人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№33 南無妙法蓮華経。泥水を啜ったことが無いエンジェル(天使)では使い物にはならない

仏教には【南無妙法蓮華経】のお題目があります。日本における仏教は【妙法蓮華経】の経典を主体としています。一部の宗教団体では、この世は【南無妙法蓮華経】の【七文字】から創られたなどの教えの団体もありますが、この世が出来た時にはそもそも【漢字】など存在していませんでした。漢字はもっともっと後の今の時代に出来たものなのです。

漢字が出来て来る前よりも古代文字が存在しているようで、私は時々霊的映像で記号なのか文字なのかまったく理解出来ない物が流れて来る時があります。それは現代では解読不可能ではないかと思われます。

通常、漢字は【中国】で創られた文字ではあるのですが、それを背後から動かしていたのが日本の国祖神とされている【国常立尊】様と思われます。私は鍾馗神の案内で中国で天子とも創造神ともされている【盤古大神】に拝謁した時、私がそんな大身の神に拝謁する意味すら解りませんでしたが、私の家の風呂場の前に、浴衣を着た出口王仁三郎聖師の姿をした霊が立ち。その浴衣に大きな【漢字】の文字が入っていました。漢字で知りなさいの意味と理解しました。

 

そこで、漢字を変換(返還)して【感じ】で知るを学んだ

 

それが大本教における【ひらかな】派と【漢字】派の闘い

 

私は霊的世界に関わっていて霊的世界で現れる【金文字】を知りました。この金文字、漢字や漢数字や片仮名は出て来るのですが、【英語】等では出て来ません。無論、私は英語の金文字を見ていないだけかも知れませんが、日本で使われている平仮名や片仮名等は漢字から創られた物と言えます。

私の前に現れた外国人と思しき霊に関しても、その外国人が生まれたであろう地域の名前が片仮名で出て出て来る。亡くなった年が片仮名の数字で出て来るです。

そうした【金文字】で見えて来る【情報】は正しいとされています。

 

 

大本教の仕組はよく出来ていまして、出口喜三郎師の【喜(キ)】を【鬼(キ)】に変えよ。【鬼(キ)】とはあんまりじゃで【王仁(オニ)】とした。何時の間にか、【喜(キ)】の漢字が【王仁(オニ)】となった。こうした言葉による【変換】の仕組があちらこちらに組み入れられている為に、通常の理解力では大本教神典の【神意】が読めないのです。

それが私の前に出て来られた大本教出口なお開祖霊が言われた。【大本教はまな板の鯉。その鯉をどう料理するかは料理人の腕次第】と言えます。

 

漢字の【南無】とは【帰依】しますの意味で、【妙法蓮華経】の漢字は【サンスクリット語】による【白蓮の様な仏】の意味です。白蓮とは池の泥の中に根はありますが、水面には美しい花を咲かせます。仏界の【蓮座】と呼ばれるものです。続けますと、【自分は泥池の中に根はあっても、水面に汚れ無き美しい白蓮の様な花を咲かせる仏様に帰依します。】の意味が、【南無妙法蓮華経】の意味なのです。

 

その身は泥池の様な処に居られても、

美しい花を咲かせておられる仏の意味です 

 

南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経とお題目を上げ続けることではないのです。

 

お釈迦様の悟りに、この世は【苦界】があります

だが、この世が【苦界】など、ほとんどの人が理解されないでしょう。

 

人の良心神は、この世の【苦界】の中で育つ

(魂を磨くとは学による知識ではなく、この世の苦しみの中で自分をどれだけ磨いたのか!)

 

では、【妙法蓮華経】の言葉に、何故に【泥池に咲く白蓮】の意味が秘められるのでしょうか?。私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【そなたを社会の底辺に置く。そなたは社会の底辺を「ウジ虫(便所虫)」の如く「這って」でも生きさせ、「人の心の在り方」に関して学ばさせる。】でした。

 

社会の底辺を蛆虫の如く這うで学ぶ【人の心の在り方】?

 

私に【良心神】の存在が解ったのは【社会の底辺】を這った

 

その【這う】が【言葉の道】につながった。世に出ておられる御神霊は【愛】は言われるでしょう。しかし、良心神の存在は語られることはありません。自分が社会の底辺(便所)を【這】わない限り、人に内在する良心神など理解には到りません。つまり【人の心の在り方】の中に【人に内在する良心神】を知るなどは、いくら言葉の仕組で説明しても、自らが社会の底辺を体験経験していないと理解不能なのです。

 

社会の底辺に生きている人達の中に輝く仏(神)の姿を見る

 

例えば、同じ霊的世界を語る人にしても【スピリチュアル】と【神仏のお代さん】とではまったく違います。【神仏のお代】をしている人達は、この世の【泥水】を啜って来た人達が多いのです。スピリチュアルのセミナーに行って、【貴方に神様を憑けてあげます】で貰った霊とは【泥水】を啜ることを知らない霊と言えます。それで憑けられた霊で霊が見える。霊と会話するだけでは何の【泥水】も啜らず、お釈迦様の悟りである【この世は苦界】は理解が出来ません。

