尾身茂氏が語るコロナ禍の苦闘 「総括ができていない」
我々の日常生活を大きく変えた新型コロナウイルス。尾身茂氏は政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長として、感染対策の陣頭指揮を担った。専門家と政府の調整役を担いながら、積極的に情報発信を続けたが、ときに前のめりとの批判も浴びた。またやってくるであろう次のパンデミック(世界的大流行)に備え、何をすべきか。「総括ができていない」と指摘する尾身氏に話を聞いた。
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新型コロナウイルスの感染が広がった中国の武漢市で都市封鎖があったのが2020年1月の末。そのときからすでに間違いなく日本にウイルスが入ってきていて、流行が始まるだろうなということは、経験から予測していました。
2月にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での集団感染があり、いよいよ市中感染が広がるという局面でも政府はなかなか国民に情報発信をしない。重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型インフルエンザと比べ、格段にしたたかなウイルスだということは分かっていたので本当にもどかしい気持ちでした。
テレビのワイドショーにも出演し、潜伏期間や無症状の患者も多い点など、SARSとの違い、そしてすでに日本にも入ってきている可能性について発信しましたが、なかなか周知されない。
ルビコン川を渡る覚悟
何とかアクションを起こさなければと意を決して出したのが、専門家としては異例の独自提言です。提言を出す前、政府、厚生労働省にあらかじめ伝達しましたが、彼らとしては、出してほしくない、踏みとどまってほしいという雰囲気がありました。
しかし、我々専門家はすでに地域での流行が始まることを予測していた。知っているのに黙っているのは専門家として責務を果たせていないだろうという判断から、提言に至りました。
本来は現状分析や政府からの質問に答えるのが専門家の役割です。もう後戻りできない「ルビコン川を渡った」ような感覚でしたよ。結局100以上の提言を発信しました。その都度、記者会見も開き、マスコミにも全面的に出ることになりました。
国会の予算委員会などにも呼ばれ、テレビにはひっきりなしに私の顔が映ることに。「新型コロナ対策は尾身たちが勝手に決めているのではないか」。そんな言説が独り歩きし、自宅にナイフが届いたこともありました。
情報発信をする立場として、非常に難しいと感じたタイミングが何度かありました。例えば、若者の感染拡大。無症状が多い上に活動範囲が広いので、本人たちの知らない間にウイルスを拡散させてしまうというのは事実でした。
しかし、伝え方を工夫しないと若者を犯人扱いしてしまうことになる。夜の飲食店も同じ。飲食を介して感染が広がっているというデータは確かにあった。ただ、一歩間違えると「飲食店いじめ」のような形で分断が生まれてしまう。
人は合理性だけで動かない
強く感じたのは、人々の不安や不満が高まるパンデミックでは理性に訴えるだけでなく、受け手の感情への配慮も重要。「そういうことが不安なのですね、気持ちは分かります」といった、感情も含めた対話が最後に求められます。
政府と専門家の役割についてもしっかりと整理をすべきです。「GoToトラベル」の継続や東京五輪・パラリンピックの有観客開催など、専門家の提言が採用されなかったケースがあった。国民は不安だったはずです。
その際になぜ専門家の意見を採用しないのかということを、一般市民に向けて分かりやすく説明することが政府の役割です。
実は日本は欧米先進諸国に比べて人口当たりの死亡者は圧倒的に少なかったんです。ただ、国内総生産(GDP)の落ち込みはそれらの先進国並み。経済活動と医療のバランスをどのように考えるのかの説明を誰もが求めており、情報発信が必要でした。
まずは4年間の検証を
パンデミックはまた確実に起きます。実は09年の新型インフルエンザ流行時にも、政府と専門家の役割や国民への情報発信において課題が残り、解決に向けて様々な提案がなされていました。しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れるといわれるように、政権交代を経てその教訓が生かされないままコロナ禍を迎えてしまった。
まずはこの4年間の徹底的な検証が必要です。専門家、医療関係者、マスコミ、政府も含めて、徹底的に振り返るべきです。(談)
(日経ビジネス 玄基正)
[日経ビジネス電子版 2025年4月21日の記事を再構成]
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