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アジェンダセッティングから考えるジャーナリズムとファクトチェックの未来

INODSウェビナー「ファクトチェック特集」は、ファクトチェック業界の第一人者を招いてファクトチェックの現状や課題などを聞くシリーズである。第1回~第4回までのウェビナーのまとめ記事がINODS UNVEILのウェブサイトに掲載されているので、ぜひお読みいただければと思う。

第4回にはファクトチェック推進団体・FIJの理事で武蔵大教授の奥村信幸氏が登壇し、「ニュース」を切り口にファクトチェックを語った。

今日は奥村氏のウェビナーの内容を手がかりに、ジャーナリズムとしてのファクトチェックを考えてみようと思う。


ニュースとファクトチェックの共通項は「議題設定」

奥村氏が指摘するように、ニュースの送り手である伝統メディアがファクトチェックを担うのは理にかなっている。ニュースの送出とファクトチェックの実践は、手法や手続きの面でもジャーナリズムの観点からしても共通点が多く、ほとんど重なり合っているからだ。

ニュースを作るときに重要な手続きは、何をニュースとして選ぶのかを決めることである。ある事象がニュースとしてふさわしいかどうかの判断は、ジャーナリズムに即しておこなわれなければならない。つまり、ニュースのトピックとして選ばれ、世に送り出される事象には、そうするに足る価値と必然性があるということ。少なくともニュースの送り手はそう考えている。

ニュースメディアはニュースのトピックを選ぶことで、アジェンダセッティング(議題設定)をしているのである。

ファクトチェックでもこれと同じことがおこなわれている。まず、無数の偽情報/誤情報の中から、何をファクトチェックするかを決めなければならない。この最初のステップ——検証対象の選定——はきわめて重要である。ファクトチェックの成否はここで決まると言っていい。

それについてはnoteでいちど記事にしたことがある。ファクトチェックの対象選定はアジェンダセッティングに他ならないこと、社会に向けて何らかの事象を課題や問題として示す以上、対象選定に説得力を持たせなければならないが、そのためには選定過程の透明化が必要であることを書いた。

既存メディアに対しても、ニュースの制作過程の透明化や説明責任が求められるようになっている。2024年に実施された選挙、とくに兵庫県知事選挙については、選挙前にマスメディアの報道が減少したため批判が殺到した。社会的な関心が高く、アジェンダとして設定すべき事象であるのに、大手メディアが取り上げないのはおかしいというわけである。「報道しない理由」の説明が強く求められた事例であった。


ジャーナリズムに依拠して選び、伝える

奥村氏はファクトチェックの社会的役割を「フラグを立てる」という言葉で説明した。警戒すべき出来事が起こったときに注意喚起をする機能である。ファクトチェックの最終目的は真偽の判定ではなく、判定結果の公表を通じて人々に注意を促すことにあるのだ。通常のニュースも注意喚起の機能を有しているが、ファクトチェックではこの側面が前面に出てくる。

ファクトチェッカーもニュースメディアに従事する人々も、日々起こる出来事から着目すべきものを掬い上げ、優先順位をつけて世に送り出している。その際に個々人の経験や勘、組織に蓄積されている知的リソースなどが用いられるが、最終的に依拠するのはジャーナリズムの価値観であり、ジャーナリスティック・レレバンス(journalistic relevance)と呼ばれる価値基準である。

ジャーナリズムは市民社会のためにある

「ジャーナリスティック・レレバンス」とはジャーナリズムに照らして妥当かどうかを意味する言葉だが、それでは「ジャーナリズム」とはいったい何なのだろうか? 名著『ジャーナリストの条件』はジャーナリストに求められる条件を10か条にまとめている。

