ワンダリング・ウィール 5

 キャンサーは自作大型バイクの特殊クラッチを切り替え、動力を内蔵の発電機に繋げた。

 自動車用V8エンジンの動力を受けて、ヘリオス製の小型高性能発電機はキャンサーの体内回路に十分な電力を供給した。一回のチャージで数十分の帯電状態を維持でき、その間だけキャンサーは優れた術者になれる。

 LDコンピューターの制御のため体内に擬似LDの回路を付与されたキャンサーは、その回路を応用して強力な現実干渉を使うことができるのだ。しかし、そのためには常に電力の供給を受ける必要がある。

 不完全な術者であるキャンサーは、どこでも使えて馬力のあるマシンが欲しかった。いいエンジンが手に入り、大金をかけてバイクを完成させた。

 自動車のエンジンを使うということでベースの原型がわからないほどの設計になり、もはや改造バイクとも呼べないほどの怪物だ。人を騙し、犯罪までして作った。

 目的は一つだけ。本来いた場所、あの高みに舞い戻るためだ。

「ディスチャージ!」

 キャンサーは回路の電力を放出し、現実干渉を使って風を起こした。バイクごと浮遊して近いビルの屋上に着地する。

 通行人がこちらを見上げていた。あまり時間はない。屋上で端末を取り出し、ある番号にコールする。

「アリシア・ヘイズ。私を知っているかな」

 電話は、ここから見える中で最も先進的なビルの一室につながった。エーテル社の社長室だ。

『キャンサー?』

「そうだ。デリックから聞いていたか」

 意外にも社長はこちらを知っていた。アリシアとは初めてだが、キャンサーは前社長のデリックとなら面識がある。

『……社のデータベースにあなたの記録があります』

「よく勉強なさってる。立派だね」

 知っているなら話が早い。アリシアは亡きデリック・ヘイズの後をついで社長になったばかり。脅迫するのにちょうどいい相手である。

「デリックのことは残念だった。お悔やみを。今日は、大切な人をこれ以上失わずに済むように連絡したんだ」

 キャンサーは本題に入った。

「クエルのことだ。彼女は今、私の手中にある」

 整備士クエルとアリシアは個人的に親しい関係らしい。どういう繋がりかは知らないが、そんなことはどうでもいい。

 アリシアには友人が少ないことは調べがついている。最近まで閉じこもっていたとのことで、まだ人間関係が少ないのだ。おそらく、アリシアにとってクエルは数少ない大切な人間の一人だろう。

『……人質ですか。私にどんな要求があるのですか』

「大したことではない。“ストライカー”を一機、都合してもらいたい」

 キャンサーはストレートに要求を言った。

 バイクはいい乗り物だが、キャンサーはやはり空の人間だ。生身では到底たどりつけない力、特に軍用機のありあまるパワーで飛ぶ快楽を味わった人間は、もうそこから逃れることはできない。

 そして、軍用機のエンジンから得られる電力はこんなバイクとは比較にならないものだ。より強力な現実干渉を手にできる。

 ヘリオスのテストパイロットを解雇されたキャンサーは、銃を手にとってハーキュリーで仕事をしなければならなかった。現実干渉さえ使えないただの殺し合い。屈辱だった。

 いつかチャンスがあると思って耐えてきたが、気づけば世界中で紛争が沈静化しつつある。シュエットもセラカントも手を引いた今、キャンサーを雇ってくれる人間はいなくなった。

 空に戻るには、自分で機体を調達しなければならないのだ。レラプスをかっさらって暴れまわったレリア・ベイカーのように。ヘリオスの研究員にも誰にも、もう格下とは言わせない。

