人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№46 魂の実写版。【龍神】と【蛇霊】の存在から読み解く、か(火)み(水)のエネルギー

スピリチュアルという言葉を翫(もてあそ)んでいる人は別として、霊的世界に関わる人達は【龍神】や【蛇霊】の存在を見ます。

 

龍神とは架空の存在とされるが、霊的世界には存在

 

世に龍神を描いた絵や彫刻などが多数存在しますが、龍神を見た人達はあのような姿だと言います。必ずしもそうした絵画や彫刻を見たから、潜在意識の中でそうした絵画や彫刻を創り上げたではないのです。霊的要素がある人であれば、龍神と呼ばれる存在を見ていたりします。霊界には存在しているからです。さほど霊能力が無くても、夢の中に龍が出て来るなどもあるのです。

その龍神とは、スピリチュアルで流れる雲の写真を撮って、雲を「龍神様」だと言っているような話ではないのです。スピリチュアルでも幽体離脱をして龍の背中に乗ったと言う方もあり、スピリチュアル標榜者でもピンからキリの状態と言えます。

 

世に龍神と呼ばれる存在を写真に撮った人達は何人か居られます。だが、そうした写真等は著作権がありまして、無断でそうした写真をインターネット上で掲載は出来ません。そうした写真を見たければ龍神を撮った写真本を買ってください。高価ですが探せば売られています。ただ一般書店ではその手の本は手には入りがたいと言えます。ですから多くの人の目には触れていません。

そこでそうした高価な著本の著作物ではないところの写真を出します。この写真は私が撮影したものではありません。それは誰でも彼でもそうした写真は撮れないからです。神霊界の許可とか。霊媒体質者でないとこの手の写真は簡単には写せません。そうした写真を撮ることが出来る方による撮影です。

 

霊的写真は、強度の【霊媒体質】でないと写らない

 

写真の左上から鳥居の先に向かって金色の帯状の光が走っています。それは神社でなく【富士塚】です。これは太陽光から来る光で無い事は一目瞭然です。スピリチュアルだと太陽から来る光が何等かの物にバウンドしてシャワーの様に見える物を神の光だと言われる方が大多数です。また雲の間からだと光が柱の様な状態で撮れます。それは太陽光現象からすると当たり前の話なのです。私達は眼鏡を掛けているとレンズの端に光のシャワーが見えたりします。そうした体験は誰しもあるのです。ところが空からの太陽光では無く、横から来るこうした金光は太陽光では無いのです。太陽光は右から来ています。

 

金色の光の帯が神社(富士塚)と結ばれています。虹でないことも解るでしょう。何の【光跡】かです。

 

 

龍神とは【流神】で、流れる火(か)水(み)の【エネルギー】

 

 

下記の写真は以前にも出した物ですが、大本教の出口王仁三郎聖師が大本教の金龍海は【型】であり、本当の金龍海と告げられた土地は伝説では元は底なし沼とされた場所。その淵で夜に撮影されたものです。

その土地は霊能力者によれば、【龍神の呼吸口】とも呼ばれています。とすれば、この光の光跡は【龍神】になります。霊能力がある方は、この地では龍と呼ばれる姿をした存在を見られます。私もこの地では金龍と呼ばれている存在を見ています。何だ!。この地は金龍が住む土地かと驚いたなのです。またその地では銀龍や白龍を見られた霊能力者は幾人もおられました。だが、黒龍は見当たらないようです。

 

 

 

 

霊魂は【光の玉】とされ、霊的な【玉】が飛んでいる【光跡】

 

こうした【光の玉】が高速で飛ぶことで、写真的には【帯状】で見えて来ます。そして各種の色を放つています。

 

 

 

下記の写真は【その土地の一角に建つ住宅内】で撮影されたもの。

テレビで【座敷わらじ】の撮影やアメリカのお化け屋敷(ポルターガイスト現象)の場所でオーブが飛んでいる撮影は多数されていますが、それらではこうした写真は撮られていません。

 

 

 

 

上記と同じ様な連続玉の写真に、水木しげるロードの目玉おやじ像のがあります。

 

神仏の偶像にも、こうした霊光を放つ玉が宿っている

 

 