1 ジャーナリズムの第一の責務は真実である
2 ジャーナリズムの第一の忠誠は、市民に対するものである
3 ジャーナリズムの本質は、事実確認の規律にある
4 ジャーナリズムの仕事をする者は、取材対象から独立を保たなければならない
5 ジャーナリズムは、力ある者の監視役を務めなければならない
6 ジャーナリズムは、人々が批判と歩み寄りとを行う議論の場を提供しなければならない
7 ジャーナリズムは重要なことを面白く、かつ自分につながる問題にするよう努めなくてはならない
8 ジャーナリズムはニュースにおいて全体像を配分良く伝えなければならない
9 ジャーナリズムの仕事をする者には、個人としての良心を貫く責務がある
10 市民もまた、ニュースに関して権利と責任がある。彼ら自身がプロ デューサーや編集者になる時代には、なおさらである

ビル・コバッチ/トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳 『ジャーナリストの条件 時代を超える10の原則』新潮社、2024、p. 32より

ファクトチェックに直接関係がありそうなのは、「1 ジャーナリズムの第一の責務は真実である」と「3 ジャーナリズムの本質は、事実確認の規律にある」あたりだろうか。だが、ジャーナリズムは何のためにあり、ジャーナリストは誰のために働くのかという問いへの答えは、「2 ジャーナリズムの第一の忠誠は、市民に対するものである」に示されている。

前掲書によれば、ジャーナリズムを担う人々にとっては社会に対する責務が最優先であり、時として会社やスポンサーの利益を差し置いてもそれに従事するという。ジャーナリストを対象としたアンケート調査の結果も載っていて、所属する会社や自分自身や家族さえ上回る忠誠を「読者・視聴者」に捧げるという職業意識が明らかにされている。ジャーナリストが奉仕する対象は読者・視聴者であり、ジャーナリズムは市民社会への献身を第一義とする公共性の高い価値観なのである。

ファクトチェックの公共性と”権力監視”

ジャーナリズムが公共性に裏打ちされており、ファクトチェックがジャーナリズムの一環であるならば、ファクトチェックには公共性と公益性が求められる。

ファクトチェックの主体が何であれ、ファクトチェックを通じた議題設定や注意喚起は、視聴者・読者・市民に向けておこなわれる。市民の人権と生命・財産を守り、社会の紐帯を維持し、民主主義の価値観を保つことが、ファクトチェックの究極の目的であるはずだ。公共の利益を損なうような情報や民主主義社会での意思決定をゆがませる情報をいち早く察知して伝えることが、ファクトチェックの重要な役割として期待されている。

さらに、公共の利益という観点からすれば、先に挙げた「ジャーナリズムの10ヶ条にあるように、「5 ジャーナリズムは、力ある者の監視役を務めなければならない」のである。権力監視と呼ばれるこの責務は既存メディアでは従来から多少なりと意識されているものの、日本のファクトチェック業界においては必ずしもそうではない。政治家の発言を多数ファクトチェックしている団体も、ジャーナリズムを掲げつつ、権力監視が目的ではないと明言していたりする(結果として権力監視になっているのだが)。

権力監視を目的として明示できないのは、ファクトチェッカーが順守すべき原則の一つである「非党派性と公正性」に抵触すると見なされているからだろう。国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が定める5つの原則 ”Code of Principles" で第一に掲げられているのが、この「非党派性と公正性」である。

1. 非党派性と公正性
加盟団体は、全てファクトチェックにおいて同じ基準を用いて言説のファクトチェックを行います。一方のサイドに偏ったファクトチェックはしません。全てのファクトチェックを同じ手続に従って行い、証拠をもって結論を語らせるようにします。私たちは、ファクトチェックの対象とする問題について、特定の政策的立場に立ったり擁護したりすることはしません。

FIJによるCode of Principlesの対訳から抜粋


対象選定の不透明さが不信感を生む

ファクトチェックの検証過程が事実に基づいておこなわれ、客観的な証拠に裏付けられ、透明性の高いものであるのは確かなことだろう。それに先立つ対象選定の手続きもファクトチェックの「手続」に含まれるのであれば、同じように客観的で中立で明快であるべきだが、そう言い切れない曖昧さや不透明感がある。これは前出のnote過去記事「アジェンダセッティングとしてのファクトチェック」で指摘した通りである。