『ストライカーのことをどこで知ったのか知りませんが……不可能です』

「強奪のチャンスを作ってくれるだけでいい。あとはこちらでやる。それほど難しくないだろう?」

 キャンサーは言って、エーテル社ビルの窓を見た。電力が満ちた疑似LD回路によって神経が強化され、遠くのアリシアの姿がはっきり見える。

『お断りします』

「おや、そうか」

 意外な返答だった。デリックの死まで世間に全く出たことがない箱入りのお嬢様だと思っていたが、窓に見える姿は惚れ惚れするほどしっかりしていた。

 だが、断られる可能性はもちろん考えていた。アリシアはお嬢様であり、クエルは普通の人間だからだ。

 少しリスクがあるが、こうなればアリシアそのものを人質にする。

 キャンサーはエンジンを回し、さらに電力を発生させた。これだけの力があれば、エーテル社まで一瞬で飛行できる。

 制限つきとはいえ、キャンサーは並の現実干渉術者よりも実力が上だ。簡単ではないができないことではない。

『それはやめた方がいいでしょう。あなたの力ではこのビルの防御をやぶれませんから』

 端末から聞こえたその言葉を聞き、キャンサーは思わずビルを見た。

 アリシアはいつのまにかこちらを見つけ、視線を向けてきていた。

 広大で複雑な都市部でどうやってこちらを発見したのか。思ったより高度な監視システムを持っているらしい。エーテル社は侮れない。

「……改めて聞くが、クエルはどうなってもいいということか?」

 キャンサーは穏やかな口調をやめ、アリシアを脅した。

『彼女なら、もうあなたの家にはいないようですが』

「何?」

 こちらをはっきり見据えて言うアリシアの言葉に、キャンサーは揺さぶられた。

 アリシアの近くに別の端末が置いてあるのに気付いた。こちらと通話しながら誰かと連絡をとったということだ。

 格納庫で通信はできないはず。なのに安否が確認できたということは、もうクエルは外に出たということだ。

「キャンサー!!」

 その時、キャンサーの耳に聞き慣れた少女の声がした。

 それは、いびつなバイクで走ってきているラムだった。部下に始末を命じたはずなのに、生きていて追ってきた。

 脱出しただけではない。クエルは、格納庫のがらくたから追跡が可能な乗り物まで作ったというのか。

 なるほど、人質は諦めた方がいいのかもしれない。しかしキャンサーは嬉しかった。

「ますます欲しくなったよ」

 あのロックを突破されるとは。LDコンピューターに関してはクエルの方が上手ということだ。

 それなのに、誰も彼女の重要性を認識しない。

 キャンサーと同じだ。不完全なものはいらないと、誰からも見捨てられた。

 キャンサーはバイクに跨り、追ってくるラムに向かっていった。死にぞこないを葬ってから、ゆっくりクエルを探すつもりだ。



 時間は戻り、格納庫にて。

 ブラックウィドウは普通のバイクチームではなく、犯罪を行って金を稼ぐことに特化した集団だ。

 チームに集まっていたのはラムと同じように居場所のない人間ばかりだったが、前から違和感はあった。

 何を考えているかわからない奴ばかりだった。しかしラムは見て見ぬふりをした。どうせ自分には他に居場所がないからと、考えるのをやめていた。

 ちょっとぶっきらぼうなだけで、皆同じ傷があるのだと信じていた。でもはっきりわかった。こいつらは居場所がないんじゃない。ビジネスで犯罪をやっている連中で、結果としてここに居着いただけなのだと。

 普通に生きることもできたのに、それを拒んで自ら悪事に手を染めたのだ。キャンサーに裏切られても平気な顔をしている。それがこいつらには自然のことなのだ。

 チームの絆なんてありはしない。仲間だと思っていた連中は、ラムのことを都合の良い子供としか思っていなかった。

 火傷でただれた腕が痛い。裏切りの傷だけ刻まれて、他には何も残らなかった。

「きっとどこかに……これだ!」

 クエルの声がする。ラムが落ち込んでいる間も、クエルは倉庫の機材を探っていた。

「やっぱり、そのイレズミと同じ原理の通信装置を使ってる」

 クエルは言って、ラムの前でいくつもの機械をバラしていた。

 バイクの起爆装置にもこの場所の無線通信にも、通常の通信ではなくLD通信というものが使われていたらしい。そうでなければ警察が簡単にここを突き止めていたはずだという。クエルは、それに使われた材料をかきあつめているのだ。

