人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№48 霊界に次元層は存在するのか?。その1。天の頂に白十字路と五重の塔  

霊界には【次元】と呼ばれる層があると言う事を、多くの霊能者や行者筋は言われます。しかし、神霊であれ他の霊であれ、そうした霊が【次元】の存在を霊能力者に説明したり語るということはほとんど聞いたことがありません。それは神霊と言えどもその霊界層に所属すると、他の霊界層のことは自分には解らないがあると考えられます。逆に地上界に居る人間の方が次元層が解りやすいのかも知れません。

 

通常、霊界は第1天国、第2天国、第3天国、中有界、第1地獄、第2地獄、第3地獄の【七層】があるとする説が大勢で、西洋の神智学でもこの日本の神智学でも言われています。仏教では天国界・中有界・地獄界の【三つの途】として「三途川」と言うわけですが、多くの僧侶は「三途の川」の意味を単にこの世とあの世の境としか見ていないがあります。三途の意味があまり理解されていないなのです。

この七層の界は、天国天使でも天帝直属たる天使以外には自由に越えられない。移動出来ないと言われています。第1天国界天使ともなればイエス級になります。天使長ともなればイエスどころではないのです。 遙かに高い存在です。

スピリチュアル標榜では自分に天使長ミカエルが降りて来る式の方が多いのですが、そのスピリチュアル標榜者の魂の次元格と、天使長とでは魂の次元格があまりにも違いすぎます。世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は神界を高山で判断する合目説の次元格で判断した時、優秀な霊能者や行者筋から【八次元】説が多いのですが、それよりも次元格が高い天使長が四次元スピリチュアルに臨んで来るはあり得ないと言えます。

大本教の出口王仁三郎聖師は【ミカエル】と呼ぶ天使長は存在していない。省(かえり)見るの言葉の意味だと述べておられます。モーゼ外伝では、【ミカエル】とは最後の審判で蛇の尾を踏む者の意です。私は自分がヴェーダ典の【人の中に眠るコブラ蛇が走り上がる時、その人は「真理」に目覚める】の体験で、ミカエルは【巳(蛇)返る】の言葉の意味だと解釈しています。

 

霊界物と言いますと、スウェーデン・ボルグの書が有名なのですが、どこまで正しいのか解らない面があります。それは明らかに【霊界の太陽】の記述が間違っていますし、人の魂が天国界や霊界に入って見聞するのに、ホテルの鍵を閉めて行かなければならないなどはありません。肉体と魂に【霊子(たまのこ)線】が繋がっていれば即座に肉体に帰ることは現在の霊学では解っています。ただスウェーデン・ボルグの記述にある第2天国界の天使には第1天国界が解らないとありますが、それは正しいようです。

ところが、世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は旧来は第1天国界が1番上だと言われていたことに対して、第1天国界の更なる上にもう一つ上の天国界が在ると説かれたなのです。今でも第1天国界の上にある更なる天国界に関してはよく解っていません。ただ、そこは【天帝とか創造神】と呼ばれる存在の神が鎮座するです。

 

私は霊界修業で伏見稲荷山の豊受姫のお世話になっていましたが、一般相談者に対する豊受姫の神示はよく当たるのに、私に対しての豊受姫が言われる神示はほとんど当たらないが起きて、豊受姫のお代であった最初の師匠も不思議に思い。豊受姫にお尋ねになったところ、【あの者(私)は、この豊受をもってしても見通すことが出来ない霊界の「壁」の外から来る神力によってコントロールされている。私が何とかしてやりたいと思っても出来ない。その世界のことは、この豊受にも解らない世界である。】と告げられたのです。

 

私の元に岡本天明氏の【日月神示(ひふみ神示)】に、この艮金神が人民に成り代わって天の大神様に対して日々お詫びを申し上げている式の内容があるそうで、艮金神国常立尊様が人民に成り代わって、日々お詫び申し上げる天の神様とは、【天之御中主】様ですかとの問い合わせがありました。

確かに、艮金神国常立尊様が人民に成り代わって、天の大神様に日々お詫び申し上げている存在が【天之御中主】様だとすると、おかしいと言えばおかしいと言えます。日本書紀では初発の神は【国常立尊】様と記してありますが、古事記では最初の神は【天之御中主】で異なっています。これに関しては大本教から天では【天之御中主】。地では【国常立尊】で同体神であるとの説明が出されました。

