ゼロ・トゥ・ゼロ


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作:しづごころなく
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後方腕組み


早めに投稿する(だいたい即日投稿)


 

ノックノックというアプリは日本で言うところのLINEであるが、見ているとスタンプの使用者が全然いない。絵文字は見るが、絵文字をメッセージとして送るのだ。

 

 『二人でルミナスクエアを散策しませんこと?』

 

 しかしそれゆえに本人の言葉遣いがそのまま表れていて、これはこれでいいのではないかと思う。

 

 『いいよ、ちなみにだけど何で?』

 

 『…貴方に会いたかっただけですわ。ほかに理由が要りますの?』

 

 『十分だよ。都合のいい時間を教えて』

 

 

 

 「あなた、コスメに興味あったりするんですの?」

 

 待ち合わせ場所の近くを適当に歩きながらうろついていると、後ろから声をかけられた。振り返れば、いつもの服装のルーシー。

 

 「ぼちぼちかな。デザインのセンスはなくって。ルーシーは…言うまでもないか。いつも見た目にすごく気を使ってるなって思ってるんだ」

 

 きっとこの話をされたのは僕がぼーっとコスメを売っている店の前でウィンドウを見ていたからだ。なんとなく見ていただけなんだけど。

 

 「…あ、相変わらずお世辞が上手ですわね。そんな美辞麗句を並べても私は靡きませんわよ」

 

 「ルーシーかわいい。世界一美人。これからもたくさん笑ってほしいな」

 

 「~~~っ!?あな、あなた、あなた、それはっ…げっ、限度というものがありましてよ…!!!」

 

 今まで見た中で一番顔を真っ赤にして、そっぽをむくルーシー。僕だってこんな感じのセリフを言われたら耐えられやしないだろう。

 

 「ははは」

 

 「ははは、じゃねえですわ!!」

 

 ルーシーと話すときの話題は極めて多様だ。丁度コスメティックの話をしたからとルーシーがそのあたりの事情について教えてくれたり、ブレイズウッドの現状や、或いは僕の仕事について。駄弁りながら歩いていると、ルーシーが急停止した。

 

 「やっぱり、付けられてますわね…」

 

 「本当に?気づかなかった」

 

 至って平然を装いながらルーシーに返答していく。付けられているとして、急に慌てるのは愚策だ。僕らを付ける理由について色々逡巡していると、

 

 「いえ、すごく遠くから、ですわ。気づかないのも無理ありませんの。それに、これは私を対象にしてますのよ。…デートの邪魔は許さねえですわ。引きずり出しますわよ」

 

 急に眼を鋭くしたルーシー。何が何だか分からないが、どうやらルーシーは引き出す方法を思いついているらしい。

 

 「…ハル。今から私と口喧嘩をしてくださいまし」

 

 「なんでぇ?」

 

 「それが一番の得策ですわ。負けるのが嫌だなんて言い訳はナシですわよ」

 

 訳が分からない。どうして口喧嘩をしたら尾行をやめさせられるのか。でも、いったん乗らないと始まらないらしい。

 

 「じゃ、いきますわよ」

 

 ルーシーは一息入れて、口を開く。

 

 

 

 「貴方みたいな人の気持ちも考えずに動く人間が一番嫌いですわ!!自分の行動が相手にどういう結果を及ぼすのか十分に考えてから行動してくださいまし!?この自己中天然たらし!!」

 

 もうちょっとマイルドにした物を青衣に言われた気がする。結構グサッときた。いくら必要があるといっても本心が紛れ込みすぎてるよ。…僕も何か言わなきゃいけないんだよな。

 

 「えー、っと…」

 

 まずい。全然思いつかない。ルーシーの特徴を悪く言うことを考えてみているけれど、「口が悪い」→「それはそれで喋りやすくてありがたい」、「怒りっぽい」→「自分の意思がちゃんとあるのは良いこと」と、どんどん自分の中で納得がいってしまう。これじゃあ悪口なんて言えたものじゃない。

 僕の言い返しを待つルーシーを見てさらに焦り、1秒と立たない間に様々なことを考え、僕がどうにか引き出した悪口。それは…

 

 「そっちこそ、もうちょっと良識ある服を着ろよ!!何その太腿!?いくらショートパンツと言ったって無理があるよ!!こっちはいつも「意識しないようにしよう」って頑張ってんだからね!!この淫乱!!」

