正式に「阪神入り」が認められた小林は昭和54年2月10日、大阪での入団発表のあと空路、キャンプ地である高知に向かった。
高知空港(現在の高知龍馬空港)には報道陣やファン約150人が到着を待ち構えていた。
「阪神は名門中の名門です。強くなければ許されない。そんなチームが最下位になった翌年にボクは入団しました。やりがいがあります。再建のため思う存分投げます」
力強い宣言に大歓声が空港ロビーに響いた。
午後5時、選手宿舎「手結山(ていやま)観光ホテル」(現在のリゾートホテル海辺の果樹園=香南市)に到着。ブレイザー監督と握手を交わす。そして午後7時から選手会主催の『新入団選手歓迎会』が行われた。音頭を取ったのは1月20日の役員改選で新選手会長に選ばれたばかりの江本だ。
「選手をまとめるとか、そんなことじゃなく、選手の〝代弁者〟として球団に言いたいことを言っていく。何でもかんでも会社の言いなりになってたらあかん。言わなあかんことは言う。それが選手全体の向上につながる」―が新会長の所信表明だった。
実は小津社長から「こんな状況で入団する小林だから歓迎会を…」と頼まれたとき、江本は「それはできない」と断ったという。
「ウチには今年、西武から竹之内や真弓、若菜といった連中もトレードで入団した。新人選手を含めての歓迎会ならやりましょう。でも、小林だけのためならお断りします。小林を特別扱いしない」
実にエモさんらしい。筆者がほれた一因でもある。
歓迎会のメインイベントはカラオケ大会。〝虎の歌い手〟とくれば江本会長。「恋する御堂筋」「アカシヤの面影」「霜降り橋まで」などシングル5曲を出す歌唱力。そこへ〝巨人の歌い手〟小林が移籍。「亜紀子」「昨日の女」「まわり道」など、こちらも甘い歌声でシングル5曲を出すほどの実力者。どちらもマイクを離さず勝負は引き分け。
歓迎会の大トリは「阪神の随一の芸人」といわれた加藤の登場。「サウスポー」のメロディーに合わせたストリップで場内、爆笑の渦。
「痛い! 笑い過ぎて顔が引きつってる。こんなに笑ったのは久しぶり。あぁ、顎が痛い!」
顎を両手でたたきながら小林は床を転げ回った。 (敬称略)