ZARAやSHEINの服の行き着く先 チリの砂漠は「洋服の墓場」

チリ北部アルトオスピシオ=河崎優子

 南米チリの砂漠に、「洋服の墓場」と呼ばれる場所がある。各国のアパレルブランドの服が捨てられ、山のように積み上がっているからだ。大量生産・大量消費社会が生んだ大量の売れ残りや古着が、南米の砂漠に押しつけられている。

 チリ北部のアンデス山脈に沿って、南北に1千キロにわたって延びるアタカマ砂漠。砂漠の中にある居住地域を車で抜けると、あたり一面に洋服や靴、バッグなどが捨てられた異様な光景が目に飛び込んでくる。

 近くで見ると、スペインのアパレルブランド「ZARA(ザラ)」や中国発のインターネット通販「SHEIN(シーイン)」などの服だ。燃やされた衣類の黒い灰が風で舞い、プラスチックの焦げたような臭いが漂う。

 衣類のリサイクルを広める地元NGO「洋服を着た砂漠」の共同設立者、ジャンカルラ・サンブラーナさん(31)は、「こんな場所があちこちにある。2022年時点で、砂漠に捨てられた服は推計4万トン。世界から、いらない服が送られてくる」と肩をすくめる。

 車で約30分の場所にあるイキケ港は、関税が免除される自由貿易港だ。低迷する経済の活性化を図るため、1970年代に政府が自由貿易地域に指定した。

 衛生面や環境保護を理由に、他国が古着の輸入を禁止する一方、チリは世界有数の古着輸入国となった。古着の売買が活況となり、輸入業者が古着を買い取るため、年間4万~6万トンの売れ残りの洋服や古着が、欧米などからたどり着く。その多くは価値のない、よれよれの服だ。

 サンブラーナさんによると、衣類を処分するには、廃棄物処理業者にお金を払う必要がある。すぐ近くまで車道が通るアタカマ砂漠は、不法投棄がしやすい。こうして各地の洋服が捨てられ、積み上がるようになったという。

「売れ残ったら砂漠で燃やす」

 みつからないように、砂漠で衣類を燃やす人も多い。「有毒ガスが住宅の中に入り込んで、大気汚染も深刻。地元住民は被害を受けている」とサンブラーナさんは訴える。

 グーグルアースの衛星画像で、訪れたエリアを確認すると、2007年には何も写っていなかったが、10年代から捨てられた洋服が燃やされたとみられる黒い影があちこちに出現する。25年には捨てられた洋服や、燃やされた跡が広範囲に広がっていた。

 近くの青空市場では、LACOSTE(ラコステ)や「Ivanka Trump(イバンカ トランプ)」などのブランド物から、Forever(フォーエバー)21やGap(ギャップ)などのファストファッションまで、様々な衣類が約70円から売られていた。

 販売者のボリビア人、ジェリー・マナグエルさん(38)は、「日本の洋服も見たことがある」と話す。販売する洋服は、イキケ港の近くで入手する。45キロを150ドル(約2万円)で購入し、タグのついた新品、状態のよい古着、価値のない古着の三つに仕分けし、「売れ残った服は、毎月砂漠に運んで燃やす」。

 地元の自治体は対策に頭を抱える。人口約20万人のアルトオスピシオ市の環境部長、エドガー・オルテガさん(36)によると、不法投棄を取り締まるため、220台の監視カメラを設置。昨年は400件を超える違反に罰金を科したという。

 さらに、200台のカメラを追加し、監視員を20人増やすなどの対策を進めるが、「十分な予算がなく、限界がある」と話す。

 オルテガさんは、「自由貿易港のおかげで地域の経済活動が活発になり、雇用が増えた」と評価した一方で、「イキケに着く衣類の2~3割はゴミとして砂漠に捨てられる。捨てるためにここに運んでくるのだろう。我々は、価値のない服の処理を押しつけられている」と指摘する。