 

 

神仏の偶像に宿る玉も人に宿る玉も同質。魂を知る

(科学者がいくらこうした玉を科学で解明しようとしても、科学で解明は出来ません。三次元界とは違う物が霊媒質者を通じて写真に写り込んでいるからです。)

 

霊魂はこの世の物質体で無く、物質界を通り抜けます

 

人は幽体離脱をすれば【死後の世界に生きる自分】を認識出来るのですが、ほとんどの人はこの世に生きている間に【幽体離脱】を体験することが出来ません。神仏と呼ばれる存在は死後の世界に存在するのですが、神仏という存在を否定する人達が多いのも、幽体離脱を自己体験していないからと言えます。

 

為に死後の世界の否定論者は、死後の世界に入ると迷う

 

死後の世界に入ると迷うことから、仏教では死後【四十九】日間の供養。日本の新神道系では【五十】日間の供養を説くのですが、この世で生きている時に神仏信仰を積んでいる方ならば、別に四十九日間などの話ではなくて【即座に天国界に渡る】があります。この世を去る前に、天国界に渡る心の準備を迎えの霊から事前に言われるからです。

 

この世で生ある時に神位を得れば、葬式や供養は不必要

 

即座に天から、迎えの馬車や龍船でのお出迎えがある

しかし、そんな方は数が少ないと言えます。

 

私達は船と言えば、海や川を渡るものと思い込んでいますが、天空も船で運航するがあります。その天空に浮かぶ船とはUFOの様な近代的な形の船ではなく。どちらかと言えば【天の浮舟】と呼ばれる物で、UFO等とは似ても似つかない物です。どうしてエンジンがあるとは思えない様な船が空中を飛んでいるのか肉体の身では推し量れませんが、霊的世界にはそうした船が存在しています。逆にUFO等に乗る生命体は次元界が低いとされるのです。

 

龍神と呼ばれる存在を見ていると、UFO等と違い自己の魂のエネルギーで飛んでることが解ります。鳥も自己のエネルギーで飛んではいるのですが、翼を必要とします。西洋における龍とは翼を持った恐竜のような姿で描かれています。私達日本の霊能者が言う龍とはまったく異質です。西洋で言う龍とは違って翼を持たない姿です。

だとすれば、その飛ぶエネルギーは魂自体にあるとなります。神には言葉で示し申すの【示申】の神と、エネルギーたる【火(か)水(み)】があります。神の字は【言葉】を意味し、火水(かみ)は【エネルギー】を指すのですが、どちらも【鬼と云う】魂があってのことです。

 

魂は【玉形の思惟(意識)】で、自分の【心(思惟)】

 

聖書には龍神とは【霊界で年老いた大蛇霊】とありますが、この日本でも龍神とは【霊界で三千年の月日を修業した蛇霊】と言い。聖書と同じ事は言います。しかし、世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は、【ほとんどの龍神は霊界の大蛇霊だが、そうでは無い龍神がある】と述べておられます。大切なのは霊界で長年修業を積んだ大蛇霊では無いところの【流神】を知る事なのです。

 

龍神は創造神の息吹で、霊界で修行した大蛇霊でない

 

日本における龍神祝詞には、龍神とは【大宇宙根元】の息吹とありますが、これは霊能者が通常見る龍神とは別物です。通常の霊能力者が言う龍神(霊界の年老いた大蛇霊)とは、存在している【次元界】が低く、まったく違うのです。

通常の修業を積んだ蛇霊からの龍神とは、仏教における般若心経の前文にある【眷属】と呼ばれる部類です。有能な霊能者が言うことは高くても【六次元界】。普通は【五次元界】程度なのです。巷で自分は創造神とか救世主だと言っている方の背後にあるのは高くても六次元界格の【霊界の年老いた大蛇霊】のことです。聖書の龍神とは【霊界で年老いた大蛇霊】だけでは、事の本質が読めないのです。

 

宇宙創造に関わった【龍神】とは、八次元格以上

 

