×57
「…嵐が過ぎ去るのを待つとしようかの」
聞き覚えのある音が大きくなりながら、こちらに近づく。僕らは体を縮めて、出来るだけ瓦礫と同化しようとした。
花カスの周りを飛ぶエーテリアスの内の一匹がこちらに視線を向ける。
「バレました、青衣さん」
「…そのようじゃな」
青衣さんが軽いため息をつく。その横で僕は立ち上がり、腰に刺した剣を引き抜く。
この職業について最初に、治安官の初期装備のような形で、電撃が発生する剣を支給された。
その後、申請を出して拳銃も貰ったので、無骨に光る銃身は僕の腰にくっついている。
「周りのエーテリアスを処理しながらアレと距離を取りましょう」
「うむ」
僕の指示に従って、青衣さんは花カスが来た方向へと逆戻りする。もう花カス本体は僕らを追い越した後なので、気付かれてはいるだろうが広い方へ行くことができる。
僕も銃を取り出し、遠距離から狙い撃ちしながら後退する。
「的が小さすぎるねぇ…」
何発か撃ってみたが、これが全然当たらない。空中に飛ぶエーテリアスたちは、その全てが俊敏でいて小さい。
「やっと一体」
走りながら何発も乱射して、やっと一匹撃ち落とした。一発で撃ち落とせるのはこの銃の性能ありきだ。
だが。
「ハル!
空を見上げると、どんよりと曇った世界は何処へやら、紫色のエネルギー弾で埋め尽くされていた。
「…はぁ!?」
あまりにも無法すぎて、一瞬理解できなかった。全力で走ることで、エネルギー弾の降ってくる範囲を抜け出す。
抜け出せ…
「てない!?」
一瞬視界に入った。ありえないほど精度の高い、僕を追う大量のエネルギー追尾弾が。
「無理やり、避けるッ!!」
一つ一つの弾を正確に認識し、その場で避ける。
その、回避の最中。僕はわずかに後ろの様子を捉えた。それと同時に、後ろから迫るまた別のエネルギー弾の存在もまた。
「……何でもありかよ」
×63
あのエネルギー弾1回分の攻撃を見切るのに6回も使ってしまった。あの攻撃クソすぎる。
何と言っても速度と追尾性能。普通の追尾弾だったらもうちょっと手加減するだろ、ってレベルでよく曲がる。
しかも、それが大量に来るわけだ。僕が見切ったのは最初の一回分の攻撃にすぎない。
この後もこの攻撃が来ることを想定すると…
「……長くなるぞぉ…」
そう呟きながら僕は体勢を整える。花カスにとっては小手調べであろう攻撃を避けただけだ。この後も猛攻が続くことは想像に容易い。
しかし、一回分の攻撃を避け切ったことで青衣さんと合流する。
「ハル!お主、よく避けた!!」
嬉しそうな顔で僕を褒める青衣さん。いやまあ、あの攻撃初見じゃないし、6回やり直してるし、褒められたものじゃないんだけど。
「…あれが連続できたりしたら、流石に避けられないです」
そんなことを言っているうちに、花カスがこちらに飛来する。空中を移動する以上、僕らより移動速度は速かった。
花カスは一瞬止まったかと思えば、急に花びらのようなものを広げ、回転しながらこちらに迫る。
「青衣さん…」
「…あれは、巻き込まれたら終わりじゃな」
僕らは同じことを考えていた。よく見ると、花カスの花びらが尖っている。
だから、一度巻き込まれればこちらの方が先にダメージを喰らい、痛みで怯んでいる間にまた別の花びらに巻き込まれる。
それ即ち、死。
僕らは全力で距離を取ることで、花カスの回転の進行先から離れる。
(予備動作がほぼない、あの攻撃…)
いつも今後死んだりした時のために必要な情報は出来るだけ集めるのだが、あの攻撃、予備動作がなさすぎる。
攻撃の合図は立派な情報だ。それも、予備動作のなさは僕のように繰り返せる奴にとっては死活問題となる。
(というか、他の攻撃との見分けがつかないよコレ!!)
