脳科学研究センター-脳研究の最前線

「脳を知る」「脳を守る」「脳を創る」「脳を育む」の異なる分野を統合しながら目標達成型の研究を統合的に進め、脳科学への理解を進行。

統合失調症の原因とD-セリン

最近では、D-セリンは統合失調症の候補薬剤として期待されているだけでなく、実は統合失調症の原因にも関係資といるのではないか、と考えられるようになった。西川の検討では、脳内のD-セリン濃度に変化がなかったが、2003年になって、統合失調症患者の血清を調べたところD-セリン濃度が低下していることを千葉大学の橋本らが報告した。統合失調症の(連鎖解析で有力な部位の一つである)13番染色体(13q34)から同定されたG72遺伝子が、Dまアミノ酸酸化酵素活性化因子であることが判明したことと相まって、統合失調症患者のD-セリン代謝そのものに異常ががある可能性が高まってきたのである。

理研BSIの吉川のチームの検討では、明らかな関連はなかったが、澤らのグループの藤井らの検討でな、セリンラセマーゼと相互作用する遺伝子、PICKが統合失調症と関連すると報告しており、D-セリンと統合失調症の関連については、まさにホットになりつつある研究領域である。

 

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ネプリライシン:孤発性アルツハイマー原因解明に向けて

私たちの研究室では、それまで誰も行わなかった新しい実験方法をもってこの問題にチャレンジしました。まず、ラジオアイソトープで標的したAβ1‐42ペプチドを合成・精製しました。ペプチドの化学合成は、カルボキシ末端側から一残基ずつ付加することによって伸ばしてゆきます。一残基あたり10時間を要しました。放射線物質を取り扱う上に、一つでも失敗したら台無しですから、緊張感が張りつめっぱなしでした。同僚の岩田修博士と津吹聡博士と私では、毎日侃侃諤諤の議論をしたものです。合成と同じくらい苦労したのが精製でした。結局、共同で作業を進めていた米国のある企業の不誠実な対応(脱落)が原因が遅れたため、計画を立てて、精製が終了するまで約一年を要しました。これだけ長い標識ペプチドを合成したのは私たちがはじめてでした。次にペプチドをラットの脳内に投与して、経時的に分解パターンを分析しました。生理的分解過程をとらえることが目的でしたから、麻酔下の生きたラットを用いました。その結果、中性エンドぺプチターゼ(中性pHでペプチドを内側から分解する酵素)様のプロテアーゼが脳内における分解過程の律速を担う主要な酵素であることを発見しました。
さらにAβ分解酵素の実体がネプリライシンであることを同定しました。最終的な証明はネプリライシン遺伝子ノックアウトマウスを用いて行いましたが、最も重要な発見は酵素活性が50パーセントに低下したノックアウトマウスでもAβ1‐40とAβ1‐42双方の定常量が1・5倍に上昇していることでした。このことは、ネプリライシン活性が半分に減少しただけで家族性アルツハイマー病原因遺伝子変異と同程度の効果があることを意味しています。
では、実際に脳内のネプリライシンは加齢に伴って変化するのてしょうか。マウスの脳内では加齢に伴ってネプリライシンの活性化や発現が低下しますが、同様の現象がヒト脳でも観測されることが複数回報告されました。さらに、病理学的にアルツハイマー病の前段階にある脳において、ネプリライシンの遺伝子発症が50パーセントほど低下していることが示されました。以上のことから、孤発性アルツハイマー病におけるAβ蓄積の原因は、加齢に伴う脳内ネプリライシンの活性低下である可能性が強く示唆されました。
また、疾患研究において原因を特定することは根本治療への道を開きます。言い換えれば、ネプリライシンが新たな治療標的として浮上してきたわけです。アルツハイマー病モデルマウスにネプリライシンを遺伝子治療によって導入すると、Aβ蓄積を抑制することがわかりました。
ネプリライシンを過剰発現するトランスジェニックマウスを用いた実験でも、同様の結果が得られています。いずれもマウスには目立った異常はありませんでしたから、副作用は少ないと予想されます。さらに、ネプリライシン過剰発現はアルツハイマー病モデルマウスの認知能力低下を回復させることもわかりました。神経病理と認知障害の両面において正にの作用を有することになります。