そこに国常立尊様は【金龍】で、豊雲野尊様は【銀龍】で、素戔嗚尊様は【白龍】だともされるのです。しかし、金龍を見たから国常立尊様。銀龍を見たから豊雲野尊様。白龍を見たから素戔嗚尊様ではないのです。その尊(御言)による霊力(火水)が龍として顕現した姿だけなのです。ですから無尽にそうした龍神達は存在して来ます。

 

一部の霊能力者は、【宇宙は蛇姿の霊が創ったのではないか?】とも言われます。また【鰻(うなぎ)】の様な姿の存在が創ったのではないかと言われる方もあります。どちらにしても【長い龍形とか蛇形とか鰻形】の姿形で見えるなのです。人類の初発と蛇霊とには深い関わりがあります。世界で【蛇は神秘的な存在】とされますが、この日本でも蛇霊は【巳(み)さん】として信仰されています。十二支に辰(龍)と巳(蛇)に分けて別物として扱っていることに、神の仕組の意味があるなのです。

私は霊界修業として伏見稲荷山で狐霊や蛇霊を見て来ましたが、その修業の過程でヒンズー教の奥義書とされるヴェーダ典にある【人の中に眠るコブラ(眼鏡)蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】を体験したのです。

その時は、コブラ蛇が走り上がる光景を見ていて、それが何を意味しているのかさっぱり解らなかったのです。だが、そこから【真理】とは何かの探求に入ったなのです。

 

私が仕事の業務である地に出張して、昼休みにその田舎の小さな本屋にぶらりと入ると阿含宗の開祖である桐山師の著本がありました。ペラペラとめくって、さほどのことは書いてないなとその本屋を出て数百メートルほど行くと、私の脳裏に先ほどの桐山師の著本に先立って見たコブラ蛇の意味が書かれていると閃いて、慌ててその本屋に戻ってその本を買ったところ、私が見たのはヴェーダ典に書かれている内容だと解りました。

私は世に出ている神々からこれはという教えは何も受けていませんが、必要な時にはその意味を知る道筋を歩かされています。閃きなどです。知る必要な物がある処に知らずに行かされるです。

 

聖書には人類の原罪として、人類の祖とされるアダムとイヴが蛇の囁きでエデンの園から蛇霊と一緒に追放されたとなっています。キリスト教ではこの人類の原罪は、イエス一人を主の御子と信ずる者はその罪が赦されるとしています。 だが、イエスはその弟子達に【蛇のように賢くあれ】と説いているだけで、人類の原罪の深い意味を何も説いていないでしょう。そのイエスの言葉にある【蛇の様に賢くあれ】は、蛇霊は「知恵」でもあるからです。

 

蛇とは【知恵】。知恵(蛇霊)は善悪を判定しない

 

霊学に関わっている方が、【空を飛ぶ蛇と地を這う蛇】の違いを言われますが、単なる知識は地を這う蛇に過ぎないのです。スピリチュアル標榜者の多くは【蛇霊】憑きとされるのも、地を這う蛇に行っているからです。

 

人は権力や欲望を欲すると、誰しも悪知恵が働く

 

日本の神智学では、【愛】ばかりを言っているスピリチュアル標榜者は、全て蛇霊に毒されている者とまでします。いくら【良心】神を教えても、まったく意味が理解出来ないのです。それがしょせん蛇の知恵なのです。死後の世界で天国界では無くて、蛇霊界にと墜ちて行くなのです。為に、この世に関わる霊界は蛇霊だらけとなるのです。

しかしながら、【宗教開祖】に成る方と単なる【スピリチュアル】標榜者では、そのバックがまるで違います。スピリチュアルの場合はほとんどが蛇霊や狐霊ですが、一代で大きな宗教を起こした方の背後には蛇霊ではなく【龍神】が存在します。ただ、龍神と言ってもそのほとんどが【黒龍神】と言えます。

 

私の元に、【自分は救世主です。是非、貴方には自分の参謀になって欲しい】と言って来られた方がありました。で、私が【どうして自分が救世主ですと言えるのですか?】とメールを返したところ、【自分は死ぬかと思われるほどの凄まじい光に打たれました。その光が、おまえは救世主だ。】と言ったからと言われます。

 

人は雷(神鳴り)の様な光に打たれると、神かと錯覚

 

