×5
見慣れた場所で目覚め、一周前に見つけた板と棍棒をササッと回収。もう割と出来ることはやったように感じる。
「身体能力を積むってのはアリだけど、死んだら筋力に関してはリセットだし、コツを掴むくらいしかリターンがないんだよな」
あの弓カスがどこまででも追ってくるようなら誰もいない中一人で訓練を積む必要も出てくるが、あいつがあのあたりにずっといるのはガラクタ探しをした周に確認済みだ。あの時は2時間くらい経ってたはずだし。
「そうなると本当に死にゲーになってくるな、OAだとカットだろうね*1」
うん、冗談が言えるくらいだし精神も大丈夫そうだ。これからたくさん死ぬことになる気がするけど、死に戻りにも回数制限がある可能性を意識しつつ、命を大事に繰り返す。これしかない。
「行こう」
マントが現れる。目の前に弓の刃が迫っている。毎度のごとく本当に鋭利な形をしている。これで弓にもなるというのが本当に理不尽。
「危ねぇ!!」
咄嗟に屈んで避ける。しかし、完全には間に合わず、頬を通って目に傷がつく。
「痛っ…!ああ、クソが、右目をイカれた」
痛みが本能を刺激し、右手で出血する右目付近を押さえる。発生する立ちくらみと熱くなる目頭。この熱は血だろう。
「え」
左目がここでやっと認識する。先ほど瞬間移動して目の前に現れたばかりの弓カスが、いない。
まさか、連続瞬間移動…!?それはずるいだろ、ふざけんな。くっそ、今すぐ体動かして…
「後ろにいるだ
×6
マントが現れる。目の前に刃が迫るより先に足を屈める。知ってるのに結構スレスレじゃないか、危ない。
(まず一回は避けたね)
そして、次は後ろ。目の前にいた弓カスが消えたのを確認してから、体を反転して目を凝らす。
(あ…これだ)
目の前にマントの端が見える。咄嗟に足に力を込め、横に避ける。一瞬体幹がブレるが、すぐに持ち直す。目の前を弓カスが弓を横薙ぎにしながら通り過ぎる。
「フォームかっこいいね」
ありゃ、つい本音が。とか言ってたら、また消えた。次も後ろだ、と急いで体を反転させる。
「…」
集中する。目の前にマントが見える瞬間を捉えられるように。
ぐさり。
背中に、弓が突き刺さる。骨を突き抜け、心の臓を突き抜け。自分の胸元に刃の先が現れたのを見てしまう。
「が…はっっ、よ、ん、読んだな、お前」
僕が瞬間移動を見た時、に後ろを、躊躇なく向いたのを認識して、次も消えたら、同じようにする、と読み切っ、て。おいおい、知能まで、ついて
×11
マントが現れる。足を屈める。頭の上を刃が通る。
「次」
後方、それも上空から突撃するような形で弓カスが飛んでくるのを読み切り、僕は背後にいる弓カスを視界に入れることなく、一歩飛び退くことで避ける。
目の前に弓カスが着地する。
「次」
弓カスが姿を消す。再び上空、今回は左後方から、弓カスが現れるのを目の端に捉える。
こいつには知能がある。だから、真後ろからの攻撃が完璧に避けられると、何かしらの方法で後ろを認識してると考え、後ろと前の認識の境目になりそうな場所を推測し、そこから攻撃をしてくる。
無駄にした4回分の研究から分かったことだ。尤も、後ろと前の認識の境目のなりそうな場所を推測してるっていうのは僕の妄想に過ぎないが、そこに法則性があるなら何ら問題はない。
右側に大きく距離を取って避ける。僕がさっきいたところを、弓カスが通って行った。
この間にも僕は走ってここを通り抜けるのを試みる。しかし、弓カスが起き上がったらその瞬間動きを止める。
弓カスにどれだけ手札があるか分からない以上、何も考えずに突っ走るのは今は愚策だ。だって進んでも、そこで初見殺し喰らったら走った分の距離はリセットだからね。初見の技を打ちそうなら、ちゃんと観察して対策して、避けてから走る、ってわけ。
「さて、ここからだろ」
弓カスが姿勢を正す。どうやら、あの瞬間移動攻撃は3回で一区切りをつけるらしい。確かに、3回目は威力が明らかに高かった。
弓カスは徐に、弓を構えた。
「避けろ!」
体に電気信号を送り、咄嗟に横に転がって避ける。矢は見ていない、見ていたらやられる。というか、そもそも矢は「オーラっぽいもの」は見えるようになってきたが、具体的な形も見えていない。動体視力の関係だろう。
