人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№40 地獄界など存在していないと思う人達。万が一、地獄界が在ったらどうするのか?。

死後の世界たる霊的世界の存在を語るのは、これまでは【宗教】と呼ばれる分野の世界でした。が、近年になると宗教に代わって、日本では【スピリチュアル】という言葉を使う人達が大多数となりました。そうした方達が宗教に代わって死後の世界を語るです。

 

これまでの宗教とスピリチュアルの根本的違いは【地獄界】の存在が有る無しと言えます。

 

スピリチュアルでは【神の愛で何をしても赦されます】

 

何をしても赦されるのであれば【地獄界】は存在しない

 

私は伏見稲荷山で4年間ほど霊界の一部を見聞させていただいて、その期間はまったく【地獄界】の存在に関しては何も解っていませんでした。稲荷神界にお世話になっている時は、そうした地獄界はあまり関係しなかったからです。が、稲荷神界に関わっていても天国行きの話もないのです。稲荷神を拝んでいて、現世御利益は有っても天国に行けるなどの話はどこにも無いのです。死後の世界のことは語らない。そこにあるのは今が良ければそれで良い。今と呼ばれる時だけの世界なのです。ですから、稲荷信仰は宗教と呼ばれるものでは無いと言えます。

ただ、伏見稲荷山では【蛇や狐】は神霊として崇められている。蛇や狐は神霊として崇められるいるのに、死後の【人間】はどこに行ったのだ?。稲荷信仰では人の死後の行き先が見えて来ない。これはどういうことだろうでした。

 

一般的に宗教の世界では【地獄界】の存在を説きますが、それは自分が信じる宗教では無く。異教を信じる者達は地獄に墜ちるです。自分達が信じる【神仏】の存在のみが【天国や極楽】に自分を導いてくれるです。

 

そこに、宗教の教義を巡って競技の覇権争いが起きる

 

例えばキリスト教ではイエス一人を神の御子と信じる者は天国界で、異教徒達は地獄に墜ちるですが、それは別にキリスト教のみならず、イスラム教や仏教などにも見られて世界中の宗教にあるわけです。考えてみると、実に不思議なことなのです。

 

今の宗教は【真理】を説くでなく、霊界の実相も語らない

 

私はその地獄界とやらを伏見稲荷山でお世話になっている時は何一つ見なかったなのですが、私が地獄界の存在を知って来たのは、2番目の言霊師の師匠の元に行ってからと言えます。そこでは霊能者間で殺し合いをする【修羅】の世界の始まりでした。そこに天狗や龍神が入り乱れる。龍神からは攻撃されるで、やむなく霊界の【剣】を持って闘うという世界でした。

行者や霊能者の方達から、あんたは稲荷神界に長年居て、どうして【霊剣】を持っていないのだ。そうしたことを言われました。豊受姫のお代であった最初の師匠は、【あなたには霊剣など必要ない。神々に守られている。】で終わりでした。ある意味、私は稲荷神界でお世話になっている時は【ぬるま湯】のお湯に浸かっていたなのです。地獄界等知る必要も無かったのです。

 

稲荷神界は天国界に案内でなく、中有界を輪廻転生する

 

これまで人類は【輪廻転生】の中で、死んでは生まれ。死んでは生まれるを繰り返して来たのであって、別に【中有界(中幽界)】とこの世を往復していても、そこに問題はなかったのです。

私が稲荷神界を去ると言う事は、自分を守ってくれていた【後ろ楯】を失うです。だが、その後ろ楯を失ったことから、自己の【正守護神】と呼ばれる存在が出て来ました。自己の正守護神からすれば、分魂としてこの世に降りている肉体とは、正守護神の魂の【汚れの浄化】の役目も負ってくれているからです。この世に肉体を持っていなければ、正守護神とて魂の【浄化】が難しい。そこに大本教から【人は神の子・神の宮】という、これまでの宗教の概念を打ち破る新しい教えが出て来たなのです。

 

人は何故にこの世に生まれ出て来るのか?

