテーブルに置いて走り出そうとするアンビーさん。それを見送って手を振ろうとした俺は聞き忘れたことを思い出して、名前を呼んだ。
「あっ、アンビーさん!」
「何?」
足を止めバッと振り返ったアンビーさんに俺は聞いた。
「ーーアンビーさんは、今、幸せですか?」
「ーーえぇ、幸せよ、とても」
迷うことなくそう答えてくれた彼女に俺は「ならよかった」と言ってからこう続けた。
「いってらっしゃい、お気をつけてー」
アンビーさんは一度だけ頷いてハンバーガー屋から走り去っていった。その後ろ姿にひらひらと手を振り見送った俺はドリンクを飲み干してから手を合わせる。
「ごちそうさまでしたっ、と」
その後、会計を済ませ、店を出た俺は駐車場に停めたマイカーに乗って、今ある幸福を噛み締めながら帰路についた。