先週、黒田日銀総裁が発表した新たな金融緩和策によって、株式市場は活況を呈している。そんな中、批判めいたことを書くのには勇気がいるが、あえてリスクについて書いておきたい。なぜなら、総裁自身が「次元の違う」金融政策と認めている以上、そのリスクも「次元の違う」ものになる可能性があるからだ。効果の強い薬ほど副作用もキツイ。
考慮すべきリスクとして、以下の4点を挙げたい。
1. 株と、不動産と、国債のバブルが発生する可能性が高い。
日銀が、株、不動産、国債を大量購入すると宣言している以上、これらの資産の値段が上がることはある意味当然である。特に、民間の設備投資が伸びる見通しが立たない中で、銀行への資金供給を増やせば、行き場のないマネーは、当面、流動性の高いETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)、そしてJGB(日本国債)に向かわざるをえない。ただし、実力を伴わない価格の上昇は必ず調整される。そして、過去の例でも明らかなように、バブルは崩壊するまでバブルとは認識されない。今回、当局自身が「資産効果」を期待して金融緩和を行うと認めている以上、むしろ政策的意図をもってバブルを作り出そうとしているとも言える。そうだとしたら、それは壮大な国家的賭けである。
2. 実際に、経済が良くなるかどうかは分からない。
日銀がベースマネーを増やせば物価が上昇して経済が良くなると説明されるが、ベースマネー(マネーストック、マネーサプライではなく)を増やすと、なぜ経済が良くなるのか、日銀や政府の説明をいくら聞いても得心できない。特に、“伝家の宝刀”が「期待に働きかける」というものだが正直しっくりこない。肯定論者は、ベースマネーを増やすと期待インフレ率が上がると言って、BEI(ブレーク・イーブン・インデックス)の変化を持ち出すが、最近のインフレ予想の大部分は、単に、消費税増税およびガソリンと電気料金の値上げから生じているものではないだろうか。そもそもBEIのデータとしての信頼性の問題もある。
もちろん消費税増税による駆け込み需要は見込まれるが、必ず反動減を伴う。また、急速な円安による輸入物価、とりわけ原油価格の上昇(コストプッシュ型のインフレ)の場合、むしろ経済や暮らしむきは悪化する。特に、年金生活者の実質所得は今後確実に下がる。なぜなら、特例水準の解消によってこれから3年間で2.5%年金の支給水準が引き下げられることが決まっているし、仮に物価が上昇に転じた場合には、マクロ経済スライドが発動され、年金は物価の上昇ほどは上がらないように調整されるからだ。いわば、物価の上昇ほどには年金給付額が上がらないことが制度上確実なのである。大胆な金融緩和で株価が上がることと、経済や生活が良くなることは別の話なのだ。
3. 事実上の財政ファイナンスとなる可能性が高まった。
日銀は国債を直接引き受けることを禁止されている。これは、中央銀行が安易な財政ファイナンスに走ったことで経済が混乱した歴史的教訓を踏まえて法定化されたルールである。一方、市場を通じてであれば、日銀には国債購入が認められている。なぜなら、政府の財政規律が緩み償還可能性が低下したときには金利が上がるなどマーケットの適正なチェックが働くので、野放図な引き受けができないからである。しかし、今回、2年間で60兆~70兆円の、しかも、残存期間の長い長期国債まで買う結果、市場に出る約70%もの国債を日銀が引き受けることになることで、日銀が、国債マーケットにおけるプライスリーダーとして寡占的な役割を果たすことになる。まるで小さな風呂おけに白鳳関が入ってきたような感じだ。これはマーケットの持つ適正な価格発見機能を歪めてしまい、本来よりも高い国債価格(低い金利)がついてしまう可能性がある。その結果、日銀は事実上、財政ファイナンスに加担することになる。市場に出る70%の量を引き受ける大口顧客がいれば、その商品は確実に品薄になる。品薄になれば(本来価格はもっと安いはずなのに)商品の値段は上がる(国債の場合、金利は下がる)。よって、当面は長期金利が下落し、財政当局の資金繰りにとっては心地よい時代が来るのかもしれない。その一方で、品薄状態によって市場のボラティリティは高まることになる。その結果、ある日突然、非連続的な金利の急騰(国債価格の暴落)が発生するリスクも高まる。マーケットとの丁寧な対話があれば、こうした問題も解決できるのかもしれないが、4月5日には長期金利が乱高下しており、マーケットとの対話も十分行われていないことを示唆している。実際、国債先物市場で、一日のうちに2度もサーキットブレーカーが発動したことは極めて異様な事態である(長期金利が短時間で倍に!上昇している)。
4. 出口戦略が困難。
そして、最大の問題は、政府・日銀が狙ったとおり物価の上昇や経済の回復が実現したときに、今の政策を止めることが極めて難しいことだ。特に、想定していた以上の物価上昇や資産価格の上昇が起きたときに、抑制のための引き締め策が必要になるが、実際には、そうした引き締め策をとることは容易ではない。引き締め策には、大きく二つの方法ある。一つは、保有する国債を市中で売って、日銀券を吸収する方法。もう一つは、日銀の当座預金の付利金利を引き上げる方法であるが、どちらも金利の上昇を伴う。金利が上がれば、国が大量の債務残高を抱えている中、国債費の増嵩を招き、予算編成を極めて難しくする。その結果、福祉予算や公共事業などの政策的経費のカットに踏み込まざるをえなくなる。また、国債を大量に保有している金融機関の資産も傷み、銀行の貸出態度を悪化させるだろう。株式市場や不動産市場が膨らんでいれば、その動きにも水を差すことになり、対応を誤れば、資産バブル崩壊の引き金をひくことにもなりかねない。
金融政策は、よく歯磨きのチューブに例えられることがある。つまり、出すのは簡単だか引っ込めることは難しいということである。金融の緩和はコントロールできても、引き締めはコントロールできない可能性が高い。そもそも、これだけ大規模な国債買い入れを行うことをアナウンスしている以上、買い入れのペースを落としただけでも、金利急騰を招くおそれがある。とにかく、次元の異なる大規模緩和ゆえに、その出口戦略も相当難しいものであることは間違いない。
上記のようなリスクを最小にとどめるためには、政府・日銀は少なくとも二つのことを行わなければならない。一つは、日銀によるマーケットとの丁寧な対話である。大量の国債購入するプレーヤーとして市場に参入する以上、他のマーケットプレーヤーの動向やニーズに丁寧に耳を傾ける姿勢が不可欠である。対話が乏しくなれば、ボラティリティの高まった市場においては金利の乱高下が発生しやすく不測の事態も生じかねない。
次に、政府がやるべき最優先事項は、何と言っても信頼できる財政再建の道筋を示すことである。現在のプライマリーバランス赤字の2015年度までの半減、2020年度までの黒字化の目標は、24年度の大型補正予算の編成で達成困難になっていると思われる。そこで、現実的で信頼できる財政再建計画を早急に立て直し、マーケットに安心感を与える中長期ビジョンを示すべきである。政府は、少なくとも、粉飾的な説明で、財政状況が好転したかのごとく説明することは厳に慎むべきだ。それこそ、ギリシャの二の舞である。国会審議等を通じて政府に強く求めていきたい。