この方は私のブログを読んでいると言われますが何も理解されていませんでした。私は【光】だから言って、それが創造神だとか高級神だとは言えないと書いています。龍神ともなれば【光】は強いのですが、天狗霊でも狐霊でも蛇霊でも全て【光の玉】であり、光を放って来るのです。自分は光に打たれたから救世主等はありえないのです。無知故にそうした霊の言葉に騙される典型的な手口なのです。

人は霊から霊的な力を貰うと、その正体も確かめずに、自分が【救世主】ですと名乗っておられる方は世にゴロゴロしています。最近、某大宗教の開祖が亡くなられて、霊能者達からその開祖は地獄界に墜ちたと言われています。この宗教は黒龍神達が支配していることは霊能者には知られています。為に、天国界には行けなかったなのです。死後に行くとすれば黒龍神達が支配する蛇霊の世界になるからです。

 

私は霊界修業の過程で、蛇霊に言向けをして来ました。

 

いくら人を助けても、蛇霊の姿で嬉しいのですか?

 

私は自称救世主。また、何百人か何千人かの信徒から救世主様だと崇められている方も見ましたが、それで救世主などでは無いのです。

 

今の神霊界は群雄割拠で、霊力の強い存在が勝利する

 

黒龍神等は高くても六次元界で、創造神の段階では無い

(霊界には汚れの黒龍神で無く、高次元界の黒龍神も存在しますが、新興宗教を興す存在では無い。)

 

その自称救世主の方は、私がその創造神と名乗る光に対してサニワ(審神)をする質問を告げたところ、その光の正体は自分は自然界の白蛇霊だと正体を明かし、創造神ではないと白状したのです。その自称救世主の方は自分は騙されていたと、一時は改心に向かっておられたのですが、二人の霊能者から貴方は七次元格の素戔嗚尊の魂だと言われた。

七次元格の素戔嗚尊の魂である自分に、六次元界格の四千の黒衣の騎士団と三輪山の大神は六次元界の黒龍神で、その三輪山の神の配下の黒龍神達は長さが20メートルから40メートルもあり。その数は四百万体にも及び。全て自分の麾下となった。やはり自分は救世主だと、せっかく自分は騙されていた者の改心が元の木阿弥となってしまいました。

その方は、そこで六次元界格の四千の黒衣の騎士団に命じて、貴方の正守護神がどこに居るかと六次元界を隈無く調べさせたが、どこにもその姿は無かったと言って来られました。貴方は救世主である自分に対して偉そうに言って来たが、貴方の正守護神は六次元界には居ないではないか。と言いたかったようです。確かに六次元界を隈無く調べても私の正守護神はどこにも見当たらないでしょう。

 

肉体の私が【七次元界】にも上がれる【米】の道を説く

 

私の【米】の教えは天帝が組み立てられたものであり。私の正守護神が肉体の私にそれを日本語で紐解かせています。六次元界以上の七次元界にも行ける道を肉体である私が説いているのに、六次元界を隈無く調べても私の正守護神が居るはずなどありません。私の正守護神がどの次元界に居るのか解っている霊能者の方達は世に何人も居られました。そうした方達は私の正守護神は天帝の脇と言っておられます。その自称救世主に憑いた三輪大神とか六次元界の黒衣の天使団は、そうした霊能者の方達よりも劣っているなのです。

 

優秀な霊能者達の判断では、神の高山たる神界ピラミッド説で大本教の出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊の八次元格の魂であったとされていても、結果としては【失敗】されました。それにも関わらず、どうして七次元格の素戔嗚尊の魂で救世主等と言えるのか?。です。まったく私が説いて来たことを何も読んでいないなのです。また、その方の背後に憑いた神霊団の無知ぶりです。

 

行者の世界で三輪山の神は黒龍神で、その眷属は黒蛇霊であることは知られています。それ自体は三輪山の縁起でも三輪の大神は黒龍神(黒蛇)と記載されていることです。その三輪山の神は六次元格であるとも言われてはいました。その方の言う事そのものはあながち嘘の内容とは言えません。それらはその方の妄想ではないからです。

