人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みのか尾張の国から出る神の高山(神界ピラミッド)に秘められた【41】の意味

前回のブログは【神の高山の頂上を目指す者と麓から神の高山を眺めるだけの者】でしたが、今回その続きとして補足して行きます。

そこで、前回のブログに出しました神の高山図に更なる加筆して補足を入れて行きます。

 

世紀の大預言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は、有名な【みのか尾張の国から現れる誠の女子】という遺文を残されました。ただ、それを自分のことと思う者は【曲津神】と記載されたのですが、その曲津神と書かれた場所を見ずに、私の元には自分がその【みのか尾張の女子です。】等と言って来られる方が多数ありました。

そうした方の背後には、【お前がその該当者だ】と囁く神霊が多数あったということです。意味が解っていなかったからです。その為に、その背後の霊達がその方にいろんなものを見させて、自分が特別に選ばれた者だと【錯覚】させるがありました。

 

私はそうした神霊世界が見せる【奇跡】に惑わされない為に、長年そうした霊界の奇跡に関しても見させられたと思います。私は少々の奇跡を見ても、別に驚くことはありません。だいたいその仕組みを見て来たからです。

私も修業時代は【黒龍神】の攻撃に恐れおののいて逃げ回るもありました。幸いに黒龍神から命を取られるまでは行きませんでしたが怪我はしました。それよりも霊能者と呼ばれる人達の中には物騒な方もいまして、命も狙われて来ました。つまり、霊界は一筋縄では行かない世界であり。まだ神霊世界は唯一神によって統一されてはいないが私の結論でした。

 

そこにあるのは【力】なりで、勝てば官軍の論理です

 

私は大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】の仕組みから、早い段階でそのみのか尾張の国から出る誠の女子の意味は、【誠は言成る】ですから言霊の意味だと把握はしておりましたが、私が書いた物をろくろく見ないで、私の元に自分がその【該当者】だと言って来られる方達は後を絶ちません。

私は自分が書いた物を「本」などで売ろうとしている者でありません。ただただ神の世界の【真理】を知っていただきたいから、邪魔な広告が入らない有料のHPやブログで発信しています。スピリチュアルは金になるで金儲けをしているのではありません。全国の一宮を回ったりで、自分の蓄えを持ち出す一方なのです。

大本教に大本教神諭予告の【九つ花】は【ス】の神論ではありませんよと知らせる為に、綾部の町に十回も全戸配布の折り込みで宣伝紙を出しましたが、逆に当時の大本教が綾部の町に配布している宣伝紙に、「イロハ四十七士でやっけてやる。」と返されました。が、大本教の出口なお開祖や王仁三郎聖師のご苦労を考えると、何も解っていない宣伝使を相手にしても意味がなく、このままでは自己の財産を食い潰してしまうで、さほど費用がかからないインターネットで宣伝するとなりました。

 

霊的世界は、HPやブログで発信しますと、霊的世界では発信されたことが解ります。肉体人は自分は知らなかったと言い訳が出来ますが、霊は知りませんでしたの言い訳が出来ないのです。

私が【41】の数字の意味に気づいたのは、大本教霊界物語の中の【主の神は約三十五万年前に御引退】の記述から、【この世の時計と神界の時計】から「41」の数字が持つ意味に気がついたしだいです。

そして大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解けば、その中心に【41】の数字が出て来ます。ただ、それには【龍宮の音秘め】を補佐役にしなければなりません。

その言葉に秘められた謎の紐解きには、私の神霊界修業のお世話して下さった【豊受姫】から見せていただいた霊的光景が大きな役割を果たしました。豊受姫の【龍宮の音秘め】としての補佐がなければ、ここまで言葉の意味は紐解けなかったとは言えます。

 

モーゼはエジプトからユダヤ人を引き連れて、「四十」年間荒野をさ迷いました。そして「41」年目からはユダヤ人達だけで【カナン】の地を目指すです。イエスは「四十」日間荒野をさ迷って悪魔を退けて、【41】日目で【神の一人御子】と成られたとします。どちらも「四十」の間はさ迷いなのです。そこには、四十迄は【さ迷い】の意味が出て来ます。 

ただ、モーゼの【年】とイエスの【日】では桁が違いますので、誰もそこに【40】の数字に共通事項】があるとは考えだにも予想だにもしなかったわけです。

私が子供の頃に臨んでいた霊声は【旧約聖書の神】と称していました。だが、その神の教えは旧約聖書や西洋ではなく、この日本に満ちあふれているでした。

 

何故に、【四十】まではさ迷いなのか?