衣類の生産は倍増

 イキケ港近くの衣料品店では、新品のタグがついたZARAの昨シーズンの洋服が売られていた。環境問題が専門の弁護士のパウリン・シルバさん(37)はファストファッションの台頭で、生産サイクルが短くなった点を原因に挙げる。「世界中で新シーズンの服が次々生産され、大量の在庫や古着が生じている。外国で不要になった服が、ここに送りつけられ、売り物になる服だけ選別された後、捨てられている」

 シルバさんは「私が子どもの頃は、良質の衣類が適量届き、昼過ぎには売り切れて、需給は一致していた。今は、大量生産された質の悪い衣類が当時の10倍から30倍も、届くようになってしまった」と嘆く。

 世界経済フォーラムの報告書などによると、2000年から14年にかけて、世界の衣類の生産量は倍増し、年間1千億着を超えた。一方で、着用期間は半分になったという。環境省の22年度の調査によると、日本の1人あたりの年間衣服購入は18枚。手放す服は15枚で、着用されない服は35枚あるという。

 化学物質が使われた服の廃棄は、環境への負荷も大きい。国連のグテーレス事務総長は今年3月30日の「ごみゼロ国際デー」に向けたコメントで、「地球はファッションの犠牲者だ」と訴えた。国連によると、世界では毎秒、ごみ収集車1台分の服が焼却・廃棄されているという。

 アタカマ砂漠のほかアフリカのガーナや、インドなどでも、大量の洋服が放棄され、問題になっている。シルバさんは言う。「これは世界的な現象。資本主義におけるファストファッションの台頭で、必要以上の服が世界にあふれている」

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この記事を書いた人
河崎優子
サンパウロ支局長|中南米担当
専門・関心分野
中南米の全分野、ジェンダー、環境、スポーツ
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    岩本菜々
    (NPO法人POSSE代表理事)
    2025年5月23日6時31分 投稿
    【視点】

    ファストファッションが支払う代償は、先進国からは不可視化されています。しかし、私たちが安い値段でファッションを享受できる裏側で、安さの矛盾が途上国に押し付けられています。  私はClean Clothes Campaignというファストファッションの問題を調査するNGOに関わっていますが、調査先の途上国では、生活賃金をはるかに下回る低賃金で生産が行われ、労働者は貧困に喘いでいる現実を目にします。また、生産過程における環境汚染や資源消費も凄まじく、綿のTシャツを作るのには、綿栽培〜加工までのプロセスで2,700リットルの水が必要と言われています。  そして、ほとんど着られることがないまま廃棄された服は、南米やアフリカなどの途上国で捨てられ、マイクロプラスチックをはじめとする大量の有害物質が土地を汚染します。  グローバルなファッションブランドは生産過程と廃棄過程への責任を負わず、人や自然を安価に「使い捨て」することで、安い値段を維持しているのです。  改善のためには、こうした問題を「可視化」し、企業の生産のあり方を問うことが重要です。そのための取り組みが、この記事のNGOをはじめ、世界中の有志の人々によって行われています。

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    鈴木一人
    (東京大学大学院教授・地経学研究所長)
    2025年5月24日18時35分 投稿
    【視点】

    普段、話題にならない問題を取り上げた良記事。ファストファッションのような「大量生産・大量消費」のビジネスモデルが最後に行き着くのは、そうやって生産されたものをどう処分するか、という問題。これまでプラスチックなどは環境破壊の原因としてリサイクルすることが求められるようになったが、衣類に関しては、そうした問題になってこなかった。現代の資本主義は、こうした大量生産と大量消費・廃棄がセットにならないと回らないようになっており、しかも、その主役となっているのは、こうした低付加価値商品を生産する中国やグローバルサウスの国々であり、その消費地である先進国。この構造が維持されていることで、グローバル化が進んできた。しかし、トランプ政権の関税政策がこうした大量生産・大量消費のメカニズムを断ち切ることになるのか。こうした記事で、この問題を取り上げられるのはとても良いこと。

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