インデックスをヒロインとするオリ主転生系とある魔術の二次創作


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作:網浜
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13.ワープ・ゾーン


 病院の待合室は以前とは違いあまり人の姿が見られず、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。いつの間にか握りしめていた整理券に書かれた番号も五番と極めて常識的な数字である。

 一方、壁紙や照明の感じ、その他全体的な穏やかさや暖かさは些かも変わっておらず、俺も心静かに順番を待つことができた。

「五番でお待ちのかたー」

 というアナウンスに導かれ診察室に向かうと、そこには以前と同じ医者が以前と同じように椅子に腰掛け、俺が来るのを待っていた。

「お久しぶりですね」

 向かいの丸椅子に俺が座るのと同時に、医者が言った。

「はあ。そうかも知れませんね」

 俺はぼんやりとした返事をしつつ、なんとなく、医者の胸部にかけられた名札に視線を向ける。

 木原 波動関数。名前には到底思えないが、名札に書かれている以上はこれがこの医者の名なのだろう。

 木原。木原だ。オリジナル木原である。禁書二次におけるある種の花形であると勝手に思っている、オリジナル木原シリーズの一人。それがこの医者の正体であったか。

「それで、本日はどうしてまたここに?」

「えっ。どうしてと言われましても」

 医者の問いに俺は困惑を覚え、そして困惑していることにまた新たな違和感を覚える。

 何故俺はここにいるのだろう。よくわからなかった。そもそもここはどういった病院なのだろうか。考えようとして、しかしなんだかその気になれず、思考は瞬く間に輪郭を失ってゆく。以前この医者と話した時もそうだったが、ここにいると何故か頭がふわふわとして、細かい事がどうでもよくなってゆくのだ。そしてその事もまた、もはやどうでもよい。

「……どうしてなんでしょうねえ」

 俺の答えになっていない答えに、医者は「ああ!」と大きく頷いた。

「なるほど、なるほど。上条当麻くんに右手で触られちゃいましたか」

「そうだったかも」

 医者に言われ、そうだった気になる俺。医者が言うことは概ね正しいはずだから、きっとそうなのだろう。

「そげぶ、されちゃったんですねえ。せっかくのアンカーが切れてしまって、弾き飛ばされてしまった。まあ、あればっかりはね。いろんな世界を処方してきましたが、あの手の能力ってのはどれもこれもね、我々泣かせなところありますから」

「はあ」

 返事と溜息の中間みたいな声を発する俺。

 上条当麻。そげぶ。医者の言葉によって、虚な記憶の中にいくつかの像が浮かび上がってきたような気がした。

 そうだ。確かに俺は、上条当麻の右手に触れた。握手をしたのだ。彼に会うために訪れたあの高校、あの教室で。何故彼に会いたかったのだろう。決まっている。インデックスだ。彼女を救うため、彼の右手が必要だったから。

 俺は医者から目を離し、右を見て、左を見た。狭い診察室内。白いベッドやカーテン、壁に貼られたポスターが目に入る。ポスターに書かれた内容は、よくわからない。何かのイラストと言葉が書いてあるが、いずれも俺に理解できる代物ではなかった。

 よくわからないが、とにかくここは病院だ。あるいは診療所か。さっきまでは確かに、『とある』世界の教室にいたはずなのに。

 これは一体、いかなる事か。

 視線を医者に戻し、息を吸い、息を吐いた。そして問いかける。

「すべては俺の妄想だったのでしょうか?」

 インデックスも、上条当麻も。影月暁夜という人間も。なにもかも今際の際かなにかに見た楽しい夢のようなもので、そこから覚めたからこそ俺はここにいる。そう考えると、なんとなくしっくりくる。