 

 僕の無意識上に漂うリビドー的な何かだった。自分で言葉にすることで「やっぱりおかしいよあの服」と再認識する。

 

 僕に指をさされながらそう言われたことでルーシーは湯気が頭から出るほど真っ赤にし、太腿を隠すようにその場にしゃがみ、うずくまってしまった。

 

 「……ハル!あな、あなた、あう、う、は、る~~!!」

 

 口をぱくぱくと動かし、言葉にならない言葉を紡いでいるらしきルーシー。今のはちょっと僕も恥ずかしかったが、悪口としては上出来かもしれない。勝敗としてはたぶん僕の勝ちだし。

 

 「ルシアーナお嬢様!!」

 

 どこからか息を切らしたスーツの男が、ルーシーの本名を呼びながら走ってきた。

 

 「…じゅ、十秒。十秒待ってくださいまし。処理が追い付いてませんの」

 

 足をかがめ、ルーシーの様子を確認しようとしたスーツの男に対しルーシーが返したのは一時停止宣言。

 

 宣言通り十秒ほどたって、ゆっくりとルーシーは立ち上がった。

 

 「お前、ルシアーナお嬢様に何をした!!」

 

 こちらを向き、鋭い目でこちらを怒鳴るスーツの男。

 

 「…貴方が勘違いされたまま怒られてもいいんじゃないかと思う自分が半分くらい居ますわ。でも、今回は許してあげますのよ」

 

 ルーシーまでこちらをジト目で見ながらも、どうやら助け舟を出してくれるらしい。

 

 「おい、むしろ引き出されたのは貴方の方なんですわよ。一体いつになったら、私の尾行を辞めるんですの?」

 

 話を聞いていると、なるほど事情が分かってきた。ルーシーは過去に名家の娘として生きていたが、敷かれたレールを嫌ってここまで来た。その「過去」が、いまだに彼女を縛り付けていた、という話。過保護な両親、と見ることもできるが、ここまで子供のために色々やれるのはいい両親だろう。本人はきっと、反吐が出るほど嫌いだろうけれど。

 

 ルーシーが自分の鞭を取り出したあたりで、ようやくスーツの男は逃げ帰っていった。

 

 「…先ほどの発言は見逃してあげますの。貴方じゃなかったらひどい目にあってますわ」

 

 「ありがとう。何か言わなきゃと思って、ついね」

 

 「…別に、ハルだったらいくら見てもよろしくてよ」

 

 「?」

 

 「やっぱ許さねえですわ。都合のいい時だけ聞こえない奴は嫌いですの」

 

 目の前に出現する鞭。ルーシーの手袋に当たる度によく響く音が鳴る。まっずい。逃げなきゃ。僕はそういう嗜好の持ち主じゃない。

 

 しかし、僕が逃げようとした先で、叫び声。

 

 「盗難だーーー!!」

 

 「ごめんルーシー、たった今仕事が入った!!」

 

 そうとだけ断り、足を踏み締め、加速した。

 

 「デート中もお構いなし。そういう、誰にでも優しいところに私は惚れたんでしたわね」

 

 ため息のように吐き出された言葉は宙に舞い、誰1人として聞かなかった。

 

 

 

 僕が現場に向かうと、なんと青衣がいた。

 

 合流し、2人で一緒に走り出す。

 

 「僕が挟み込む」

 

 「了解した。我は追い続ければ良いのだな」

 

 

 2人で協力すれば現行犯逮捕は極めて簡単だった。犯人が盗んでいたのは本当にちょっとしたバッグ。都市で起こる犯罪は大体こうだ。

 

 「…ああ。では我が連絡を通しておこう」

 

 犯人の処理について話していると、

 

 「ふう、やっと追いつきましたわ。…って、貴女」

 

 ルーシーが追いついてきたようで、肩で息をしつつも青衣の存在に気づく。そういえば2人は前、顔を合わせているはずだ。…というか僕の知らない間にも会っているみたいだし。

 

 「久しいな、ルーシー。今日は如何様な用事でここに?」

 

 「…ハルとお出かけしてたんですの。そしたら急に強盗が出て…」

 

 「…把握した。ハル、いくら仕事といえど女性とのお出掛け中に抜け出すのはやめておくべきであるぞ」

 

