ここから原作では野菜炒めのくだりに入り、場面転換する。だがこの世界では食事を既に済ませてしまっているため、シームレスに話題が続いていく。
「で、追われるって話だったけど、誰に? 入管?」
「その話、ちゃんと聞いてたんだね。反応すごい薄かったけど」
「なっ、ばっ! お、お、追われてる……だ……と!?」
「もういいからそれ」
インデックスは呆れ顔でため息ひとつ。
「ぎょうやはお芝居向いてないかも」
「そっか。でもね、在留手続きはきちんとすべきと思う。面倒だろうけど、日本には日本のルールがあるのだから」
「入管じゃないよ! というか、この国の入管は不法滞在者を背中から撃つような過激組織ではないと思うけど」
「はあん、どうだかね!」
「なにか嫌な思い出でもあるの?」
「ない。で、なんなの。何に追われてるの」
俺の質問に、彼女は肩をすくめた。
「何だろうね? 薔薇十字とか黄金夜明とか、そういった手合いだとは思うんだけど」
インデックスの口から放たれたそれらの単語に俺は唸る。新訳の最後ら辺から頻出の組織名がこの時点で既に。まるで詳しくはないが、多分史実に基づく何某かなのだろう。何にしても、さすがよくよく練られた世界観である。二次創作で蔑ろにしてごめんね。
「ローゼンメイデン……黄金仮面……フム……」
「ふむじゃないんだよ。全然違うよ」
呆れと突っ込みの後、彼女は「でも」と続けた。
「それもどうでもいいかもね。そんな名前に意味を見出す人たちでもないし」
「そうなんすか。じゃあ薔薇族と変態仮面でもいいんすか」
「よくわかんないけど、多分それは嫌だと思う」
「その薔薇十字だの黄金夜明だのは、どういうアレなの」
「ちゃんと聞こえてるじゃん」
律儀に反応を返してくれるインデックス。これが女子とのあたたかなる触れ合い。尊かった。話がなかなか進まないが、俺としては全く構わなかった。
「魔術結社だよ。ま、じゅ、つ、けっ、しゃ。変な聞き間違いしてない? 英語で言うとMagic cabal」
「すげえ……ネイティブみてえ」
「Nativeなんだけど」
「すげえ……」
アニメではバキバキの日本人が声優を務めるので忘れがちだが、彼女は英国人である。その発音はきっと、極めてクイーンズであろう。俺に英語力がないので、なんとなくそれっぽいなあということしかわからないのが悔やまれる。
「その、魔術結社……いやさマァジックカバァルというのは」
「無理しなくていいんだよ」
「聞いて、すぐに口にする。それがスピーキング上達の秘訣だと英会話系動画投稿者が」
「何のことかわかんないけど、それって今しないといけないことかな」
「しなくてもいい。確かに。その魔術結社というのは、いわゆる過激派カルト的な集団なのかな?」
「一般に同じに見えてしまうところはあるかも。でも、ああいうぽっと出のインチキとは全然違うんだよ。むしろ敵対者としてはよっぽど危険。彼らは、本物だからね」
原作を振り返るに、この場面では上条当麻が大きな拒否反応を示したことに端を発し、魔術あるのないの論争やこの世界における異能力講義に発展した。かの印象深き『そこはかとなく馬鹿にしてるね?』の場面である。アニメでのあの言い方、とても可愛かった。あと『魔術あるもん』も可愛かった。そうだね、魔術はあるし、トトロもいたね。
捨て難き名シーン。だがここは、敢えて血の涙を流し、穏当にことを進めることにした。
原作の上条当麻の言動から、インデックスを刺激しない話の道筋を推測し、実行する。彼女の好感度を下げなさそうな選択肢を的確に選んでゆく。まさに二次創作特有の原作知識を用いたチート行為。卑怯と罵りたくば罵るがよい。たとえ狡くとも、俺はインさんと仲良くなりたい。
それに、考えてみてほしい。原作の上条当麻とインデックスはここで言い争いのような形になった。しかし、それが後を引いたりはしない。ご存知の通り、その後インデックスは上条当麻一筋である。つまりこうとも考えられるわけだ。そういう小さな衝突は、むしろその後の急接近のための布石。地固まる前の雨。俺は目先の好感度のために、それを放棄しようというのだ。原作の二人を尊重する転生者の鑑のような態度とすらいえよう。