一瞬の沈黙。走ろうかと考えるが、弓カスが体勢を変える。腰は低く、右膝は前に突き出して、弓を持つ手を左の腰に添え…
「居合…?」
つい、口をついて出た言葉。ワンテンポ遅れて、僕は右に距離を取ろうとした。しかし。目の前に突如として迫る弓カス。右に少し飛び始めたばかりの僕をしっかりと捉え、リーチを届かせる。
全く対応できなかった。
「やっぱり初見殺しの技しかないじゃ
×13
3回分の瞬間移動攻撃を避け、一回分の弓も避ける。
「一回分無駄にした、勿体無いね」
12回目は、ステップの加減をミスして死んだ。まだ肉体強化された体に馴染んでないのかもしれない。右手に書かれている黒インクの「13」という数字を目に入れながら僕はそう振り返る。
「さあ、ここから」
最初の関門である瞬間移動攻撃はもう避けたので、ここから居合斬りを見切るパート。
弓カスが体勢を変える。腰は低く、右膝は前に突き出して、弓を持つ手を左の腰に添え…
「ここ」
右に飛んで避ける。僕のいたところを刃が通る。毎度ヒヤッとさせられる攻撃だ。
弓カスの様子を確認すると、体勢を整えるのに少し時間が要るようだ。次回からはこの時間も距離を作るのに使おう。
この辺りの地形は基本的に似通っているが、柱が連続してあるという法則性がある。弓カスが出てくるところを1としたら、僕は今5くらいまでは走ってきた。要するに、柱五つ分過ぎてるってこと。
「そろそろゴールが見えてきたな…」
こいつの防衛範囲がどこまでかはわからない。しかし、もっと広かったなら、あの柱にいる理由はない、僕なら全体距離のちょうど半分あたりの位置にいたいから。
こいつにそこまでの知能があるかは分からないが、流石に法外な距離を守られていたら僕が諦めるのが先かもしれないね。
弓カスが弓を構える。すぐさま避けようとすると、弓の照準が僕を追う。あちらも対応してきている、タイミングはよく見ないと。
「そろそろパターン尽きただろ」
矢を避けながらつぶやく。弓を下ろしている間にまた走って距離を取る。ちょっとずつ、本当にちょっとずつ。グリコでもやってる気分になるが、こうするしか方法がないのだ。
「!」
消えた。弓カスの瞬間移動からの攻撃の発生は早い。だから、僕に見ている余裕はない。そう断じて、後ろに飛び退く。
「いない…読まれたか」
僕の視界の端に弓カスが現れて通りすぎる想定だったのだが、上手くいかなかった。つまり、今、こいつは僕の後ろにいる。
「まだあるだろ…!」
もはや手足にも等しくなって存在も忘れていた棍棒と腕に括った盾。その内盾の方を構えながら後ろを向く。
目の前に迫る弓の端。今までと違うのは、左手の盾が間に合っていること。
「ぐっ…重い…!!」
左手にビリビリと伝わる衝撃。矢は一度食らったが、これは、弓の方が威力が高いな…!!
「今ぁ!!」
手に伝わった衝撃を押し退けながら、左手で弓を弾く。そして咄嗟に走る。もうここは止まれない、せっかく攻撃を弾いて大きな隙を作ったんだ、今行かなくていつ行く。
「急げ…!」
全力で足を回転させ、柱を3柱過ぎ去る。最初に戦闘が発生したところからかなりの距離ができた。
「っしゃ、流石に撒いたでしょ…!」
後ろは見ずに、まだ距離を取る。これで、やっと、逃げ切っ
×14
弓カスの攻撃を見切って、全力で足を回転させ、柱を三柱過ぎ去ったところで足を止める。
僕の前回の死因を確認すべく。
さっきは、上から押し潰されたような衝撃がきたはず。予想されるのは、事故の類か。
「GIaaaaaaaa!!」
「うっそだろお前」
僕の予想は、簡単に覆った。
僕の何倍も大きい。というか、熊みたいなずんぐりとした感じ。腕が特に発達していて、身体中に張り巡らされた鉱石は
要するに。
「援軍、かよ」
僕が通ろうとしているエリアは、弓カスとこいつの2体管轄。
もう名前考えるのも面倒だし、熊カスでいいや熊カスで。この熊カスは、発達した腕を振るうことは想像に容易い。タックルにラリアット、突撃も何のそのって感じ。
「面白くなってきた」
自分を奮い立たせる目的で、わざとつぶやく。ぶっちゃけ諦めたい、もう14回挑んでるんだぞ。これからまだデス集を作るっていうのか。
×41
弓矢が僕の顔面を撃ち抜こうとするので、左に飛ぶ。