ファクトチェック記事には、なぜそのトピックを選んだかという説明はない。ある情報が拡散している、というところからいきなり始まる。ニュース報道と同じく、ファクトチェックの対象選定過程はブラックボックスなのである。ファクトチェックへの不信感はこういった不透明感から来ている。公正で客観的であることを売りにしているにもかかわらず、舞台裏を見せないのだから、不審に思われるのも無理はないだろう。現代では、透明性が公正さのあかしとされているのだ。

もちろん各ファクトチェック団体は検証対象を選ぶにあたりガイドラインを設けているが、客観的で統一された指針ではない。たとえば「社会的影響の大きさ」が重視されるが、これほど曖昧で線引きが難しく、検証が困難なものはない。

中立という欺瞞

結局のところ、検証対象の選定に客観性を求めることには限界があり、その限界を超えて客観的であろうとするのは欺瞞である。ある事象をファクトチェックの対象として選ぶという行為には、必然的に選定者の主観(価値観、問題意識など)が入り込む。それを認めた上で、「なぜ」「なんのために」そのトピックを選び、検証するのかを説明するところから、記事を書き起こす方が誠実で説得力がある。

新聞やテレビなどのマスメディアが”政治的中立”を理由に選挙報道を避け、メディア不信を招いたように、ファクトチェック団体も非党派性にこだわっていると自滅する。「中立」や「公平」、「非党派」といった言葉は、ときに自己保身のために利用される。非党派性よりも大切なのは、いついかなる時も市民社会のために奉仕するというジャーナリズムの大原則である。真偽検証はその手段に過ぎない。

市民の側に立つこと、公共の利益のために尽くすことを出発点にするならば、検証対象の選択を通じたアジェンダ設定もおのずと説得力を増す。なぜこんな暇ネタをわざわざ取り上げるのかと呆れられたり、一個人のSNS投稿をやり玉に挙げて誹謗中傷のリスクを負わせたりするようなこともなくなるだろう。

公人発言や大手メディアの報道を検証対象から外した場合、「検証しやすいものを検証しているのでは」という疑念を生じさせる。これは市民の側に立っていないこと、逆に言えば権力の側に立っていることを読者が感じ取るからである。

ファクトチェックがジャーナリズムであり、市民社会に奉仕するのであれば、権力との対峙は避けられない。ファクトチェックを誰のために、何のためにするのか、という根本的な目的意識を欠いた空虚な「真偽検証」には、社会的な意義はないのである。読者、視聴者のため、市民社会のためにファクトチェックをするのだということを念頭に置いて、対象選択をしなければならないし、それはおのずと「権力監視」を伴う。そうでなければ「衆人環視」に堕してしまう。

”官製ファクトチェック”は杞憂か

ジャーナリズムを失ったメディアがプロパガンダと言論統制の道具として権力側に利用されることは、80年前の戦争で証明済みである。

”時局”が深刻化したとき、ファクトチェックはどうなるだろうか。権力側を利する検証をしないとは言い切れない。検証対象の選定次第でそれはいくらでも可能である。

昨年、総務省の偽・誤情報対策におけるファクトチェックの位置づけについて、「官製ファクトチェック」につながると懸念の声があがった。

政府がファクトチェック推進を主導することにより、ファクトチェックの独立性を揺るがせ、政府批判を封じてしまうというように、ファクトチェックメディア「インファクト」編集長の立岩陽一郎氏は述べている。

奥村氏のウェビナーでもこの問題に関して言及があった。総務省の有識者会議では、フェイクやデマなどネット上の”有害情報”を規制しようという議論がなされている。これは表現の自由に立ち入る問題であるため、本来であればニュースメディアやファクトチェック団体が主体的・積極的に議論に関わっていくべきだが、そのような動きは見られない。結果的に政府主導で話が進んでしまい、「官製ファクトチェック」疑惑が持ち上がったりするのである。