 

私はかねがね【泥水を吸ったことが無い天使(エンジェル)】などは、【使い物に成らない者達】と言って来ました。自分の前にいくら【天使(エンジェル)】等出て来ても、自分が肉体を持ってこの世の泥水を啜って来た体験が無いのであれば、【良心神】等説けません。解らないのです。

西洋で言うエンジェル(天使)と呼ばれている存在がお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】を理解しないのは、本人達が【泥水】を啜っていないからです。

 

泥水を啜らない【園児ェル】では解らないのです

 

 

日本における備後国風土記における【素戔嗚尊(武塔神)】は、貧しい身なりで金持ちの巨旦将来に一夜の宿を所望しました。ところが巨旦将来は断りました。巨旦将来の兄である貧しい蘇民将来に一夜の宿を所望すると、貧しいにも関わらず一夜の宿を提供してくれました。用事を終えた【素戔嗚尊(武塔神)】は帰り道で巨旦将来の一族を皆殺しとし、蘇民将来の家系には疫病を除ける【茅の輪】を与えたです。

この蘇民将来の話は、必ずしも【素戔嗚尊(武塔神)】ではないのです。一部の民話では【牛頭天王】となっています。牛頭天王と素戔嗚尊の混同は、そうした違いから起きてしまったのでしょう。 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【日本神話の内容はそうした事実があったのではない。この私が最後の審判を予告する為に人々を使って創作させた。】と告げられました。

 

蘇民将来とは、その民は将来に蘇る

 

蘇民将来と巨旦将来の違いは、【良心】の有る無し

 

イエスの教えに【金持ちが天国の門】を通るのは、針の穴にラクダを通すようなものだがあります。金持ちは絶対に天国に行けないと断言しているのです。その一方、【幸いなるかな貧乏人】があります。明らかに【言葉足らず】の教えなのです。

 

金持ちとなって、その金で【多くの貧しき人達を助けた】人は、金持ちであっても犯罪で貯めたお金でなければ天国界に渡ります。一方貧乏人だと言って、誰しも天国に行けるではないのです。自分は大金持ちになって、多くの貧しい人達を助けようとした人と、貧乏人だからと言って、何も努力しない人とでは雲泥の差があるのです。そこに、閻魔庁が尋ねる内容は貴方は【この世で何をしたか?】があるのです。

 

幸いに、世の貧乏人には【良心】を持った人がが多く

 

金持ちになった為に、人としての【良心】を失う

(大金がその人を性格を変えてしまう。地獄に墜ちる。)

 

要は、その人の【良心】がどの様な意図を持っているかです

 

自分は金持ちだ!。で、威張り散らしていれば間違いなく地獄に墜ちます。いくら牧師や僧侶に大金を差し出してもムダです。牧師や僧侶は【閻魔大王】では無いからです。

 

そこに来るのが、地獄の沙汰も金次第

 

どんな悪党も、それで得た大金を多くの貧しい者達に与えたり分配していれば、地獄の沙汰も少しは変えられます。世に義賊と言われたネズミ小僧次郎吉的なことです。人の物を盗むは神からすれば犯罪です。しかし、殺さず犯さず。金持ちから盗み貧しい人に配るであれば、罪人でも【義】によってその罪は軽くなるのです。良心神の働きとして【義】が大きな要素を持つのです。

 

神の採点は常に【善行-悪行】です。その意味での【地獄の沙汰も金次第】なのです。

 

宗教の世界では常に【贖罪】が説かれます

 

贖罪とは、罪を財(貝)で売り買いする

 

 

スピリチアル標榜者の言うことよりも、【漢字】の意味を読みとった方が遙かに【賢明】なのです。

 

大本教の出口王仁三郎聖師が、【地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!】の論理は、その宗教団体が豪華な神殿を建てる。教祖の豪華な暮らし。信者の大切な寄金を見かけだけの社会福祉に少し出し。高価な絵画や骨董品に個人的趣味の為に使う。信者の【カルマ(罪)】を金と一緒に受け取っていている為に、結果的に死後は【地獄界】に墜ちて行くのです。

 

私は宗教団体ではなく

社会福祉団体に寄進する方が、よりカルマが減ると言う

 

貴方が社会福祉に寄進することで、貧しい者達に対して【布施】を施したことになるのです。自分の先祖の法事で親戚を招いて食事を提供した等が【布施】ではないのです。地獄に墜ちたかも知れない先祖の名で、世の貧しい人達に対する【布施】をした時、地獄に墜ちている先祖霊に対する【地獄の沙汰】も変わるなのです。地獄の刑期を短縮出来るなのです。

 

どうしてあんた如きにそんな事が言えるのかと尋ねられたならば、

私の背後に居る存在を見る力があれば解るでしょう

 

 

 

 

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