背後に熊カスがいるので逆に懐に入り込む。
熊カスが地面を殴ろうとするので、熊カスの胸元を土台にバク宙をしてパンチをやり過ごす。
着地と同時に右後方に棍棒を振ることで熊カスの顔面?らしきところをぶん殴る。
一瞬怯むので、距離を稼ぐ。
懐から離れた僕を殺すべく弓カスが瞬間移動してくる。スライディングして刃を避けながら横を通る。
即座に体勢を整え、前転。これで二発目の瞬間移動→攻撃も防ぐ。
三発目の攻撃は左手の盾で弾く。また距離を稼ぐ。
後方からタックルを仕掛ける熊カスがいるので、緊急停止してから右にローリング。また距離を稼ぐ。
後ろを見て、弓カスの不在を確認。
「はい盾」
熊カスの近くに寄ることで、瞬間移動攻撃の難易度を一気に上げる。弓カスは必ずと言っていいほど後方から飛んでくる。
だから、熊カスが体勢を整えている間に背中を寄せれば…
「GIAAA!?」
熊カスが斬られる。僕の代わりにだ。両者がパニックになっている間にまたしても距離を稼ぐ。こいつら2体が守っているせいで、防衛距離は2倍だ、ふざけんな。僕の走る量が増える。
距離ができると、熊カスは上から降ってくる。これに関しては、上を見れば対処可能だ。
生き物は空中では、短時間で落下先を調整できないから。
そこを避けつつ、僕は後ろを見ずに横に飛ぶ。横を紫に光る刃状の弓矢が後方から通り抜けていった。あれももう形が捉えられる。
僕が今の弓矢を見ずに避けた事に触れる時間はない、距離を稼ぐ。
「ちっ」
目の前にマントが現れたのを見て舌を打つ。いくら繰り返していると言っても、全く同じパターンの攻撃が飛んでくるわけではない。
小さなことが未来に変化を及ぼしているんだろうが、今回は瞬間移動攻撃を引いたらしい。
とは言っても、ほとんどが一緒である以上あまり問題はない。
スライディングをする、と見せかけて横飛びする。こいつは一度避けられると学習する、ということを俺は学習している。もうそれ3回目だぜ。
僕の真横を弓が通って行った。
こんな感じのやり取りを繰り返しながら、僕は今回こそ、この攻撃の連鎖を掻い潜る。
邪兎屋は、とある以来の達成のためにホロウに潜り込んでいた。依頼はホロウ内部で輸送業を営む天馬エクスプレスからだった。
「確かこの辺りだったわね、パエトーン」
邪兎屋のリーダーを担うニコは、いつも持ち歩くケースを揺らしながら、右を歩く小さな知能機械にそう話しかける。
「うん、ここに新規開拓したい輸送ルートを防いでるエーテリアスがいるはずだよ!」
小さな知能機械ことボンプは、普通の個体と違い、人語を操っていた。これは、操車である「パエトーン」が感覚同期を行っているからである。
「この依頼、見た目以上に美味しいわ」
アンビー、と名乗る少女は鞘に入った剣を摩りながらニコに話しかけた。
「でしょ!!私ってば、こういうの見つけるの上手いんだから!」
少しニコのステップが軽快になる。ふふーん、という効果音が聞こえてきそうな表情だ。
「さっすがニコの親分!これで俺は、スターライトナイトのメダルを…」
「買わないわよ」
今度は明らかに肩を落とす赤いジャンパーを着た機械。男の声、しかし、顔も見た目も完全に機械な彼の名前は、ビリー。
気を落としたビリーのために、ボンプが会話を繋ぐ。
「まあまあ、気を落とさないでビリー!いつか買えるよ!」
彼らは今でこそ談笑しているが、直後、恐ろしい光景を目にすることとなる。
「なあ、ニコの親分。あれじゃないか!?」
ビリーの声に反応して、全員がビリーの指の指す先を凝視する。
そこでは、依頼対象に含まれていた二体のエーテリアスがいた。
「あれだよ!よく見つけたね、ビリー!」
ボンプが返す。
「待って。何か変だわ」
アンビーが歩を進めようとするボンプを制止する。確かによく見れば、討伐対象のエーテリアスが、何故か戦闘をしているではないか。
「行ってみるわよ」
ニコの提案に誰が返事をするでもなく、歩幅が大きくなっていく。
「何よあれ!?聞いてないわよ、パエトーン!」
最初に捉えたのはニコ。邪兎屋とパエトーンが少し距離のある場所から見たのは、凹んだ薄い板とボロボロになった棍棒を振るいながら戦う青年の姿だった。
