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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
TRPG小説リプレイ
Vol.33
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ローグライクハーフ『名付けられるべきではないもの』リプレイは、前回の『常闇の伴侶』と舞台と一部登場人物が同じというのが嬉しいシナリオです。
《太古の森》で再びどんな冒険を繰り広げられるのか、前回パートナーに選ばなかったヴィドとのからみがあるので、前回の冒険で少なかった彼とのやりとりが増えるではないかヤッターと、本当は年末年始の休みに冒険しようと思っていたのに、我慢できず早々に大はしゃぎで挑んだことを覚えています。
そして、「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ……。俺は森でエルフ達と王道ファンタジーを繰り広げていると思ったら、いつの間にか『妖怪ハンター』となっていた……。ちなみに、沢田研二主演の映画『ヒルコ 妖怪ハンター』の方な……」となりました。
前回の『常闇の伴侶』が差別や宗教対立、善悪二元論の骨太なテーマだったのに対し、今回の『名付けられるべきではないもの』も負けずに鉄骨級の骨太テーマでした。
だんだん、クワニャウマの冒険の最大の壁は、物理的に襲ってくる敵ではなく、姿なき概念のようになってきていて、「あれ? クワニャウマ、ちょっぴり京〇堂な冒険をしている……?」と思いもしました^^
なお、『常闇の伴侶』でエルフの少女イェシカを相棒にしたので、今回の冒険に彼女も登場します。
彼女のステータスがわからなかったので、
「ランタン持ちで、持ち物はランタンと筆談用の石板とチョーク。魔犬獣の毛皮のローブを装備。生命点1点・技量点0点」
と、オリジナル設定にしました。
イメージ的には、村から一人で森へ出かけられる行動力があること、20歳前後のクワニャウマの保護欲が燃え上がりそうな年齢であることから、イェシカは10〜12歳くらいと妄想し、戦闘できる従者にはしませんでした。
そういうわけで、前作を知らなくても楽しめるし、知っていたらなお楽しい『名付けられるべきではないもの』リプレイの開幕ですm(__)m
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
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ローグライクハーフ
『名付けられるべきではないもの』リプレイ
その1
齊藤(羽生)飛鳥
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0:プロローグ
わたしは、冒険家乙女のクワニャウマ。
漆黒の髪とイエベ肌に金褐色の瞳が特徴の、強欲乙女だ。
かつては、一人でお金を貪る冒険家だったけれど、今は二人で貪る冒険家だ。
究極の宝、別の言葉で言うと、旅の相棒ができたからだ。
その名は、イェシカ。
エルフの少女だ。
驚くべきことに、このイェシカ。強欲な損得勘定大好き邪悪人間であるわたしに、無償で懐いてくれるは、かわいい笑顔を見せてくれるは、信頼しきってくれるはと、とにかくとてつもなく奇跡的な存在なのだ。全知全能の神がいたとしても、この奇跡の理由は解けまい。
イェシカのお兄さんから旅立ちの餞別に渡された魔犬獣の毛皮を、わたしが犬耳と尻尾付きローブに仕立てた物を装備しているので、今は中身だけでなく、外見にもかわいさに磨きがかかっている。
わたしたちは、一年前の夏至の頃に《太古の森》で出会った。
以来、イェシカと各地を冒険をしてまわっていた。
そしてこのたび、久しぶりにカリウキ氏族の集落へ顔を出したのだった。
それと言うのも、ここには一年前の夏至の頃の冒険で、共に死線をさ迷った仲間たちがいるからだ。
一人は、戦士のゲルダ。
もう一人は、魔術師のヴィド。
ところが、せっかく会えると思ったゲルダは別件で出かけて不在。
ヴィド一人がわたしたちを迎えてくれた。
「久しぶりだな、クワニャウマ。髪切ったか?」
「のびたんで、三つ編みを王冠編みでまとめたの」
「イェシカは、やせたか?」
「背が伸びたの。だから、骨をしっかりさせるために、牛乳を毎日飲ませている」
ヴィドがイェシカに話しかけているのに、なぜわたしが答えているかって?
