弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学非常勤講師の雇止め-「一定程度の合理性」で第一段階審査を突破できた事例

1.雇止めの二段階審査

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)場合、

有期労働契約者からの契約更新の申込みに対し、使用者は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことを擬制される

というルールが採用されています(労働契約法19条2号参照)。

 言い換えると、雇止めの可否は、

① 合理的期待があるのか、

② 客観的合理的理由・社会通念上の相当性があるのか、

という二段階審査を受けることになります。

 この二段階審査のポイントは、

①の合理的期待がない場合には、理由の客観的合理性・社会通念上の相当性が問題になることなく、期間満了により当然に契約が終了すること、

にあります。

 そのため、雇止めの効力を争うにあたっては、先ず、第一段階審査を突破することを考える必要があります。

 この問題を考えるにたり、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。東京高判令5.10.23労働判例1327-36 国立大学法人電気通信大学事件です。何が参考になるのかというと、契約更新に向けた合理的期待について、合理性の程度が高いとはいえなくても、一定程度の合理性で足りるとされていることです。

2.国立大学法人電気通信大学事件

 本件で被告(被控訴人)となったのは、電気通信大学を開学している国立大学法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、非常勤講師として働いていた方です。授業中の発言が不適切であるなどと問題視されて雇止めになったことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。原審(東京地判令5.4.14労働判例1327-48)が請求を棄却したことから、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審も原告の控訴を棄却し、原審の判断を維持しましたが、雇止めの第一段階審査については、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断 黒字・原審判断が維持された部分 赤字・高裁で改められた部分)

「原告は、本件労働契約が原則として更新することとされていた旨主張する。」

「しかしながら、被告の非常勤職員就業規則上、非常勤職員の雇用期間は、発令の日の属する年度の3月31日までの範囲内で定めるとされ(非常勤職員就業規則9条1項)、被告の原告に対する委嘱状にも委嘱期間が明示されており、更新を原則とする旨の定めはされていない(乙1の1、2の1、3、4)。この点について、非常勤講師に適用される同規則9条4項では、「非常勤職員(中略)の雇用期間は、当該事業等が継続する期間の範囲内とする。」と規定されているが、同条7項では、「非常勤の雇用期間終了後、更新しない場合は、少なくとも30日前までに本人に予告するものとする。」と規定されており、同規則9条4項は、当該事業等が継続しなくなれば雇用期間が終了する旨を規定したにとどまり、労働契約の更新を原則とした規定と解することはできない(乙3、4)。他に本件労働契約が原則として更新される旨の定め等は認められない。」

「そうすると、本件労働契約についは、その更新が原則とされていたとはいえない。」

「そして、本件労働契約の更新回数は1回であり、原告の通算の雇用期間も1年6か月で長期間であるとはいえない。本件労働契約の平成29年4月の更新時には、同年3月に被告から委嘱状が交付され、原告がこれに応じる回答書を提出する手続が履践されており、これによれば、本件労働契約については、その更新の都度、処置の手続を取ることが予定されていたものということができる。また、原告は、本件委員会から原告の平成28年度後学期の生徒指導論の授業における発言について事情聴取を受け、平成29年8月に厳重注意を受けていた。本件労働契約は被告からの急な依頼で締結されたものの、その契約締結に至る経緯において被告(B教授)が原告に対し数年間は本件労働契約が更新されるものと期待させる言動を取ったとまでは認められず、他に被告が原告に対し本件労働契約が更新されるものと期待させる言動を取ったとは認められない。その余の原告の主張を踏まえ検討しても、原告の本件労働契約の更新に対する合理的期待の程度は高いと認められない。」

もっとも、原告が担当した生徒指導論が必修科目であること、また、本件大学の教職課程担当の非常勤講師について、平成20年から平成29年までの間、労働契約の更新が0回又は1回の非常勤講師が一定数いるものの、2回以上更新された非常勤講師が相当数いることが認められる

そうすると、原告が非常勤講師として本件労働契約が更新されると期待することについて、一定程度の合理性があると認められるものの、その合理的期待の程度が高いということはできない。

「以下、これを踏まえて、本件雇止めの有効性について検討する。」

(以下略)

3.「必修科目+他の非常勤講師の動向」で第二段階審査に進めた

 第一段階審査を突破できても、「合理的期待の程度が高いとはいうことはできない」と言われてしまうと、比較的簡単に雇止めが認定されてしまいます。本件でも、結論として、原告の請求は棄却されています。

 しかし、第一段階審査から第二段階審査に進めなければ、どれだけ薄弱な根拠だろうが、雇止めの理由自体、問われることはありません。そのため、期待が高くないと言われようが、第一段階審査が突破された判断は、それ自体に重要な意義があります。

 本件の裁判所は、「必修科目+他の非常勤講師の動向」という比較的弱い事情でも第一段階審査から第二段階審査へと駒を進めました。この判断は、大学非常勤講師の方が雇止めの効力を争う場面で、参考になります。