人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№32 【罪を憎んでも人を憎まず】の教えの背景には、他人を攻撃したり呪ったり嫉妬していると自分自身の魂が地獄に墜ちる

諺に、罪を憎んでも人を憎まずがあります。

 

その人が犯した罪は憎んでもよい。犯しては成らない罪は憎むべき存在なのです。しかし、その罪を犯した罪人を憎んではいけないなのです。すると、何故?。となります。ある意味、少し解りづらい面があります。なんでそんな罪人を赦さないといけないのだ?。それは別にその人の罪を【赦しなさい】では無いのです。

 

罪人を憎まないことと、罪人を赦すとは意味が違うのです。

地獄閻魔庁は、罪人を愛で赦す等はしていない

 

世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は、【天国に案内すると言いながら、地獄に案内する取次ばかり。】と残しておられますが、スピリチュアル標榜者の言葉をまともに聞いていれば、その行き先は【地獄界】と言えます。自分が犯した罪は自分で刈り取る。原理原則を忘れたことを標榜しているからです。

 

人は何故に、罪人を憎んではいけないのか?

(人の感情論から言えば、納得が出来ないでしょう。)

 

そうした時、スピリチュアルでは必ず【愛】の論理を持ってこようとします。愛で人を赦すのだ!。こうしたことは非常に浅い【蛇の知恵】から起きると言えます。

 

この世は【天国】ではなくて、魂の【修業場】

 

この世に住む人達は天国界の住人ではありません

 

スピリチュアル等では【魂は本来自由で、何をしてもいい存在】と言います。基本的に魂は【束縛】される存在ではありません。自由なのです。

 

しかし、この地球では魂は人形という【型】にはめられる

 

何をしても良い等の自由はなく、【法】によって縛られる

 

魂は本来自由なのに、何故にこの地球では魂は縛られるのかと言いますと、この【地球】は宇宙でもっとも美しい星として知られますが、優秀な霊能力者達が【魂の修学場】とか【宇宙の出来損ないの魂の流刑地】とも言う様に、魂の自由な行動を束縛する為に【三次元界物質】の肉体を身をまっとて置かれているなのです。しかし、肉体には魂の汚れを浄化する器官の働きがあります。

 

肉体と言う浄化器官を持たない魂は、汚れが取れない

 

そこに、肉体を持たない霊達は肉体の人に憑依する

 

その肉体は三次元物質界で生きる為に【空気】を必要としています。私は修業時代。某瀧場でそこに建っている観音堂から【御経】が聞こえて来ました。何の御経かと同行していた最初の師匠に聞くと、【あの御経は観音経です。ここのお堂は観音堂で、観音様が私達に観音経を聞かして下さっているのです。】と言います。私はそれを聞いて、これが観音経かと聞いていました。

その時、私はあることに気づいたのです。その観音様が上げている観音経に【息づかい(ブレス)】が無いことでした。私達人間は【呼吸】が無いと死にます。空気を取り入れないと生きていけないのです。しかし私の耳に聞こえて来る観音経には、どこにもその【息継】ぎがないのです。霊は空気の無い世界でも生きられるです。

人は呼吸を止めると【死】と判定されますが、人の霊魂は呼吸をしないので【死】にはしていない。

 

私はその時、【息】の漢字は【自分の心】だと気づいた

 

息は自分の心。息子とは息の子。誰の【息の子】なのか?

 

私達が待っている【魂】に関して、日本神道では【一霊四魂】を説きます。その【直霊】のことを【天帝の分魂】とします。私達人類は自己の魂に【天帝の分魂(直霊)】を持ちます。

 

魂の核の働きは【主の息(いき)子】で良心を司る

 

私にどなたかは解りませんでしたが、【イエスのパンの教えは美味なれども、真ん中が無いパン(ドナーツ)と告げられました。で、真ん中が無いパンの教えではなく、真ん中が誰でも解る【一厘がある米】の教えを出したなのです。 トドメの文と呼ばれている予言書的な文に、【一厘がある米と一厘が無い米は大違い】とありますが、単なる世根(米)と、天帝の存在を秘めた一厘がある【米】とでは大きく違います。

 

悪魔とは魂の真ん中が無い【空く真の魂】

 

最近、人類を二線に別ける働きが起きている為なのか、魂が見える方から【真ん中が無い汚れた黒色】の玉の存在が複数報告されています。悪魔の定義は以前から私のブログ上で説いていることですが、魂の汚れが解る様に過去に出した図の右側に汚れを意味する黒色をつけて見ました。

 

霊的な汚れは魂の色を黒くさせる

 

 

 

 

最後の審判は、魂の真ん中にある円真の点数を見る

 

魂に核(天帝の分魂)が無い魂には【黒龍神】等が多い

 

 

下記の図も以前からの図ですが、元々日本の神道界にある教えで、大本教の出口王仁三郎聖師が世に出されたことから理解する人が増えた【一霊四魂】と五情の図を重ねますと、より解りやすくなります。

 

 

 

地獄に墜ちる魂とは【四魂】だけの存在で、この四魂だけの状態を【四つ足】と言います。また魂が汚れていることから表面に【毛】が生えるので【毛物(獣)】とも言います。

 

私は神霊世界に修業に入り、?と首を捻ったのは

 

神々には愛はあるが、どこにも良心が見られない

 

私は大本教神諭にある【世に出ている神々は四つ足であることを暴くぞ】で、【四つ足(毛物)】の意味に気づいたと言えます。 自分には霊が見える。霊と会話すると言っていても

 

悪魔(空く真)に【愛】はあるが、【良心】は無い

 