それは、イェシカは耳が聞こえず、古代語こそ話せるけれど、わたしたちの言語をまだうまく話せないからだ。
でも、イェシカは人間の言語や読唇術を習得し、相手の唇を読んで何を言われたか理解できる。
だから、イェシカには小さな石板とチョークを持たせ、相手に伝えたいことを文字で見せられるようにしてある。
「イェシカ、冒険者としての暮らしに慣れてきたか?」
そんなヴィドの質問に、だからイェシカは石板に書いて答える。
〈だいぶ。最近は、道端の雑草で野菜炒めを作れるようになった〉
ここから小一時間ほど、わたしは床に座らされ、ヴィドに「イェシカになんてことを教えているんだ!」と、みっちり説教された。
それから、ヴィドは口直しとばかりに話題を変える。
「ジガバチって知ってるか」
残暑の厳しい夏の夜に、ヴィドはランタンの照り返しで出来た影に顔を潜めながらそう語りかけてきた。
怪訝な表情で首を横に振るわたしたちに、ヴィドは腰の革袋からフィザック酒を一口含むとまた口を開いた。
「……この辺りじゃ別に珍しくもねえ虫さ」
似我蜂(ジガバチ)は狩人蜂と呼ばれるものの一種で、夏の間、地中に掘った巣穴に毒針で麻痺させた獲物を溜め込む。そうして卵を植え付けられた獲物は、孵化した幼生の餌として生きたまま喰らわれる。やがて幼生は成長し蜂の姿になると、巣穴から外の世界に這い出す。名前の由来はフーウェイに古くから伝わるまじない言葉で、獲物を運ぶ際の羽や巣穴を掘る際に顎の立てるジガジガという音だとも、この蜂が他の虫を巣穴に入れて「似我似我(我に似よ、我に似よ)」と言い聞かせることでやがて蜂に変化して巣穴から出てくるからだとも言われている。
「———以上、ミン・メーショ・ボー作『一か八かの蜂列伝』参照」
……なんで、出典元まで明かして説明してくれているのに、ヴィドの話が胡散臭く聞こえるんだろう?
わたしはぞっとしない話を聞かされ、なんとも言えない表情を彼に向ける。
「本題はここからだ」
ヴィドはわたしたちの方にちらりと視線を向けると低い声で続けた。
「〈忌まわしき似我蜂〉……俺たちは"あれ"のことをそう呼んでる。夏になると集落を襲っては部族の者を獲物として攫っていきやがる」
イェシカがごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
わたしも、内心、動揺を押さえきれない。
攫う?人間を?……だとしたらいったいどのくらい馬鹿でかい蜂だというのか。
「どうやら光のエルフどもの集落で出やがったらしい。なのにあの野郎、俺たちに〈太古の森〉を調べさせようとしやがらねえんだ。"あれ"はエルフだろうが人間だろうが選んじゃくれねえ。次の獲物になるのは俺たちかも知れねえってのにな」
ヴィドは歯噛みしながらエルフの集落がある遠い森の方角を見やる。
「フーウェイの収穫人たちは、ロングナリクからの救援要請で出払ってる。ゲルダも居ない今、俺は族長と相談して、街の守りを固めなきゃならん」
銀狼のまじない師ヴィドは、そこで言葉を区切って、じっとわたしたちの目を見つめた。
「悪いが、頼まれてくれないか」
わたしも、ヴィドの目を無言で見つめ返す。
ヴィドは、無言で懐から重そうな革袋をテーブルに置く。金貨同士が重なり合って奏でる魅惑の和音が聞こえた。
「もちろん。まかせて、ヴィド!!」
「話が早くて助かるぜ、クワニャウマ」
わたしとヴィドは、互いの拳を軽くコツンとぶつけ合った。
これにて、商談成立!
そういうわけで、わたしとイェシカは一年ぶりに〈太古の森〉へ旅立つことになったのだった。
〈太古の森〉に入ってしばし歩を進めたわたしたちは、昼過ぎになった頃に向こう側から何者かの一団がやって来ることに気づいた。
はっと身構えたわたしに不躾な声が掛けられる。
「警戒したいのはこちらの方なのだがな、外なる者よ」
森の木立から姿を見せたのは、森の統治者である偉大なるエルフ王、カセル・ケリスリオン・フィスティリオンに忠誠を誓う光のエルフたちだ。
「何用があって森に足を踏み入れた」
鋭い口調で問い質してきたのは、エルフらしく顔面偏差値が無駄に高い男だった。
余りにも威圧的な態度に、イェシカが怯える。
ここは、イェシカを安心させるために、実際よりも自然体で振る舞おう。
「初対面の相手に質問する時は、まず自己紹介でしょう? ちなみに、わたしは冒険家乙女のクワニャウマ。趣味は節約、特技は損得勘定。こちらは、わたしの相棒のエルフのイェシカ。耳が聞こえなくて口をきけないので、代わりに挨拶をさせてもらったわ」
本当はイェシカはエルフたちに通じる古代語を話せるけれど、闇エルフ訛りがあったら正体を見破られる危険があるので、わたしは初対面の相手の前ではいつも彼女を口がきけない設定にしていたし、イェシカもそれを承諾してくれていた。
そういうわけで、威圧的な相手に、わたしがいつもと変わらない態度だったのを見て、イェシカが安心した様子を見せる。よかった。
「……俗物どもか」
またも、エルフの男は威圧的な口をきくので、イェシカがびくりと肩を震わせる。唇の動きで何を言われたのか、わかったらしい。イェシカを怖がらせる才能があるのか、こいつ。
「俗物だけど、最低限の礼儀を果たさない高貴なお方よりは上等ね」
しまった。自然体を通り越して、ちょっと態度がでかすぎた。これでは、挑発の域にまで達してしまっている。
これじゃあ、いらん諍いが起きて、イェシカをますます怯えさせてしまう!