花カスが花びらをこちらに叩きつけようとするのを避けながら、思考する。
「もう一発来るか…」
花カスの花びらを叩きつける攻撃を一度避けたら、次が来そうであることを察知し、避ける体勢をとる。
…僕の予想を裏切り、花カスの花びらは僕を叩きつけず、そのまま大きく回転し出す。
「いやそれ間に合うわけ
×64
「ハル!お主、よく避けた!!」
…このセリフは。
(何でだ…)
「ハル?何か怪我でも…」
「…いや、大丈夫。でも次は避けられるか怪しいです」
今は、花カスの繰り出す一度目のエネルギー弾を避けた後。
死に戻りのセーブポイントが、少し先に進んでいる。
僕の顔に、気持ちの悪い冷や汗が流れた。
×65
「ハル!お主、よく避けた!!」
…このセリフは。
どうやら少しだけセーブポイントが先に進んでいることは間違いないらしい。
相変わらずポイントの基準は分からないが、これからは本当に、気合を入れる必要があるかもしれない。
僕は死に戻りのセーブポイントが更新された際、前のセーブポイントには戻れない。
(もし、取り返しのつかない段階でセーブポイントが更新されたら…?)
何回でもやり直せるという、僕の大きな後ろ盾。その後ろ盾が急に消えて、僕は宙に放り出されたような気分になった。
青衣先輩とハル君がいなくなっていることに気づいてからというもの、私は今までで一番早くホロウを抜け出した。
(私のせいだ…!!)
反省できる点は多くある。
デッドエンドブッチャーの進行ルートを私が正確に把握していれば、もっとスムーズにホロウを進めたはず。
私ではなく、先輩やハル君を先行させれば、私が苦しむだけで済んだはず。
しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。
すぐさま治安局本部へと連絡、青衣先輩に装備されている位置情報機能を確認するようお願いする。
「…零号ホロウ!?」
スマートフォン片手に私は驚きの声を漏らす。未だにほとんど探索が進んでおらず、どのエーテリアスの共生ホロウなのかも分かっていない有名なホロウ。
もっと急がないと、間に合わないかもしれない。
「朱鳶、そんなに急いじゃうと転けるわよ?」
ホロウを出てから一番近かったルミナ分署を走っている途中で、私は急に呼び止められた。
私を止めたのは、ネズミのシリオンであるジェーン。ジェーンに諭されて、私は一瞬息を整える。
「何が起きたのか、ゆっくりでいいから説明して見なさい?」
その言葉に従い、私は今の状況について話す。
「ふーん…青衣と後輩君がねぇ…」
「ですから、今は急いでいるんです。すみません、ジェーン」
そう言い残して、私は特務捜査班の部屋に入室した。
(せっかくだし、私も動いちゃおうかしら…)
×65
「…何これ?」
花カスと距離を取り続けていると、突如地面から触手のようなものが生えてくる。
色味から花カスのものであることは予想できるが、何のためにあるのかわからない。
「ハルよ、退いてくれぬか」
後ろも見ずに、僕は横に跳ぶ。そこを青衣さんが突き抜けていった。
(…強っ)
青衣さんのもつヌンチャクはくっつくと槍へと様変わりするのだが、どっちも強いのはズルじゃないだろうか。
花カスが送り込んだであろう触手は一瞬にして消えて無くなってしまった。
その隙に後方の状態を確認すると、花カスの様子が全く違う。
(生えてる、としか言えないな)
変形して、まさしく花のような形へと変わっている花カス。地に足をつき、花を咲かせているようだ。
花びらに当たるところが、ゆっくりと蕾を作り出す。そこから飛んできたのは、最初の攻撃より何倍も数の多い、弾幕そのものだった。
「青衣さん。弾幕を避ける覚悟はありますか」
勝利のコツは大胆であること。
基本的に空中への攻撃方法が弾丸しかない僕と青衣さんは、瓦礫を跳びながら花カスに近づくか、今のように地面に近づいてくれた時しか攻撃できない。
つまり、今がチャンスなのだ。
僕は花カスから逃走する足を止め、むしろ走って近づく。
「先行きます」
弾幕を避けながら花カスに近づく。バカみたいな量だが、僕は近距離から撃たれる散弾銃を避けたことがある。
(見えはするな、追尾が厄介だけど。)
普段より後方に気を使うだけ。一撃くらいは与えて
×66
「ハルよ、退いてくれぬか」
後ろも見ずに、僕は横に跳ぶ。そこを青衣さんが突き抜けていった。
(あー、こっからか。本格的に不味いな)
僕の反射神経が死んでたら今の間に合ってないぞ、と思いながら先ほどと同じように後ろを確認する。
花カスもさっきと同じく、蕾を作ろうとする。
「先行きます」
さ、避けるとしよう。
×67
一回分の死亡によってエネルギー弾を頑張れば斬れることに気づいた。…斬るのに時間がかかるから、諸刃の剣なのだけれど。
しかし、おかげで花カスの近くに来れた。試しに一発斬ってみる。
(これ、ダメージ入ってるの?)