 俺の問いに、医者は面白そうな顔をして、何かを手元の紙に書き付けた。

「世界は君達人間の観測・認識によって成り立っているという観点から、確かにすべては妄想であると言えるかもしれません」

「いえ、そういう話ではなく」

「そういう話なんですよ」

 言い切られると、確かにそういう話であるような気になる俺である。よくわからないが。とにかく医者がそう言うのだから。木原がそう言うのだから。

 納得した俺を前に、医者は何かを呼びつけた。よく聞き取れなかったが、確か前回ここにいた時にも聞いた、看護師の名だったと思う。

 果たして現れたのは、やはり前回も目にした、あの独特の看護師であった。輝く水晶の頭部。華奢な体躯。豊満な胸部。

 看護師は何かを携えていた。銀のトレイに乗せられた、見覚えのある注射器。中には、ぐつぐつと煮えたぎる緑色の液体。体に悪そうだ。というか、そもそも俺の常識に照らせば、どういった何であれ煮えたぎっているものを体内に注入すべきではない。

「ご安心ください」

 と医者が言ったので、俺は瞬時に安心した。

「貴方の経験したものは、貴方が危惧したような空虚なものではありません」

「はあ」

「この緑色の薬。これはいわばアレなのですよ。マリオでいう、ワープゾーン」

「わーぷ」

「だから緑色なんですな。土管の色です。はは、いやさすがにそれは冗談ですが。ははは」

「はははは」

 俺は笑った。医者が冗談を言ったからだ。医者が冗談を言った時、人はもちろん笑うべきだろう。

「これを投与された方々は、新たな天地に誘われ、繋ぎとめられます。まるでゼロの使い魔のような世界。灼眼のシャナのような世界。先ほどまで貴方がいた、とある魔術の禁書目録のような世界」

 相変わらず作品のチョイスに時代を感じざるを得ない。

 医者は注射器をいじりながら話を続ける。

「とりあえず先ほどまで貴方がいた世界に戻してさしあげます。あるいは、ご希望であればもっと別の世界や、本当にマリオのワープゾーンみたいに、先の『ワールド』に飛ばしてさしあげる事も可能ですよ。ワールド1-3なら一方通行戦、2-9ならオティヌスとの世界再構成バトルってとこですか」

「ええと、それはつまり、未来にタイムスリップするとかいう?」

「いえ。その場合は厳密には貴方が先ほどまでいた世界の未来に行くわけではなく、それと極めてよく似た世界の『その時点』に転移する形ですね」

「よくわかりませんが」

 俺はぼやける思考を必死にまとめながら言う。

「私がそのよく似た未来世界とやらに行ったとして、例えばそこにいるインデックスさんは、私が接してきたインデックスさんではない、ということになるのでしょうか」

「まあ、そうですね。極めてそれに近い別人と言えましょう」

「では、普通に元の時点に戻る場合は、どうなんでしょうか」

 医者はにっこりと笑った。

「その場合は大丈夫です。ちゃんと、本当に、元の世界に戻る形になりますよ。つまり、戻った先にいるインデックスは、貴方が多少なりとも交流をした、あのインデックスその人です。医者として保証します」

「なるほど」

 本当だろうか、という疑念は一瞬で融解して消えた。医者は嘘を言わない。そういう決めつけが俺の心に上書きされ、信念となり定着をする。

 医者の言う事は本当だ。そうであるならば。

「選ぶまでもない、という顔ですね」

「そうですか?」

「他でもない、あのインデックスさんにまた会いたい、ということですね。わかります。私にもねえ、そういう時代がありましてなあ」

「はあ」

 もちろん、それもある。

 同時にもう一つ、気がかりなことがあった。上条当麻である。

 あの場面、彼の右手に触れた俺が今、こうしてよくわからないここにいる。つまり俺はあの場から消えたのだろう。その幻想をぶち殺されて。俺は幻想であったのだ。

 であれば、このまま俺が別の世界に向かった場合、いったいどうなるだろうか。

 俺はあの場所に戻ることなく、彼はその右手で以って人一人の存在を永遠に消し飛ばした――という事になりはしないか。最悪、人殺し扱いなどされてしまうのではないか。それは飛躍した考えだろうか。