この方に三輪山の神が来る以前、この方を守護していた創造神だと思った光の存在たる大白蛇霊から教えられて大阪府に起きた地震を予告して当てています。スピリチュアルと違って霊能者と呼ばれる方の背後に居る霊とは、病気治しが出来たり予知する力があるのです。その力が強いと大教団を創るのです。

日本における新興宗教団体の多くの背後は【黒龍神】だと言われているように、病気治しや障りを興している蛇霊の憑依を剥がす力。それに現世御利益が強く、大教団と成って行くなのです。そうした宗教団体に所属していた方で霊能力がある方が、その神殿で蛇霊とか黒龍神を視認して、その宗教団体を脱退するが起きるがあります。

そうしたことが解っても信仰していた教団から抜けずに、教団を内部から立て直すという霊能力を持った方がありましたが、教団の本殿に鎮座している黒龍神と闘って勝てるはずなど無いのです。それは一体とか数体ではなくて、とんでもない数が存在するからです。光の剣?。そんな物では黒龍神と闘えません。

 

ユダヤの悪鬼の配下として、世界を牛耳ったのが黒龍神

 

私は言霊の世界に修業に入った頃、一体の黒龍神が私を訪ねて来て、その黒龍神の浄霊に失敗しました。あまりにも苦しかったからです。その当時の師匠であった言霊師の方は、私の元を訪れた黒龍神は黒龍神界の№2の黒海黒龍神であり。その長さは40キロにもなると言っていました。しかし、私の視認能力では40センチ程度に見えていたのです。私の龍神を見る視認能力は本来の長さの10万分の1の勘定になります。

私はその自称救世主の方が言う20メートルから40メートルの長さの黒龍神では、私がこれまで見て来た大蛇霊とさほど変わりはありません。大蛇霊などは実際の長さで見えるからです。しかし40メートルから20メートルの長さの龍神では私の視認能力では0.4ミリ程度になってしまいます。それでは私には見えないとなります。

 

私はその方に本当に400万体もの黒龍神が従ったのかと思っておりましたところ、2センチから4センチ程度の黒い糸ミミズのような存在が見えて来ました。その数は数千。そこに私の視認では20メートル程の白龍が現れて、口から火炎を噴いてその糸ミミズの様な存在を皆殺しにしてしまいました。そこで私が見ている光景は私の視認能力を千分の1程度にして見ていると解りました。

その方が言う三輪山の配下たる黒龍神は4000センチ(40メートル)の長さと言いますので、それを4センチの値として見ているです。するとそこに出て来た白龍神は、2000(20メートル)センチの視認で、その千倍の約20キロの長さを持つ白龍神ともなります。だとすれば、数千の三輪山の黒龍神などは敵の数にはならないです。ただ、四百万体も居れば何百体もの白龍神の動員が必要とはなるでしょう。

 

どの本に書かれているのか解らないのですが、国常立尊様は【九億九千万】の龍神を従えて天下るという説を言われる方があります。もしもそれが本当におきるのであれば、とんでもない【エネルギー(火水)】の噴出が世に起きることになります。

 

神界最終戦争とは善と悪の戦で無く、善龍と悪龍の戦

 

日本の神智学では【愛】しか言わないスピリチュアルとは【蛇霊】に憑かれた者と言いますが、肉体人間として生きている私達の内にある蛇霊とは【知恵】の働きでもあり、ある意味、人類にとっては必要な存在ではあったのです。しかし、その蛇の囁き、【赤信号も皆で渡れば恐くない】とか、【他人がしているから自分もしないと損をする】などと、人類は邪の囁きに走りすぎたと言えるのです。

 

天国天人が持つのは【知恵】ではなく、【智慧】です

 

知恵は単なる知識から得る【恵み】にしか過ぎません。智慧は【真理を明らかにし、悟りを開く】ことです。お釈迦様は、人は何故に生きるのか?。生まれるのか?。死ぬのか?。深い洞察力を持って人々に説かれたなのです。だが、その死後500年か1000年も過ぎると、お釈迦様の本当の悟りが解らずに、愛とか慈悲の教えが蔓延したなのです。

 

そこに【三六九(みろく)】の米の教えを必要とした 

 

この仕組、六次元界程度の黒龍神がどれほどシャチホコだったとしても出来ない仕組と言えるでしょう。

 

 

 

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