「女! このお方をどなたと心得る!」
「畏れ多くも、王家の血筋である太陽の長アノーリオンの御子息ギルサリオン様だ!」
彼の従者と思しきエルフたちが口々に抗議と威嚇混じりで紹介をしてくれた。おかげで、イェシカがまたも怯えてしまった。
でも、責任の一端は、どう考えても、わたしだ。
ここは、友好的に振る舞い、和やかな雰囲気にしてイェシカを安心させよう。
「紹介、ありがとう。お礼にわたしの用事を答えるわ。〈忌まわしき似我蜂〉について調べるために、カリウキ氏族のまじない師ヴィドに派遣されたの」
友好的な口ぶりで愛想を振りまいて答えてみたけれども、ギルサリオンには通じなかったみたいだ。
吐き捨てるように強い口調で応じた。
「はっきり言っておこう、外なる者よ。貴様らの助力など無用。いやそれどころか迷惑なのだ。さっさと森から立ち去ってもらおう」
隊長格の男の言葉に他のエルフたちが油断なく武器を手に掛ける。森の秩序を守る王の直属部隊は、魔法と武器どちらにも長けた恐るべき戦士たちだ。
しかも、厄介なことに、イェシカを怯えさせる才能の塊どもでもある。
しかし、こうなったのも、わたしがことごとく打つ手を間違えているせいだ。落ち着け、クワニャウマ。冷静に考えろ……て、あれ?
「え、警告だけ? 賄賂を払わなくてもいいし、ただであなたたちの手伝いをしないでもいいってこと?」
さんざん威圧してイェシカを怖がらせてきたから、てっきりこの後の台詞は、賄賂をよこせだの、ただ働きしろだのと、難癖をつけてくるかと思っていただけに、ギルサリオンの無欲さは意外だったし、拍子抜けすらした。
「話をよく聞け。我らの邪魔をすることは許さぬ。次に森で見かければ、敵として射られる覚悟をしておくのだな」
身を硬くするイェシカの横をギルサリオンはすり抜けてゆく。イェシカを怖がらせる困った男だけど、無欲なところは敬意を表せる。わたしには、絶対に無理だ。
他のエルフたちがギルサリオンの後に続いたが、最後に一人のエルフがわたしたちの前に立ち止まった。
「兄さんはああ言っているが、この広い森を我らだけで探索するなど無理なこと。君が手を貸してくれると助かるよ」
そう言って柔らかな笑みを浮かべたのは、銀髪のまだ年若いエルフだ。ギルサリオンと、どことなく似ている。
「僕はファラサール。なにか見つけたら、教えてくれ。頼んだよ」
ただで教えないといけないの?
わたしがそう質問するよりも早く、彼は足早に兄たちのあとを追って木立に姿を消した。
金貨1枚の得にもならない頼みだけど、こちらが金貨1枚の損もしない頼みと思えば、悪くないか。
「イェシカ、もう大丈夫。怖いお兄さんたちはどこか行ってくれたから、また顔を合わせないうちに探索をしよう」
わたしが伝えると、イェシカがようやくほっとした顔を見せた。
次からは、もっと対応を考え、イェシカを必要以上に怖がらせる事態を避けよう。
反省をこめた決意を胸に、わたしたちは〈太古の森〉をさらに踏み入った。
(続く)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙され、その奥深さに絶賛ハマり中。
現在『シニカル探偵安土真』シリーズ(国土社)を刊行中。2024年末に5巻が刊行。
大人向けの作品の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表し、2024年6月に『歌人探偵定家』(東京創元社)を、同年11月29日に『賊徒、暁に千里を奔る』(KADOKAWA)を刊行。2025年5月16日刊行の「小説すばる」6月号(集英社)に、読切『白拍子微妙 鎌倉にて曲水の宴に立ち会うこと』が掲載。
初出:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
ローグライクハーフd33シナリオ
『名付けられるべきではないもの』
著 水波流
2024年12月1日FT新聞配信
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