この同体神と言う意味は人間の感覚では解らないがあるでしょうが、【魂】を割るという意味が解れば理解出来ることではあるのです。同じ一つの魂からの分裂でも人間の双子のようなことでは無いのです。人間の双子の魂は卵は一つでも核は二つです。核は同じものではないのです。また【一霊四魂】で説明される魂の分派でもないのです。

一つの存在たる魂も核も二つに割った。すなわち【天地】の別れです。その天地が別れて、天界の部分を【天之御中主】とし、地の神界を【国常立尊】としたなのです。すると、天地が合体した状態は【天之御中主】でも【国常立尊】でも無いと言えます。そんな単純な論理では無いのです。

十津川村の【玉置神社】は主祭神が【国常立尊】様となっていますが、神社の神紋を見ると【州浜紋】になっています。よくよく見れば、一つの玉から二つの玉が出た形の神紋とも言えます。稲荷大神碑文などを読みますと、【天に次く玉。地に次く玉。人に宿る玉】とあり。天に宿る玉と地に宿る玉があるとしています。そして私達人間にも比較など出来ないけれども【玉】があるなのです。

 

【州浜紋】

 

大本教の霊界物語に、【君が臣となり、臣が君と成る】という内容があるかと思いますが、これは【国常立尊】と【天之御中主】との入れ替えを予告したのです。別の神ではないということなのです。それを【天地逆転】とか【グレン(猛火)返し】とも言われています。【180度返す】で【一八十(イハト)返し】や【イハト(岩戸)開け】とも言うわけです。

 

七の世を終えて、八の世に成る時は分離の時

 

私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫は私のことを【貴方は言葉の神と呼ばれている貴き御方で、神々に対して教えをなされるほどの方です。貴方の言葉による教えは天帝の「詔(みことのり)」と同じであり、貴方の教えが聞けないと言う神は如何なる神であっても天帝に対する反逆罪に問われます。】と言われ。その時に【天帝】と呼ばれる言葉を出されたのです。

私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【そなたが教えを間違えても、その時はこの神の仕組が悪かったのであり。そなたの責任には非ず。】と告げられのですが、私は神の仕組の解説は間違えないように慎重に進めているつもりです。

 

豊受姫のお代であった私の最初の師匠は、少女時代は大本教少年少女隊に所属していたと言います。伏見稲荷山で【国常立尊】様のお姿は拝していますと言っておりました。私は伏見稲荷山でその国常立尊様の御塚とされる場所を拝していたところ、能の高砂(相生の松)で描かれる【尉(じょう)と姥(うば)】の姿をされた男女の老神のお姿を拝見し、もしかするとこれは【大国常立尊と豊雲野尊】様のお姿なのだろうかと拝見していました。だが、それは【天帝】と呼ばれる存在ではないと感じていました。

大本教では、その天帝たる存在を【天之峯火夫皇大神】として世に告げました。但し、その天之峯火夫皇大神の下に括弧書きで(天之御中主)ともしています。では、天之峯火夫皇大神と天之御中主は同一神かと言いますと同一神的でありながら違うなのです。それで()したと言えます。

天之御中主様とは、大本教神諭予告の【九つ花】を最初に紐解いた大本教に在籍当時は出口なお開祖派で反出口王仁三郎派で名を残した神道天行居の開祖友清九吾(歓真)師が【ラ】神として世に説いた意味合いです。

 

私も大本教神諭予告、【九つ花】を紐解いて【ラ】神を説きますが

ラ神とは【天之御中主】を意味して、真性天照皇大神

 

大本教神諭に【男子と女子の戦い】と言う内容があります。その女子を大本教の出口王仁三郎聖師は【素戔嗚尊】として演じられ、男子の方を出口なお開祖が演じられたのですが、出口なお開祖をなまじ天照大御神との妹とされる【若稚姫】としたが為に、話がおかしくなっています。また、素戔嗚尊を変性女子などとするのは、誰が考えてもおかしなことをされたと言えます。