「キャンサーの目的、ほんとにアリシアなの?」

「間違いないと思いますよ~? 市警のみなさんと協力して、捕まえた方々にお話を聞きましたから~」

 作業をするクエルが調査官とそんな会話をしているのが聞こえた。

 キャンサーはアリシアというやつを脅迫するため、そいつが社長をやっているエーテル社に狙いを定めていたのだそうだ。末端の構成員がそれを吐いたらしい。

 ラムには知らされていなかったことだ。そんなことまでつきとめているとは、このぼんやりした調査官は実は有能なのだろうか。

「……理解できそうだ。なんとか」

 クエルは言って、集めた機材を組み合わせて新しいものを作っていた。

 腕のいい整備士でないと主張するクエルだが、がらくたを扱うことだけは得意なのだそうだ。子供の頃からやってきたことだとか。

 作ろうとしているのはイレズミと同じ機能を持つ回路らしい。それがあればロックを解除し外に出られるからだ。

 イレズミとは、インプランタブル・サーキットID、I-CIDアイシドのこと。ラムの腕にも存在したものだ。遠隔操作で焼かれたそれはもう機能していない。

 ところが、同じ回路がバイクの中にあった。薄いプラスチックのシートに、イレズミと同じように回路が印刷されている。クエルはそれを何枚も見つけてきていた。

 複雑なパターンを持っていて、かつてクエルが触っていた実験機の制御回路と似ているという。見ただけで何のための回路かだいたいわかるそうだ。

 そういえば兄も言っていた。主要な部品はメーカーで修理するが、簡単なメンテは現場でも行うのだと。そのために必要な技能なのだろう。

「こいつが電子キーの回路かな。腕にでも転写できれば……」

 クエルは言って、数枚のシートを選んでいた。いくつかの回路をつなぎ合わせれば鍵として機能するものを作れるという。

「そのままじゃ使えないの?」

 ラムは言った。なにも体に焼き付けなくても、バッテリーか何かで通電して使えないのだろうか。

「一枚じゃ鍵は再現できなそうだ。ここにはシートを合成する機材はないし、肌に転写して完成させるしかない」

 クエルはラムの問いに答え、準備に入ってしまう。

 メンバーがやっているようにそのシートを体に焼き付けるということだ。格納庫にはシートを人体に印刷するための道具もあったそうで、それを使えば目的の機能を持つ回路を合成できるらしい。

「……!」

 機械を持つクエルの腕を、ラムは思わず掴んでいた。

「そんなことしないでよ」

 ラムは、自分の身体を使おうとするクエルを強く止めた。

 理由はわからないが嫌だと思った。キャンサーの刻印がクエルの体に刻まれるのが。

「あいつを止めないと」

 クエルはそう言ってこちらの目をじっと見た。だが、そんなことで腕を離す気はない。

「なんでそこまでするの? どうでもいいじゃん」

 ラムは言った。胸が苦しくなる。

 聞けば、クエルも決していい人生を歩んでいない。世間はいつも冷たかったはずだ。

 ラムも同じだ。優秀な兄を失い、信じた大人にも裏切られた。どうするべきか何もわからない。

「どうでもいいかどうかは、私が決めることだ」

 クエルは言って、ラムの手を抜けていった。

 クエルの答えはあまりにもはっきりしていた。すべてを自分で決めているこの人は、足踏みしている自分とは大違いであった。

 自分がしたいことがわかるのだ。考える段階を一瞬で超えて、こうして行動に移している。

「あたし……なにしてるんだろう」

 なんだか、いつまでも自分のことを考えているのはすごく子供っぽいことだと思えた。

 ラムより背が小さいこの年上のお姉さんは、人間として完成しているのだ。大人だということだ。だからこうして懸命に何かに打ち込むことができる。

 真剣なクエルの横顔を見て、ラムはいてもらってもいられなくなった。

「あたしにして」

「へ?」

 突然ラムが申し出ると、機械をいじるクエルはきょとんとした。

「イレズミ。適正がある人がするべきだよ。あんたが傷つくことない」

 ラムは言って、自分の腕を差し出した。

「バカなこと言うなよ! もう火傷してるのに」

「こんなの上っ面だけ。もし失敗したら、そのシートだって無駄になるんじゃないの?」

 心配そうな目を向けてくるクエルに圧されながらも、ラムは引かなかった。

「アリシアって人を助ける。せめてもの償いだ。やらせてよ」

 シートの中で鍵のパーツを持っているものは多くない。失敗すればそれまでだ。ここにいる有象無象のメンバーや未知数のクエルより、明らかにラムの方が適任である。

 まだこの人のようにはできない。でも、そろそろ決めなくてはいけない。

「キャンサーは人殺しだ。その人にも命の危険があるかもしれない。一番安全なことをしなきゃ」

 自分が何者で、何をする人なのか。

「……ここを出られたらすぐ病院に行くって、約束して」

 クエルは言った。

 兄以外でこんなにラムを心配してくれた者はいなかった。ちょっとくすぐったい。

「わかった。さ、急ぐんでしょ」

 だから、騙すのは気が引けた。

 病院になど行かない。ラムにもやりたいことができた。鍵を開けられたらキャンサーを追いかけ、とっちめてやる。



 そして、ラムはキャンサーに追いついた。

 乗っているのバンディット。クエルがガレージに来るのに乗っていた日本製の軽量大型バイクだ。爆破を逃れたこいつだけが走行可能で、余計な部品を取り払ってより運動性能が増している。

