ゼロ・トゥ・ゼロ


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作:しづごころなく
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引力ジョーカー


あと1、2話ほどで日常回は終わりになります。シートベルトを探しておいてください。


 (ハル)が2階から落ちてきた。

 

 「ハル、大丈夫!?」

 

 紺色の髪の少女が慌てながらワタワタとする。頭の中は「こういう時、どうしたら…!!」で一杯だった。ハルは顔を赤くし、息はしているが話しかけても返事をしない。そんな中弾き出した一手目。

 

 「お兄ちゃーん!!」

 

 彼女の兄、アキラに助けを呼ぶこと。

 

 

 

 「まっずい、体が重い…」

 

 ハルは一日ほど前の夜、街を重い足取りで歩いていた。僅かに鼻声で、瞼を無理やり開けている。

 

 「病院、以前に、多分寝ないとダメだ…救急車は……ああ、スマホなかったわ」

 

 病院に行けるほどの体力はない。軽く散歩とランニングをしたかっただけなのでスマホもなければ財布もない。ましてやここはルミナスクエアから離れた六分街。病院の場所が怪しいのだ。

 

 壁に手を伝いながら、背中を曲げつつも歩き続けるハル。ここから戻るなら、電車に乗って移動するのが一番早い。

 

 「はぁ、…はぁ」

 

 意識が重くなってくる。髪をたくしあげながら自分の頭に手を当てれば、明らかに発熱していた。思い当たる原因はないので、おそらく風邪だろう。

 

 「……むりだ」

 

 体が熱い。頭がぼーっとして、冷たいものを必要とし始める。自分の視界に、とても冷たそうな地面が映る。

 

 「…これでいっか」

 

 判断力を失った脳が、体を崩し、地面に倒れ込む。どさ、と音を立てながら、多少の痛みすら無視して、ハルの意識は薄れた。

 

 

 ガチャリ、とRandom Playの扉が開く。リンという名前の店長は、ただゴミを捨てようと外に出ただけだった。しかしそこには、治安官の服装でぶっ倒れている青髪の男性。

 

 「え」

 

 一瞬の思考停止を経て、異常事態を把握したリンは、兄を呼び出し、一旦部屋に連れてきた。

 

 「ひどい熱だ」

 

 焦りに焦った2人は、救急車という選択肢が頭になかった。2人で協力して必要なものを取り揃え、処置を施していく。適切な処置によってか、ものの数分でハルの呼吸は正常なものへと戻っていった。

 

 「ふぅ……びっくりしたぁ…」

 

 薬やら何やらを仕舞いながら、リンは一息つく。

 

 「待ってくれ、リン。…この人、どこかで見たことがあるよね?」

 

 「えっ?」

 

 言われるがままに、瞼の落ちた男の顔を覗く。呼び起こされる、約1年前の記憶。

 

 「もしかして、あの、邪兎屋のみんなで、助けた……ハル!?」

 

 懐かしいー!!とコメントしつつも思い出される過去の記憶。昔、依頼の傍らで助けた、異世界出身と名乗る青年だ。あの後ニコから「ちゃんと就職できたから心配いらないわ」という連絡を受けてからというもの、見もしなかった。

 

 「うん。間違いないと思う。…思ったより世間は狭いね」

 

 2人が覚えていることといえば、ハルが敵の攻撃を避けまくっている所を発見し救出、その後エーテル侵食が酷かったのでビリーが連れていって、どうにかなったということくらい。

 

 「…ともかく、彼は2階の僕の部屋で寝かせておこう。僕は今日はソファでいいよ」

 

 

 

 冒頭に戻る。体調の悪化によって判断が上手くできなかったハルは徐にベッドを立ち上がり、階段を踏み外したのだ。またしても前日の夜の二番煎じが行われ、ハルはベッドに逆戻りした。

 

 「…ああ、やっと喋れるくらいまできた」

 

 脳のシナプスがよく働いている。一体いつ自分が倒れて、一体なぜ、こんな知りもしない場所にいるのか分からないが、見るに、誰かの家だ。

 

 さっき階段から落ちる夢を見たが、現実ではそんなミスはしない。意識の戻った僕は、足を踏み締め、1階に降りた。

 

 「家じゃなくて、店か」

 

 棚に理路整然と飾られる、大量のCDジャケット。その反対側にはレジと思われるテーブル。ここは、ビデオレンタルの店だ。今までこの店を知らなかったことを後悔しつつ、ドアが開く音を聞く。

 

 「…あれ、お前知ってるぞ」

 

 首にオレンジのスカーフを巻いたボンプ。1年前の話だが、僕はよく覚えている。あれが人生初のボンプだったから。

 

 「…でもそっか、結局名前を聞き忘れたんだっけ」

 

 ボンプを抱き上げ、自分の目線と同じあたりまで持ってくる。

 

 「ンナ?」

 

 「あれ、喋んないの?」

 

 おかしい、あの時のボンプは、「中に人が入っている」とかいう着ぐるみ的理由で喋れたはずだ。僕の記憶違いか…?