日本神話においては、男神である【素戔嗚尊】と女神である【天照大御神】が戦ったであり、そこに来るのが【三女五男】の話です。男子と女子の戦いとして出すのであれば、出口なお開祖は【天照大御神】の役を演じなければおかしかったのです。そして【変性】などは間違いと言えます。

しかし、その当時に、いくら神の世界の舞台の演技と言えども出口なお開祖を【天照大御神】などとすると、不敬罪どころか死刑判決を受けたかも知れません。

 

世界で太陽神と言えば全て男神として説かれています。ところがこの日本だけは、ほとんどの人は伊勢神宮に鎮座している太陽神は女神だと頭から思い込んでおり、一部の有能な霊能者のみが伊勢神宮には男神と女神の二神が鎮座されている。その女神の方は「卑弥呼」霊ではないかと言っておられます。

私がお世話になった豊受姫は、伊勢神宮に鎮座されている天照大御神は男神なれども、神界における地位は自分よりも低い方だと言われていました。だが、それが本当は何と呼ばれている神かは、頑として言われなかったなのです。ただ、本当の天照大御神とは豊受姫の御主人たる神だと告げられたなのです。女神である豊受姫と女神の天照大御神では【夫婦】にも成れません。その部分に関しては、大本教である型演技がなされていますので解る者には解るでしょう。

ある著名な行者の方は、どうして大本教の出口なお開祖を【若稚姫】にしたのか?。そうした疑問を言っておられますが、そこには天の神の深い仕組はあったなのです。

 

私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いておりましたが、その声は【日本神話は私が最後の審判に備えて、人民を使って創作させた予告の為の物語であり、その様な事実があったのではない。そなたは私が日本神話に何を秘めたのか。それを読み解きなさい。】と告げられたのです。

 

しかし、その【天之峯火夫皇大神】の姿を霊能者と呼ばれる人達も、世に出ておられる神々も見ていないがあります。では、大本教の出口王仁三郞聖師が自分はニセ者であったと告げられた【みろく大神】とは何だとなります。

みろく菩薩は仏教で説かれたのですが、お釈迦様の直弟子に【みろく菩薩】は最初から存在していません。それはお釈迦様の死後に仏教が中央アジアに広がって行く過程で、【拝火教】とも関係する【ミスラ神】が仏教に取り込まれて【みろく菩薩】に変化したなのです。そして西洋では【マイトレーヤ】と呼ばれたです。これは【歴史】を知れば解ることです。

自分はお釈迦様から「おまえは自分の直弟子であったみろく菩薩だ」と告げられたと言い出したら、まったく「歴史」を調べていない方なのです。

 

私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、そこに【拝火教】を知りなさいがありました。拝火教の別名は【ゾロアスター】教で、その祭神名は【アフラ・マズダー】とされました。ゾロアスターとは、その拝火教の開祖の名前となります。

ドイツの哲学者であった【ニーチェ】の【ツァラトゥストラはかく語りき】は有名な著ですが、そのツァラトゥストラとは、拝火教の開祖である【ゾロアスター】のドイツ語読みになります。ニーチェはゾロアスターの思想の【啓示】を受けて書いたのですが、ニーチェの前世が「ゾロアスター」の魂であったかどうかまでは解っていません。

ニーチェの【神は死んだのか】は有名な言葉ですが、当時のキリスト教会とは権威主義の塊であり。そんなキリスト教の教えの神の概念では、神は死んだのかと言えます。ですから【真理】とか【永遠の命】などは【嘘】だという概念をニーチェは持ったのでしょう。

仮にニーチェの前世がゾロアスターだったとしても、前世では神を説いていたが、今の世では神の存在否定に走るもあるのです。あまりにも中世のキリスト教が権威主義の塊であるならば、キリスト教そのものが弊害の宗教とも言えるからです。

 

蛍光灯とかLED照明灯が出来るまで、私達が使っていた電球の名前は【マツダ】の名前が使われていました。日本では東芝製品が知られていて、その電球には【マツダ】のカタカナ名が印刷されていました。それは電球の名に【アフラ・マズダー】の【マズダー(マツダ】の名前が使われたことからです。

アフラ・マズダーとは、【善と悪】とを分ける【正義と法】の神であり、光を意味する神の名だったからです。

 

拝火教の神は、大本教の天之峯火夫皇大神か?