 上条当麻は不幸である。そしてそれを跳ね返すように、真っ直ぐに生きている。そんな上条当麻の新たなる不幸の種に、俺はなりたくはない。

 医者はそれ以上は何も言わず、わかったような顔で頷くと、俺の左腕に注射針を突き刺した。

 一瞬の激痛の後、体内に注入される煮立った液体。その様子を漠然と眺めながら、ふとあることに気がついた。

 注射を受ける左腕、その先にある手のひらに、俺はなにかをずっと握りしめていたらしい。

 赤いチョークであった。あの世界、あの教室で自己紹介に使用して、青髪ピアスと握手する際に左手に避難させたあのチョークだ。

 緑の液体がたちまちに俺の体内を巡り、思考のハレーションを加速させる。

 

 それは、酷く些細でどうでもよい気付きであったろうか。

 何故そんなものがここにあるのか。

 それがなにを意味するというのか。

 なに一つ答えを出す暇もなく、俺の思考は白く弾け、拡散し、露と消えた。

 

 

 上条当麻が目を丸くして俺を凝視していた。

 その右手は何かを握りしめているかのような形で前に突き出されている。俺はその様子を、彼から三歩ほど前方の位置から仁王立ちの姿勢で眺めていた。

 ふと気がつくと、そうなっていた。場所はもちろん、先ほどまでもいたあの教室。俺は努めて冷静を装いつつ、ゆっくりと辺りを伺った。

 入り口付近のインデックスと月詠小萌、自席につくクラスメイト達。皆、上条当麻と同じ表情で俺を見ていた。いや、土御門元春に関してはサングラスに遮られてわからないが。

 なるほどね。

 俺は心の中で呟いた。なに一つ把握していなかったが、とにかく自分を落ち着かせるために。なるほどなるほど。あーね。そうなっているのね。理解理解。

「……こ、こちらこそ、よろしく!」

 精一杯の笑みと共に俺は言った。たしか、俺があのよくわからん医者のとこに行く直前、上条当麻は俺に「よろちくび」的な事を言っていたはずだ。であるならば俺もアイサツを返さねばなるまい。古事記にもそう書かれている。

「いやいやいやいや! なに普通に挨拶してんの!? おまっ、今一瞬、消えなかった!???」

「は? 消えてませんが? ていうか消えるってなに。こわ」

「そのすっとぼけは無理がある! みんな見てんだよ。なあ、みんな」

 上条当麻がオーバーな仕草で周囲の同意を募る。頷くクラスメイツ。インデックスと月詠小萌も追随する。四面楚歌とはこのことか。

 ともあれ今のやりとりで、俺が一瞬消えていた事はわかった。そしてなんか知らんがこうして再臨して今に至る、ということだろう。周囲から見ると全く意味不明の事態と言える。俺としても同じだが。