 新たに書き込んだイレズミが疼く。だが、キャンサーが入れた古いイレズミよりもラムの意識をよく拡張してくれている気がする。

 クエルの施術が上手だったおかげだろう。前よりも性能が高い。

 高い位置を追うこちらに、キャンサーは上から迎え撃ってきた。ラムはわずかに傾斜して巨大なバイクを避けた。動体視力の調子は抜群によく、相手の動きの細かいところまで見える。

 すれ違う時、ラムはキャンサーを睨んだ。キャンサーはこちらを上目遣いに見ながら不敵に笑っていた。

 キャンサーは落下していき、高架のハイウェイに着地した。そして、快音をたてて片側四車線の広い道路を走り始めた。

 ラムもハイウェイに着地する。アクセルターンし、地面にブラックマークを残しつつキャンサーを追った。

 ハイウェイを走っていると、前方から空気の塊が襲ってきた。雷と風を操るキャンサーの力、現実干渉というやつだ。

 ラムはそんな力は使えない。だが鋭敏になった感覚によって力の発生は手に取るようにわかる。攻撃を避けて走行するのは容易だった。

「やるじゃないかラム。改めて私の仲間になるか?」

「嘘だらけのチームの?」

「あんなニセモノじゃなく、新しく作るチームだ。私とクエルと、お前の三人だけで」

 キャンサーは走りながら言った。相手のバイクは排気量で圧倒してくるが、大型すぎて自動車の混雑を避けにくいようだ。軽量なこちらが食らいつける。

「もっと似合いの場所がある。刑務所に行きなよ!」

 ラムは言って、バイクの前方の装置を起動した。

 ワイヤーアンカーを打ち込む装置だ。ブラックウィドウの改造バイクにつけられていた武器を移植したものだ。

 クエルによる改造だ。これを使って自分が追いかけるつもりだったのだろうが、ラムはそれを奪って一人で追ってきた。

 先走ったかもしれないが、今回は考えての決断だ。だから後悔はない。

 アンカーは敵の巨大なバイクに食いつき、長いワイヤーによって二つのマシンを繋いだ。これでもう逃さない。

「居場所が欲しかったんじゃないのか?」

 キャンサーは言った。まだ笑みを浮かべているが、表情がやや険しくなっているように見えた。

「そうだった。でもあんたを見てて思った」

 こっちでブレーキをかけても容量が足りない。このままではキャンサーのバイクを止めることは不可能だ。

 ワイヤーを巻き取って一気に乗り移るしかないだろう。そのためには一瞬でも相手の思考を止める必要がある。

「あんたのような人間の都合のいい存在には、もうならないって!」

 ラムは懐から閃光手榴弾を取り出し、それを二人の前方に投げた。

「!」

 爆発があり、前が見えなくなる。

 ラムも前が見えない。衝撃音とともに非常識に大きなバイクの前方がひしゃげるのが感じ取れた。

 今しかない。ラムはワイヤーを最大速で巻き取り、キャンサーのバイクに急接近した。

 目を開く。大型バイクのカウルが壊れ、中からエンジンが現れるのが見える。

 ヘッドカバーの傷跡、磨かれたエンブレム。いつかボンネットの中で見た見た懐かしい姿だ。ラムの視界の中で思い出の機械が壊れ、部品が飛び散っていく。

 ラムは、目の前にいるキャンサーめがけてめいっぱいの頭突きをした。それを食らったキャンサーはバランスを崩し、バイクはふらついた。

「……ありがとう。さようなら」

 裏切りは兄が気づかせてくれた。うんざりするほど何度もエンジンの話を聞かされて、機械に興味がなくても覚えてしまったせいだ。

 そうでなければ、あの図面でキャンサーの本性に気づくことはなかった。

 嫌だと思った。兄の宝物が誰かを傷つけるために使われるのが。何も残っていないラムだが、思い出だけは汚したくない。

 ハイウェイは高架だ。ふらついた大型バイクは勢い余ってフェンスを乗り越え、ラムのバイクを巻き込んで落ちていく。

「安らかに眠ってよ、兄キ」

 ラムはワイヤーをカットし、別のワイヤーを発射してバイクごと高架にぶらさがった。兄のエンジンを積んだ大型バイクは地面に激突してばらばらに壊れ、もう二度と走れない状態になった。