 

お釈迦様は人は何故にこの世に生まれて来るのか?。人は何故に死ぬのか?。そこに大いなる疑問を持たれて修業に入られて、お釈迦様の本当の悟りは【人には良心と呼ばれる神が内在する。】と悟られたのですが、その教えは【埋没】していました。

お釈迦様の悟りは【小乗仏教】と呼ばれていて、自分一人が助かればそれで済むのか?。それでは小さな乗り物の教えだとして、お釈迦様の死後に【大乗仏教】と呼ばれる教えが起きて来ました。説としては大乗仏教もお釈迦様が説かれたと言われていますが、大乗の起こりはお釈迦様の死後でないと合点が行かないがあるのです。確かに、自分の一人だけが助かれば良いだけでは【小さな教え】です。その意味では【大乗】であるべきなのです。

しかし、そこに【諸仏の誕生】が起きて、仏の慈悲にすがる他力信仰が主体となり、お釈迦様の本当の悟り【人には良心と呼ばれる神が内在している。】の自力信仰は、何時しか埋没したと言えます。それが仏教で説かれるお釈迦様の死後【500年間or1000年間】は正しい悟りの教えがあるが、次に【像法】と呼ばれる仏法と修業者は居ても誰も悟らない時代に入るです。

 

大乗と言う他力本願になって、誰も【悟れ無く】なった

 

他力本願の諸仏の慈悲が正しければ地獄は存在しない

 

私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたの前世は、他人の魂胆が解らないお人好しで、そうした者達に利用された結果、悲劇の武将で命を終えた。今生は、他人の魂胆を見抜く修業ぞ。】と告げられ、その悲劇の武将が誰であったかは告げられませんでしたが、霊的世界に関わっている中で自分の前世の武将は誰であったかは解りました。

人を信じすぎて、他人の魂胆に利用されて悲劇の死を遂げたことで恨みから地獄界に墜ちていました。その過去の恨み辛みを忘れて、地獄界から私の正守護神の地位まで上がって来たなのです。他人を信用していて裏切られた悔しさは誰でも解ることです。だが、その恨みから地獄界に墜ちるなのです。多くの人霊が恨みから蛇霊化していることは本当の霊能者には知られていますが、その恨みを捨てれば蛇霊からも脱却が出来るなのです。

地獄界に墜ちている魂に今生の肉体が出ると言うのは一見すると【矛盾】した論理に思えますが、これを知るにはスピリチュアルの様な浅はかな知識では無理なのです。スピリチュアルで自分には天使長ミカエルとか大天使カブリエルが降りて来るとかハイヤーセルフなどいくら言ったところで、まったく霊界の実相とはかけ離れているなのです。何故ならば、そうした自称霊が霊界の実相を詳しく説明したなど、今日迄どこにもないからです。そうした自称霊ほど何等かの【魂胆】を持っている霊達なのです。

 

いくら神霊と名乗っても、その霊の【魂胆】を見抜け!

 

この世ではいくら自分が正しくても、その地位や名声を妬んで嘘を言う人達がいます。陥れようとする人達も居ます。利用するだけ利用して、部下をポイ捨てをする権力者達がいます。特に権力を握った人ほどそうした行為を平気でします。そうした人達が死後の世界で【天国界】に渡っているかと言えば、誰も渡っていないのです。誰も地獄界がある等と信じても居ないからです。イエスを神の一人御子と信じたから。御経を唱えたから。祝詞を唱えたから天国行き等はどこにも無いのです。

 

その人は俗に言う大悪党ではなく周囲の人に迷惑ばかりかける小悪党でしたが、その魂はどす黒く汚れていて、魂の点数は【30点】そこそこしか出ていない人が、自分は死後に【お坊さんに御経を唱えて貰って極楽に行ける。】と言われた時には絶句したがあります。逆に、その人の魂に【70点】代が出ていますと、この方は死後には天国界に行くのだなと解ります。その人柄の良さからしても、この方には【正守護神】さんが出ておられるなのです。

だが、そんなことを何の神力も与えられていない私がいくら語っても自分は霊能力者だと主張する様な方は、ほとんど信じては貰えません。皆さん、自分は霊が見えるとか霊と会話が出来ることから自分は【偉】いと思う方ばかりなのです。はなはなだしい勘【違】いです。だが、そうした霊能力者の方に出る魂の点数はとなります。

