ゼロ・トゥ・ゼロ


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作:しづごころなく
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渡る世間に鬼はいないが、偶然はつきもの


個人的には感想が一番嬉しいです。時間が無さすぎて返信させていただく暇がなく申し訳ない限りですが、ちゃんと全部目を通しています。


ビリーは僕に死んで欲しかったのか、みたいなことをビリーに悪戯半分で言ってみると、分かりやすいくらいにビリーはパニックになった。

…とは言え驚くべきは、その後やってきたナースさんもビリーと同じように腰を抜かしたことだ。ちなみにお医者さんも同じような反応。

 

「…とても希少な症例、と言われましても、出自も記憶も特殊なんですけどね」

 

 お医者さん曰く、あの鉱石による侵蝕現象、あの鉱石とそれに類するエネルギーをエーテルと言うらしいが、エーテルの侵蝕が8割以上進んだ上で生還した例がごく少数なんだとか。

 

 それで今は、抗体検査を行うために、事情聴取のような形でホロウに入ってからの行動について聞かれていた。

 

「あなたは、異世界から来たっていう奴が目の前にいても信じますか?」

 

 …こんな具合に事情を話せるところだけ語りながら、一応血液摂取は請け負うことにした。これで本当に僕の体に抗体があって、多くの人を救うことになったらすごいからね。

 

 

「でさ、ニコ。身分証とかってどうしたらいいと思う?」

 

 緊急療法的に病院に入れられているだけの僕は、退院後の生活手法が一切無い。身分証明書もなければ履歴書もない。挙句は過去の記録もなしと来た。

 

 どうしたもんか、とニコと電話をしながら壁に寄りかかる。

 

 ここは僕が入れられていた病院が所属する町、ルミナスクエア。限りなく前世における渋谷や新宿に近い、都会に位置する街。

治安官、という警察官のような役割を持った人たちもいることを鑑みても、この街の法的効力の強さが分かる。

 

『…いや、私も身分がない人の対応なんかしたことないわよ!』

 

「だよねぇ…」

 

 今は公衆電話とかいうローカルな手段でニコと連絡をとっている。制限時間があるが、まあそこいらで偶然拾えたお金で電話ができているだけ嬉しい。ちなみに番号はビリーから聞いた。

 

「でも、就職するにしても履歴書とか身分証明書とかが無きゃ資料関係どうしようもないし、このままだと僕イリーガルの道に行かないといけなくなるんだよな…」

 

『…ダメ元で就職チャレンジしてみたら?案外どうにかなるかもしれないわ』

 

「冗談よせ、最悪捕まるぞ」

 

 この街の様子は常に移り変わるので、公衆電話の受話器片手に見ていても面白い。ほら、今だって親子が仲良く歩いてるじゃないか。

 

 息子だろう男の子がちょっと前に走って、親を呼ぶ感じの動作をして…それを繰り返す。非常に微笑ましい。

 

 ほらまた、今度は男の子も結構距離をとった。

 

「…おいおい」

 

 男の子にとっては遥か上空にある、どこかのお店の看板。その看板が、揺れている。それも、今にも落ちそうな形で。

 

「切るね」

 

 受話器を戻し、走り出す。距離は目測で約15m。間に合うか分からない。

 

「急げ…!」

 

 看板が壁から外れかけ、軋む音がする。数人の視線が上空へ。

残り10m。

 

 病人だって言うのに働かせやがって、なんて考えてるうちに、ついに看板は壁を離れる。

残り7m。

 

 少年も自分の足元が暗くなったことに気づき、上を見上げる。

残り4m。

 

 残り3mくらいのところで、大きく跳躍。パワーが足りるか知らないが、この看板は蹴り飛ばす…!

 

「間に合えぇ!!」

 

 少年の頭、すんでの所で僕の足が届く。

 

 

 緊急時の対応は、僕の領分だ。何回失敗してきたと思ってる。

 

 

 がきん、と鈍い音が鳴るとともに、看板は地を転がる。僕も着地のことは考えてなかったので、地面にぶつかって転がる。

 

 だんだん地面を転がる痛みにも慣れてきたな、と思いながら無意識に左手の甲を確認する。

 

(ああ、今のやり直してないのか)

 

 弓カスと熊カスを倒してからもこまめに数字を更新していた、死亡数カウンター。数字はビリーと一緒に戦っていた時と変わらず、56回だった。

 

 もう左に数字を書くときの油性ペンは、ホロウの中で落としてしまってどこにあるのか分からない、どこかで買わないと。

 

「間に合った、ね」

 

 息を整えながら、涙目の少年を見る。ケモ耳なのはいいとして、14歳くらいだろうか、何が起きたのか分からないという様子だが、それが正解だ。

 

 

 その後、親の二人からは死ぬほど感謝されて、気づいたらお金をもらっていた。…あれ?受け取る気なかったんだけど…いつの間に?