 と、嫌な汗をかきながら現状把握に努める俺の傍ら、なにやら上条当麻がわなわなと震え出した。

「こ、これはもしかして、俺のせい……なのか……?」

 そうですが。とは言えず、俺は口を閉ざしたまま彼の顔を見る。

 上条当麻は続ける。

「お、俺のこの右手が……幻想殺しが、またなにかやっちまいました、とか」

「知らんけど、多分違うよ、知らんけど」

 真実に迫る上条当麻の言葉に対し、なんとか否定を返す俺。七五調となったのは偶然である。

「でも、異能の力なら神様の奇跡だって打ち消せる幻想殺しって力が宿ってる俺の右手に触れた途端にお前が消えたんだぞ!?」

 滑らかなる説明台詞に感心しつつ、俺は上条当麻を説得せんと試みる。

「イマジンだかレリビーだか知らんけどもだね、そういうのと今の現象は無関係。(株)マリカーと任天堂が無関係であるのと同じように。おわかり?」

「でも」

「デモにもテロにも屈しないってんだよ。今のアレはね、アレなんだよ。俺のアレ、能力っていうか、瞬間移動? みたいな」

「え? でも影月ちゃんの能力ってたしか、肉体再生でしたよね」

 俺の口から出まかせに月詠小萌より容赦のない指摘が飛ぶ。俺の能力は肉体再生、そういう事になっているらしい。俺の今の立場をでっち上げてくれた闇社会人間の仕事だろう。知らんかった。まあでも、あえて近い奴を探すならそうなるような気もする。オートリバース。おそろだね、土御門元春くん。

 とはいえ話の都合上、肉体再生という事になっては困る俺である。なんとか反論せんと試みる。

「そ、その情報は古いんすよ月詠小萌先生。ほら、あの、例のあの奇病。奇病のせいでなんか、俺の能力が変質したというか、覚醒したというか」

「肉体再生と瞬間移動では分野もなにもかもぜーんぜん違いますよ!?」

「並行世界に瞬間移動してそこから傷を負ってない同位体を連れてくる事により結果回復したように見えるんすよ」

「D4Cなんですか?!」

 月詠小萌の突っ込みが冴え渡る。この世界にもスティールボールランは存在しているらしい。よかった。今度読もう。

「とにかくそういうわけなので君は自分を責める必要はない。ご安心したまえ上条当麻くん」

「いや今の説明で安心しろは無理だろ」

「あっ、でもちょっと俺、お触りNGなのでもう二度とその右手で触んないでね上条当麻くん」

「本当に安心させる気ある?」

「あっ、それとインデックスさんも引き続きお触り不可なので決して触れないようにね上条当麻くん」

「関係なくない?」

 関係は大いにある。現状、彼の右手はインデックスが着ている歩く教会の天敵なのだ。例えば今この場で彼が戯れに彼女のお召し物に触れたとしよう、どうなるだろうか? 阿鼻叫喚の地獄が現出する。大衆の面前で裸を晒す事となるインデックスは原作とは比較にならぬ、決して消えることのない心的外傷を負い、再起する事は二度と叶わぬやもしれぬ。そしてそれは下手人たる上条当麻にしても同じだ。負わなくて良い罪に苛まされることになろう。避けねばなるまい。

「なんにしたってね、きみが納得しようとしまいと俺がこうして元気にしていることには変わりないわけ。これ以上このことをほじくり返してもなにも出ない。よろしいか」

「よろしいかったって……」

 上条当麻は困惑顔で辺りを見渡す。クラスメイツも同じく腑に落ちぬ様子で彼を見返すも、さりとて何か文句をつけることもない。

 実際問題、俺が言ったことが全てであろう。今さっきの一瞬で俺の身に何かしらおかしな事が起きたのは確かだが、当の俺が今こうしてピンピンと冴えないツラを晒している以上、なにを追求する事があろうか。

 そんな周囲の反応を受け、上条当麻は渋面で唸り、髪を掻き、そしてようやく頷いてくれた。

「……なんかよくわからんが、わかった」

 その言葉に、俺は深い満足感を抱く。極めて強引にではあるが、とにかくこの場を乗り切った。ごまかせた。俺はよくやった。そういう満足感であった。

 そんなやり遂げし漢、俺に背後より突き刺さる声あり。

「先生は全然納得してませんので、影月ちゃんには後で職員室でこってり話をきかせてもらいますからね」

「私もききたい事、山ほどあるかも」

 振り返るとあからさまに不審気な表情を向ける二人の女性。前世から含めて、女性からこんなに熱い視線を向けられた事は未だ嘗てなかった。永久になくてよかったのに。そう思わずにはいられない俺であった。

 

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【CV:高橋李依】わたし、二番目の彼女でいいから。ASMR【ヤンデレジェラシー/イタズラ掃除用具箱/耳元文学/添い寝】 [電撃G's magazine]
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