前にも少し語った事だが、結局上条当麻なくして成立はしないわけである。
初めからわかりきっていた話ではある。ご存知の通り、インデックスにはイギリス清教により"首輪"が嵌められている。魔術だか霊装だか知らないが、とにかくその首輪をなんとかしない限り彼女の記憶消去は免れない。さもなくば頭がパーンである。
そして、その首輪を実際なんとかできる人物こそが、原作の主人公たる上条当麻というわけだ。彼の右手にてイマジンをブレイク、それでジエンド。実にわかりやすい。
無論、彼以外にも事態に対処できる人間はいるのかもしれない。例えば二巻に出てきた脳破壊の錬金術師ことアウレオルス=イザード氏とか。魔神諸氏とか。
だが残念ながら彼ら彼女らに頼る事はできない。何故ならどこにいるのかもよく知らないし、面識もないからだ。仮に運良く出会えたとして、協力を得る事は不可能だろう。よくある二次世界転生系主人公の先輩諸氏よろしく、本編開始以前にもっとこう、下準備とか根回しとか原作改変的な事をしておけばよかったと後悔しないでもない俺である。いやしかしその時分の俺としてはまさかこんな事になるともあまり考えていなかったし、そもそも基本的に酷い目に遭わされていたしで考える余裕もなかった。
なんにせよ、後悔先立たず。今こうなってしまった以上、今できる事に注力すべきであろう。
そう、上条当麻を仲間に引き込むのである。
あれ、でもそれじゃあ結局原作の展開をなぞるに過ぎず、オリ主たる影月暁夜の存在意義がないのでは? むしろ余計な手間を増やしている害悪では? 上条当麻からインデックスとの出会いを奪った最低寝取り野郎では? と思った読者諸氏、君たちのような勘の良いガキは嫌いだよ。
「道連れを増やすって、どういうこと?」
首を傾げるインデックスに、俺は用意していた回答を滔々と語った。
「上条当麻という男がいてね。彼は俺の友人、むしろマブダチなんだ。上条当麻は馬鹿だが非常に熱く燃え盛る正義漢で、困った人を見るとその幻想をぶち殺さずにはいられない。実際その右手で多くの幻想を情け容赦なく殺戮していく様を、俺は何度も(紙面で)目の当たりにしてきた」
「大量殺人鬼?」
「いやむしろ、本人曰く――偽善使い、かな。……偽善使いってなに?」
「私に聞かれても」
偽善使い。フォックスワード。上条当麻が記憶をなくして以降はあんまり見かけなくなった言葉だ。多分偽善者のシャレオツな言い回しなのだろう。どうあれ、狐へのステレオタイプに満ちた著しいヘイトスピーチである。上条当麻にはズートピアとか観て反省してもらいたい。この世界に存在するかは知らないが。
「とにかく、そんなヘイトスピーチ野郎に助けを求めようと思う次第」
「大量殺人鬼なうえにヘイトスピーチ野郎なの?!」
「根はいい奴なんだよ」
「まったくそうは思えないんだけど!」
何がいけなかったのか、どうやらインデックスに誤った印象を与えてしまったようだ。これではまるで、俺が上条当麻に対するアンチ・ヘイト行為を公然と行う許されざるヘイトクライマーではないか。いや、しかし無論、さにはあらず。全ては結局誤解に過ぎず、俺のこの小さな胸は上条当麻への張り裂けんばかりの愛と敬意でいっぱいであるが故、セーフ。愛があるので無罪。アンチ・ヘイトタグも不要。よかった。
そんな感じでコミュニケーションの難しさというものを痛感せざるを得ない俺を、彼女は目を細めて睨め付ける。
「というか、ぎょうやって友達一人もいないんじゃなかったの?」
「君のような勘の良いガキは嫌いだよ(本日二回目)」
「勘っていうか記憶なんだけど。自分で言ってたよね」
「記憶力のいい子は嫌いじゃないよ」
むしろ好きだよ、とは言わない。ハラスメント行為(コクハラ)に抵触する可能性が高いからだ。
ともあれ、インデックスの完全記憶能力の前に俺の嘘は瞬く間に看破されてしまった。確かにそうだ。俺と上条当麻はマブではないし友達ですらないしそもそも面識がない。俺が一方的にその存在を認識しているただの隣人に過ぎぬ。
まあ、お隣さんなのだから上条当麻も俺の存在くらいは知っているのかもしれないが。
「上条当麻は人助けをするために生まれた悲しきマシーンのようなやつなんだ。なのでたとえ俺とマブじゃなかったとて力になってくれる。無問題」
俺の適当な言い訳に、インデックスは何か考え込むように親指の爪を噛み、言う。
「でも……やっぱり、他の人を巻き込むのはよくないかも」
「上条当麻は極め付きのマゾヒストなのでこの手の厄介事は泣いて喜ぶと思う。むしろ巻き込まなかったら化けて出るレベル」
「流石に嘘だよね。魔術師じゃあるまいし、そんな奇人がその辺にいるわけないんだよ」
インデックスに疑いのまなこで見られてしまった。実際、多少大袈裟に言ってしまった感はある。だが、そこまで大外しもしてないのでは、と思う俺もいる。
上条当麻。その狂気的なまでの善性。彼は紛う事なき、ヒーローという名の変態であろう。
「ま、会えばわかるさ」
そう言って肩をすくめ、それっぽくすかして見せる俺を、インデックスはマジかよと言いたげな表情で見つめていた。
※
如何なる手段で以って上条当麻を引き込むか、これについても少し前に言及したことと思う。
至極単純な話で、彼の帰宅を待つのである。夏休みだというのに補習を受けさせられている哀れなる劣等生たる彼も、無限に学校に投獄されているわけではない。本日のカリキュラムをこなした後には、当たり前に帰宅する。俺の隣の部屋に。そこを狙い撃ちって寸法だ。