 

 そのまま病院に帰ろうとして(そういえば私服で歩いてたけど、僕まだ病人だったわ)、急に人に呼び止められた。

 

「すみません、私の代わりに助けていただいてありがとうございます!!」

 

 時たま見る「治安官」の人だろうか、黒髪に赤いメッシュ?のようなものがかかった女性が僕に語りかける。

 

「ああいえ、ああいうの見逃せないタチでして」

 

 別に僕が人を助けるのに理由があるわけじゃない。…必要ないだろう、人を助けるのに理由なんて。

 

「…あの、もしかして同じ治安官の方だったりされますでしょうか…?」

 

「いや全然。なんなら今は病院でお世話になってます」

 

「…身体能力も申し分ないとお見受けしました、転職して、治安官になりませんか!?」

 

 いわゆるヘッドハンティング。実際に食らうのも見るのも初めてだが、本当に突拍子もないな。

 …でも、やっぱり記録のない人間は信用できないはずだ。僕に治安官の才能があろうがなかろうが、結局のところ試験には落ちるだろう。怪しすぎる。

 

「…お恥ずかしい話なんですけれど、事情が組みいっていて、身分を証明する方法も、過去の記録もないんですよ」

 

 女性は少し面食らう。

 

「…それは、確かに難しいかもしれませんが、人を助けられる方が治安官になるべきだと考えます」

 

 

 何度会話をしても、一歩も女性は引かなかった。なんだか面白い人のようだ、意外に押しが強い。

 

「ともかく、ご退院され次第、ルミナ分署へ来ていただきたいです!」

 

 …でも、実際のところ身分関係を調べるために一度警察署には寄る予定だったので、ここまで押されてしまえば、せっかくだし行ってみるのもありだろう。

 

 僕が退院して、行くところがなくなってすぐ、僕はルミナ分署へと向かった。

 

「朱鳶さん、って言うんですね。いつもお疲れ様です」

 

 僕を迎えたのは前に僕を熱烈に勧誘した朱鳶さんだった。どこから僕が退院するタイミングについての情報を手に入れたのか、と聞いてみれば、病院側の協力があったらしい。すごい。

 

「はい、よろしくお願いします。担当の者にはあなたの身の回りについてはある程度説明をしているので、存分にアピールしてください」

 

 …いや待て、アピールってなんだ。僕は何も聞かされてない。まさかとは思うが、僕に許可も取らずに面接を受けさせようって言うんじゃないだろうな。

 

「あっ…」

 

あ、じゃねーよ。

 

「すみません…説明し忘れていました…」

 

 おっちょこちょいもあるもんな、で済めばいい方だが、僕が職を持っていたらこうはいかなかった。よかったな朱鳶さん。

 

「あなたには今から、シミュレーションシステムを利用したホロウ内を想定した戦闘を行ってもらいます。好成績を残せば治安官になれるかもしれません!」

 

「へ、へえ」

 

 彼女は僕がホロウから来た人間であることを知っているのだろうか。…さすがに病院の情報を貰ってるなら知ってるか。

 

 ともかく、もう試験の準備もできているらしく、やるしかないみたいだ。

 

「科学技術の向上を感じるね…」

 

 随分と近未来なVRキット的なものを貰い、セットする。

 

 少し広い、白い空間の中に受付の女性が入ってきて、言う。

 

「お名前を」

 

「ハルでお願いします」

 

 この町の法則を見ていると、時たま名前に苗字がついていない人がいる。僕もそれに倣おうと思ったので、苗字は一旦名乗らない。

 

「では、ご武運を」

 

 急にVR空間へ入る。

 

 周りを見てみると、個室のような形の、広くて平坦な空間が広がっていた。

 

 人工であることが実際のホロウを見ているとよく分かる。元々の支給で、銃と電気が出る剣を貰った。使いやすそうでいいね。

 

 目の前に黄色い粒子が集まる。それが模ったのは。

 

「ふーん」

 

 忌むべき弓カス。正式名称を、タナトス。

 

「僕に対してこいつを用意するのは愚策にも程があるぜ」

 