つまり、どうとでも言えるし、どうとでも転がる。可能性は無限大。
言い訳がまた長くなってしまった。話を戻し、インデックスのご機嫌をとろう。魔術を受け入れるのだ。
「あーね。魔術。本物。魔術。わかる。完全に理解した」
「……そこはかとなく馬鹿にしてるね?」
「いやいや、理解理解。魔術でしょ。魔術結社に追われてる。だろうねー! 追われてそう! はじめからそう思ってた。あの、魔術結社の、その、魔術刺客に! コワイ!」
「かなり露骨に馬鹿にしてるね!!」
だいぶ怒らせてしまった。俺は彼女の理解者になろうとしただけなのに。それもこれも、俺の魔術に関するイメージがぼんやりしているのが悪い。前世で描いてた二次創作でも、魔術関連は全力でぼやかした。なんかすごいちからがばひゅーんって。
つまり、俺が悪い。俺の頭が。わかっていた。
「ぎょうやは、世の中に不思議なことなんて何もないって思ってるでしょ」
「めっそうもない」
「思ってるって顔だね!」
「いやね、インデックスさん。きみは知らんかも知らんけども、ここは学園都市といってね、一般に言ういわゆる超能力を人工的につくってる、それは不思議な場所なわけ」
「なら魔術も信じてくれていいじゃん!」
「いやだから信じてるって流れなんだけど」
「信じてないって顔だね!」
「顔かー。そんな顔してるのかー」
顔を攻められると弱い俺である。一方では、目をキリキリと吊り上げているインデックス。一度オコ状態と化した彼女は一筋縄ではいかなそうだ。おそらく今、俺がどれほど言葉を尽くして魔術を肯定したとて、適当なおためごかしとしか受け取られまい。
こうなっては仕方あるまい。原作踏襲、一度ぶつかり合うのが結局は近道なのであろう。激しくぶつかって、あとは流れで、最終的に地固まり硬い絆が。
深めちゃうかー、絆。
俺は意を決し、口火を切った。
「じゃあ、言わせてもらいますがね!」
そして始まった俺の能力講義からの魔術否定論については割愛しよう。原作そのままだから、ではない。うろ覚えがあまりにひどく、聞くに耐えなかったからだ。インデックスの優秀な頭脳にもクエスチョンマークが無数に浮かんでいたことだろう。
だが俺はめげない。めげていては話が進まない。
とにかく勢いと、ジェスチャーと、熱く沸る思いでもって、科学的な異能力は信じるけど魔術はちょっとね、という原作上条当麻からの丸パクリ思想(うろ覚え)を訴え続けた。さっきまでと真逆の主張だが、インデックスが受け入れてくれないので仕方ない。
そして俺の必死さとインデックスの高い理解力によって、ついに、なんとか、一歩前進することに成功した。
彼女は言った。
「魔術はあるもん!」
いただきました。とても嬉しい。今の心境は、中間ポイントを潜った時のマリオに似ている。
この男は支離滅裂で何言ってるか意味不明ながらもやっぱり魔術を否定しているのだろうな、と言うことだけは理解していただけたのだろう。
すかさず俺は反駁する。
「そんなら、証拠をみせてみなさいよ。ショーコ! メラミでもケアルでも使ってみなさいよ」
「よくわかんないけど、魔術を使えってこと? 無理だよ。魔力ないもん」
「ほーん。つまり、俺の勝ちということやね」
「超能力を信じてるのに魔術を信じないなんて、えこ贔屓なんだよ!」
さっき同じ流れで信じている旨を伝えたはずだが、もはや過去の話。意味はあるまい。今の俺たるや、原作準拠のポジショントークの鬼。
「俺の常識に能力はあっても魔術はない。人間、鼻先に現実を突きつけられるまでは己の常識も捨てられない愚かな生き物なのだよ。勉強になったねインデックスくん」
「その言い種だとぎょうやの方が愚か者ってことになっちゃうけど」