 

とある時、私はある光景を夢に見ていました。それは【天の頂】と呼ばれる場所です。そこに【白十字】路があり、その角に【五重の塔】と【瓢箪池】が見えています。私はその光景を見ていて、その五重の塔から大本教神諭予告の【九つ花】とは、そういう意味だったのかと解読に到りました。その【九つ花】を解読すると、それは【みろく大神】の存在を語ります。

 

更に五重の塔の意味は、【地・水・火・風・空】

 

それは大本教の出口王仁三郎聖師の自分が【みろく大神】など言うものではありません。出口王仁三郎聖師は【みろく大神】の名乗りに関して、自分はニセ者であったと発表されたのも当然のことなのです。では、大本教の出口なお開祖に出口王仁三郎聖師が「みろく大神」だと言う嘘の神示が何故に降りた?。のかです。

今も巷には自分が【みろく】神ですと呼称する方は後を絶ちません。これも【みのか尾張の国の女子】と同様に、邪神達を世にあぶり出す創造神の【言葉の仕組】の一環だったと考えられます。邪神や悪神達は何も解っていない【素直】の魂の人に【自分がそうだと思い込ませて】利用するからです。その人が自分の力量を理解するのであれば、自分が【みろく大神】などあり得ないと気づけるはずなのですが、どこかに慢心があるとつけ込まれるのです。

 

私が大本教神諭予告の【九つ花】を紐解いたの下記の光景から

 

 

 

五重の塔から、大本教神諭予告の【九つ花】は紐解けましたが、解らなかったのは【瓢箪池】の意味でした。瓢箪が意味する事柄は多いからです。

 

その天の頂の【白十字】とは、朝鮮に残されていた予言に【最後の審判前。人類を救済する為に「米」一字の教えが起きる。その「米」一字の教えが終わると、その「米」の教えに従った者達の上には天罰は降りないが、そうで無かった者達の上には「天罰」が下る。その天罰の最中に、人類を救済する「白十字」が現れる。その「白十字」によって人類は助け出される。】というものがあり、白十字路とは書かれていませんが、その意味とも考えられるなのです。

 

後日、元天女系の魂を持った方から、天の頂には白十字路があり。その角に五重の塔がある。その五重の塔に住まわれる存在は【天帝】と呼ばれる存在ですと告げて来られた方がありました。その方の本来の魂は【シリウス星】で弁財天系の魂の持ち主のようですが、その方は魂が神界に居た時に神界での何等かの罪でこの世に落とされているでした。

大本教の出口なお開祖も天上界当時は高い神でありながら、【天罪】を犯して、この世に落とされて生まれ変わる都度その人生は全て悲惨なこの世の地獄界であったと言われています。私が見聞して来た中では、天上界に居た当時は高い神霊でありながら、天上界で罪を犯して、この世の地獄界に落とされている元天女系の方を多く見て来ました。

スピリチュアルで【神は愛だから、何をしても赦されます。】の御題目とは違っているのです。

 

一部の霊能者の方が、この地球は【魂の刑務所】とか【魂の流刑地】と言われる説はあながち嘘ではないのです。

 

また、別の元は天女系の魂を持った方で、その方が天上界に居た当時に豊受姫から貴女だけは絶対に赦すことが出来ないと告げられて、瓢箪池に投げ込まれたところ、地上界に真っ逆さまに落とされて人間界で悲惨な地獄の苦しみを味わっている。神にお詫びをしたいと思って神社に参拝するのですが、どの神社にも行って門も鳥居もくぐれません。神社の境内に入れて貰えないなのです。何とか神にお詫びをしたいと言われるので、その方の近くに多賀大社があるので、そちらでお詫びをしなさいと告げました。

すると、今日までどの神社も入れて貰えていない。以前に多賀大社も行きましたが入れませんでした。本当に多賀大社に入れて貰えるでしょうかと尋ねられるので、私が多賀大社に参られたら良いと言った以上、多賀大社には入れますと答えさせて貰いました。私は多賀大社の伊弉諾尊と名乗る霊から参拝を命じられて、既に参拝を終えているからです。その時に多賀大社の伊弉諾尊から私が何者かを暗示して貰っています。 

