兵庫“メディアの敗北”の真相⑦元県民局長が知事会見に「反論」その波紋が…
1年以上にわたって兵庫県に混乱と分断をもたらしている“文書問題”。「メディアの敗北」とまで言われる事態はなぜ起きたのか。当時、NHK神戸放送局で報道の責任者を務めてきた小林和樹氏が、「表の報道」からだけではうかがうことができない、メディアの内幕や兵庫県の動きの全てを記録に残します。 【写真】元県民局長の反論文と、その後のメディアの発信は 告発文書を激しく非難した2024年3月27日の斎藤知事の記者会見は、それがなければ沈黙を保っていたかもしれない元西播磨県民局長の反発を招くことになりました。そして、当初は知事の主張をそのまま伝えていた報道も変化していきます。 長期連載「兵庫“メディアの敗北”の真相」、今週は報道機関の中で知事への不信が高まっていった経緯について、4回にわたって検証しています。
元県民局長が知事発言とマスコミに反論
知事会見から5日後の4月1日月曜日。元西播磨県民局長は、A4用紙6枚にわたる文書をマスコミに送った。この「反論文書」は、冒頭から知事と会見への反発を顕わにしている。 「先日の知事記者会見の場で欠席裁判のような形で、私の行為をほとんど何の根拠もなく事実無根と公言し、また私の言動を事実とは異なる内容で公にされましたので、以下の通り、事実関係と、自分の思うところをお伝えします。」 「告発文書」を書いた経緯や動機などの説明もあるが、全体のおよそ半分が、元県民局長を「公務員失格」とした知事会見や、告発者の特定に走った県の対応の問題点の指摘に割かれている。 問題点として最初に上げたのは「私への事情聴取も内部告発の内容の調査も十分なされていない時点で、知事の記者会見という公の場で告発文書を『誹謗中傷』、『事実無根』と一方的に決めつけ、かつ信用失墜行為である、名誉棄損の告訴・(守秘義務違反の)被害届を検討するなどの発言をしたこと」だ。そして「『ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めている』という知事の発言がありました。また、それを受けての報道もありますが、私自身がそのことを認めた事実は一切ありません」と一部の報道も含めて批判している。 その根拠としてあげているのが人事課による調査の状況だ。知事会見までに元県民局長と人事との「意味のある」やり取りは2回に過ぎないとしている。