「これはしたり。一本取られたねインデックスくん」
「馬鹿にしてるね!」
だん、と大きな音を立ててインデックスは立ち上がった。燃ゆる少女に階下への配慮はない。その目に灯るは紛れもない決意の光。やったんぞ、目に物見せたんぞ、そういう光。
「じゃあ鼻先に現実突きつけてあげる! 見て! この服!」
両腕を広げて、インデックスは声高らかに言った。隣の上条当麻宅にも聞こえてるんではないかというくらいの声量だ。
「これは『歩く教会』っていう極上の防御結界なんだからっ!」
「ウォーキング・アソシエイション……」
「それだとお散歩協会だよ!」
何百回と擦られたであろうベタな冗談も無視することなく拾ってくれる心優しさ。五臓六腑に染み渡る。
「この服はね、『教会』として最低限必要な要素だけを詰め込んだ、服の形をした教会なんだから。だから切ろうが殴ろうが炙ろうが、傷一つつかないんだよ!」
「教会ってそんな言うほど頑丈かな?」
「守られてるの! 魔術的に!」
インデックスはやおらあたりを見渡すと、次の瞬間にはこの狭い室内をたたっと駆け出していた。目的地は台所。むろん、早くも空腹を覚えたというわけではない。彼女の目的は食料ではなく調理器具。包丁だった。
俺は一応自炊する。なので安物だが一通りの器具も揃えていた。今彼女の手に収まっているお馴染みの三徳包丁も。
戻ってきたインデックスは、手にした包丁を俺に突きつけ、言った。
「これで私のお腹を刺してみる! そしたら歩く教会が本物だってわかるはずだよ。論より証拠!」
鼻息荒く告げるインデックスから俺は包丁を受け取る。三徳包丁はそれなりに手入れされていて、鈍い輝きを放っていた。
しばし、包丁と彼女を交互にみやり、やがて俺は。
「うおああああああああああああ!!!!!!!!」
「えっ、なっ、わっ、わああああああああああ!?」
絶叫と共に、インデックスの腹部目掛け、全力で包丁を突き出した。ただならぬ俺の迫力、スピード、そしてパワーに、彼女もまた絶叫。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
「んああああああああああああああああああ!?」
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
「あああああああああああああああああああ!?」
「すげえ本当に傷一つついてねえ」
「ちょっと待って」
「歩く教会……魔術……本物……だと……?」
「今私のこと滅多刺しにしようとしてたね?」
した。具体的には絶叫と共に少女の一見無防備な腹部に包丁を何度も突いては引き突いては引きした。だが、もちろん乱心したわけではない。理由があるのだ。
「インデックスさんが刺せと言うから」
「言ったけど! 何度も何度もやる必要はないんだよ!」
「いやしかしね、一度刺せなかったくらいでは、魔術の証明にはならないと思うんだよね。科学的最新素材かなって」
「むむ」
「やり過ぎってぐらいやって、それでも無傷ならようやく信じられる……そう思って、心を鬼にして、思いっきりやらせてもらった次第」
そういうことである。無論、何度も説明している通り、俺は初めから魔術のことは信じている。しかしその事を意固地なインデックスに受け入れさせるには、これくらいのインパクトのある出来事が必要であろうと判断したのである。
全ては計算されたバイオレンス。よって無罪。
「魔術が嘘だったら猟奇殺人だったんだけど」
「嘘じゃなかった。信じてよかった。信じるものは救われるんだな。魔術はありまァす!!」
「釈然としないんだけど」
しかしこれで、ようやく俺の信心が彼女にも伝わったらしい。ため息を吐いて、その場にすとんと腰を下ろした。
「ま、信じてくれたんならいいか」
それから何かを考え込むように黙り、しばらくして再度口を開いた。
「さっき少し説明した追っ手のことだけど」
「魔術師とかいう人ら?」
