ニコと名乗るピンク髪の少女にこの世界の話を聞いてみれば、まあこれが知らない単語のオンパレード。頑張って理解した概要はこうだ。
少女らが普段生活する世界とは別の世界である「ホロウ」が今いるところで、人類に敵対するホロウ内にいる怪物の総称がエーテリアス。今は「裂け目」とやらを探しているらしい。
ちなみに、弓カス=タナトス、熊カス=ファールバウティらしい。もう前の呼称名でいいかな、慣れちゃったし。
一旦分かったのはここまで、というかこれ以上は僕がパンクするので説明を区切らせてもらった。
「なぁ、日本ってのはどんなところなんだ?」
この機械の名前はビリー。どうやら本当に機械らしいが、ここまで人の心の機微を理解しているなら、もう人でいいんじゃないかなと思う。
(日本ってどんなところ、ねえ。これ答えていいのかな)
漫画やアニメでは、世界のルールに抵触するシーンがある。その中でもメジャーなのは別世界の話を持ち込むこと。
確かに、この世界ではエーテリアスのような超常の力がある以上、適当に異世界同士をミックスさせるととんでもないことになるかもしれない。
「…ごめん、どうやら記憶も随分失ってるみたいだ」
自分の過去の記憶の大半を失った人間は、アイデンティティが死ぬのでまともな精神状態ではないはず、というツッコミを入れられたら負けだ。
「す、すまん!俺ってば軽い気持ちで…」
「別にいいよ、減るもんでもない」
…ちょろい。これでいいのか知能機械。
「異世界転移なんて、フィクションみたいね」
アンビー、と名乗る少女が話しかけてくる。彼女は機械なのか人間なのかよく分からない。まあ、機械か人間かなんて些細なことだ。
「…そういえば聞きたかったんだけど、アンビーってどうやって電気出してるの?」
僕も疑問を投げかける。さっき戦ってるのを見た時に思ったのだ、雷みたいな青白い電気がビリビリ言ってるなって。
「アレはソレノイドエンジンで動かしてるのよ。私の電撃があれば、内部に直撃させればあらゆる機械をショートできる。実は今も溜まってるの」
すごいのはわかるけど…工学系の学がないから全く分からない。まあ、できるって言ってるしできるんだろう。
ちなみにあえて質問するのを避けるのはニコだ。怖いったりゃあらしない。なんなんだよ、カバンからブラックホールが出現するって。怖すぎる。ドラえもんでももうちょっと手加減するぞ。
「ここの道を左だよ!」
目の前でルートの誘導を行なっているのはボンプというこれまた知能機械らしい。このボンプは中に人が入っているおかげで特別人語を介せるらしいが、だいたいは「ン」と「ナ」しか語彙がないそうだ。
…本当にどうやって動いてるんだろう。内部に人の骨格を真似たものを搭載して、ベアリングで頑張れば再現できるんだろうか…。
足が痛い。体がだるい。しょうがない、これは長時間戦闘の弊害だ。…きつくなったら助けを求めよう…。
少し歩いて。
「ごめん、裂け目はちょっと遠いね」
「ハル、きつかったら言って。ビリーが背負うわ」
「背負うぜ!」
ボンプを除いた彼らは邪兎屋というグループ?のメンバーらしい。ホロウレイダーという職業をやっているらしいが、ホロウにビジネスチャンスはあるのだろうか。
「ありがとう。確かに、怪物との戦闘で30分は使っただろうし、その前も武器探しで時間を使ってるからなあ。ガタがきてる」
「というか貴方、気づいたらここにいたんでしょ。その前の記憶とかはないわけ?」
そのニコの声に、ボンプが足を止める。
「…どうして今まで確認しなかったんだろう。ハル、君って、いつからここにいるの?」
急にシリアストーンになってどうした。41回分の死亡を換算したらすごい時間にはなるけど、まあこの一回だけなら…
「1時間くらいかなあ。でも、『気づいたらここにいた』せいで、何時間それまでホロウで寝てたのか分からないね」
邪兎屋のみんなも急に顔が青ざめる。
「ちょっと失礼するぜ!」
ビリーが僕の足の裾を捲る。そこには、僕の足には。
エーテリアスという怪物たちが体にたくさん纏っていた、黄緑に光る鉱石が。
静寂。
「ビリー!データは今送る!今すぐ裂け目までハルを背負って行って!!」
スムーズな動きで僕はビリーの背中に抱えられる。えっ何なになに、急にどうした。
「説明してる時間はないから後で聞いてくれよな!」
…ビリーがそういうなら信じるしかなかろう。僕も僕で自分で結論に辿り着けばいい。
(…なかったはずのものが、現れる…)
なんだか、形態としてはウイルスの感染に近いような……
「まさか」
「この、鉱物の侵蝕現象の終着点が、エーテリアス…?」
弓カスが何故か知能が高いのを疑問に思ってたんだ。もし、元が人間で、脳を使役することによって動かしているなら…
それは、死んでいるのか?