 

どんなに霊が見えても霊と会話が出来ても、その方の【魂】の点数が低いとその人の死後に行く世界は決まってしまいます。いくらスピリチュアルで、【神は愛だから、何をしても赦されます】と説いても、蛇や狐や狸や猫霊等の霊世界に自分が行くなのです。あまりにも輪廻転生の【転生】の部分を見ていないなのです。

日本昔話。【狼がくれたまつげ(睫)】の話を読んでいないということなのです。どうして自分の霊眼に人が蛇や狐や動物や鳥や昆虫の姿で見えて来るのか?。【身変える】の言葉が理解されていないのです。

 

【獄】。犾を言で、犭(けものへん)と犬とに分ける

 

創造神と魂の契約、魂の祓いが出来れば【犾でなく犬】

 

つい先日、私に【犬】から始まって【酉】で終えると出て来まして、一時は【十二支】の意味かと考えましたが、【酉】は大本教神諭諭告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】で示される【十里】です。みろく(369)世です。【犬】は当然に【祓い】です。まずは魂の汚れの【祓い】が先です。

 

今、起きているのは【犭の者と祓い終えた者】との分離

 

私は霊能者ではなくて、言葉の仕組の解説者にしか過ぎません。私には解らないことがあります。それは私が住んでいる場所は、世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師が、その直弟子の一部の者に告げられた。【みろく神業に使われるお宝が埋められている処】と予言された場所と隣接する処に住んで居ることです。その場所を出口王仁三郎聖師の直弟子がショベルカーで掘り返したが何も出て来なかったがあります。霊的な宝なので、掘ったところで出て来る物ではありません。

その地域は出口王仁三郎聖師が一部の信徒達に【教団には内密でその土地を死守して欲しい。】と頼まれた土地で、大本教の所有地ではありません。だが時節の流れで、それらの土地には大本教信徒以外の方達が住まわれるとなりました。

その付近一帯の土地は、一部の霊能者達によれば今の神々の時代ではなくて超古代の神界の中心地であり。その一帯の土地は霊的に大変に汚れている土地で、単に霊能者でございでは手が出せない汚れた土地と言われていました。豊受姫のお代であった最初の師匠は、その土地は世に出ている神達の力ではとても浄化が出来ない。その土地の汚れを取るだけの神が出て来るならば、そこは【天帝】が天下る場所に成ると言われます。

その当時の人類とは今の人類の時代ではないのです。今の人類は肉体の遺伝子の調べから、今から20万年ほど前に誕生したとされますが、肉体は別として【魂】とはそれより太古の昔から引き継がれて来ているのです。大本教からは【三十五万年前】と出されましたが、今の人類の歴史以前に何事かがあったなのです。

 

そうした予言がある土地に、霊的異変が起きて来ている

 

豊受姫のお代であった最初の師匠は、【貴方を見て、こんな恐ろしい存在は見たことが無いと言う霊能者ならば本物と言える霊能者です。だが、貴方を見ても、そうしたこと何一つ言わない霊能者は本物の霊能者とは言えません。】と言われます。

私はその言葉を聞いて、師匠は何を言っているのだ!。私は元来泣き虫で、人を怒ったりしません。子供時代に私に付いたあだ名は【お地蔵さん】。石をぶつけられてもニコニコ笑っている。そんなところから付いた【お地蔵さん】のあだ名です。

私は自分では人には対して優しく、地獄の鬼ではあるまいし。恐ろしいと言われる存在とは【真逆】の者だと思っていました。そんな私を見て、恐ろしいと言う人など世に有るはずなどあり得ないと自分では思っていたのです。

 

ところが、私を見て【恐ろしい存在】だと言う人達が出て来ました。その人達は私に何を見たのか?。それは私の背後に在る存在が出す【殺されると思うほどの光】でした。私の背後に【閻魔大王】と呼ばれる存在があることは私にも解っています。その閻魔大王の【光】?。