 「いや、でも、誰も居なかったらまずいじゃん…」

 

 嘘だろ、何で今ので僕が説教される流れになるんだ。しかもかなりの正論。そういうのは意外とパンチがあるからやめて。

 

 「そういえばハル。「数字」に変わりはないな?」

 

 そうか、この2人は僕の秘密を公開している唯2人だ。ここでその話をしようが別に構わないのだ。

 

 「変わってないよ」

 

 その発言を聞いて、ルーシーが思い出したように口を開く。嫌な予感がする。

 

 「そういえば、青衣様!!聞いてくださいまし!?こいつ、自分が死ぬのが一番早いからって私に「殺せ」とか言ったんですのよ!?!?」

 

 終わった。いや本当に。「こいつ」て。

 

 青衣の目が細まり、塵芥(ゴミ)を見るようになっていく。ゴミを見るよう、は僕の感想が含まれているが、少なくとも良いイメージは浮かばないジト目だった。

 

 「それは…ハル。お主だって我やルーシーを殺せやしないというのに、左様なことを言うでない。二度と、そのようなことはやめてほしい」

 

 声に悲しみが篭っていることがよく伝わる。確かに、あれは今思い返してもよくなかった。…そう考えるといつの日かビリーにも謝らなければいけないかもしれない。僕、あいつの前で一回自殺決めてるんだよ。

 

 「ハルの秘密は、重すぎて1人じゃ抱えきれませんの。本当にここで吐き出せて良かったですわ…!貴女、よく途中まで1人で抱えられてましたわね、本当に」

 

 しみじみとした顔で語るルーシー。これ、僕はどういう立場で聞けば良いんだ。

 

 「分かってくれるか、ルーシー。こやつを見る度数字を気にし、数字が増えれば不安になる…最近は抑え目になってきて我としても嬉しい限りだ」

 

 …保護者かな?

 

 僕は動かなくなったブリキの玩具のように何のコメントも出来ず、結局ルーシーに手を引かれてラーメンを食べたことで正気に戻った。

 

 「…僕は、必要に駆られた時だけ数字を増やしてるんだけど」

 

 「詭弁はつまんねーですわよ」

 

 「がふっ」

 

 さっきの口論より刺さった。詭弁じゃないよ。本気なんだよ。

 

 「いつになったら察するんですの?私には貴方の死の痛みなんか想像できませんの。想像したくもありませんわ。ですから、少しでも貴方の負担が減れば良いと思って、勇気を出してお出かけに誘ってるんですわよ」

 

 本当は、ルーシーの中に「ハルと出かけたい」という気持ちも半分くらいを占めるが、死の痛みがどれほどのものかを想像すれば気が気でないというのも事実だった。

 

 

 「ご馳走様。そろそろルーシーはブレイズウッドに戻るんだよね」

 

 夕食になるであろうものを腹に入れ、ルーシーに問う。

 

 「ええ。いつまでも居れる訳じゃありませんの」

 

 夜も更けてきて、夕暮れが地面を照らし始めた。どうやらお別れの時間が来たみたいだ。

 

 「今日はすごく楽しかったよ。また誘ってね」

 

 「言われなくても誘いますわよ。あと、次数字を増やして帰ってきたら本気でキレますの」

 

 今日一怖い脅しだった。いつの日か数字を増やしてしまう可能性を考えると、僕としてもルーシーの雷が怖くなってきた。

 

 いのちだいじに生きなければ。

 

 

 

 ブレイズウッドにて、ルーシーはシーザーからの問答詰めに合っていた。

 

 「で、で!?は、ハグとかしたのかよ!?」

 

 (相っ変わらずお子ちゃまですわね…!!デートのレベルが低いんですのよ…!!)

 

 「貴女、もうちょっと恋の駆け引きというものを勉強してきたらどうなんですの?レベルが低くて付き合ってられませんわ」

 

 帽子を置き、髪留めをシュルシュルと外していく。

 

 「レベルが低い…?……ま、まさか、」

 

 (…)

 

 「チューまで、行ったのか!?」

 

 最悪のレベルの低さに呆れが怒りへと変換され、バットをルーシーは強く握った。

 

 「…帰りなさい!!このアホシーザーっ!!」

 




感想が生きる糧。いつも本当にありがとうございます。
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