「意識が失われただけの状態=死じゃない。それは間違いない。エーテリアスになってしまった時の僕は、死んでいると言えるのか…?」
こうなってくると話が変わる。
死んでいないと戻れないなら。もしかすると、僕はやり直せないかもしれない。
かなりの時間が経った。
「あとちょっとだ!」
ビリーの声がよく耳に通る。僕はすでに、肩のあたりまで侵蝕されていた。この侵蝕現象、どうやら発現までは遅いくせして発達は早いみたいだ。タチの悪い病気みたい。
やっぱり早期発見は大事だな。*1…冗談の質もちょっと落ちてやがる。
さらに数分後。
「今、どこまで鉱物が来てる!?」
「首の中間くらい。このペースならあと5、6分で全部いかれる」
「間に合うだろ!」
刹那。
横から巨大な機械が、通り道を塞ぐように割り込んでくる。文字通り、メカメカしい。二足で地面を滑らかにスライドしながら、腕部分についているガトリングをこちらに構える。
「危ねぇ!!」
紙一重で、頑丈な壁の裏まで逃げ込む。首を横に振るビリー。倒すというルートは取れなさそうだ。
「Aあー。顔まで侵蝕Si始めるとこんna感じで思考まで影響Saれ始めるんだねe」
ビリーの表情がわかりやすく厳しくなる。まだ出会って長くても1時間くらいだっていうのに、情が移りすぎだよ。
「Ikoうビリー。待ってても始まRaない」
「…ああ」
ビリーに背負われたまま、バカでかい機械を突破するという難題。ビリーはまず、足の間を駆け抜けようとした。
「ちっ!!」
機械が大きく足払いをする。これに巻き込まれれば僕もビリーも攻撃を喰らう。巻き込まれないよう、ビリーが距離を取った。
2回目の挑戦。端っこのところから駆け抜けようとする。銃弾が飛んでくる。
「これ僕耐えRaれんのか?」
ビリーが避けるのが上手いおかげで、弾幕自体のダメージは限りなく少ない。が、横にいけども横にいけども、その前を機械が塞いでくる。
そういうプログラムでもされてるのか、コイツ?前の所持者の住んでたところとかは大いにあり得る。
ビリーは、壁を伝うとかいう超人技も披露した。が。
「うおっ!?」
急激に音を増す機械のエーテリアスのエンジン音。爆弾で壁をぶち壊してきた。
「えぇ…やりすGiでしょ」
僕も驚きのあまり、ちょっと引いてしまった。……さて。こんなやり取りをしている内に、実に約4分が経過した。…僕の侵蝕はもうすぐそこまで来ている。
唯一の安全地帯たる壁の裏でビリーに話しかける。
「ビリー。下ろSiて。物wO落としTa」
これは都合のいい嘘だ。ビリーが人を信じやすいのは知ってるよ。…僕の期待通り、ビリーは僕を降ろしてくれた。
ビリーの足下に落ちているものを拾おうとするフリをして、ビリーの腰から拳銃を抜く。
ぴょん、と後ろに飛び下がる。さあ、やろう。
「ごめんねBiリー。諸事情で、こうSeざるを得Naiんだ」
手の震えはない。きっとビリーの視点からじゃ、顔の左半分が侵蝕されている僕はひどい見た目をしていることだろう。申し訳ない限りだ。
ちゃんと発音できるように意識しながら、喋る。
「正直、会ってちょっとしか経ってない、しかも得体の知れない僕のためにここまでしてくれるのは、すごく嬉しかった」
ビリーが手を伸ばす。…やっぱり、機械っていうのはただの個性にすぎなさそうだな、これは。こんなに慌てた顔ができるなら、充分感情はあるし、友達にもなれる。
「だから僕に全部任せろ。どうにかしてやる」
不敵に笑いながら、
僕は躊躇なくこめかみに拳銃を当て、ノータイムで引き金を引いた。
×42
…
「…聞いてる?」