私は大本教神諭予告、【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(or秘密)】から出せる【ラ】の言霊には【良と羅】の漢字があると説明して来ました。【良】は天之御中主様か真性天照皇大御神とも言えますし、【羅】は死者の維新で説く【羅城の閻羅大王(閻魔大王)】ともなるのです。ただ、それは私達がこの世で見る【光】ではないのです。日本神話で言うところの【天の岩戸の中の光】と呼ばれる光です。

私は【天の岩戸の中の光】と呼ばれる光の存在を見た時、人類にはこの【光】はとても耐えられないと見ました。それは【霊光】と呼ばれる霊界の光で、この世の太陽の光とはまったく別の光です。この光に耐えられる物は何かと探った時、お釈迦様の本当の悟り。【人に内在する良心神の光】なのです。で、お釈迦様の本当の【悟り】を説いて来ました。

 

天の岩戸の光とは、人に内在する良心神の光

 

私は全ての【地獄界】を見た者ではありません。私が見た地獄界とは地獄の中の一部でしょう。だが、地獄界そのものは私だけでなく、多くの方達も見て来られています。地獄界等無い。宗教的霊能者は有りもしない地獄界を説いていると攻撃して来るのがスピリチュアルと言えます。

さすがに魂に【良心神の点数】が出ると言われる霊能者や超能力者の方の数は少ないのですが、魂が腐ったり捻れたりすると破砕されると言われる霊能者や行者の方達は数多くあります。しかし、スピリチュアルと言う言葉を多発する人の段階になると、

 

何をしても神の愛で赦されますで、地獄を認めない

 

そしてそれが【宇宙の意志】などと言うのです。綾部の大本教から【ウシトラ金神】が出されましたが、九鬼神道の家柄で有った綾部藩主の宇宙の元津神たる【宇志採羅】神とは、宇宙の意志は【羅】を取ると伝えているのです。自分には霊が見える。会話が出来るであるならば、まず自分が霊界でどの様な次元界の地位にあるのか?。それを知るのが先決なのに、それすら怠っているなのです。為にスピリチュアル標榜者からは【神の高山・ピラミッド説】が何も出て来ません。【天使の記章】という言葉すら出て来ません。

 

地獄の底の底たる世界を見た人達は、私が知る中でも幾人もあります。どの方も【異口同音】にあの地獄界だけは行きたく無いと言われます。それは、別に鬼が居て亡者を痛めつけている世界ではないのです。そこには人間としての【尊厳】などはありません。【喜怒哀楽】すらないのです。ただ【生ける屍】と化した存在だけが住んでいるのです。

何に例えると解りやすいかと言うと、映画【バイオハザード】の中の【ゾンビ】と言えますが、まだゾンビの方がましだと言えます。それはただ生きていると言うだけの屍だからです。その魂は消えても、霊として意識だけは持っている。だが、魂が無くなることで活動が出来なくなるのです。魂が抜けた肉体がどうなるかを見て来た者ならば、こうした状態は予測は出来るのです。

仏教では【無間地獄】を説きますが、説かれている内容が違っているようです。どこまでも降りても降り着かない暗闇の無間の地獄。刑期の終わりが見えない世界ではないかと思われます。何の光も無い暗闇の中で永遠に生き続けるです。

どうして私がそんな地獄界を見聞したかと言いますと、私の魂は【閻魔庁所属の天使職】の立場を保持しているからです。

 

人は死ねば終わりならば、好き勝手をやればいい

 

神は何をしても助けて下さると言っていればいいのです 。

 

【悔い改めます】の言葉を説かないのがスピリチュアル

 

【懺悔、懺悔、六根清浄】

そうした言葉はスピリチュアル標榜者には届かない 。

 

地獄など存在しなければ、懺悔、懺悔も必要が無い

 

別に【地獄界】とは、各宗教が自己の教えを優位にする為に【嘘】をデッチ上げたではないのです。宗教は有りもしない地獄を説いて人類を【脅迫】しているのではないのです。ただ、自己の宗教の教義を広めようと、他宗の者は地獄に墜ちる等と地獄の存在を自分達の教えを広げる為に、宗教によっては地獄の存在を利用して来たなのです。

 

どの宗派の教えを信じようとも、決めるのは良心神点

 

 

 

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