ぺーちゃん視点


「お腹は空いていないかしら?」
「ぁう……ぁ……」

な、な……っ

「ミランダ、さっきシェフに伝えて作ってもらっていた離乳食、持ってきてもらってもいいかしら」
「かしこまりました。奥様」

何で……、何でイザベル・ドーラ・ディバインが、私の目の前にいるのだ!?

「あらあら、まん丸おめめ。おっきしたら知らない人がいてびっくりさせてしまったのね」
「固まっていますね。もしかしたら、奥様のあまりの美しさに驚いているのではないでしょうか」
「そんなバカな」

(わたくし付きのメイドは、たまに天然な事を言うのよね……)

「にゃ……」
「ぺーちゃん、わたくしはノアの母でイザベルと申しますわ」

ひぇ!! や、やっぱりあの、悪魔と手を組んだ悪女だ!! 何で私の名を知っている!?

「ぅあ、あく、ちょ!!」
「え? もしかして、握手って言いましたの?」

違う! 悪女と言ったんだ!! こっちに来るなっ

「まぁっ、皆見てちょうだい! 握手って言って、可愛いおててをこちらに出していますのよ!」
「本当ですね!」
「可愛い～!」

この手は、距離を取ろうと突き出したんだっ

「ぺーちゃん、よろしくお願いしますわね」
「にゃ……!?」

あろうことか、この悪女イザベルは、私の手を取って赤子をあやすように「握手」と言いながら笑ったのだ。

「ぅにゃ……」

一見良い人そうに思わせて、実は私を売る気だな!?

「ふふっ、ノアの言っていた通り、にゃんこのようなお返事をしますのね」
「にょあ!」

そうだ、ノアはどこだ!? まさか、お前が虐めているんじゃないだろうなっ

もふもふ布団を蹴飛ばして起き上がると、私はベビーベッドに寝かされている事に気付いた。

こ、これでは逃げられない!!

「まぁ、暑くなっちゃったかしら。寝汗もかいておりますものね」

オムツは眠っている間に変えたのだけれど、と言いながら私を抱き上げ、メイドから受け取ったタオルで顔や首を拭いてくれた。

「ふぁ、ふぁ……」

ふかふかタオルだ。気持ち良い……。

「ふわふわですわね。気持ち良さそうですわ」

悪女のはずなのに……回帰前と違う……?

「奥様、お待たせいたしました」

先ほどイザベルの隣にいた侍女が、どこかからか戻って来て、机と椅子をセットしている。

「ありがとう。ミランダ」

にこやかに侍女へお礼を言うイザベルは、とても悪女には見えなかった。

「さぁ、ぺーちゃん。お腹が空いておりますでしょう。ご飯を食べましょうね」
「ぅにゃ」

そういえば、お腹が空いている。

「ちゃべゆ!」
「ふふっ、ノアが昔使っていた赤ちゃん用の椅子と机なのだけど、それを持ってきてもらいましたのよ。ここに座って食べましょうね」

ノアの使っていた机と椅子! これはクレオに自慢できるな。

「ぁーい」
「良いお返事ですわ」

椅子に降ろされると、侍女が離乳食を目の前に運んできた。離乳食とは思えない美味しそうな匂いに、鼻をひくひくさせていると笑われてしまった。なんだかひどくくすぐったい気がして、変な感じだ。

「さ、ぺーちゃんあーん」
「ぁ～」

ハッ! しまった。つい素直に口を開けてしまうなんて!

「はい、ぱっくん」
「にゃっくぅ」

美味い! 何だこの美味すぎる離乳食は!!

「ぅにゃ～ぃ!」
「美味しい? 気に入ってもらえて良かったですわ」
「ぁーい」

さすが公爵家……、確かクレオが、「ディバイン公爵家は世界の富と権力が集まると言われているのですよ」と言っていた。
「元々グランニッシュ帝国の軍事のトップであり、鉱山や貿易港なども保有していたディバイン公爵家は、もちろん富も権力もありましたが、シモンズ伯爵家から現在の奥様を娶ってからは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、様々な商業革命を起こし、現在世界一と言われるほどの富を手にされているそうですよ」
とか話していたのを思い出す。

世界一の金持ちだから、タオルも布団もふわふわなのだな。しかも、離乳食も美味しい!! 
さすが英雄ノアの実家だ。