人生のクソさが閾値を超えたので、二次創作をして現実逃避することにした。とはいえ漫画などは描けるわけもない。よって小説を書くことにした。二次創作小説。
哀れな男の悲しい自慰行為に巻き込まれた可哀想な被害作品の名は、『とある魔術の禁書目録』。申し訳なく思ってはいるが、しかし人気作品であるわけだし、きっと慣れっこだろう。
作品選定の理由は単純だ。ファンだからだ。可愛い女の子が多いからだ。内なる中学二年生が、この世界にダイヴせよと叫んだからだ。ダイヴし、無双し、ハレムせよ。以て虚しき現世の慰みとせよ。
そうして書くこととした二次創作小説。その内容は無論、いわゆるメアリー・スーである。つまりは、俺賛美の俺無双もの。俺つええ。現実逃避なので当然であろう。作中の人物がこぞって俺のことを好き好き大好きラブチュッチュとなり、くんずほぐれつ、『とある』世界はまさに酒池肉林の快楽無法地帯と化す。いや、ギリ化さない。少なくとも十八禁展開にはならない。俺にその経験がなく、書ける気がしないからだ。悲しいなあ。
対象となる原作と、二次創作の大雑把な方向性。そこまで決まれば、後はキーボードに手を添えて心赴くままに……という段階で、俺ははたと気付いた。まだ大事なことを決めていない。
それは即ち、上条当麻どうするの問題である。彼を出すのか、出さないのか。
上条当麻はお馴染み『とある』シリーズの主人公だ。彼を登場させるか否かは、俺つよい系二次創作において大きな決断となろう。登場させるのであれば、二次小説の主役たる俺との関係性を熟考せねばなるまい。友人、隣人、赤の他人、あるいは敵対者か。出さないとなれば、概ね、彼の立ち位置に俺を当てはめる事となろう。あるいは、俺自身が上条当麻と化すか。
まず浮かぶお気持ちとしては、是非とも上条当麻は登場させたい。先述の通り、俺は『とある』シリーズのファンであり、上条当麻も当然に好きだからだ。
じゃあ、出すか。と安易に決めかかるも、ここでさらなる問題が一つ浮上する。俺がハレム目的の下半身系二次創作者であるという根本的問題が。さらに言えば、イチオシのヒロインがインデックスであるという問題が。
これは大変な問題だ。何しろ上記の如き最低系チンポ野郎の描く二次創作世界である。自然、登場ヒロインたちは前述の通り俺のことをぐちょぐちょに愛する事となる。ましてメインターゲットたる我が推しの子、インデックス女史においてはもう、ぐっちょぐちょのどっろどろのLOVEとなること請け合い。そこまでは良い。その為の二次創作だ。
だが、そこに上条当麻がいるとなると話は変わる。彼女らはすぐ傍に上条当麻がいるにも関わらず、俺のような濃縮下水に等しい精神性の男に色目を使い、ナニとは言わないがこう、濡らすことになるのだ。これってつまり、NTRではないですか? 許されざる行いでは?
俺はこのNTRというジャンルが嫌いだ。いや正確に言うとめちゃくちゃ興奮するし頻繁にお世話にはなるものの好きかと言われると嫌いと言わざるを得ない、そんな感じだ。それって好きってことじゃない? 素質あるよ。そういう事だ。
まあつまり結局、なんと言うのか、我ながら歯切れが悪いが、とにかくこのNTR概念を『とある』世界に、そして我が二次創作に持ち込みたくはないわけだ。上条当麻がいるのに上条当麻以外にトゥンクするインデックスなんて見たくない。かといって通常通り上条当麻に持って行かれるのも、なんか二次創作の甲斐がないというか、とにかく切ない。そんな切ない思いをするのはステイルだけで十分なのだ。ステイル可哀想。
というわけで、上条当麻は出さない事とした。始めから存在しなければ寝取りも寝取られもないのだ。僕が先に好きになることもないのだ。それでいいのだ。そういうことにした。上条当麻のポジションをそのまま乗っ取る、スタンダードな二次世界転生系。これに決まり。
彼の存在を抹消するのは気が引けるが、NTRよりは幾分かましであろう。主に俺の気持ちが。
そう決めてからはそれなりに順調だった。俺はノリノリでキーボードを叩き、歪んだ禁書世界に没頭した。
作中での俺の名は影月暁夜(かげつき ぎょうや)。思いつく限り最高にかっこいい名を付けるつもりが微塵も浮かばず、最終的にはチャットGPTと相談して決めた。ありがとうチャットGPT(無料版)。
俺の禁書世界で影月暁夜はそりゃもう無双した。
とにかく死なない最強設定にしたので、あらゆる問題を秒で解決していった。そしてニコポした。ナデポもした。男も女も老いも若きも、次々と俺こと暁夜の事が大好きになった。ならない奴は敵なので死んだ。
それと同時に、なんか漠然と可哀想な過去を持つ感じの設定にしたので、みんなから頻繁にヨシヨシされた。可哀想な俺! 可哀想な影月暁夜! 可哀想で最高に素敵! 格好いい! ああ、いい。もっと言ってくれ。もっと俺を憐み、同情し、賞賛し、抱きしめて、ホーミタイト。俺をもっと見てくれ。
え、禁書の登場人物はそんなことしないって? うるせえ俺の二次世界ではするんだよ!
正直なところ、二次創作としての出来は酷いものであったろう。稚拙な筆力。独りよがりの最低系。原作キャラを踏み台とする果てなき自慰行為。場末の小説投稿サイトにアップしたが、びっくりするほど読まれることはなかった。好意的な感想どころか、叩かれることすら一度もなかった。
寂しくもあったが、さほど高望みもしていなかったので変に落ち込むこともない。何より俺は、空想の世界を描くこと自体で、十分に救われていた。
楽しかった。
楽しい時は長くは続かない。
完成された『とある』世界を滅茶苦茶にして快楽ばかりを貪るこの俺にいつか罰が当たるのではないかと、心のどこかで危惧していた。
それは具体的にはものすごいバッシングを受けてショックをうけて断筆とかそういう方向の危惧であったのだが。
しかし、その罰はある日、まったく思いもよらぬ方向から下った。
時に令和XX年七の月。突如として出現した巨大隕石が、なんの脈絡もなく地球に衝突。地球は木っ端微塵に砕け散り、地球上の生物はひとつの例外もなく死滅。
俺は、本当に転生することとなった。