 

某教団。その教団の名乗りの御祭神名はともかくとして、その教団の本当の祭神は優秀な霊能者達によれば【黒龍神】だとされています。私も豊受姫からその系統の教団を仕切っているのは全て「黒龍神」だと聞き及んでいます。

その教団では【飛騨高山】に大神殿を創りました。飛騨高山を走る国道は【41】号線で、【みのか尾張の国から出る】で【高山】の言葉に気づいたのでしょう。 馬小屋の救世主の単騎の馬を飛ばすには【飛騨】だと成るでしょう。

その教団ではその信徒達を「みろく」世に渡すことを歌っておられるようですが、その教団に所属する信徒リーダーで霊能力がある方が見た霊的光景とは、最後の時にはその教団が出す「みろく世行きの船」は、ことごとく天から降る火の雨で沈んでしまう光景だったと言われます。

霊的世界において最後の審判の【火の雨】は語られていますが、これは飛騨の【高山】に逃げるのではなくて、【富(十三)山】に逃げるなのです。高山だと【41】号線でも、未だ【神通川】を渡っていないからです。それらは全て日本語の言葉の仕組みで、高山市と同様に富山市に大神殿を創れば良いの話ではないのです。

 

大本教からは、この神の仕組みとして【三千年】かかったとあります。お釈迦様もイエスもモーゼも全てその仕組みの中だったと言えます。巷で自分がお釈迦様とイエスとモーゼの本体で、永遠の仏陀だと名乗っている人のことではないのです。

三千年前の日本に「美濃」とか「尾張」の国があったのでもないし、「高山」とか「富山」と呼ぶ町もありませんでした。国道「41」号線もなければ「神通川」と呼ばれる川もなかったのです。

 

この神が仕組んだが解らなければ、この神の偉大さは永遠に理解は出来ないでしょう。

 

 

 

スピリチュアルでは、行者が神界ピラミッド(神の高山)の合目で魂の格付けを見ているのとは違って【次元】で言う方が多いのですが、次元での話になると、自分は三千億次元の創造神だとか、五百万次元の魂だとか、百万次元の魂だとか、言いたい放題のところがあります。全て自称と言えども、高く言えばいいという問題ではありません。で、神の高山図で見て行きます。

優れた行者は神の高山を【合目】で語られますが、合目を逆に見ますと一番下が「10」なのです。上からの順位で見るわけです。囲碁や将棋で言うと初段までは、十級から九級、八級にと上がって行く勘定です。

そして、神の高山の山麓たる五合目まで来ますと、10+9+8+7+6=40となります。この五合目までは、神の存在を遠くから見ている段階なのです。ここまでは【他力信仰】の道なのです。

 

自己の良心神に目覚めると、他力信仰から自力信仰に変わる

 

神の高山にと向かって、自分が歩み始めるのが自力信仰

 

神様、御利益下さい。神様、御利益ください。の他力信仰を続けている間は【40荒野のさ迷い】の中にあるのです。

それとは違って、お釈迦様の悟りであった【悪魔は実体を持たない現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在している。】という自覚に入って来ると、【ラ(良・羅)】で大本教が告げた【人は神の子・神の宮】として発動を始めるのです。大本教神諭予告の【この世の閻魔大王として現れる。】です。それからが【41】の働きなのです。

 

私は大本教の出口王仁三郎聖師霊から、【アラー】の神と示された時、当時は日本語のアイウエオの【ア】の門から【ラ】迄の【41】とは思いませんでした。

 

大本教から、【主の神は約三十五万年前に御引退】が出されましたが、主も神界での【四十荒野の彷徨(さまよ)い】だったのです。

 

皇神たる方が行く道が、【彷徨い】

 

主の神の復帰で、宇宙規模の立替

 

それは何時ですかと聞かれたら、大本教神諭に【神も時節には適わない】とありますように時節がはっきりしません。神界時間とこの世の時間差があまりにも大きいからです。しかし、いち早くに(西暦1892)大本教と言う宗教を通じて宣伝に入られたので、そんなに遠い話ではないのです。だが、この世の私達にはそうした詳細が完全には掴みきれないなのです。

 

大本教からは、【明治五十五年の世の立替説】が出されました。明治五十五年という年は存在しませんので大正十年ともされましたが、大正十年には何も起きませんでした。否、第一次大本教弾圧事件でした。

私は自分の身に起きた摩訶不思議な出来事を契機として、神霊世界に修業に飛び込みました。それは【昭和五十五年(西暦1980年)】からでした。私も来年の西暦2020年で【41】年目となります。

私を見た霊能力者が、貴方の前世は【モーゼ】ですかと質問されることがありますが、私の前世はモーゼ(天道別命)ではありませんと答えさせて貰っています。ただ、私もモーゼ同様に【四十荒野のさまよい】の道を歩いているのです。

 

いったい、この【五十五の立替】の意味はどこにあるのかとなります。神の高山図をよく見ると、一から十までの総和が【五十五】なのです。 五十五の世の大立替とは、破壊と創造の神が天下った時 でないと、【五十五】の数には成らないからです。その時、今の太陽も月も一新して治めるのが明(日と月)治です。

