看取りの苦しさ

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昨日は泣いてばかりいて

ブログが(日記が)

とうとう書けませんでした。



夫と次男とは

私の様子を心配して

大層優しいです。



有り難いです。



私の曽祖父は

檀家さんで読経中に

脳溢血で亡くなったそうです。



私の曾祖母の時は

祖母がいまわの際まで

自宅で看取りました。



まだ紙おむつが

ない時代の事です。



祖父の時も

祖母が自宅で看取りました。



父の時は

前にブログに書きましたが

異常な状況だったので

家族はほとんど誰も

看取れていません。



祖母の事は

最期は祖母の希望通り

母とホスピスで看取りました。



祖父の時も祖母の時も

悲しかったけれど、


父の時も

3年くらいずっと

とても苦しかったけれど、


母の看取りの

その悲しさは

私と妹の想像を

超えていました。



「親が◯ぬって

こんなに悲しいものとは

思わなかったね…。」



「うん…。」



「母親は特別なのかも

しれないね…。」



「そうなのかな…。」



◯の床にある母が

現代の医学の発達によって

痛くも苦しくもないのは

誠に幸いな

事なのですけれど、


どんなに医療が進歩しても、


お互いにとって

別れの苦しみが減る事は

全くなかったのでした。



世の人はみな

この愛別離苦の

苦しみと悲しみとを

体験して、


それでも前を向いて

生きているのですね…。



母と妹は既に夫を

亡くしておりますが、


母を亡くす悲しさは

夫を亡くす悲しさとは

全く別の悲しさだと、

妹は言うのです。



父を亡くした事は

あるけれど

まだ夫を亡くしていない私は、


それを聞いて

いつかは来るその未来に

恐れおののきました。



1人ずつでも

こんなにも心が

苦しいのなら、


戦災や天災や事故で

複数の家族を

いっぺんに亡くした方は

どれほど辛いのでしょう…。



世の人がみな

この苦しみ悲しみを

乗り越えているのなら、


私に越せないはずがないと、


この胸を衝く峠を

越さなければと、


妹と手を取り合って

泣きながら

今無我夢中で

歩いています。



年末年始の神社仏閣巡りは

まだ書いていない

ものがあるけれど、

ほとんど書けました。



次からは

泣きながらでも

少しずつでも、


母の事を

書いていこうと

思います。









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