その後、その方が多賀大社に入ろうとすると自分の体から【黒蛇】霊が抜けて逃げ出し、多賀大社には無事に参拝は出来たとの報告は受けました。この方にはそうした黒蛇霊が多数懸かっていたので、スピリチュアルと比べると強い霊能力の保持者でしたが、周囲のスピリチュアル者から蛇霊憑きだと攻撃されており、私からの学びは私に迷惑が掛かると離れてしまわれました。

私から言わせれば、蛇霊憑きだと他人を攻撃しているその人が蛇霊憑きだよと教えているのですが、理解には到らないようです。自分に【我欲】があると、簡単には【蛇霊】は離れてくれません。

 

私に意味が解らなかった天の頂の十字路に在る【瓢箪池】とは、天上界の居た神達の魂を地上の悲惨な地獄を味わさせる為の道(穴)かも知れません。しかし逆に言えば、そこを通じて天帝の御在所まで行ける道(穴)かも知れないなのです。

 

私の最初の師匠は豊受姫のお代で、その神社に霊が見える。霊の声が聞こえると言う方が相談に来ると、そうした霊を除霊して霊が見えない。霊の声が聞こえないようにしていました。それでも霊が見える。霊の声が聞こえると言う人だけに【修行】を命じていました。そうした修業を積んでも、ある一線を越えられる人は僅かだと言っていました。

私が東京の著名な霊能者の元に霊査を受けに行ったところ、その霊能者の方は私に【仏霊の声が聞こえる者は千人に一人はあり。神霊の声が聞こえる者は万人に一人はある。そうした者が千人万人修業を積んでも本物と呼ばれる霊能者は一人しか出ない。狭き門です。残りの者は邪神達の餌食になる。】と告げられましたが、スピリチュアル教室では講習に来た人に逆に黒蛇霊等を付けて、霊が見えるとか霊の声が聞こえるで、生徒を喜ばせて大金を取るなどが行われているなのです。

 

仮に相手が蛇霊神であっても、自分が困っている時に助けてくれたのであれば【感謝】するは当たり前です。助けて貰ったら感謝はしなさいです。それは悪神や邪神に対しても自分が助けて貰えれば【恩義】があるからです。この【義】は非常に大切なのです。しかし、自分の【良心】に恥じることは絶対に受けてはならないのです。

 

その時は【義理ある神に対しても背を向けて】

 

私が蛇霊達に対して常に言っているのは、【貴方は蛇霊の姿で嬉しいのですか?】を問うているだけです。天人の姿の方がもっと良いのではないのですかです。しかし、蛇の姿でいいですと言うのであれば止む無しです。

 

確かに、人は通常は見えない霊の世界を自己の目で見たい。そうした欲望が起きても何の不思議ではありません。だが、そこで告げられる霊の言葉がおかしいと思ったならば、即座にそうした世界から足を洗うことなのです。ただ、背後に黒龍神を抱く教祖や霊能者などに関わると、その足洗いを簡単に許さないがあります。

元は天女系のある女性はなまじ霊界と関わることが出来た為に、ある自称救世主の霊能者に取り込まれてしまいました。その人物が本物の救世主で無いと知った時にはがんじがらめ。私にその教祖から抜け出す助けが欲しいと頼まれたのですが、何の力も持たない私はやむなく神霊界にお頼みしたのですが、その教祖霊に縁切りを認めさせるのは大事になりました。

そうした自称救世主とか自称創造神と称する者達は並外れた霊能力を持っているからです。またその背後には六次元界クラスの黒龍神が存在しているからです。そうした存在との縁切りには、それより高次元の神霊の力を必要とするからです。

 

通常のスピリチュアルと称される事柄は、スピリチュアル標榜者でも【四次元界スピリチュアル】と言うように四次元界との関わりが主体です。スピリチュアル標榜者でもみろくの世は【五次元界】と言われるように、【四次元界】に関わる話ではありません。

 

大本教から予告された【五六七】の世界

 

行けるなら、みろく世は行く価値はあるでしょう

 

 

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