耳に突如声が入ってくる。急だったが、咄嗟に返事をする。
「ああ、ごめん。なんの話だっけ?」
「私が電撃を作れる原理がソレノイドエンジンにあるって話。私の剣を機械の内部に挿せば大体の機械はショートするのよ」
…ここからか、意外と時間がない。まずは、僕が知らない体で、僕の侵蝕が進んでいることを知らせる必要がある。
「ところで、ここっていつまでいられるの?僕って8時間くらいいるかも知れないんだけど」
その声を聞いてすぐさまビリーが足の裾を捲ってくれる。
「!」
これによって、先ほどと同じようにビリーに背負われ、突っ走ることとなった。前回より時間があるので、試行回数を増やせばあの機械も突破できるかも知れない。
クソッタレめ。柱を抱えてぶん回すとか何でもありかよ。
×50
8回の挑戦の成果を3字で表現しよう。ズバリ、詰んだ。
熊カスよりも大きい躯体と、機関銃が悪さをしすぎる。進行方向に打ち続けるだけで僕らは消耗させられ、逃げられそうになったらターボを起動してすぐさま僕らの前までスライド。
パワーが大きいというのが非常にきつい。ところ構わず使えたかも知れないオブジェクトを破壊していく様はまるで暴走機械。
「…聞いてる?」
耳に突如声が入ってくる。急だったが、もう知ってるので普通に返事をする。
「ああ、ごめん。なんの話だっけ?」
「私が電撃を作れる原理がソレノイドエンジンにあるって話。私の剣を機械の内部に挿せば大体の機械はショートするのよ。実は今も溜まってるわ」
この話もだいぶ聞き飽きた、何回か詳細を聞いてしまったくらいだが、結局よく分からなかった。
ビリーに死に戻りの話をして、死にゲーの要領で攻撃を避け続ける案も考えたが、仮にそれで生き残ったとして、僕へのビリーの信頼はなくなる。
一体今が何回目の会話なのか分からない人間というのは絶対に怖いに決まっている。これはナシだ。
こうなってくると、一定時間あの機械の動きを止めておく手段が必要になるわけだが…
「あれ」
僕の目線が自然とアンビーの腰元に移動する。
「…アンビー。剣に電撃を纏ってから、どのくらい保つ?」
「…企業秘密だけど、映画好きのよしみ*2で教えてあげる。ちゃんと溜めれば30分は保つわ」
これしかないでしょ。雑談しといて正解だった。
「ところで、ここっていつまでいられるの?僕って8時間くらいいるかも知れないんだけど」
その声を聞いてすぐさまビリーが足の裾を捲ってくれる。
「!」
今までと同じようなやりとりを経て、僕が背負われる。ビリーが足についたエンジンを起動し、走る体勢になる。ここだ。
「アンビー、剣、もらってくね!!絶対返す!!」
アンビーの腰から剣を引き抜く。ニコ達の攻撃手段を奪って非常に申し訳ない限りだ、あとで土下座でもして許してもらおう。
あとは、あの機械のコアを探して剣を突き立てるだけ。こっからは巻きで行く。
×51
一回戦ってわかったのは、まず、侵蝕が非常に重い。体が言うことを聞かないのだ。これだけで今まで動けていた瞬間に止まってしまったりと、困ることが多い。
次に、コアがどこか分からない。装甲が厚いのもあるが、背中に胸元、頭上など、選択肢がいくつかある。
最後に、コアにたどり着くまでが遠い。
コアがどこにあるか分からないと言っても、目星はついている。上の方だ。到底僕の身長では届かない位置。だから、何かしらの方法を使ってあそこまで上がる必要がある。
×52
突進が避けられない。左手の盾が厄介だ。
×53
…
×54
コアの場所は胸元らしいということはわかった。あとはどうにかしてあそこまで登ろう。
×55
