1月20日、米国では大統領就任式が行われる。ドナルド・トランプ氏が第47代大統領に就任する。トランプ次期大統領は大胆な教育改革を主張している。昨年7月、共和党全国大会で採択された『共和党政策綱領』での教育政策を見ながら、第2次トランプ政権下で、米国の教育政策がどのように変化するかを解説したい。
まず、保守派の教育に対する考え方を説明する。保守派の主張の最大のポイントは、「公教育の役割は終わった」ということである。産業革命が始まってから公教育が導入された。その狙いは、産業革命を担う労働者を育てることにあった。児童生徒に規律を教え、時間を守り、技術を習得するために読み書きを学ばせることで、勤勉な労働者に育成するのが大きな目的であった。そうした教育は産業発展を担ってきた。
だが、産業が発展し、多様性を受け入れる社会では、国家が管理する画一的な公教育を見直すべきであるという考え方が、大きな力を持つようになっている。そうした理解に基づき、国家が管理する教育から、保護者が教育の選択権を持つ制度に変えるべきだという主張が登場してきた。そうした考えをベースに、トランプ政権は「教育省廃止」や「学校選択の自由」「保護者の教育権」「カリキュラム改革」を主張している。
昨年の共和党全国大会で採択された『政策綱領』の中には「若者の素晴らしい仕事と生活につながる、幼稚園から高校までの素晴らしい学校を育成する」と題する章が設けられている。
最初の項は「偉大な校長と偉大な教師」である。具体的には、教師の在職期間を廃止することを提案している。言い換えれば、定年までの雇用は保障しないということだ。校長の判断によって教師は解雇できるようになり、給与も能力給に基づいて決められるようになる。児童生徒の成績が上昇すれば、給料も増える。教師の現場に「競争原理」を導入し、解雇や給与を決定するというものである。
続いて、「教育権」を家族に取り戻すことを主張している。「家族が子供たちにとって最適な選択権を与えられるべきだ」と説明している。機械的な学区割りに基づいて、通う学校を指定するのではなく、親に学校を選ぶ権利を与えるということである(Universal School Choice)。
『政策綱領』には明記されていないが、「学校バウチャー制度」が想定されている。公立学校に割り当てられた予算を家族に配分し、両親はバウチャーを使って私立学校やホームスクールなどを自由に選択できるようになる。また「バウチャー制」は、学校の競争を促進することになる。
こうした主張の背後には、保護者の公立学校に対する不満がある。特に敬虔なキリスト教徒は、公立学校で「聖書教育」ができないことに不満を抱いている。トランプ次期大統領は保守的なキリスト教徒(エバンジェリカル)の支持を受けており、私立学校やホームスクールに対する支援強化を狙ったものである。多くの私立学校はミッション系であり、ホームスクールは宗教教育に重点を置く家族が多い。
さらにカリキュラムに関して、「プロジェクト・ベースの学習や、有意義な職業体験を提供する学校を支援する。実証済みのキャリア・トレーニング・プログラムに資金を提供する」としている。実務的な教育を重視する姿勢だ。学校暴力に対しても、「暴力を振るう子どもに即時停学を命じ、学習の場から暴力を遠ざけるために学校支援を強化する」と校内秩序維持のために厳しい政策を取るとしている。
さらに「教育における保護者の権利を回復する。私たちは保護者を信頼している」として、学校では「読書、歴史、科学、数学などの基礎を確実に教える」とする一方で、「子どもたちに不適切な政治的洗脳を行っている学校への資金提供を停止する」と書かれている。
米国の学校は、ある意味では政治闘争の現場でもある。リベラル派は、米国社会の構造的な人種差別問題や「DEI(多様性、平等、包摂性)」を積極的にカリキュラムに取り入れようとし、保守派と対立している。トランプ次期政権は、連邦職員の採用、昇進に際して「DEI」を適用することを禁止し、「DEI」を教える公立学校に対して資金提供を削減すると主張している。
公民権教育に関しては、「公正で愛国的な公民権教育を推進し、公民教育の国営化を拒否する。米国建国の理念と西洋文化を教える学校を支援する」としている。教育省は教育資金援助を行うのが主目的であり、カリキュラムに関して関与しない。カリキュラム決定は州政府と教育委員会によって管理されている。日本のように国が検定した教科書は存在しない。なお、教育委員会の委員は選挙で選ばれている。
さらに刺激的な提案は、「教育省の廃止」である。米国で教育省が設立されたのは1979年と比較的新しい。他の国のように教育行政を教育省が担うのとは、違う構造にあった。米国ではもともと保守派は「連邦主義」を掲げ、基本的な権限は州政府にあると考えている。教育省廃止も、そうした考え方に沿ったものである。
『政策綱領』には「教育省を閉鎖し、教育システムを州政府に運用させる」と指摘している。教育成果に対しても、「米国は生徒1人当たりに使う教育費は世界で最大だが、その成果は世界で最下位にある」として、「私たちの目的は、米国の教育を、これまで達成したことのない最高レベルに引き上げることだ」としている。
もちろん、『政策綱領』に掲げられた政策が全てすぐ実施されるわけではない。例えば教育省廃止は、議会の承認が必要である。今の議会は共和党が下院と上院で過半数を占めているが、米国では党議拘束はなく、共和党議員全員が賛成するとは限らない。また上院では野党の民主党が「フィリバスター(議事妨害)」を行使して、法案成立を阻止するだろう。
米国では、リベラル派と保守派の教育観はまったく異なり、こうしたトランプ改革は米国社会の分断をさらに厳しいものにするのは間違いない。