異常なのは、身のこなし。まるで未来でも見えているみたいに、攻撃を避け続けている。真後ろからの攻撃さえ読み切って、棍棒で反撃。
「いや、あんなの私も聞いてないよ。治安官でもないみたいだし…」
その場にいた全員が、全てを避けきるソレに驚き、足を止めていた。しかし、突如として青年の持つ棍棒が折れる。その音で、ニコは頭をリセットする。
「何止まってるの!助けに行くわよ!」
くそ、棍棒が使えなくなった。怯ませるのには都合のいい武器だったんだけど。それにもう、死に戻りで見てきた分はとっくに過ぎ去った。ここからはもう、アドリブでやるしかない。
目の前に迫った矢を避けながら後ろを見る。こちらを殴ろうとしている熊カス。
「今しかない」
腕を持ってかれるくらいは許容するしかない。こいつの拳を、受け流す。
風を切りながらこちらに迫る大きな腕。
「今!」
左手で受け流そうと振るった盾は、見事に空を切った。
「はぁ!?」
目線を手元から正面に移す。目の前にいたのは、熊カスの顔面にドロップキックを食らわせるピンク髪の少女。
まず最初に来たのは「助かった!」。次に来たのは「人だ!」。最後に来たのは「強くない?」。
後ろを振り返れば弓カスと相対する白髪のこれまた少女。とはいってもどこかメカニックな雰囲気がする。この世界の機械技術に驚きつつ、自分の体が空中に浮いたのを認識する。
体を抱えられている。横を見れば、人型のロボット、とも表現しがたいが、機械がそこにいた。
「あんたすげえな!スターライトナイトみたいだったぜ!ファンなのか!?」
スターライトナイトってなんだよ。ファンではないよ。というかお前喋れるのね。
「見た目に反して奇天烈なしゃべり方をするね…」
クールキャラでも全然おかしくないだろこいつ。まあでも、どうやら僕は…
「それ褒めてんのか!?まあでもありがとな!」
弓カスと熊カスから逃げ切ったらしい。
赤いジャンパーを着た機械が、僕を安全な場所に置いて仲間らしき二人の方へ向かうのを見ながら、つい、僕はガッツポーズをした。
「っっしゃあ!!」
総死亡回数41、本当に堪えるよ。
ものの数分で弓カスと熊カスは黄緑の粒子になって消えた。あんな強かったあいつらがこうも簡単に敗北する様は、なかなか見ごたえがある。
「あなた、大丈夫!?」
ピンク髪の少女が僕に近づく。大丈夫、と返事をしながら僕はゆっくり立ち上がる。足が痛い、おそらく筋肉痛だ。そりゃあれだけ動き続けてたんだから。
「止めて、ニコ。こういう時はすべき質問が決まってる」
白髪の、剣を鞘に佩いた少女も近づいてくる。直後、その少女が会話をつなぐ。
「あなた、名前は?」
一瞬偽名を使うという思考を挟みながら、前の人生での名前を使うことにした。
「篠崎春。ハルでいいよ」
この白髪の少女が何を言うかなと待っていれば、予想外が飛んでくる。
「ほらね、ニコ。決まったでしょ」
『決まった』…って、ああ、すべき質問ってそれか。
「私はニコ。ごめんなさい、ハル。アンビーの「それっぽいシーンを作ろうとする癖」につき合わせちゃって。…ところでホロウから送り返すために聞きたいんだけど、あなた、どこ出身?」
ホロウ、という単語はよくわからないが、とりあえず返事。
「日本だよ」
一瞬の静寂。僕、何かまずいこと言ったかな。…いや待って、そうだった。ここは異世界で、そんな都合よく日本ができてるわけが……
「日本ってどこかしら?ごめんなさい、聞いたことないわ」
「俺も聞いたことねぇ」
「私も!」
うん?聞いたことない声が背後からする。僕は後ろを見ても、何もいないことに気づく。
「下だよ、下!」
視点を下げたところにいたのは、…なんだこいつ。しかも人語を介してる。
「なんでこんな、意味不明な…」
異世界の無法さに嘆きながら、僕はピンク髪の少女に言い直す。
「訂正するよ。僕の出身は日本だが、正確には、どうやら…異世界らしい」
「えっ」
「ホロウ、ってのもよくわからないし、なんでこんな、二足歩行するウサギみたいなフォルムをした何かがいるのかも知らないし、さっき戦ってた怪物の呼称も僕の存じ上げるところではないね」
僕の足に軽い衝撃が来る。さっきの喋る小さな二足歩行ウサギだ。そちらの方向を見れば、ソレが音声を出す。
「えーっと、精神病院を紹介しようか?」
ぶん殴ってやろうかな、こいつ。