ちょ待てよ、そうなると原作よろしく、魔術師の待ち伏せを食らうんじゃねえか? という意見もあろう。だが、個人的にはその可能性は低いと考える。
原作と違いインデックスの歩く教会は存命で、被り物も頭の上に乗っかっている。よって魔術師たちは魔力探知とやらで粛々と我々を追いかければいい話であり、自室に戻るかもなんて考える理由も必要もないわけだ。完全論破。
とはいえ、あの学生寮は比較的人目につきにくい場所でもあるので、実のところ待ち伏せは無くとも強襲の可能性自体は捨てきれない。というか割と高い確率でありそうな気もしないでもないのだが。
いやしかしその辺り、戦闘のプロでもなんでもない俺には正直わからんのだし、仮にその危惧が当たっていたとしても対策とか特に思いつかないし――といったところまで考えて、俺は思考を放棄した。万一があっても俺は死なないし、インデックスの守りも硬い。上条当麻も、きっとなるようになるだろう。俺はそう信じる事にした。信じる俺はほぼ敬虔なる十字教徒と言って過言ではないので救われることと思う。
問題は、上条当麻の帰還がいつになるのかである。その時刻まで、俺たちは魔術師ズを撒き続けなければならない。
原作において、彼が帰宅するのは完全下校時刻を過ぎた後、陽の落ちた頃である。そして今はまだ午前中。先はまだ長い。いつまでもバスに揺られ続けるわけにもいかぬ。
ということで、俺たちは一旦下車し、晴天の学園都市第七学区を歩いていた。
人通りの多いところを中心に適当に歩き、適当に別のバスや電車に乗り、適当な所で降りてまた適当に歩く。そうやってやり過ごそうという腹だ。
「人払いっていうのはね」
歩きつつ、横から聞こえるインデックスの講釈を拝聴する。
「無意識に干渉して、人にとって居心地の悪い場所を作り出すものなの」
「居心地悪いからなんとなくみんな避けて、結果誰もいない場所ができあがるってわけね」
「そう。だから、その場所に強い目的意識がある人なんかには効果がない。なにか気持ち悪い気がする方向に意識して向かっていけば、人払いされている場所を目指すこともできる」
「わざわざ目指す理由もないけども」
「まあね。あと、応用として人払いを使って獲物を目的地に誘導する、なんてこともできるんだよ」
「それは気をつけないとなあ。でもどう気をつければ?」
「理由もなくイヤな感じがしたら要注意。誘導されてる可能性があるかも。あとは私たちというより、辺りの人たちに注目だね。魔術師は人目を避けるはずだから、まずはそっちをどうにかしようとするはず」
「ほーん、なるほどね。理解」
「理解してないでしょ」
呆れたように大きなため息を吐いてみせるインデックス。まるで信頼されていない様子だがやむなし。俺も俺を信用してはいない。
「まあ、その辺は私にまかせてほしいかも」
「流石。逃走に関しては一家言ありますなあ。この逃げ上手!」
「褒めてられてる気がしないんだけど」
などと言いつつも、その視線を素早くあたりに巡らせているインデックス。俺にはまるで見いだせないような些細な違和感をも見逃さぬであろうその目つき、まさにプロフェッショナル。きっと原作でも、日中はこんな感じで逃げおおせていたのだろう。
プロに導かれるまま、されど宛て所なく、第七学区をさまよい続けることしばし。
流石インデックスというべきか、未だ魔術師からの襲撃には遭っていない。
相変わらずの青空に、頂点に迫る太陽。コンクリートに包まれた機能的な街。彩りとして等間隔に配置された街路樹の下を歩いていると、ふとあるものが俺の視界に映りこんだ。といっても、特別なものを見たわけではない。それはごくごく当たり前の、ひどくありふれた、いわゆるところの学校の校舎であった。学園都市だもの、学校ぐらいあるさ。
しかし、そんな当たり前のものを見て、俺は足を止めざるをえない。
「どうしたの?」
隣を歩いていたインデックスも立ち止まり、不思議そうに見上げてくる。
「学校」
「あの四角い建物? へえ、日本式のガッコーってあんななんだね」
俺が指す方を見て、感心してみせるインデックス。日本の学校は知識になかったらしい。イギリス式の学校については知っているのだろうか。やはりホグワーツ的な城とか教会とかを思わせるお豪華絢爛なものなのか。だが、そんな些細な疑問は今はどうでもよかった。
「インデックスさん。あの学校、変な感じしない?」
「え?」
「人払いとか、魔術的な違和感ある?」
「ああ。いや」
俺の問いに、インデックスは首を横にふって答えた。
「ここから見るだけで断言はできないけど、今のところは特に何も感じないかも。何の変哲もない、ただの四角なんだよ」
「そうだよね」
「うん?」
「何の変哲もないよね」
「ええと」
「何の変哲もない、個性もない、極めて平凡でつまらない、学園都市の中では一段レベルの低い豆腐みてえなツラした退屈な高校だよね」
「そこまでは言ってないかも」
「いるわ」
「なにが?」
「上条当麻がいるわ。この高校に。俺にはわかる。俺は詳しいんだ」
俺は確信を込めて言った。
場所はおろか、その名さえも知らぬが故にハナから探すのをあきらめていたその場所が、そこにあった。
この暴力的なまでの先進性渦巻く学園都市において、敢えて平凡を貫いていますと言わんばかりの校舎。伝統的とも違う、時の流れに取り残された感漂うその冴えない灰色の佇まい。間違いない。
これこそが、我らが主人公たる上条当麻の通う高校――通称“とある高校”に違いない。