 

 「あ、起きた!」

 

 ボンプが出てきた扉から出てくる凡そ20歳前後の少女。なるほど、彼女が僕を助けてくれたのだろう。というか、声を聞いたら分かったぞ。この子、あの時のボンプの「中の人」だ。もしかしたら違うかもしれないが、確信めいた感じを出しておけばブラフになる。

 

 「久しぶり。あの時のお礼を言わせてほしい」

 

 「え、えーっと、何のことだか分かんないなぁ〜っ」

 

 嘘が下手くそだ。本当に思い当たりのない人は脳内で数秒思い出す時間を使うから、即答はしないんだよ。

 

 「名前を教えてくれない?僕の名前は知ってると思うけど」

 

 「私は、リンだけど…やっぱり会ったことはないと思うんだよね〜…」

 

 目が泳いでいる。僕も治安官になってからというもの人の嘘は見抜けるようになってきたが、多分このクオリティだったら昔でも分かっていただろう。

 

 「そういえばニコが今度借金を3倍にして返すってさ」

 

 「本当に!?!?」

 

 「ああ、知り合いなんだね。知ってるけど」

 

 ちょろい。目をキラキラさせながら両手を合わせて期待するようなポーズをしたかと思えば、急に焦って目を逸らし始める。

 

 ふと、後ろからもう1人増える。灰色の髪の青年。全く思い当たりのない人物だ。

 

 「ああ、起きたのか」

 

 「お、お兄ちゃんどうしよ…バレちゃった…」

 

 「……リン。バレる時はバレるよ。しょうがない」

 

 というか、やっと気づいた。何故彼女がこんなにも立場を隠そうとしたのか。そういえば邪兎屋はホロウレイダーだ。つまりその案内を行なっていた彼女はプロキシ。定義状の犯罪者だったのだ。僕の服は治安局の物だっただろうし、そりゃあ怖かっただろう。

 

 「ああ、大丈夫。僕はホロウレイダーに命を救ってもらってるから、プロキシもできるだけ逮捕しない方針。ましてや君は命の恩人だから。見逃す」

 

 「い、良いの〜〜!?ありがとう、私の人生ここで終わりなんだと思ったよ〜!!」

 

 右手をガシッと掴まれ、激しい握手を喰らう。しかも、嬉しい収穫。兄の発言から名前を知れた。

 

 「リンさん、で良いかな?これからも顧客として来ると思うから、よろしくね」

 

 「顧客にもなってくれるの!?呼び方なんて何でもいいよ、私はハルって呼ぶ!」

 

 「まさかウチに治安官のツテが出来るなんてね…」

 

 情けは人の為ならず。多少なら融通を効かせてあげよう、全然治安局のルールには違反だけど。

 

 

 この後僕は六分街近くの病院を紹介してもらい、診断は見事に風邪。Random Playの2人に感謝をしつつ、僕は自分の家へと帰っていった。

 

 「ハル先輩!!俺に特訓を付けてください!!」

 

 病み上がりになんてこと言うんだ、セス。

 

 

 

 聞けば、セスは自分の力をもっと上げたい。だが、僕の成長度合いがすごいので、鍛え方が間違っているのではないかと思ったらしい。僕の成長がセスを焦らせてしまったのは申し訳ないが、これはこれで良い影響を与えるだろう。

 

 「だって、先輩が治安官になる時の試験映像を見たら、居ても立ってもいられなくなって…」

 

 「まるで未来でも見えてるのか、ってくらい簡単に敵の攻撃を見切るし、判断もすごく速い!!俺って筋肉とかが付いてても、その辺の判断力が甘いと思ってて、だから本当に尊敬しているんです!!」

 

 熱く語られたが、僕の試験映像、即ち弓カスとの戦闘映像は、正直参考にならない。だってあれは、文字通り反復の結果なのだから。

 どんなに強いゲームのボスでも、次来る攻撃を知っていれば避けられる。そういうものだ。

 

 「まあ、頭は使いながら戦ってるけど、実戦やるのが結局一番だよ」

 

 僕なんか実践の塊だ。実践でばかり経験を得ている。左手の362という数字を見ながら、僕はセスに伝えた。

 

 「1人じゃ勝てない時は、力でゴリ押すんじゃどうやっても勝てない。他の要素を使わないと。立地とか、そこら辺にある武器とか、エーテル結晶とか」

 

 この間のヴィクトリア家政の人たちとの戦闘はいい例だ。僕が1人で、シンプルに自力だけで戦っていたら僕はボコボコにされるだろう。それが人数差という埋められないもの。

 しかしあの場には「エーテル結晶」という人数差を埋められるだけのジョーカーが有った。

 あれを利用してしまえば良いだけなのだ。

 