硬いったらありゃしない。
「ハル、危ない状況になっておるぞ」
僕を狙っていた花カスの小型エーテリアスを処理しながら青衣さんが言う。
「侵食が進んでおる。そろそろ症状が現れる段階じゃ」
ああ、それもあったなと思い出す。零号ホロウ特有の現象、侵食症状。
長い時間潜りすぎると、これが現れる。僕らはさっきから走ってばかりなので、そろそろ現れる頃だったのだ。
「…道中にキャロットが落ちてる可能性にでも賭けます?」
「乾坤一擲…他に手段もなさそうであるしな…」
ここの構造が分かればある程度楽になる。逃げ道だって分かるかもしれない。
「…む」
花カスの動きが変化する。最初の形態に戻ったかと思えば、花で言うところの雄蕊と雌蕊のようなものが空中に浮く。
その蕊の中央から、紫色のエネルギーが見える。
それも、約6個ほどが、同時に。
刹那、ビームとしか言いようのない光線が出現した。
「…もう花関係ないじゃん…」
×80
あれからいくつもパターンの違う攻撃を見た。だが、それ以上に厄介だったのは侵食症状。体が内側から蝕まれるような感覚は体験していて気持ちのいいものではない。
足取りは重くなり、口数は減り、顔色も悪くなる。
零号ホロウは、耐久戦をしない方がよさそうだ。…じゃあ、花カスを倒せるのかと問われれば、不可能だ。
圧倒的脅威。生物種としての違い。今後のことを考えると、僕の心もまた、侵食症状など受けていないのに、重くなっていった。
×188
「…」
花カスの攻撃を避けては攻撃を繰り返す度、セーブポイントは更新されていった。何回更新されたのかはメモしていないが、10は超えた気がしている。
僕も青衣さんも、かなり限界がきている。
段階的に増える侵食症状。一気にずんと重くなるタイミングがあるのだが、3、4回はそれを食らってしまった。
「青衣さん、気を、抜かないでくださいよ…」
「気を抜いてなどおらぬよ…」
ぜぇはぁと息を切らしながら僕は青衣さんに話しかける。花カスは本当にしつこい。途中で攻撃を取りやめ、キャロットを探す手法に切り替えてみたのだが、何十回の死亡の末、見つからなかった。
しかも、それによって侵食症状が溜まってしまった。結果論だが、後悔せずにはいられない。
「…今、戦闘開始から、何分、くらい経過しました…?」
「我に搭載されておる時計機能は、35分を超えたあたりから侵食症状でもう動かぬよ…」
そりゃあそうだ、意味のない会話をしてしまった。
終わりのないシャトルラン。どこまで続くか分からない反り立つ壁。
青衣さんは、システム的に息を切らすという概念がほぼない。だが、足取りは重いし苦しそうだ。
さっきから放熱し続けているんだから、見れば分かる。
「…我が機能を停止したら、我をアレに放り投げろ。自爆機能が起動する。その時間で、お主は逃げるといい…」
ふと、青衣さんが僕にそう言った。…ああ、もう、そこまできているのか。
「…もしそうなったら、きっと、僕は景色に見惚れちゃいますよ…唐突にね…」
間接的に「やんねーよ」と伝える。
「この、どんよりとした空気にか…それも、いいかもしれぬな…」
軽く笑いながら、僕らは前を向く。
だからだ。だから、
僕は気づかなかった。後方から青衣さんを狙う小型のエーテリアスの存在に。
「行きますよ、青衣さん…
青衣!?」
ドサ、という音とともに僕の目の前で床に倒れ伏せる青衣。青衣さんを攻撃した小型エーテリアスを速攻で処理しながら、青衣さんに駆け寄る。
肩を揺らしても、返事はない。こちらを向かせた途端、残酷な機械音が流れ始める。
『機械生命体「01NG Ⅵ 捜査用玉偶 青衣」の全機能が停止したことを確認しました。』
声は、青衣のものだった。アナウンスのようなそれは、まだ続く。
『本個体の指示により、自爆機能は停止されています。もし近くに観測者がいれば、番号…』
僕の耳に、途中から音声は入ってこなかった。ぽつり、と僕の頭に液体が当たる。
雨だ。
スコールのような形で、一気に勢いを増す豪雨。青衣の体から湯気が溢れ出る。
『このメッセージは、30回程流れたのち、停止します。繰り返します。機械生命体…』
銃声。
×189
「気を抜いてなどおらぬよ…」
その声を聞き、僕は咄嗟に声のした方向を見る。青衣。それも、生きている。
(……ああ、良かった…!!)