 弓カスがマントを揺らす。消えた。

 

「後ろだろ」

 

 しゃがんで避けると、僕の上を弓カスが通っていく。また弓カスが消える。

 

「次は右」

 

 後ろに下がって右からの攻撃を避ける。そして最後。随分とこの攻撃も見慣れた。

 

「これでいいか」

 

 弓をなぎ払おうとする弓カスが空中から出現する。それを半身になって避けながら、右足で蹴りを顔面に食らわせる。

 

「お前ら顔面が弱いんだよね、揃いも揃って」

 

 目の端に熊カスがぼんやりと映る。幻覚だ。

 

「…残念だろうけど、僕は止まらないよ」

 

 剣を構え、電気を纏わせた上で弓を持つ手に剣を叩きつける。腕の切断は不可能だが、電気が腕を中心に流れ、弓カスの動きが停止する。

 

 その隙を狙って左手に持った銃を発砲する。撃った時の衝撃も、ビリーと一緒に機械を倒す時、何回か自害した関係で慣れてしまった。

 

 剣を引き抜き、胸元に喰らわせる。弓カスが弓を構え、こちらに振ろうとしてくる。それを体を斜めにするだけで避け、弓を足場にして剣を胸から引き抜きながら空中に飛び上がる。

 

「上からいく」

 

 剣を弓カスの脳天に突き刺す。電気が走り、弓カスが感電する。

 

 これにより、弓カスが片膝をついた。

 

「今だね」

 

 銃を何発か顔面に叩き込みながら、僕は剣を横薙ぎにした。

 

 弓カスが消える。

 

「知ってるよ。お前は一度真後ろからの攻撃を避けられたら、少し角度を変えるんだ」

 

 後ろも見ずに、剣をフェンシングの要領で後方に向かって突き刺す。後から視線を追わせる形でそちらを見ると、狙い通り、弓カスの肩に剣が刺さっていた。

 

「このまま倒す」

 

 肩に剣が刺さったまま、それを横薙ぎにする。それによってできた傷に向かって、銃を何発か叩き込むと、弓カスはエーテルとなって霧散した。

 

「…この剣、火力高いなあ」

 

 最初に使ってた棍棒だったら後十数回はこのやり取りを繰り返さないとあいつは膝をつかないのはよく知ってる。すごく性能がいいみたいだ。

 

 VR空間から戻ってくると、 受付をした人も朱鳶さんも、ぽかーんとしている。

 

…ああ、もしかして朱鳶さん、僕がホロウから来てるの知らないな。そうなってくると、これはちょっとまずいかもしれない。

 

「…えーっと、これには人生56回分くらいの深い理由があって…」

 

「ご、合格です!」

 

 受付の人が唐突に言う。

 

 ????

 

「合格…?」

 

 何が、と一瞬聞きたくなるが、そう言えば今試験中だったと思い出す。

 

「ああ、えっと、ありがとうございます」

 

これは特務捜査班行きですね…

 

 朱鳶さんが何か言ったように聞こえたが、あんまり聞こえなかった。耳鼻科とか行ったほうがいいのかな。

 

 

 …後から僕にデータが紙で送られてきた。というか、受け取ったのだが。スマホがないからデータで貰えない旨を話すと、すぐさま文書化してくれた朱鳶さんはすごい。

 

 紙の内容は、試験の合格通知と試験中のデータだった。

 

 試験によると、僕の能力として、全体的な身体能力も高い上、ずば抜けて動体視力が良いことが判明した。

そう言えば、機械と戦ってる時とか、やけに弾丸が鮮明に見えたな、と思い出す。

 

 エーテル適正、というホロウ内での活動可能時間を表す数値もちゃんと高かったそうだ。…まあ、そりゃあホロウ内で寝れるくらいだし。

 

 合格通知には、試験に合格したとだけ書かれており、朱鳶さんからのメモ書きで、後々所属部署が言い渡されるらしい。

 

 ついでに、それまでは自分の家で泊まってもいいと書いてあった。彼女は自衛能力がないんだろうか。

 

 関係性の深くない男一人を家に上げるとか馬鹿じゃねえの、という内容の手紙を送りつけておいた。

 

 

「というわけで、青衣先輩と私、ハルさんの3人で寝ましょう!」

 

 僕が行くべきは耳鼻科かもしれないが、君は精神科だね。

 




うわあ!こいつ対応がしっかりしすぎてる!!恋愛とかできるのか!?
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