 「…じゃあ、提案。ここから1ヶ月、治安局配布の武器は封印しよう」

 

 「えぇ!?」

 

 「そこらへんに落ちてる棒を使ったり、徒手空拳で頑張ったり、武器を奪ったり…色々手段はあるさ。僕は一番それが得意だしね」

 

 有り合わせのもので戦うのは難しいことだ。しかし、それ故に縛られず、自由度の高い戦闘が可能になる。

 

 「わ、わかりました…!!やって、見ます!!」

 

 こういう師匠ムーブ一回はやってみたかったね。

 

 

 VRの世界の端っこで、僕はセスの戦闘を見る。これはセスのために組まれたレッスンだ。僕が事前に「|使える可能性のあるもの或いはどうやっても使えないもの《ガラクタ》」を大量に集め、適当な場所に散らす。セスは無手の状態で戦闘を行う。

 

 「銃が、当たらない…!!」

 

 セスは一番使い慣れているものに近い長めの鋭い鉄棒を右手に、拳銃を左手に構えるが、エーテリアスにすら銃は当たらない。原因はシンプル。左手で撃ってるから。

 だが、なんでも出来すぎるとかえって困るのはよくあること。強みを消してしまうのもしょうがない。

 

 しかもセスは、周りにあるもっと使えそうなものに目を向けない。「武器を取る」という固定観念の問題だ。まあ、サッカーボールとか使えないように見えるよね。

 

 

 「全然、上手くいかなかった…」

 

 「大丈夫。最初はそんなもんだ」

 

  僕だって盾の扱いは死んでいるウチに上手くなったし、銃の反動は自殺で慣れた。

 

 「僕が一回やろうか。お手本」

 

 「お願い、します」

 

 

 ハル先輩が組んだ俺用のトレーニング。無手でも戦えるようになる、「即興力」を鍛えるトレーニング。俺はハル先輩の動きに憧れただけだっていうのに、まさかここまでやってくれるとは。

 

 「…?普段から銃は使ってるのに。何で剣だけ?」

 

 ハル先輩の拾ったのは、鉄の棒が一本のみ。ハル先輩は早々にして、5体ほどのエーテリアスに囲まれた。

 

 1人は斬られた。鉄の棒だから威力はないので動きが止まるだけ。かと思ったら、足をはらって尻餅をつかさせた。

 

 ハル先輩はノールックで鉄の棒を後ろに投げつつ、右から殴ろうとするエーテリアスの攻撃を素手でいなし、蹴り飛ばした。空中を舞うエーテリアス。

 

 「え」

 

 ハル先輩は俺が目もつけなかったサッカーボールを蹴飛ばし、宙を舞ったエーテリアスの顔面に当て、さらに後方に吹き飛ばす。ここでやっと先輩は銃を拾う。

 

 「はぁっ!?」

 

 見えなかった。分かるのは、先輩が回転しながら、同時に銃を発砲し、一瞬にして3体ほどのエーテリアスの動きが停止したこと。銃の持ち手でエーテリアスの首辺りを殴り、背中の中心に銃口を当て、発砲。

 

 しかし、左からまた近づいてきたエーテリアス。銃は右手にあるから使えない。どうするのかと待っていれば。

 

 「あ」

 

 ヒュ、と瞬く間に銃を持ち替え、頭に命中させる。あの人左手でも命中するのか。…っていうか、俺がさっきやった時も、剣と銃を入れ替えれば良かったんだ。

 

 そこからも先輩は、一切攻撃に当たらずエーテリアスを圧倒し続けた。

 

「すげえ…」

 

 昔学校に行っていた頃には居なかった、治安官学校に入れば天才とでも呼ばれそうな先輩。実際治安局では入ってから1年のうちにスピード出世した化け物として有名だ。あの先輩のあの圧倒するような闘い方は、見ている方が安心する闘い方。これは負けない、と思わせるだけの先読み。

 治安官は、あのくらい安心を与えられる人がやるべきだ。

 

 

 「とまあ、こんなもの。あそこまで上手くやれなくても全然いい。でも、アドリブで何かをしなきゃいけないタイミングはいつか来るよ」

 

 「ありがとうございます、あそこまで完璧にやれるかは分かりませんが、やってみたいと思えました」

 

 俺もそんな風になってみたい。

 

 「ごめん、実は僕病み上がりでさ。帰って寝るね」

 

 「…そうだったんですか!?早く言ってくださいよ!!」




折角名前が同じなので伊坂幸太郎パロディを入れつつ。

青衣復刻するらしいですね。実は未所持なので期待しておきます。ここまでちゃんと書けば当たるでしょ(特大フラグ)。

そろそろ原作を読み直さないとと思って振り返ってますが、思ったより大変ですね。筆者は「サクリファイス」とか言われても何なのか説明できません。
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