内側からの変化の兆し

権力監視をしろだの偽情報に立ち向かえだのと言ってはみても、ファクトチェック団体の経営状況や支持基盤は脆弱であり、Meta社の方針転換もあって先行き不透明な状況だ。既存メディアもかつての勢いをとうに失って弱体化している。だが、わずかながら改善の兆しはある。

今年4月、インファクトではレーティングを用いないファクトチェックを開始した。

分断を避けるための、他者を糾弾しない「優しいファクトチェック」であるという。たしかに、レーティング用語の語感は強く、反発や分断を招きやすい。近年では若年層を中心に批判的な言説への抵抗感が強まっていることからも、「優しいファクトチェック」は社会的に受け入れやすく支持を得やすいと思われる。

いっぽう、昨年に実施された主な選挙で情報の空白を生じさせ、その責任を問われたマスメディアにも、変化の兆しが見られる。様々な憶測や真偽不明な情報、誹謗中傷が飛び交った兵庫県知事選での反省を踏まえて、このときの検証に報道各社が着手しはじめている。たとえばTBSの「報道特集」や神戸新聞「足元のSNS選挙」シリーズなどは継続的な取材を続けている。

ファクトチェック的な記事を出すメディアも散見される。業界全体が弱体化し、メディア不信がメディア憎悪にまで高まり深刻化するなか、ファクトチェックや調査報道に活路を見出そうとする試みとして、前向きにとらえたい。ただし、「SNS選挙」という言葉にあるように、SNSの弊害を強調するあまり、根本的な原因(社会的背景や心理的要因など)にまで切り込んでいないとしたら、議題設定がズレていると言わざるを得ない。

終わりに~市民の責任

ジャーナリズムが依拠するのは公共性であるが、これを形作るのはメディアだけではない。市民も主要なステークホルダーである。視聴者、読者としてメディアの情報を受け取るにとどまらず、自ら情報を発信することも、メディア報道に対して直接的に反応を返すこともできる。メディアとの関わり方がSNS以前とは大きく変化しており、市民としての立ち位置を再考すべき時が来ている。

ジャーナリズムの条件の最後、10ヶ条目は、市民の権利と責任について述べている。

10 市民もまた、ニュースに関して権利と責任がある。彼ら自身がプロデューサーや編集者になる時代には、なおさらである。

『ジャーナリストの条件―時代を超える10の原則』新潮社、2024、p. 32より

ジャーナリズムを構成する「最後のピース」は市民なのである。『ジャーナリストの条件』では最終章でジャーナリストと市民との協働を提言している。競争関係ではなく協力関係を結び、お互いに強みを持ち寄って意味のある双方向のやり取りをし、ニュース作成のプロセスを共有する……この取り組みを同書では「協働情報分析」と呼ぶが、これはファクトチェックや調査報道に近い。きわめて公共性の高い民主的なプロセスである。

市民がジャーナリズムの一端を担うべき理由は明白である。ジャーナリズムが危機に瀕するとき、民主主義の存続も危ぶまれるからだ。民主主義のもとで尊重されている報道の自由が失われるとき、市民の知る権利(自由)も失われる。ファクトを軽んじる社会はやがて全体主義に呑み込まれていく。多くの人にとってそれは耐え難いはずだ。たとえば、政治家が嘘をまき散らしたり、公文書が容易に改ざんされたりする国に、人は安心して暮らせるものだろうか?そう考えると、わたしたちのすべきことが見えてくる。

『ジャーナリズムの条件』が説くように、市民がなすべきことは非難や糾弾ではなく助言や情報提供であり、建設的な質問や批判である。それらのアプローチは破壊ではなく改善と再生を目的とし、「ジャーナリズムの原則にのっとって」なされるべきである。

ジャーナリズムを失って弱体化した既存メディアに石を投げ、さらに弱らせている場合ではない。自分たちを守るはずの番犬を追い払う愚を犯してはならない。そうなれば彼らは権力側につくしかなくなる。大事なことなので何度でも言うが、メディアが権力側についたとき大きな悲劇が起こることは過去に証明済みで、断じて繰り返してはならない。

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