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Aβ分解系による挑戦‐研究が遅れている分解系 2

Aβの分解は神経組織において細胞質の外側で進むと考えられています。このような方法では脳内の複雑な立体的構造において進行する代謝課程を再現できるわけではないので、可能性のある候捕が次々に浮上するだけでした。

 

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Aβ分解系による挑戦‐研究が遅れている分解系

分解系は合成系と対をなしてAβの存在量を規定します。速度論的には、分解系全体の活性半分が半分に減るだけで、合成系が二倍に上昇するのと同程度の効果があります。家族性アルツハイマー病の原因として最も典型的なプレセニリン1の変異は、Aβ1‐42の畜産力を約1.5倍上昇させるだけで、若年におけるAβ畜産を引き起こします。つまり、分解系が数十年にわたってわずかずつ低下していっても、十分にアルツハイマー病理の原因になりうるということです。たとえば、生まれてから一年ごとに1パーセントずつ低下しても50年では50パーセント低下するということになりますから、その30年以上後の80代以降に発症することを上手く説明できます。また、一般的に代謝過程は加齢に伴って低下することも矛盾しません。このような理由から、分解系の重要性は認識されていました。しかし、分子細胞生物学的手法によってめざましく進展した合成系の研究に比較して、分解機構については単純な解析の対象とならないために全くとよいほど不明でした。かつての研究方法は、合成ペプチドを任意のプロテアーゼや培養細胞や培養上澄み、神経組織破砕抽出液に曝すことによって、分解されるかどうかを調べる程度の検討しかなされてきませんでした。これがいかに不合理なアプローチであるかは、以下の「ライオンとペンギンのたとえ」によって明白だと思います。檻の中にいる腹ペコのライオンにペンギンを与えたところ、ペンギンを食べてしまったとします。この観察をもとに「ライオンは自然界におけるペンギンの捕食者である」という結論を導くことはできません。
真の捕食者を知るためには、ペンギンが棲息する場所において現場をおさえるしかありません。

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βセクレターゼに注目

これらなかで、βセクレターゼは、新規の膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼ BACE‐1であることが報告されました。他のセクレターゼと比較して基質の配列特異性が高いうえに、BACE‐1遺伝子を破壊したノックアウトマウスではAPPのβ部位での切断が完全に消滅することから、薬学的な効果が期待できるとして注目されています。当初、遺伝子ノックアウトマウス重篤な異常が見られないとされていたことも理由です。実際、多くの基礎研究者が企業研究者がβセクレターゼ阻害剤の合成や探索に取り組んでいます。しかし、ニューレギュリンという神経調整タンパク質も基調であることがわかり、ノックアウトマウスに末梢の髄鞘形成異常が見いだされました。現在、多くの研究者や製薬企業がBACE‐1阻害剤の探索に取り組んでいますが、長期投与しても副作用のない薬品の開発が望まれます
αセクレターゼの候補とついては、以前からいくつかの可能性があがっていますが、現時点では完全に確定していません。数年以上前から、細胞表面タンパク質 Adam 10およびAdam 9. Adam 17とよばれるプロテアーゼが有力な候補として指摘されています。私の印象では、これは間違いないと思いますが、他の可能性を否定するのが難しいことが大きな理由です。αセクレターゼを活性化するとAβ産生が減少することが知られています。しかし、今のところ顕著にαセクレターゼを活性化することが出来るのはホルボールエステルという発ガンプロモーター(発ガンを促進する物質)だけですから、αセクレターゼから攻めるのは難しいのが現状です。
γセクレターゼは、基質の膜貫通領域を切断する特異なプロテアーゼです。βセクレターゼで切断されたAPP断片に作用して、Aβ40およびAβ42を産生します。その実体は上述のプレセニリンを必須の構成成分とする巨体な分子複合体てあると考えられています。この複合体を構成するタンパク質として、ニカストリン、APH‐1、PEN‐2が知られています。
γセクレターゼは多くの基質が知られています。代表的なものは、神経発生過程に必須のNotchと呼ばれる膜タンパク質です。プレセニリン1のノックアウトでは、Notchのプロセッシンクに異常が生じて胎児致死となっています。したがって、γセクレターゼを阻害することによってAβ産生を抑制するという戦略は、副作用が危惧されます。
しかし、Aβ42産生だけを選択的に抑制するような薬剤(第二世代γセクレターゼ阻害剤)の探索がなされており、このような問題が克服されることが期待されます。

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Aβの生成

Aβ生成に関するプロテアーゼ(タンパク質・ペプチドを加水分解する酵素)、セクレターゼと総称され、Aβのアミノ末端を切断するものがβセクレターゼ、カルボキシ末端を切断するものがγセクレターゼです。さらに、βセクレターゼに代わって、アミノ末端側で切断するαセクレターゼの存在も知られています。αセクレターゼの産物は病原性がないとされています。前述で述べた家族性アルツハイマー病原因遺伝子の中で、APP遺伝子における変異は、βセクレターゼ切断部位およびγセクレターゼ切断部位の付近に存在するものがほとんどです、Aβ1‐40およびAβ1‐42の産生量を増加させ、後者はAβ1‐42の産生量を増加させます。その他の変異は、Aβの凝縮を促進する作用や、分解を抑制する作用が知られています。
またプレセリン1とプレセリン2は、γセクレターゼの構成成分があり、いずれも遺伝子の変異は相対的にAβ1‐42産生量を増加させます。このことからも、Aβ1‐42(あるいはAβx_42)が、第一義的な病原性ペプチドと考えられます。Aβ1-42は前述したとおり悪玉Aβですが
若い人から高齢者まで、脳内で常に合成されています。しかし、正常な若い脳では、合成された後に速やかに分解されるため凝縮・蓄積することはありません。言い換えれば、Aβの存在量は、合成と分解のバランスによって規定されるということです。

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未解決の重要課題

アルツハイマー病研究は約100年前に始まりました。当初は、臨床医学や古典的病理学による「現象論」でした。その後、病理生化学が神経病理の物質的実体を明らかにすることによって、因果関係検討の突破口が開かれました。アルツハイマー病が科学的研究の対象になった瞬間です。Aβのアミノ酸配列が明らかになったことによってアミロイド前駆体タンパク質の遺伝子がクローニングされ、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子が初めて同定されました。原因因子変異の表現型を調べることによって、病因論的研究は大いに進みました。しかし、未解決の問題が沢山あります。一部繰り返しりなりますが、以下、列挙します。
(1)孤発性アルツハイマー病におけるAβ蓄積の原因はまだ明らかではありません。今のところネプリライシン活性低下が有力な候補です。問題は「どう証明するか?」です。
(2)Aβ蓄積か神経原線維変化や神経変性を引き起こすメカニズムも不明です。
(3)アルツハイマー病発症機構における神経原線維変化の役割は不明確のままです。最近、神経原線維変化を伴わない神経変性が存在することがわかってきました。
(4)軽度認知障害アルツハイマー病の前段階)において既に嗅内野(短期記憶形成において重要な役割を果たす領域)に神経原線維変化や神経変性が認められます。しかし、アミロイド前駆体タンパク質を過剰発現するマウスは、Aβを蓄積しますが、神経原線維変化や神経変性は認められません。
上記の問題は、現時点で存在するアルツハイマー病モデルマウスは、アルツハイマー病どころか軽度認知障害の病理さえ再現していないことを意味します。マウスの寿命は長くて二年半ですから時間が足りないのかも知れません。だからといって、20年も30年も待っているわけではゆきません。分子レベルで本質的に重要な病理過程を同定し、遺伝子改変によってこの過程を加速させることは一つの重要な戦略だと思います。
遺伝子改変マウスを作製し交配させることは容易な実験ではありません。これによって決定的に重要な治療標的が浮き彫りになるはずです。さらに、治療薬の効果を調べる対象としてもより適切なモデル動物になるでしょう。

以上の他にも、解決されるべき問題はあります。APPトランスジェニックマウスの脳に蓄積するAβの大半は、アミノ末端のアスピラギン酸残基とアラニン残基が欠落した上、その次のグルタミン酸残基が脱水縮合してビログルタミン酸になっています。この修飾型Aβは、シナブス毒性が強く、重合性も高いので、アルツハイマー病の発症メカニズムに深く関与すると考えられます。しかし、この課題は多くの読者にとって専門すぎるので、これ以上言及しません。

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