 

神の高山の五合目までは【他力信仰】であり、【さ迷いの期間】となります。その間、いろんな神様達を信仰して来た。それが蛇霊であったとしも狐霊であったとしてもかまわなかったのです。要は神と呼ばれる存在を知ることが大切だったからです。五合目から頂上神(唯一神)信仰に足を踏み入れて行くことで【41】への道にと入って行くからです。

その唯一神の存在はユダヤ教では「エホバの神」。イスラム教では「アラーの神」となります。日本では【天之御中主(国常立尊)】となります。ただ、それらはある段階での呼び名であり、もっと上界だとその呼び名が違って来ます。

 

私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていました。その声は、【この私を唯一の神として仰ぐ者達は私は救う。だが、そうでない者達とは永遠の別れとなる。】と告げられたのです。私は長じて、私が子供の頃に臨んでいた神は旧約聖書の神と称していたが本当はどうなのかと、多くの霊能者の方に当たりました。その結果、豊受姫を初めとして7~8名の霊能者の方から、貴方の本守護神は【国常立尊(天之御中主)】様と告げられたしだいです。旧約聖書の神と称していた存在は国常立尊(天之御中主)様であったかなのです。

よく新約聖書のイエス一人が神の子だと信じた者は神の千年王国に、イエスを神の一人御子と信じなかった者達は千年間地獄などありますが、既にイエスがこの世を去って二千年以上、そんな天国も地獄もなかったということです。どうして千年王国が説かれて来たのかとなりますと、これは「鶴は千年」「亀は万年」の【鶴】だけが説かれたからです。

 

日本で説かれる【かごめ歌】の鶴と亀が統べるとは、1000×10000=千万年で、千年ではなくて【千万年王国】を指していたのです。但し、そこには【鶴】と【亀】が本当に統べるかという問題は控えているのです。もしも統べるに入ると、【永遠】と言う言葉をそこに使っても過言にはならないでしょう。みろくの世は【永遠】とするのです。

 

神の高山に登るとは、その唯一神に向かって進む道となります。唯一神に向かって進むとは【40】荒野のさ迷いを終えて、2+3+4+5=14の数字が出て来ます。

 

その「十四の心」の道を行くことを【徳】と言います

 

世の為、人の為にと尽くすは自己の魂に【徳】を積む

 

その「徳(悳)」を、直心で「良心神」とも言います

 

私は世の為に人の為にと、自己の【犠牲】を省みずに尽くして来た人達は【天国】界に行っていると一貫して説いて来たのはそこにあります。但し、そこには神の存在を信じる心がないとダメだと言っていたわけです。唯一神と直に結ばれる心の存在からです。

神様、御利益ください。御利益くださいで【得】を得たとしても、自己の魂の【徳(悳)】とはなっていないなのです。徳は俗字で本字が【悳】なのです。

スピリチュアル系の人にいくら「良心神」を教えても、ほとんどの方は見向きもされません。「愛」一辺倒で、その場合の「トク」は【下心】で示す一字の「トク」の漢字の働きになるのです。残念ながらPCでは配当外漢字なので機種によっては「下心」一字の漢字は出せませんので、興味がある方は「U+5FD1」で検索して見てください。

大本教で告げた【我れよし。自己本位の愛】の戒めは、そこに【下心(トク)】があるからです。

 

そこに来たのが【他(田)を救い(鋤くい)て世根(米)となれ】

 

いくら自分には神社の御祭神が見える。龍が見える程度で、神の世界が解っているつもりかとなるのです。自分には神社の神が見える。その神と会話が出来るで進みますと、それらの霊は「言葉による教え」など見るな。従うなと言います。自分達が見せる光景だけに従えです。

ここまで【言葉で仕組む】など、自分に見える神霊や龍達では【不可能】だという判断力すら失って、邪神界にと取り込まれて行くのです。

 

大本教の出口王仁三郎聖師が霊界物語の第十三巻に「あほう鳥」として出された【みのか尾張の国から誠の女子が現れたならば、モウこの大本教はダメだろう】の内容は、人のことではなかったのです。【神の高山】の意味だったのです。十三の【ス】神論そのものが「ニセ型」なのです。ですから、この神(ウシトラ金神・国常立尊)の仕組んだことは、どの神にも解らないとなるのです。

 

大本教神諭予告。

【今度の大事業(大望)は人民の知りた事では無いぞよ。神界へ出ておでます神にも御存知ないような深い仕組みであるから。】

【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸の致してあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ。】

 

お釈迦様。イエス。モーゼ。それに大本教を入れて、三千年に渡る大仕組み

 

大本教神諭予告【九つ花】を紐解けば「五十六億七千万」のみろく世に渡す

 

 

 

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