「本当にやるもんだ、お嬢ちゃん。お前の勝ちだよ」

 やりきったと思っていたラムの前、空中を浮遊するキャンサーの姿があった。

「な……」

 全身にスパークを纏っていて、まるで雷神のような姿をしていた。最後の瞬間、エンジンから電気を発生させて吸収したのか。

 キャンサーは光を強めて加速し、弾丸のように飛び去っていった。

「逃がすか!」

 ラムはワイヤーをカットし、高架の柱の一つをバイクで駆け下りた。

 奴が向かったのはおそらくクエルのところだ。ラムはバンディットにムチを入れ、その場所へと駆けていく。



 ラムがキャンサーを追っていった後、クエルはとりあえずアリシアに無事を知らせた。

 セーブルを見ると、調査局に連絡し応援を要請していた。ブラックウィドウをずっと追っていたのは市警で、そっちに逮捕を譲るという話をしているようだ。

 リーダーであるキャンサーは民間軍事会社出身のパイロットで、LD使いだった。大物だが、調査局は数字にはこだわらない。快く市警に手柄を渡してしまうようだ。

 セーブルは電話を終えてぼんやりしている。いがみあっていたはずの市警にあっさり協力をとりつけてアシリアの件をつきとめたり、雰囲気に似合わず有能なのかもしれない。

 そういえば、局でクエルの部屋に監視をつけなかったのも泳がせるためだったのだろうか。この場所をつきとめるために。

「いえ~。そういえば監視って必要ですよね~?」

 そう思っていたが、どうやら本気で監視のことが頭から抜けていたようだ。クエルのことを信用しすぎではないのか。

「超存在が身近に置いている人ですからね~。それもあのシリウスちゃん様の」

 しかし、セーブルはちょっと納得しそうになる理由を口にするのだった。

 調査局のトップは超存在メテオライトだ。やはり、セーブルもあの人にスカウトされて局入りしたのだろうか。

「あの――」

 そのあたりのことを聞こうとした時、上空から雷のような音が聞こえた。

 天気はいい。何の音なのか、クエルは空を見上げた。

 光をまとった人が浮かんでいた。超人のように空を飛び、体の中にある電気回路のような刻印が発光して透けている。

「キャンサー……!」

 発光してシルエットばかりが見える相手のことを、クエルはかろうじてそう識別した。

 クエルは前に出て、セーブルをかばうように立った。こいつの目当てはクエルのはずだ。

「アリシア・ヘイズは要求を聞き入れなかった。悲しいことだ」

 キャンサーは言った。どうやら、セーブルが調べた目的は正しかったようだ。

「……そうだろうな。あの子は頑固だから」

「見捨てられたのに、まだ彼女のことを信じるのか。クエル、私と来ないか?」

 キャンサーは、この期に及んでクエルを勧誘してきた。

「私は人質じゃなかったの?」

 クエルはキャンサーを睨んで言った。

「最初から傷つける気はない。アリシアのことでわかっただろう。ああいう高みにいる人間は結局、私たちのような落ちこぼれのことを切り捨てる」

 論理的だろう、という風にキャンサーは語った。間違いを指摘してやりたかったが、きっと聞かないだろう。

 かつてクエルも権力者や実力者を恨み、世の中を恨んだ。クエルもキャンサーも、言葉だけで変わるほど幼くない。

三十首サーティヘッドもそうだ。都合のいい手下にしているだけじゃないか。私はもっといい条件を提示するよ。あなたにはそれだけの価値がある」

 キャンサーは優しい声を出した。しかし、クエルはその言葉に何の魅力も感じなかった。

「都合のいい、ね……確かにあいつは美容院に行くのさえ付き添ってやらなきゃいけないけどな」

 クエルはつぶやき、思わず笑った。

 全てを拒絶していたクエルに対して、言葉ではなく身を挺した行動によって呼びかけてきたバカがいた。そいつは今も、同じような不器用で生き続けている。

「どうして私ではだめなんだ?」

 キャンサーが言った。

「さあね!」

 クエルは言って、懐に用意していたものを取り出した。

 日陰者はおだてればなびくと思ったのか。ラムにはそれでうまくいったのだろう。だが考えが甘い。

 筋金入りの引きこもりであるクエルがどんなに疑り深くてひねくれているか、全く理解できていない。おだてられると、逆に侮辱されているようにさえ感じてしまうのだ。

 そして一番の理由は、シリウスが悲しむような仕事をするつもりはクエルにはないということだ。

