絶対運命黙示録 1番 歌詞の自己解釈
最初は何を言ってるのかもわからないところから始まり、歌詞を調べて更に意味のわからなさが増したこの曲ですが、少女革命ウテナとアドゥレセンス黙示録を見たことで少しだけ自分の解釈を持てました。たりめーにウテナのネタバレを入れるのでまだ見てない方は見てから来てね
[絶対運命黙示録 絶対運命黙示録]
下記に綴る内容は変えようのない不変の理 故に絶対運命黙示録
[出生登録 洗礼名簿 死亡登録]
生まれてから死ぬまでの人生そのもの
[私の誕生 絶対誕生]
私が誕生することで 私の世界が始まること
[闇の砂漠に燦場・宇葉]
これは聞いたこともない言葉すぎて調べたが、どうやら産婆と乳母のことらしい また燦場は光り輝く場所らしく金のメッキの桃源郷のことだろう 闇の砂漠は諦めの中には何も無い無であること
[金のメッキの桃源郷]
ウテナで描写された事を考慮すると、まさしくあの城のことだろう 子供が抱いている実のない空虚な金のメッキで彩られた理想、桃源郷を指しているのだと思う
[昼と夜とが逆回り]
時の描写
昼が子供の過ごす時間で、夜が大人の過ごす時間のことを恐らく指している 暁生カーが走り出すのが毎回夜なのもそれを狙った描写ではないだろうか
つまり子供から大人へとシフトしたことを表している
追記
逆回りという表現について
まずここでは昼と夜しか時間が表現されていない。昼=子供、夜=大人とすると、仮に朝を入れるのであれば生まれたての赤ちゃんとでも言えるだろう、しかしそれは結局のところ子供であり、今回は昼に包括されている。
そして昼と夜だけで回ることになるが、逆回りという表現はよくよく考えてみると変だ。
何故なら昼から普通に回っても逆回りしても、どちらも進む先が夜だからだ。そして夜から始めた場合でも同様にどちらも昼に進むことになる。
つまりこれは子供→大人と大人→子供の両方を表していることになる。
前者はウテナやアンシー、後者が暁生さんだ。
ウテナたちは外の世界へ向かうことで夜の世界へ、暁生さんは子供の頃の自分であるディオスを求めることで、子供の昼へ戻りたがっている。
回りと逆回り、どちらの表現を使っても問題ないはずだが、わざわざ逆回りという表現を使ったのは、この曲が、この普遍的に取り扱う世界は虚であり、大人側の無の方の表現を重視したかったからではないだろうか。ただそれはウテナたちが見せたように、その人自身の世界が虚であることは意味しない。
[時のメッキの失楽園]
あまりにも天才すぎる表現で気づいた時に腰抜けたわ
子供から大人になるに連れて、彼らが抱いていた哀れな金のメッキ、即ち実のない空虚な理想の飾りは剥がれ落ちる
我々も大人になることで、子供の頃に抱いていた純粋無垢な理想は幻だったと気づき絶望する
故に時間の経過によって塗られるメッキで、桃源郷が失楽園へと変わるのである
[ソドムの闇 光の闇]
聞き慣れない言葉のソドム。調べると犯罪都市で、聖書によると住民が享楽ばかりを求めたので滅ぼされた場所らしい。
享楽ばかりを求めたという部分は正に子供の部分だ
アンシーやウテナが殻という棺にこもり続けようとしたこと、それは外の世界を諦めて現状の楽さを享受し続けようとした事に重なる
しかしそれじゃいけない事がウテナの最終話で描かれる
享楽さの中の闇とはそういうことだろう 闇とは、続く歌詞から察するに、恐らく暁生さんが持っていた大人の諦観念のようなものを指している
だから光の闇だ 理想という光の中に、それを追い求めたが届かない諦めの感情が存在する
[彼方の闇 果なき闇]
どこまでも続く大人の諦めの感情 世界の果ては、大人が自分の認識する世界、の果てまで見てしまったという外の世界を望まない諦めの象徴であり、それと重なる歌詞だ



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