心の内側から何かが溢れる。上がろうとする口角を全力で止めながら、僕は会話を続けようとする。
「青衣。僕は貴女のことを信頼してる。だから、自爆とかは、やめてくれ」
「…?うむ、せぬよ…」
今回こそ間に合ったが、これから攻撃を避けたりする度、セーブポイントは更新される。
いつか、青衣が死んだ後に、セーブポイントが設定される日が来るかもしれない。
それに、僕はこれ以上、青衣が死ぬのを見たくないと思った。
×279
「あああ、もうっ、くそぉ…!」
視界の中心を占めるのは青衣。普段と違うのは、話しかけても返事が返ってこないこと。青衣から流れる赤い液体が目の端に映る。
銃を握る手が震える。こめかみに当てても、引き金を引けない。
「どうしろって言うんだよ……」
耳障りな、何かが蠢く音が周りに響く。
なんで、どうして、こんな事に。
『機械生命体「青衣」の全機能が停止し…』
僕は何回繰り返した。左手の手の甲を見るのすら怖い。
「げほっ、ごほっっ」
膝から崩れ落ちる。咳が出る。息が荒い。
これまでの約百回分。僕は青衣と触れ合いすぎた。苦しみを二人で分かち合い、両者が両者を支える。
いつの間にか息は合っていたし、青衣から言われて気づいたが、敬称も無くなっていた。
「お主なら、避けられるじゃろう?」
「青衣こそできるでしょ」
…僕が死に戻った分の会話は青衣には積み重なっていない。だが、それでも。…僕らは仲良くなりすぎたのだ。
銃を捨て、青衣を抱える。涙がボロボロと溢れる。
「お主…前いた世界に戻ろうとは思わぬのか」
「…寂しいのはそうだ。でも、なっちゃったんだから仕方ないだろ」
「…ふふ。お主には本当に、興味が尽きぬわ」
…この会話も青衣は覚えていないのだと思うと、来るものがある。
「お主の戦いっぷりには勇気を貰える。まだ会ってそこまで時間も経っておらぬのに、まるで随分と長い時を過ごしたかのような気分になってしまうな」
これも覚えていないはずだ。
まるで悪夢だ。僕が死んで青衣が助かるなら、と思っていたけど、僕はもう、青衣の事切れる瞬間なんて見たく…
×280
「青衣…」
我の前にいたのは、ついさっきまでと随分様子の違う、疲弊したハルであった。
「お主…何があった?」
身体的な疲弊は先ほどと同じ。だが、決定的に何かが違う。これは…心か。
「ああ、うん、別に…」
普段のハルであればこういう時、嘘にせよ真実にせよ、赤裸々に語る。誤魔化すにしても、冗談を交えるはずなのだ。
「何もなかったにしては、心が荒みすぎておるぞ」
探せ。先ほどのハルとの変化点はなんだ。我のデータを持ってすれば、手がかりの一つくらい…
『…諸事情で。数字が増えることもあるんですよ』
手の甲の数字。ここに入ったばかりの時は「56」であったはずだ。
(我のデータ内の映像を確認するか…)
自動保存された映像には、数字が何回か段階的に増えるハルと、その度の僅かな返事や言葉の変化が記録されていた。
「…一旦隠れるぞ」
ハルの手を引き、瓦礫の裏に隠れる。抵抗する力すら、ハルからは感じられなかった。
「我はお主が話すまで待つ。その手の甲の数字は、何だ」
ハルの瞳孔がブレる。やはり、関係があるのか。
「その数字。増えることもあると言っておったが、増えれば増えるたび、お主の精神に変化があるようではないか」
ハルは何も答えない。
「それに。これは我の勘に過ぎないが…お主。まるで死人のような顔をしておるぞ」
一瞬口を開くハル。我は今、ハルの深淵に踏み入ろうとしているのだと自覚する。だが、止まるつもりはない。
「お主が我を認めてくれたように。我もまた、お主が何を抱えていようと、お主を尊重しよう。そう思わせるだけの信頼が、我とお主の間には既にある」
膝を崩し、座り込むハル。何かを言いたいと、言わない方が良いという気持ちがせめぎ合っているであろうことは、見れば分かる。
「お主も、我に信頼を預けてくれぬか」
×280
「お主も、我に信頼を預けてくれぬか」
僕は、青衣に面と向かってそう言われた。
言っていいのか。言って怖がられはしないか。そういう気持ちはある。今だって関係を切られるのが怖い。
僕に有って青衣に無い会話の数々。僕は青衣がとっても長生きなのも知ってるし、白湯の話もよく知ってる。
その事実を、怖がりはしないか。
…でもそれ以上に、僕は青衣を信頼できた。彼女なら、怖がらないかもしれない、と。
「…………僕は」
「死に戻っている」