「そう。その魔術師たちの目的は、多分、私の持ってる魔道書にあるんだよね」
「魔道書。知ってる、あれでしょ。ぐ、ぐり、ぐ、ぐ」
なんとなくのファンタジー知識を引っ張り出そうとする俺。しかしどうにも喉元から出てこない。あれだ、ぐ……ぐ……ぐりとぐ……。
「グリモアール? よく使われる総称だね。具体的には、エイボンの書とか、ソロモンの小さな鍵とか」
エイボンとソロモン、足して2で割ればエロボンだ。エロ本。俺は感慨に浸りながら答える。
「中二魂が震えますなあ」
「そういったものの原典が一〇万三〇〇〇冊。私の頭に入ってるんだよ」
「読書家なのね」
「それですめばよかったんだけど」
インデックスは一旦言葉切り、少し遠い目をしてから続けた。
「……でも、それではすまなかったんだよ。実際にこうして、あの連中に追いかけられてるわけだし」
「魔術師ね」
「うん。だから、もうそろそろ、行かないと」
彼女がそう言葉を続けた時、その表情には確かな覚悟が宿っていた。
わずかばかりの安寧の時間を終え、先の見えない逃避行を再開せんとする、逃亡者の覚悟が。
「いつまでも私がここにいると、そんなおっかない連中が、ここにきちゃうから」
「外に出た方が危なくない? 大人しくしとけば暫くバレないんじゃ」
「この服」
インデックスは『歩く教会』の胸元を摘まんでみせる。
「魔力で動いてるの。だから、敵はこの『歩く教会』を元に探知をかけて私を追ってきている。おバカなぎょうやにもわかるように言うと、これを着ている限り、相手に私の位置はバレバレってこと」
「脱げば?」
「いやらしい……。これの防御力は法王級なんだから、探知されたとしても手放すなんてありえないんだよ」
女子にいやらしいと言われた。これは得難い経験であった。
ともあれ、分水嶺が近づいてきていた。
この話の流れ、散々脱線を繰り返してきたが、とうとう例のアレに着実に近づいてきている。
無論、アレとはアレだ。名シーン、「私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」だ。通称ワタジゴ。原作上条当麻はここで気圧されてしまい、上手く答えることができない。そしてその後悔が、後の展開に活かされていくわけだ。主人公の弱さと成長を描く、素敵な展開だ思う。
世のインデックス党は、このワタジゴに対しいかに格好良く答えるのか、そんなことばかりを妄想し夜床に就く(俺調べ)。いつどこで、突如インデックスが現れてワタジゴしてもよいように。無論俺とて、日々の研鑽を欠かすことはなかった。いつでも準備はできている。
だが、しかし。
それでよいのだろうか。
インデックスのワタジゴに対し、彼女の心を鷲掴みにするイケてる台詞を言うのはあまりにも簡単だ。研鑽したのだから。十パターンは考えてある。どれも最高に格好良い。実際にかつての二次創作でも活用した、トゥンク不可避のキラーワードたち。
だが、ここで鎌首をもたげるのが、先程つらつらと思い悩んでいたあの疑問たちである。
このツラでトゥンクもクソもないのでは。
そもそも、インデックスをトゥンクさせるのは、上条当麻であるべきでは。
俺はいったい、どうするべきなのだろう。どうしたいのだろう。
ただ場を持たせ、お茶を濁しに濁し、ひたすら先延ばしにしてきたこの決断を、いよいよ下さざるを得ない時がやってきた。
「いや、ホウオウ級だかルギア級だか知らんけどもだね」
俺の逡巡とはまるで無関係であるかのように、俺の口が言葉を発する。
「なんにしても、そんなおっかない連中がいるようなところに、放り出すわけにはいかんでしょ」
あの時の、あの場面。原作の上条当麻をなぞるようなセリフ。
その言葉に、インデックスはやはり原作と同じようにきょとんとして、そして、にっこりと笑った。
「……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」
とうとう発せられたその言葉に対し、俺は――