フジ問題で考える「性暴力」の定義 弁護士「認識のアップデートを」

聞き手・島崎周

 「性暴力」とは何か。

 この言葉をめぐり、フジテレビなどが設置した第三者委員会と、元タレントの中居正広氏側の主張とでは、解釈が大きく分かれている。

 元フジアナウンサーの女性が中居氏から「性暴力」を受けたと認定した第三者委の調査報告書に対し、中居氏側は「極めて大きな問題がある」と反論した。性暴力被害者の支援に取り組んできた伊藤和子弁護士に、現在の性暴力の定義や、社会の認識の変遷について聞いた。

 ――「性暴力」をめぐる解釈は、日本社会でどう変遷してきたのでしょうか。

 性暴力とは「同意のない性的な行為」のことです。内閣府のホームページでもこの定義が示されていますし、第三者委員会が掲げた世界保健機関(WHO)の定義や日本の刑法性犯罪規定の定めとも合致するものと理解しています。

 日本の刑法では、2017年に強姦(ごうかん)罪が強制性交罪となり、さらに23年にはそれが不同意性交罪となりました。

 改正前は、犯罪成立に「暴行」「脅迫」「心神喪失」「抗拒(こうきょ)不能」という要件がありました。そして暴行と脅迫の程度は、かなり強いことが実務上、求められていました。しかし「同意のない性的な行為」という性犯罪の本質への理解が進む中、次第に判例でも各要件が緩やかに解釈される事案が増え、23年には、「不同意」を基礎とする刑法性犯罪規定の改正につながりました。

 改正後は、罪名が「不同意性交罪」、「不同意わいせつ罪」と改められ、性的行為に同意しない意思を「形成」「表明」、または「全う」するのを難しくさせたと認められれば犯罪が成立することになりました。具体的な事例として、「地位による影響力」を憂慮した場合なども含まれることが示されました。

 法務省は、処罰範囲を広げたというよりは、明確にして、本来処罰されるべき行為がより的確に処罰されるようにした改正だと説明しています。

法改正を後押しした「世界水準」求める被害者たちの声

 ――このような変化の背景には何があったと考えますか。

 多くの女性が「ノー」と言えない構造的な状況に置かれ、自分を責めたり泣き寝入りを余儀なくされたりする状況が続いていましたが、性暴力の問題は、人権の問題だという認識が社会に広まっていったことが大きいと思います。

 そして、性被害を告発する17年の#MeToo運動以降は、世界と日本のギャップを目の当たりにして「日本の被害者も国際水準で守られるべきだ」という声が大きくなりました。

 19年3月に国内で4件の性犯罪事件の無罪判決が相次いで出され、そのうち3件で、裁判所は被害者の意に反する性行為だったことを認めながら、無罪としました。この判断への抗議から、花を手に被害者への連帯と被害者が守られる法制度を求める「フラワーデモ」が全国に広がり、23年の改正を後押ししたのです。

 ――性暴力の定義において、WHOなどの国際的な基準と、日本の刑法の基準に隔たりはあると考えますか。

 今や、ないと思います。WHOの定義では「強制力を用いたあらゆる性的な行為」などとされ、「強制力」とは「有形力に限らず、心理的な威圧、ゆすり、その他脅しが含まれるもので、その強制力の程度は問題とならない」とされています。日本政府の言っていることと同じです。

中居氏側の主張「時計の針を戻したよう」

 ――今回、中居氏側は「『性暴力』という日本語から一般的に想起される暴力的または強制的な性的行為の実態は確認されなかった」として調査報告書は「言葉が持つ凶暴な響き・イメージに留意することなく、漫然として使用」したと批判しました。これらの主張をどう見ましたか。

 中居氏が考える性暴力の定義は、旧刑法で犯罪とされる範囲への、旧来の理解を前提にしているという印象を持ちました。性暴力の認識は日本社会でもアップデートされつつあるのに、時計の針を戻したようなものです。

 ――元フジアナウンサーの女性が、業務の延長線上で中居氏から「性暴力による重大な人権侵害」を受けたと認定した第三者委の報告書についてはどうみましたか。

 両者に守秘義務があり事実関係に踏み込めない部分があった中で、周辺の証拠などをもとに、国際基準に基づいて「性暴力があった」と認定していることは、非常に先進的で画期的だと思います。

 また、アナウンサーと有名芸能人の間には圧倒的な力関係があり、なかなか「ノー」と言えない権力勾配がある構造の中で今回の事案が起きたということ、フジテレビの対応の問題点とその背景、他にも類似事案があったことなどが詳細に明らかにされたことは意義があると思います。

正しい定義を学んで

 ――今回の件をきっかけに、私たちは何を考えていくべきでしょうか。

 まずは性暴力の正しい定義を学んでほしいと思います。認識がアップデートできていない人の考え方にあわせて、被害者が泣き寝入りしたり、我慢したり、二次加害を受けたりする状況はすごくおかしいと思います。またその弊害として、新たな被害者を生み出してしまう可能性もあります。

 そんな危険をはらんだ言説が広まっていくことには、メディアにも明確に「ノー」と言って欲しいと思います。

伊藤和子氏プロフィル

いとう・かずこ 弁護士。女性や子どもの権利など、国内外の人権問題に取り組むほか、DVや性暴力案件を多く扱う。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年に国境を超えて世界の人権問題に対処する国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」の発足に関わり、21年より副理事長。23年、法学博士(早稲田大学)。

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この記事を書いた人
島崎周
東京社会部|文部科学省担当
専門・関心分野
性暴力、性教育、被害と加害、宗教、学び、人権

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