単に霊が見えるだけでは、そこに何の気づきも無いと言えます。本来の愛の働きである【幸魂】は、神を【畏れる】の働きを持ちます。ところがスピリチュアルに流れますと、創造神!。それは何ですか?。となります。また、スピリチュアル標榜者は、何をしても神の愛で赦されますがお題目で、創造神と呼ばれる存在に対して何等の【畏怖感】を持っていないとなります。

 

スピリチュアルでなく、本当の霊能者と呼ばれる人達は今の神霊世界を【蛇や狐や狸や猫】の世界と言います。為に私の様に【蛇や狐】等の低次元霊界と交流できない者は、霊能者としては【失格】者と言われて来ました。霊能者は【蛇や狐】の世界に入らないと霊的活動が出来ないからです。

その中で、人の魂が【蛇霊】化する確率が特に高いことは知られています。

 

人の魂が蛇霊化する原因としては、金銭欲や権力の地位などに執着する。未練を持つ。色情の因縁。人を恨む怨念。他人を妬む嫉妬心。そうしたことは【何をしても神の愛で赦される】と説くスピリチュアルではなく、本当の霊能者は口酸っぱく言って来たはずです。

 

そこに日本の仏教の教えは、

この世に執着や未練を残すなと説いて来ました

 

だが、スピリチュアルに走ってしまいますと、【悔い改める】ではなく、【何をしても神の愛で赦されるのだ!】となります。

人は邪神や悪魔とは【凶暴】な存在と誤認しています。そうではありません。非常に芸術性に優れていて天才的なところがあり、教団を創って教祖に座られる方もあります。ある意味【一国一城の主】です。だがその教えは【愛】一辺倒であって、【悔い改める】を言わないなのです。まして、【人に内在する良心神】など、絶対に言わないなのです。

 

では、何故に罪を憎んで人を憎むなかと言いますと

人を呪う恨むことは、自分の魂を【蛇霊化】させます

 

私は神霊界修業の中で、人を憎み恨んで蛇霊と化した存在を見て来ました。そして、その憎しみや恨みを捨てた時、その姿は蛇霊から天人へと変わって行ったなのです。人を憎むことも恨むことも本人にとってはとても辛い日々だったはずなのです。その魂がどうして蛇霊化したのか?。その道を聞いてあげて、貴方の恨みや憎しみが正当な事項であれば、貴方に代わって天(閻魔庁)が相手を霊界で罰しますです。

創造神は【法】として、自分が犯した罪は目には目を、歯には歯の【カルマの原則】とされたのです。

 

この世は【天国】ではなく、魂の【修行場】であり、前世で【犯罪】を積んで【地獄】に墜ちていた魂も人と言う肉体を貰って、この世に再度、人として出して貰えるがあります。魂は永遠に地獄界に居るではありません。魂を何時までも【地獄】界に留め置いていても、魂が成長しないからです。ただ、その魂が粉砕されれば昆虫の様な魂の命から始めなければならないなのです。それが輪廻転生の【転生】の内です。

 

死者の維新は【羅】で、羅(ラ)城の門を【来世門】と言う

 

来世門【羅城門】の番卒の鬼は、鬼は外と炒り豆で打たれた

 

大本教から出た【節分の炒り豆にも花が咲く】は【羅】を知る

 

人はこの世で【改心】することで、天国天人とも成れるのです

 

この世では何が善かと知る為に、反面教師の役で【悪】の活動も許されています。

 

善は悪を知らないと、善とは何かが解らない

 

この世は悪なる魂と同居させて学ぶことで善を知る

 

この世に生まれ出て来て、世に悪党が居ることをおかしいと言う方は、貴方自身がさほど磨かれた魂ではないから、この世に降りて来ている意味の自覚が足りていないと言えます。

 

この世では、悪が犯した【罪】は憎むべきなのです

 

だが、その罪を犯した人まで憎んではならないのです

(何故にその人はそんな罪を犯したのであろうか?。その背景を学ぶことが、その人の魂の成長の要素だからです。)

 

単に、悪に怒って正義面するなど、神から言わせれば最低の者なのです。神は悪を赦しているのではないのです。悪なる者を使って、人々に善を教えているのです。人は善人から学ぶことよりも、悪人を【反面教師】とした方が遙かに学びが早いのです。

 

人を呪わば穴二つと言いますが

人を呪ったり恨むと自分が【蛇霊化】します

 

自分は例え地獄界に墜ちてもいいと思うほど人を呪って、その人が呪われても当然の様な時は、呪われた人も一緒に地獄界に墜ちて行きます。それが地獄の穴が二つです。しかし、その人が魂が磨かれていて、自分が呪っていることが自分の妬みや嫉妬から来る物であれば、墜ちるのは呪った自分だけなのです。

 

そうした時、スピリチュアル等では奇魂の智慧たる思慮が働かない無い為に【神は愛であるから、何をしても赦されるのだ!】と短絡的に走ります。何をしても自由だ!。罪を犯しても赦されるのだ!。それならば【閻魔大王】と呼ばれる存在は居ないことになります。 キリスト教神学等は冥府の長官(閻魔大王)を【悪魔(サタン)】呼ばわりしていますが、イエスの教えは【真ん中が無いパンの教え】だったからです。

私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いておりましたが、その姿は見たことがありません。また大本教の出口王仁三郎聖師が描かれた【国常立尊】とする絵姿に近い方も見たことはありません。しかし、閻魔大王と呼ばれている存在だけは霊的に見ています。 私を見た霊能者の中で7~8名の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様だと告げられましたが、中には【閻魔大王】様だと言う方もありました。

 

艮(牛虎)金神は表から退いて、閻魔大王として在る

 

大本教神諭、牛虎金神・国常立尊はこの世の閻魔大王として現れる。実に明確で解りやすい説明です。閻魔大王とは霊界の【裁判長】。

 

誰が【最後の審判】の裁判長なのか?

 

 

 

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