「オタクをナメるな」

 クエルは格納庫から持ち出した刻印のシートのひとつに電気を流し、用意したプログラムをキャンサーに向けて送信した。

「何だ……!?」

 キャンサーの回路を乱す信号だ。LDコンピューターをよく知るクエルにとって、システムを不調にさせるくらいわけない。

 生身であんな丸出しの回路をさらしていては脆弱もいいところだ。戦闘機に乗っているならともかく、この距離では直撃である。

「そうか……あなたも私を拒むんだな」

 傷もつかない最低限の電子的撹乱だが、効果はあった。キャンサーの力は目に見えて落ちて、発光がおさまっていく。

「なら、あなたもいらない」

 しかし、キャンサーは止まらなかった。

 動くことはできないようだ。だが、キャンサーは残された力で現実干渉を呼び起こして周囲に放電を始めた。

「わっ……!」

 目の前、現実干渉によって生み出された光が弾けた。

 髪が少し焦げている。直撃すれば感電死するかもしれない。

「本当にあなただけは本気だったのに。だから、痛みを返してやるよ」

 温厚な態度をかき消し、感情を失った声でキャンサーが言った。

 放電現象は広がって、周囲を取り囲んでいく。逃げられない。今度こそ、クエルは命の危険を感じた。

 その時突然、異質で大きな音が聞こえた。

 放電とは別の音だった。上の方からで、クエルはそちらに視線を向けた。

「何だ……?」

 視線の先で電柱の一本が小枝のごとく折れ、クエルとキャンサーの間に落下した。

 自然に壊れたのではないことは明らかだった。キャンサーの現実干渉なのか。そう思って顔を見たが、キャンサーもきょとんとしている。

「はずれ……」

 背後から声がした。

 何かと思って振り返るより先に、背筋がぞっとした。

 体がこわばる。クエルの資質が尋常ではない何かを感じ取っている。

 例えるなら、シリウスと最初に会った時のような恐怖だ。

「!」

 動けずにいると、今度は近くのアスファルトが突然へこんでクレーターになった。

 黒い重力の球が一瞬だけ見えて消えた。これはキャンサーの使う現実干渉ではない。

「Nデバイスが攻撃性の現実干渉を検知。A級までの使用制限を解除……」

 黒い重力球は、さらにあちこちに出現した。

 近くにあったガレージの屋根を砕き、巨大な鉄塔を針金のように曲げた。破壊の音が四方八方から聞こえ、まるで心霊現象だった。

 重力球は迷うようにあちこちを破壊した後、ついにキャンサーの真上に出現した。

「ぐっ……!?」

 黒球はすさまじい力でキャンサーを押しつぶし、力を一瞬にして奪ってしまった。

 キャンサーは両手両足を砕かれていた。体にある回路が破壊され、現実干渉を使えなくされていた。

「生きてますよね~? 加減はしたんですよ~」

 えげつない攻撃をした術者は、ついにクエルの背後から前に歩み出た。

 砕けたアスファルトの中心に倒れたキャンサーにその術者――セーブルが近づき、しゃがんでじっと見ていた。

 セーブルの顔を見て、クエルは恐怖した。白目の部分が宇宙の闇のような黒に染まり、相手をじっと見つめていたのだ。

 そうだ。のんびり屋にしか見えなかった漆黒の調査官が、今の攻撃をやったのだ。

「みなごろしなんて言われたら、こうするしかないんです~。私の現実干渉は強すぎて……使っちゃだめって言われているんですけど」

 セーブルが言う。彼女の体内からは、果てしなく強い干渉力が湧き出ている。

 味方を巻き込みかねず、力の調整もできない。そんな危険な獣が彼女の中にはあった。

「こ……」

 それはきっと、キャンサーにもわかったのだろう。

「降参、します」

 キャンサーは伏せたまま、痛みをこらえた笑みで言った。衝撃で壊れた眼鏡の奥にある目はとても怯えていた。

 その時、遠くからバイクの音が聞こえてきた。バンディットの音だ。

「クエル! 大丈……夫……?」

 ラムが戻ってきた。そして、めちゃくちゃに壊れたこの場所を見て唖然としていた。

「なにこれ?」

 ラムは地面に倒れたキャンサーを指でつついた。キャンサーは何も喋らない。

 見ると、セーブルはもう元のおっとりした気配に戻っていた。さっきまでの暗黒の気配を、すべてその体の中に封印して。



(「ワンダリング・ウィール6」へつづく)

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