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春に裏切られたかもしれない2022/04/21

ぼんやりと胸がつっかえる、この春は嘘だったのか?私は春の暖かさと柔らかさを、他人の厚意よりもずっと簡単に信じ込んでしまう。

1ヶ月程前に桜を見てきた。ちょうど満開の週ですごく綺麗だった。そこそこ人がいて賑わっていたり、桜を一緒に見ようと連れて来られたわんちゃんねこちゃん(猫もいるなんて。「なんで僕ここにいるんですか?」みたいな感じで抱っこされていた。犬は人間が楽しそうで、なんだか楽しいね、みたいな感じだった。)も楽しそうだったりして、ほんのり幸せを感じた。私以外の人も、みんな桜を見て楽しいと思うんだな。

「来年も一緒にこようね」と言っている人たちがいた。すれ違いざまで聞こえるくらいなのだから、きっともっと多くの人が声にしてその約束をしていて、もっともっと多くの人が心の中で願っていたりするかもしれない。

桜は2週間しか咲かなくて、雨が降ったらその期間はもっと短くなる。しかもその後、次に咲くのは一年先。それを約束しようと思えるなんてすごいことだと思った。また来年もクリスマスパーティーしようね、また来年も初詣しようね、また来年も七夕には短冊を書こうね、そんな約束よりも、また来年も桜を見ようねという約束は難しい気がする。それなのに、強い祈りを感じる願いだと、本当に叶えたいと思うような願いだと思った。クリスマスは2日くらいしかないけれど、桜は2週間咲いている。それなのに桜を見に行く約束の方が脆く感じてしまうのはどうしてなんだろう。私の中で、桜の存在が脆いからだろうか。毎年桜が咲くことを未だに信じていない。冬の白んだ枝を見ると、しんでしまっているのではないかと思う。今年も咲いてよかった。来年も咲くだろうか。来年も咲くと思うから、桜は大事な並木道とか、その街の大事な川のそばに植えられたりするんだな。また来年も咲くってみんな信じているから。信じていると言うか当たり前なんだろうな。でもその当たり前をいつも何回でも疑ってしまうくらい、花が咲く前の桜の木は頼りない見た目をしている。本当に、嘘みたい。

もうすっかり葉桜になり始めている。

川に流れる桜の花びらがすごく綺麗だった。それから、桜の花びらを乗せた小さなつむじ風みたいなのもかわいかった。水の流れと風の流れ、目に見えにくいものがよく見える瞬間で、それがいいなと思った。どうやら、水面を浮流する花びらの連なりを「花筏」というらしい。

言葉が好きだ。日本語が一番好きだけれど、言葉全般が好きだ。言葉を沢山知りたい。

もやもやとぼやけて掴みきれないもの、霧、柔らかで細い輪郭、もろもろと崩れそうな綺麗な何か、そういうものを抱き締めて、私の目と感性から独立させて、この目の前に、この先の人生にもう一度確かに存在させる為、できるならそれを他人と共有出来るように単語を知りたい。安心させれるように、確信を与えられるように、一人じゃないと伝えられるように。

強張って、硬直して、伝わらなくて、ぽつんと独りあるものを、柔らかに包んでほぐして、理解して、絡まった糸の塊を一本も千切らずに少しずつ解けるように、表現の言葉を沢山知りたい。単語という枠組みに、ひとを抑え込んでしまうのが恐ろしいと感じる時がある。それがあなただけの感性であること、あなただけの気持ちであること、あなただけの思考であることを尊重するために。

だから言葉を沢山知りたい。言葉がとても好きだ。

久しぶりに学校に行って授業を受けた。英語の授業を受けた。英語を聞くのも話すのも長期間休んでいたから授業についていけなかったらどうしようと思ったけれど大丈夫だった。ぽんぽん口から言葉が出てきて不思議だった。

違う授業も受けた。新しいことを学んで、自分がまだ知らないことに溢れてるという自分の無知を知った。もっと学びたいと思った。学ぶことが楽しいと思った、もう少しだけここにいたい。

そういえば、自分は勉強することがすごく好きだったと思い出した。自分が興味を持っていることを深く知ることもとても楽しいけれど、そうでないものにも取り組んでみて、新しい興味関心を見つけられる瞬間が幸せだと思った。この瞬間の積み重ねは、知識と知識の繋がりが生まれることへの第一歩なので、自分が自分を許せる限りは学び続けていたい。

でもその「知らない」が膨大過ぎたとき、全てどうでもよく感じてしまう瞬間もありそうで怖いなと思っている。新しく知ることと、深めることのバランスを程よく保つ必要がある。普段、とても身体に力をこめて生きているので無力を感じて力を緩めてしまったら、もう二度とひとの形を保てないかもしれないとほんの少し怖い。私の在りたい人の形を保ち続けていたい。それが保てないなら、私はひとじゃない方がましだと思っているかもしれない。どうでもいい、と諦めを抱いた時に私は私の頼みの綱を自分で絶ってしまうと何となく感じている。全くネガティブでもなく、悲観もしていない。むしろ前向きだし、フラットだ。

好きなもの以外も学ぶことになるのが学校の良いところなのかもしれない。好きなものが必ず自分にとって重要なこととは限らないということ、それを裏返したら自分が好きではないものが自分にとっては重要なことなのかもしれない、ということなので。

来世は猫になりたい、お姫様の飼い猫になりたいとずっと言ってきたし、言っているうちに本当に自分がそう思っている、と思うようになっていた。けれど私は生まれ変わったら花になりたいなと思った。

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コメント

7
じん
じん

春雨の うつむく先に 花筏 数限りある らぶ あんど ぴーす

アハトアハト
アハトアハト

単語という枠組みに、ひとを抑え込んでしまうのが恐ろしいと感じる時がある。

ここに怖さを感じるのが家長さんらしいな、って思いました。

S S
S S

初めまして。むぎさんが紡ぐ言葉を初めて拝見して、私として(勝手に)「信頼したい」言葉だと感じました。
物事や事象を、言葉や他の手段で表すという行為をするなら、なるべくその輪郭を形取ってあるがままに存在させてあげたい。けれど何か言葉に宛てて「表し」た時点で主観になる事実もこれまた然り、寂しいこと。むぎさんが今より更に広い感触の言葉や、色々なことを学ぶにつれて、優しく繊細な羽をより伸ばし生きられますよう。

やぎ原じえん
やぎ原じえん

むぎさんの言葉が大好きです。
どうかゆるゆると長く書き続けてください。
あなたの頭上に数多の幸せが降り注ぎますように。

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春に裏切られたかもしれない2022/04/21|家長むぎ
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