剣を刺す役割をビリーにやって貰えばいいと思ったんだけど、うまくいかなかった。一回やって無理だったなら、どれだけ繰り返しても似たような光景が繰り広げられるだけだ。
僕がやるしかない。
×56
ビリーに壁を走ってもらい、機械が右腕についた機関銃を構える。すぐさまビリーの背中を土台に跳躍。
機関銃の先端にギリギリ掴まる。振り落とされないよう、早めに立ち上がって、そのまま腕の上を走る。
右方向に盾が迫っている。自分の右腕あたりを目掛けて殴ってるのか。盾は僕よりも大きい、当たれば突き落とされることだろう。
大きくジャンプをしてどうにか盾を空中で避ける。そのまま右腕に着地する。そこから再び、一気に跳ぶ。
これでこのまま、コアのある胸元まで一直線だ。
空中。限界まで引き伸ばした時間の一瞬。
機械の、エンジンが起動した。
「そのMaまタックルかよ…!?」
僕は空中だ。受け身は取れない。方法を何か探せ、この状況を打開できる方法を…
「…やRi直し、か」
方法は、ない。大丈夫、慣れている。やり直してばかりだから。次こそは
「ドリャアアア!!」
視界の端っこ、機械の足下に、ビリーがいる。ビリーは、機械の関節に向かって拳銃を使って最大火力を押し付けていた。
これにより機械の足がダメージを受ける。そこで出来た1秒にも満たない隙。
「それ最高…」
右手に持っているアンビーの剣を構える。場所はわかってる、胸元にある四角いマーク。あれに、これを差し込む…!
轟音がなる。左側からだった。
「嘘Daろ」
僕が飛び移ったせいで解放されていた右腕の機関銃が、こちらに向けて弾丸を放っていた。
足が機械の胸元にある胸板に触れる。僕が剣を刺すより明らかに弾丸の方が早い。
「いや、ワンチャンス……!!!」
一瞬の呼吸。その呼吸の音が、やけに鮮明に聞こえる。これは僕の呼吸だ。
同時に、弾丸の速度が遅くなる。
(避け、られる)
右肩。避けた。頭。首を傾けて避けた。足首。バク宙の体勢になって避ける。左手。掠るだけだ、これは。当たろう。
バク宙の体勢から手をつく。
自然とアンビーの剣を構える。ついた手の肘で反動を作り、跳ぶ。
コアの前に落ちてくる。
電気を纏った剣を、僕はコアに突き刺した。
奥の方から薄い光が見えていた機械は、その光をだんだんと弱めた。
これで数十秒稼いだ。
僕の、勝ちだ。
目が覚める。耳に雑音が入ってきた。
「ああごめん、なんの話だっけ?」
意識も朦朧としない中、僕はそう発言した。
目をはっきり開けてみると、目の前には誰もいなかった。というか、知らない天井がこちらを見ているだけ。
…アンビーと同じ会話を続けた弊害だ。もうずっとこの返事で返してるから…。
「…ここはどこ私は誰」
上半身をベッドから起こす。見た瞬間にわかる清潔感と、どこからか漂う医療用アルコールの香り。
病院だ。
自分の腕を見てももう鉱石はついていない。言葉の発音も元に戻っている。点滴とかもついていないので、とりあえず立ち上がってみる。
病人らしい服装を着るのは随分と久しぶりだ、なんて思いながらドアを開ける。
「はぁ!?」
右から耳をつんざく声が聞こえた。視点を動かせば、ビリーが腰を抜かしていた。
「…やあビリー。どうやら、うまくいったらしいね。約束通り、どうにかしてやったぜ」
ちょっとした胸の高揚感もありつつ、ビリーに話しかける。ビリーの口…いや、口なんてものはないが、音声がうっすら聞こえてくる。
「…なんで生きてるんだよ、お前…」
…そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな。