勤労感謝の日
今日11月23日は勤労感謝の日ということで、お仕事漫画の話。
「お仕事漫画」とは言え、定義の境目は結構ふわふわしていて、自分はブログでカテゴリ付けするときは「分野(職業・趣味)」と分類しています。
「好きなことで生きていく」じゃないですけど、「ものすごく熱中している趣味」と「職業」の境界って最近曖昧なんだもの。のだめもいつのまにかプロのピアニストになるし。
似たような感じで「戦争・テロ・犯罪」というカテゴリも作ってます。
戦争と犯罪は一般的には別のものですけど、「テロ」って戦争? 犯罪? 大規模化したテロって戦争の一部? そうした議論をしたくないので、「戦争・テロ・犯罪」にまとめてしまいました。
ということで、「犯罪」も扱う「お仕事漫画」の、「ハコヅメ」の話です。
面白いらしいという評判は聞いていて「いつか読もう」とは思っていたんですが、以前書いた記事のブコメで id:yama_bousi さんからオススメいただいたこともあり、
あとネタバレ踏めないから読んでなかったんですけど、ブログの読者登録してる id:gryphon さんがやたら熱く推してることもあり、
この11月20日に新刊の15巻が出るとのことだったので、あらかじめ既刊をイッキ読みしておいて、15巻から晴れて単行本リアルタイム組になりました。
読んだらめちゃくちゃ面白い警察官お仕事漫画でした。完結もしてないのに☆6つです。(えらそう
id:yama_bousi さん、 id:gryphon さん、ありがとうございました。
レビューとか感想というより、読んでて思ったこと・考えたことをツラツラと書いていきます。長いです。数えたら14,000字ありました。1巻あたり1,000字ぐらいと思ったらブログってそんなもんな気もする。
もう書いてる途中で何のために何を書いてるのか自分でもよくわからないブログ迷子になってしまったので、こんなの読むぐらいなら、この作品の1〜3巻はしょっちゅう無料になってるので、とっととそっちを読んだ方がマシだと思います。
- 作者:泰三子
- 発売日: 2018/04/23
- メディア: Kindle版
- 勤労感謝の日
- 「ハコヅメ」について
- 作者・泰三子について
- 警察ものフィクションの歴史
- 「ハコヅメ」の設定
- 「ハコヅメ」の作画
- 「ハコヅメ」の作劇
- 「ハコヅメ」が描く人間関係
- 漫画の警察と現実の警察は同一ではないので気を付けましょうね
「ハコヅメ」について
2017年11月から「週刊モーニング」に連載されている、警察官お仕事漫画です。
主人公に新任の女性警察官を据え、警察官の仕事やプライベートの日常が、女性の新人の視点からわかりやすく、概ねコミカルに、時にシリアスに描かれます。
当初は単話完結のエピソードが中心でしたが、特に10巻を超えたあたりから、1〜2冊をかけた長編エピソードも描かれるようになりました。
警察官たちからも好評なのか、警察官の昇任試験対策の書籍として立花書房から出版されている「警察公論」に、2020年1月号から9月号にかけて出向掲載されました。
同じ話が再掲されたのか、オリジナルなのかよくわかんないんですけど、さすがに一か八かで「ハコヅメ」のためだけに警察公論(2,600円)を買う気は無いので、誰か知ってたら教えてください。
作者・泰三子について
デビュー作なのであまり情報がなく現時点でWikipediaの記事もまだ立っていませんが、いくつかのインタビュー記事を読みました。
某県警で女性警察官として10年程度勤務。交番(地域課)勤務、防犯広報などの他、捜査に際し目撃情報から容疑者の似顔絵を作成する業務にも携わったそうです。
現役勤務中(育休中?)に講談社に投稿作を応募。それまで漫画は読者としてもほとんど嗜まなかったそう。
当初、モーニング編集部は漫画歴の浅い泰の画力、警察勤務との兼業や育児との兼ね合いも考慮して、作画担当を別に立てて、泰を原作者として遇するつもりだったそうです。
が、泰は自身の絵からもインスピレーションを得るタイプだと自認していたことから、担当編集の反対を押し切って無断で警察に辞表を提出、事後報告した担当編集に「なんてことするんですか!」と呆れられつつ、専業一本立ちを編集部に腹を括らせたそうです。
おそらく高卒の18歳で警察学校入学、から10年で漫画家デビュー、から3年経ってますので、いま現在おそらく32歳前後の、昭和末期〜平成初期生まれ世代かな。
作者が警察に10年勤務した経験を遺憾なく発揮した作品に見えますが、
自身が実際に対応した事件・事故のエピソードをネタ元にするのは関係者に申し訳が立たないとのことでネタ元として一切使わず、知識として聞いた話・警察で共有された話をネタ元にしているそうです。
警察ものフィクションの歴史
週刊モーニング
「警察もの」の話の前に、掲載されてる週刊モーニングの話なんですけど、1982年の創刊以来、大人向け漫画雑誌として多数の「お仕事漫画」を輩出してきた雑誌です。今回の「ハコヅメ」の最新巻と同日発売の作品だと、印刷会社を舞台にしたこんなんとか。
同じ講談社の同じ青年誌の、少年誌のターゲットをそのまま青年層にスライドさせたような「週刊ヤングマガジン」と比べてより現実路線で、社会派だったり現実の職業に根差したりの作品が多く、なんとなく棲み分けられています。
取材に基づくリアリティ、大人の可読に耐え得る作劇の作品作りが特徴で、本作や「刷ったもんだ!」のように、取材というより作者の元職での経験がテーマになってるケースも多いです。
脱サラして経験を元にした作品を描く漫画家になりたくなったら、少年ジャンプよりもモーニング編集部に持ち込むと良いかもしれません。
ちなみにこの作者はモーニングの「○○だったけど転職したら夢の印税生活で賞」、略して「転生賞」に応募したそうです。
なにその賞の名前ふざけてるの?
ライバルは「週刊ビッグコミックスピリッツ」あたりになるんかしら? 少女誌「花とゆめ」で「動物のお医者さん」を描いた佐々木倫子とか、この作品にすごく雰囲気近いんですけど、その後の作品の連載はずっとスピリッツですね。
そういう意味で「ハコヅメ」はとてもモーニングらしい漫画だなあと思います。
「お仕事もの」の王様
という、「お仕事もの」と親和性の高い週刊モーニングですけど、古来、漫画に限らず「お仕事もの」の中で「警察もの」は「医者もの」と並んで王様のような存在です。
あの、ごめんなさい。あらかじめ謝っておきますが、「警察もの」フィクションは非常に多岐に渡るので緻密に網羅的に語ることは全然あきらめていて、これからしばらくざっくり語ることは完全に私の主観です。
「あれが抜けてる」「これが抜けてる」
はい、申し訳ないです。抜けてます。
警察は社会で発生したトラブルへの対処と予防が仕事、一般人から見るとすべての仕事が「警察沙汰」の非日常、また海上保安庁・消防士・軍人と並び危険と相対することがあらかじめ織り込まれている職業ということもあって、モデルにすると現実社会を舞台にしつつ非日常や人間ドラマを自然に発生させやすく、洋の東西を問わず「警察もの」は昔から人気ジャンルです。
モーニングも現役警察官が応募してきて嬉しかっただろうな。
最古の警察ものが「千夜一夜物語」ってマジかよ。
小説の後、映画、特にハリウッド映画で警察官を主人公にしたアクション映画も人気でした。
日本の警察ものフィクションにおいては、1970年代以降、メディアの中でも特にTVが強力だったこともありTVドラマの影響が強く、石原プロの勃興に伴いスターが演じる刑事ものが強い人気。
アクション系だと石原プロの「太陽にほえろ」「西部警察」「あぶない刑事」や、「スケバン刑事」など。
ミステリー・サスペンス系だと今なお続く2時間サスペンス劇場系の系譜や、90年代の「古畑任三郎」など。
70〜90年代前半の多くの刑事ドラマに共通するのは、主人公の刑事のヒーロー性にフォーカスした作劇で、多くの人気"刑事"を生み出しました。
'97年に1期が放送された「踊る大捜査線」は「矛盾を孕む巨大な警察機構の中で働く人間たち」という側面が強く、主人公が刑事でありながら「刑事もの」というより「警察もの」「お仕事もの」と分類したい作品でした。
警察機構の抱える矛盾、キャリアとノンキャリアの対比、警察官の日常など、ヒーロー性よりも等身大の人間が仕事をがんばる姿のよりリアルな描写に重きを置いて、TVドラマにおける「警察もの」の在り方を少し変えてしまった感があります。
「ハコヅメ」は、「踊る大捜査線」になんか空気が似てはいるんですが、
「踊る大捜査線」の影響を受けた
というよりは
「踊る大捜査線」の影響を受けて警察官になった若者だったおじさんたちをモデルにしたらこうなった
という面が見られ、作中でも度々「踊る大捜査線」への言及が見られます。
ちなみに「女性警察官をゴリラに喩えるなんてこの作者はなんて失礼なんだ」と思われるかもしれませんが、
この作者は基本的に誰にでも失礼なので安心?です。
警察もの漫画
作者はデビュー以前、読者としては漫画を嗜まなかったらしいので、作品への影響はあまりないかもしれませんが、漫画においても「警察もの」は人気ジャンルです。
TVドラマと同じく「刑事もの」が人気ではありますが、自分の印象に残っている物だと、
「交番もの」として「ハコヅメ」の偉大な先輩、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」は'76年から。(地域課?)
女性警察官のバディものとしては「逮捕しちゃうぞ」が'86年から。(交通課?)
SFと絡めると士郎正宗の「アップルシード」が'85年から、「攻殻機動隊」が'89年から。(それぞれSWAT、公安)
アクションによる「画面映え」縛りを問われにくく、人気さえあれば尺にも比較的余裕があるメディアなせいか、日常色・コメディ色・SF色など、TVや映画の刑事ドラマとは少し味付けの違う作品が目立ちます。いや、刑事ものもマジ多いんですけど。
そして日常色・コメディ色・SF色などの漫画らしい特色が詰め込まれた「機動警察パトレイバー」が'88年から。(警備部)
近未来SF要素としてロボットまでもを詰め込んだ上で、しかしリアル志向の「警察官お仕事漫画」として、「踊る大捜査線」に先んじること9年、好評を博し、「踊る〜」の本広克行監督は「機動警察パトレイバーに影響を受けた」と公言しています。
「パトレイバー」はロボットをメインビジュアルに置きながらも、強大な警察機構の末端で犯罪・社会の矛盾・組織の矛盾と向き合う若い警察官たちをリアルにわかりやすく描いた、後の「ハコヅメ」にも共通する要素を多く含んだ、非常に優れた「警察官のお仕事漫画」でした。
言及が確認される影響の系譜を雑にまとめると
「機動警察パトレイバー」
↓
「踊る大捜査線」
↓
「踊る大捜査線」を見て警察官になった人たち
↓
「ハコヅメ」の作者
に。
いや、「影響」ってそんな単純に直列なものではなく、意識・無意識も含めてもっと複合的に複雑なものですね。
警察ものジャンルはモデルが実在する上に、常にいろんなメディアでいろんな作風の作品が人気を博してきたことから、日本人に限らず「妙にみんな基本的な設定を知っている」特殊なお仕事ものになりました。
ただし、ジャンルとしてはお仕事ものの王様である反面、個別の作品にとっては競合の多いレッドオーシャンでもありますね。
「ハコヅメ」の設定
好きなところがいっぱいある作品なので何をどう語ったらいいのかよくわからないまま周辺の話題をぐるぐると既に6,000字ほど書いたにも関わらず、「ハコヅメ」の話を全然していません。どうしよう。
とりあえず「ハコヅメ」の好きなところの話をしよう。
舞台・時制
作品の舞台になるには架空の自治体、岡島県 町山市。県庁所在地からやや距離がある地方署です。主人公たちが勤務するのは「岡島県警 町山警察署」、及び「町山交番」。
「岡山+広島➖山広」だと地理的にもお隣でなんとなく納まりが良い気がしますね。知らんけど。
過去エピソードが3年前や20年前などに飛ぶこともありますが、時制・具体的な西暦年も明示されておらず、作中でどのくらい時間が進んでいるのかもあまりよくわかりません。もう川合に後輩がいてもおかしくはないのか?
が、各種の描写から平成末期〜令和初期の現代劇と考えて特に問題ありません。
全体的に、フィクションとはいえモデルとなる地域や年代をあまり限定させたくない意図を感じます。
登場人物たちの年齢も明記されることはほとんどないんですが、4巻で珍しくキャラの1人・黒田カナの年齢が明らかになっているので、そこからある程度、類推が可能です。
川合麻依
地域課、巡査。4巻時点で推定20〜21歳。
高卒後、1年半程度の警察学校を卒業したての新任女性警察官として、読者に警察初心者の視点、男社会の中の女性の視点を提供する、狂言回し的存在。
地域課所属で藤とバディを組んで交番勤務その他に当たる。ファミリー体質の中小規模警察署の最若手として、ポンコツな末っ子のような扱いで基本的には可愛がられている。
技術的に未熟ながら特徴を捉えた画風が評価され、作者の経歴と同じく後に似顔絵捜査官も兼ねて事件に当たる。
作者曰く、現実では女性警察官は浪人が当たり前の狭き門らしく、「仕方なく、なった」女性警察官は基本的に存在しないんだそうです。
藤聖子
地域課、巡査部長。元・刑事課。4巻時点で推定26歳前後。(カナの1年先輩)
前職は刑事課。地域課に異動して町山交番に配属、「部下へのパワハラが原因の左遷」と称して川合の前に現れ、彼女のペア長(バディを組む直属上司)に。
意志と規範意識が強く勤勉で、頭脳明晰で警察学校主席卒業、運動神経抜群で剣道四段、巡査部長試験一発合格と、非常に優秀な若手警察官で、署内で一目置かれ、同期の男子から「パーフェクトゴリラ」と恐れられる。
岡島県警の女性警察官の系譜が生んだ最高傑作のような存在。人情にも厚いツンデレさんで実質この作品のヒロイン。
特定のモデルはいないが、作者曰く「新任警官当時の自分から見た理想像の集合体」とのこと。
聖子って名前は「動物のお医者さん」のヒロインっぽい何かの菱沼さんと偶然同じ名前。いや、あれのヒロインはチョビか。
源誠二
刑事課、巡査部長。4巻時点で推定26歳前後。
藤の警察学校の同期で成績は最下位だったが、物怖じしない性格と恵まれた体躯や運動神経で荒事に強く、稀代の人誑しトークで「取り調べの天才」と称される、捜査にも強い便利マン。強行犯事件を扱う「刑事課 捜査1係」の巡査部長で「踊る大捜査線」の青島くんポジション。
天然パーマを短く切ると無自覚に爽やかイケメン化しモテ力が上がると同時に刑事力が落ちるので、天パを維持するよう幹部から指導されている。
山田武志
刑事課、巡査長。藤・源の1年後輩でカナの同期で4巻時点で推定25歳前後。
源とのペアはヤクザにも気圧されない荒事向けの鉄砲玉として上司に重宝されている。
源ほど要領が良くない三白眼のヤンキー顔のチンピラルックスの単純バカ系だが、根が優しくいい奴なので対応した家出少女などに意外とモて、そのせいでトラブルも起こる。
先輩で上司の源・藤の両巡査部長を仕事面では尊敬しているが、プライベート面では「ああなりたくない」と思っているので「あんた」呼び。
意外と4人の中では一番の常識人でツッコミ役。
「ハコヅメ」の作画
作品の第一印象、1巻の表紙(リニューアル版)なんですけど、目が大きくて上目遣いで、なんかちょっと我々読者に対する「媚び」を感じて、「お仕事ものでこの媚びはどうなん」って実はずっと敬遠してました。
「ちゃお」の少女漫画の大きな目におじさんが感じる「not for me」感というか。ちなみに「鬼滅の刃」も「なんか巻数が多い」という理由でまだ読んでません。漫画全部読むわけにはいかないとはいえ、読んでない理由って基本的にしょーもないよね。
中を開けてみたら1巻当初の絵は、編集部が作画担当を立てようとしたぐらいで、上手くはないんですけど、親しみやすい絵で「あ、表紙に比べて全然媚びてないやん」と思いました。
漫画を描くキャリアが浅いうちにデビューしただけあって、本作連載の間に、今なお急激に画力が上がってます。
↓
作者の発言どおり常に演出意図を汲んだ作画で、読んじゃった後だともう、この人自身以外の作画はちょっと考えられないですね。
ちなみにデジタル作画で、アシスタントとのやり取りも遠隔なんだそうです。
女性キャラ
「女性キャラみんな顔いっしょやん」と読んだ当初思ってて、「同じ顔を髪型・髪色で描き分ける」はヒット漫画でもまあ珍しくはないんですけど、画力が上がって顕著に描き分けが見分けられるようになった後に各キャラの特徴を押さえて再読してよく見てみると、画力が上がる前から意図を持って顔の描き分けしてんですよね。
↓
おじさん
おじさんの描き分けは初期から無駄にバリエーションに富んでます。いえ、おじさんの登場人物が圧倒的に多いので全然無駄じゃないんですけどw
前述のとおり、警察官時代に目撃情報から似顔絵を作成する業務に携わっていたそうで、その異色の経験故か。普通、女性キャラやイケメンキャラから描き分けのバリエーション増やしていきたくなるもんなんですけど。
ちなみに「ハコヅメ」の表紙を並べるとこんな感じですけど、おじさん、ほとんど表紙に載らねえw
背中
作画というより演出や構図、カメラワークの話ですけど、警察官の男性キャラがかっこいいこと言ったりする見せ場で、背中で語らせる場面がすごくたくさんあります。
昔からある演出ですけど、作者の警察時代の印象がそうさせるのか、逆に作者の「おじさんにはこうあって欲しい」という願望の表れなのか、かっこいいこと言ってる瞬間のおっさんの顔をどう描けばいいかわからないという照れなのか。
ある意味、絵で表現できる漫画映えする表現なのかな。
小説だったら…って考えたらなんか「おれは一生、この光景を忘れられないだろう。疾風ウォルフが泣いているぜ……」の名シーンを思い出してしまった。
ドラマや映画だったらと考えると、名シーンでスター俳優の顔が映らないって、織田裕二だったら怒り出しそうだ。
ある意味定番で王道の見せ方ですけど、ちょっとハードボイルドで、警察官のおじさんによく似合いますね。
目
1巻表紙のとおり、目をすごく大きく描いて、なんというか目力の強い顔を描きますよね。劇中でも警察官にしろ容疑者にしろ、「目がギョロっとしている」等、登場人物の目力の強さが語られます。警察官時代に作者の印象に強く残っているのかもしれない。
無言の「目の演技」の描写もすごく印象に残ります。
まず川合の左側にいる警察署長、ついで川合の右側にいる源を見て、源が警察署長にカマかけて隠し事を引き出したこと、そのことに川合が気づいていることを、無言の川合の視線の動きだけで表現するシーン。目ぇこわ。
背中で語るおっさんと、無言で覚悟の「目」だけで応える川合のコンボ。
いいシーンだ。
ゴリラ
こんなにゴリラが出てくる漫画、「ゴリラーマン」以外で初めて見た。
前述のとおり、男性・女性を問わず人物がゴリラに形容される機会がとても多いです。
FPSとかで「ゴリラAIM」とかたまに言いますけど、「ゴリラ」って形容は見た目のいかつさもさることながら、「(普通の)人間が努力で追いつける範囲の向こう側」みたいなニュアンスがあるように思います。
本作でもゴツい人間の他、優秀な人間ほどゴリラに形容される傾向があります。
「ハコヅメ」の作劇
「ハコヅメ」の初期の作劇は、基本的に単話完結、強力な「つかみ」で惹きつけて警察あるあるネタを織り交ぜながらコメディタッチに進行しつつ、意外性のあるエモいクライマックスから最後もう一度コメディオチ、というパターンが多用されます。
巻が進むと徐々に長編エピソードが描かれるようになり、また脇役・MOBと思われたチョイ役の登場人物が後々再登場して活躍(?)したり、意外と重要な人物であることが明かされたり。
なんかこう、後付けっぽいのにパズルがピタっとハマるみたいにスムーズなんですよね。違和感がないのが違和感というか、気持ち悪…
警察あるある
「取材」ではなく警察官として10年間生活した強みで、警察あるあるの引き出しの量が尋常じゃありません。
あるあるの種類は多岐に渡り、一般的な「警察あるある」から、
訓練・研修・朝礼・試験・職質などの「日常あるある」から、不祥事・災害時などの「非常時あるある」、
刑事・交通・機動隊・電話交換手・マル暴・公安・監察・警察学校などの「各部署あるある」などの多岐にわたり、
コメディ要素のメインディッシュとして作品を支えます。
特に単話完結のエピソードが多かった作品序盤は、たぶん「あるあるネタ」をリスト化・ストックして連載継続に備えてたんじゃないかな。
警察キャリア官僚のインテリが引退後に作家に転身するケースも少なくないですが、非日常の経験値が尋常じゃない「元警察官」というのは作家の卵の宝庫かもしれない。
つかみ
ネタのストックが豊富、かつその元ネタが非日常の塊とあって、単話完結エピソードの毎回の「つかみ」のチョイスがことごとくパンチが効いていて、僅かなページ・コマ数で持っていっちゃう、ものすごくスムーズな導入。
どうするのソレ。
トリビアだけに頼らず、意外性がありつつコミカルでハートウォーミングな展開で、このエピソードも好きだわー。
女性警察官たち
警察ものとしてのこの作品の特徴は、作者も女性、主人公も女性で、女性警察官の視点で語られる点。警察組織は伝統的に男社会で、その中で仕事する女性警察官の苦悩がいろんな切り口で語られます。警察組織批判もちょっと一味違うんですよね。
セリフのキレが尋常じゃねえな。「犬や男」って言うんじゃねえよwww
一般社会では性差によって与えられる仕事が異なることは男女差別として忌み嫌われますが、第一義的にリアリストとしての機能が求められる警察組織を舞台にしたこの作品では、女性警察官に固有で求められる役割がかなりハッキリと描かれます。
女性被害者からの聴取。
女性の暴漢の制止対応。
「ハコヅメ~交番女子の逆襲~」11巻より(泰三子/講談社)
女性容疑者の取り調べ、説諭。
必然、「女性が被害に遭う犯罪」の取り扱い、要するに性犯罪に関わるエピソードが非常に多いのも特徴です。現場における男性警察官との軋轢の描写も。
結構「男社会・縦社会の中で働く女性」「犯罪の女性被害者」「女性の犯罪者」など、炎上的な意味ですごく危ないところに手を突っ込み続けている漫画なんですけど、同じ「女性警察官あるある」を描写する際でも、その内容によってシリアスとコミカルのメリハリ、茶化してはいけないところで絶対に茶化さないバランス感覚も見事。
愚痴も含めて、作者が警察に育てられた人物であることを強く感じさせる、芯の硬さが垣間見えるエピソード多数。
組織や体質に対する愛憎はありつつも、基本的に被疑者であれ被害者であれ、女性に寄り添う女性警察官に対する讃歌です。
コメディ進行がどうしても多くはあるんですけどw
警察の手法
ヤクザが揉め事に際して身内を殴って、揉めてる相手に暴力の恐怖を見せつける、という手口は有名ですが、ヤクザも警察も相手の心理に意図的に影響を及ぼして、目的のために相手の言動をコントロールする手法が組織的・伝統的に継承され発達している点では、あんまり変わらないんじゃねえかなと思います。
作中でも警察のそうしたノウハウは度々描かれますが、作者自身がノウハウの継承者であることもあり、度々読者の心理に影響を及ぼそうとする描写や、話の展開ともダイレクトにシンクロしていたりするなど、作劇やセリフへの影響が多々あるように見受けられます。
サゲて笑わせて、アゲてホロっとさせて、最後またちょっとサゲて笑わせる、みたいな構成が多々見られ、サゲもなんというか「シャレになるDIS」みたいな、なんというかヤクザだなーとw
漫画の感想書くときとかも、ひたすらベタ褒めってかえって嘘くさいんで、ちょいちょい細かいDISも混ぜつつ総じてはGOODだよ、みたいなのやるんですけど、基本的には警察官讃歌ながら、ちょいちょいDISを織り混ぜつつ、みたいな。
読者に対して秘密にしている情報をどのタイミングで開示すればもっとも効果的か、すんげー計算されていたり。
フラクタルっぽい構造
1話のエピソード通じてとても高い満足度を提供してくれるんですけど、「エピソード読み終われば面白さがわかる」タイプじゃなくて、読者に1ページ毎に喜怒哀楽の情緒を与えようとしているかのように「読んでる途中」でも面白い漫画だなと思います。
作品通じて名作と評価されていても、「起承転結」の「承」が長くてつまらない、中だるみしちゃう漫画って結構たくさんあるんですけど。
本作はあるあるネタが豊富なので小ネタに困らないってのもあるでしょうし、モーニング編集が原作担当に据えようとしたとおり、そもそも持ち味として作者のネームのキレが良いってのもあるんでしょうけど。
あるエピソードの「起承転結」の「承」にあたる部分ですけど、「起」のあと、拳銃を携帯して源とペアで非常警戒パトロールに出ることになった川合。
拳銃携帯あるある、
警察官あるある、
女性警察官あるある、
「承」のオチ、と
「起承転結」の「起」「承」「転」「結」の各パーツの中に隙あらば、3コマあらばマシンガンのように高密度に小ネタを仕込んで、読んでるこっちを楽しませてくれます。最後のコマなんて1コマの中で三段オチ。
これで意外と真面目というか、いい話な「転」と、それをさらにひっくり返した「結」が待ってます。
また、一度使ったネタ自体が後のエピソードの伏線として使われるケースも度々見られ、「ぇぇ…あの時点でこのエピソード仕込んでたの…どういう脳みそしてんの…気持ち悪…」ってなります。
長編エピソード
シリアス・いい話も織り混ぜつつ「あるあるネタ」の単話完結の楽しいコメディ描く人だな、ってのが序盤の印象だったんですけど、単話の中でも「犯人の取り調べだと思って読んでたら実は被害者だった」みたいな叙述トリックを仕込んできたり、3年も漫画描いてるうちに、だんだん作劇や人間の持つ業の描写が深化・高度化してるような…
10巻すぎから15巻までの間には「同期の桜」、次いで「奥岡島事件の恩賞」の2篇の長編エピソードが語られますが、
この作品らしくコメディ混ぜつつもサスペンスでスリリングな「劇場版」モードで、すごい読み応えありました。まるで警察ものみたい!
こことか、一読目はなんてことのないシーンでしたけど、
再読したらメタな暗喩に満ちたシーンでゾッとしました。
今後の長編エピソードもすごく楽しみです。
「ハコヅメ」が描く人間関係
家族のような中小警察署
大抵の作品に当てはまる話ですけど、「ハコヅメ」の何が一番好きって、人間関係の描かれ方かな、と思います。
彼らの多くは大卒・高卒の後、警察学校を経て体育会系で縦社会の警察組織の一員になり、彼らは日常を警察官同士の極めて狭い価値観と人間関係の中で過ごします。
長時間の勤務に加えて、官舎(社宅)ではお隣・ご近所同士で、主人公・川合の部屋では頻繁に若手の独身者の宅飲みが開催され、
公私にわたって一般社会と隔絶された、極めて狭くウェットなコミュニティを形成しています。
なんかこの、価値観が世間から隔絶した狭くてウェットな、いかにも我々が嫌いそうな時代錯誤で全然クールじゃないコミュニティが、こんなに年齢も性別もバラバラで、重い責任と危険を伴う実務で多忙な社会人たちであるにも関わらず、なんかモラトリアムっぽく見えてすごく羨ましいんですよね。
浮世離れの方向性は真逆なんですけど、お仕事漫画?の名作「動物のお医者さん」の獣医学部の雰囲気にどこか似てる感じ。永遠に続くのを延々と見ていたい。
恋愛に発展しない若い男女たち
実際にはたぶん職場結婚も多いし、なんなら職場での不倫もたまに報じられますけど、このフィクションに出てくる20代の警察官たちは、一様に恋愛に対して期待を持たないか、
もしくは警察の外に恋愛対象を求めて、「身内」を恋愛対象とすることをヨシとしません。
前述の、少女漫画誌に連載された「動物のお医者さん」でさえ描かれなかったとおり、「お仕事ものコメディ」に恋愛要素は邪魔、ってのもあるんでしょうけど、
また背中や。
この恋愛関係に発展しない男女関係って、現代的にメジャーになりつつある人生観や恋愛観に根差した、それこそモラトリアムっぽいぬるい関係で、すごくモダンな描写だなあ、と思ってしまいます。自分が独身だからってのもあるんでしょうけど。
そんなん言いつつ、遡って考えてみると「踊る大捜査線」、「機動警察パトレイバー」などの警察官お仕事ものでも恋愛要素は匂わせに留まってましたし、さらに遡って「刑事ものドラマ」でも恋愛要素ってあんまなかった気がしますね。警察の現場でラブイチャされても割りとリアクションに困るかもしれない。
こんなん言ってて、最後に源と藤がくっついたりしたらごめんなさい。でもそれはそれでイイと思う!
百合
きゅんっじゃないが。
家族のようなコミュニティや恋愛に発展しない男女関係に、関係するのかしないのかよくわかりませんが、この作品は結構あざとい擬似的な百合描写が度々描かれます。
もぉっじゃないが。
なお主人公の川合はヘテロセクシャルであることが示唆されているんですが、作者の趣味なのか、編集の趣味なのか、警察で実際よくある話なのかはよくわかりませんが(狭い体育会系のコミュニティでありそうな話ではありますね)、ホントあざといわw
かわいいなオイw
百合漫画はたくさんありますが、自分はこの漫画の擬似的な百合描写が最近一番好きだったりします。
どういうことなのw
漫画の警察と現実の警察は同一ではないので気を付けましょうね
警察は「舐められたら終わり」の言葉が示す通り、「強く正しい」存在であることへの市民からの信頼が大切な反面、組織が大きく人間も多い分、不祥事が絶えず起こりますし、また「強く正しい」を守るために隠蔽に走りがちな体質など、毀誉褒貶の激しい機関です。
が、本作は現場の警察官を中心に、愛憎入り混じりつつも警察組織が非常にポジティブに描かれています。
「動物のお医者さん」で獣医学部志望者が増えたように、「踊る大捜査線」がそうだったように見たら警察官になりたくなる漫画というか、高校・大学時代にこの漫画読んでたら警察に就職しようとちょっと思ったかもしんないなー、と。
もちろん世の中には警察が嫌いな人もたくさんいますから、警察官というより架空のキャラクター個人の資質をもって楽しく警察讃歌を描くことは、警察機構の欠点から視線を逸らすものだとの批判もあろうかとは思います。
作者自身もこの作品を「お花畑気味に描いている」と発言しています。
警察官になろうまではいかなくても、自分もちょっと職質や交通違反の取り締まりに好意的であろう、と思ってしまうぐらいには、警察の広報として成功している漫画です。
司馬遼太郎の小説で歴史に触れて史実を誤った知識で認識してしまうように、警察官はみんなこんなイイ奴で楽しい奴らだとつい思ってしまいそうになりますけど、そこはフィクションなんで安易に「会社辞めて警察官になろう」とか思わないように気を付けましょう。
自分の記憶が確かなら、この漫画は「犯罪を犯す警察官」や「許容できないハラスメントを行う警察官」が今のところ描かれていませんね。(描く義務もありません)人間の集まりである以上、嫌な奴や悪い奴も中にはいて当たり前なんですけど、そこは漫画ですし。
と、余計な心配をしたくなるぐらい、何回でも繰り返し楽しく読める、とても面白い、大変出来の良いお仕事漫画です。さすがモーニング本誌に載る警察もの、さすが元警察官。あと良い微百合漫画です。
15巻がちょうど長編エピソードが終わったとこで、キリもよかったです。
既にちょっと遅いですけど、漫画に株があったら今のうちにこの漫画の株を買っときてえわ。そういう漫画でした。
(選書参考)