法案を考えるために 2つの最高裁判断の振り返り
2025.1.9
女性スペースを守る会
今年も皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
当会は一貫して、【女性スペースを守る】一点共闘のため、思想や政治的立ち位置にとらわれず幅広く呼びかけと運動を行ってきました。今後とも初志を貫き、【女性スペースを守る】会の名に恥じない役割を全ういたします。
さて、「女性スペースに関する法律」を作るにあたり、女湯も「身体的特徴」ではなく「すべて生得的性別による」ことにすべき、つまり性別適合手術をした上で法的女性になった人の女性スペースの利用も認めない形にすべきだ、という声が一部あります。今日、Xポストなどを見ると、その中にも時に怪しい人が見受けられることから、その心情はわかります。
ですが今は性同一性障害どころか、「女性と自認するトランス女性」の「女子トイレ利用公認を」という思想運動に対応しないとならない段階です。また外国人の「男性器が付いているパスポート上の女性」がいますし、特例法の外観要件も緩んできています。その状況の変化が「立法事実」となるからこそ、女性スペースを守る法律を作れと主張できるのです。
そして、法律を作る場合、最高裁から違憲判断が出ないような法律であることが大前提となります。法の解釈も違憲性の判断も裁判所の権限です。違憲判断が出る可能性がある法案では、提出もおぼつきません。議員も、法制局や各省庁が相手にするはずもない法案を国会に提案できません。
当会は、実際のロビーイング活動等での折衝を重ね、つくづくこのことを感じました。
最高裁は、20年間にわたる性別適合手術後の法的性別を女性に変更した人の女性スペース利用につき「法的性別での取り扱いをすべき」という考えを確実に前提としています。経産省トイレ判決(2023.7.11)と特例法生殖能力喪失要件の違憲決定(2023.10.25)にそれが示されていますが、従来からこれを前提とした判断をしています。前提だからこそ、法的女性とすることの判断に変化があっても、公衆浴場での男女は「身体的特徴」の通達があると説明したり、特定人の特定の女子トイレについては性別適合手術をしていない法的な男性だが受忍せよ、という判断内容になるのです。
そして今、最高裁は「性自認のとおりに社会生活を送れることを憲法13条の重要な利益だ」とし、特定人の特定トイレについては男性器が付いたままの利用を認め、「性同一性障害」にかかる特例法の要件を甘く変更し、性自認至上主義にある程度、近づけてしまっています。そんな中での立法作業なのです。
当会も参加している「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」が提案した法案は、この情勢の中でのギリギリを示したものでした。議連法案は、女子トイレにつき弱くはなりましたが(女子トイレを作れ、公的な女子トイレにつきトランス女性は利用できないとする、などが抜け、すべて「管理者の利用者の範囲に関する周知」という努力義務に頼っている)、法制局や各省庁が了解し、政権与党の中の議連が2024.12.19に採択したのです。女子トイレなどの利用者の掲示につき、女性客などの意向を軽視したものであれば客が離れるだけとなる、という考えによりましょう。
それは、不特定または多数のための女子トイレについても、管理者が利用者の範囲を「身体的特徴による」などと定められる!と宣言する法律でもあり、特例法に対してはその第4条「法律に別段の定めがある場合を除き」の法律となります。管理者がおそれる性自認至上主義論者による「差別だ!」という訴訟を抑止する効果もあります。
最高裁の判断は金科玉条ではないのですが、それを無視した法律は作れません。この法律を作ったうえで、特に公的施設や大規模小売店舗に適切な表示をせよ、そもそも女子トイレを無くすな!の運動をしていくことが有効ではないでしょうか。
どうか熟読玩味されて、ご理解いただければ幸いです。
なお、当会は、2024年8月2日付要請書で特例法の外観要件の堅持や、法律上の概念である性同一性障害だと診断できる医師を精神保健指定医と同様の国家資格にして厳密な診断とするなどを求め、「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」は、2023年10月30日付声明で最高裁の姿勢を改めさせるべく、その方策を提起しています。こちらもどうぞご参考にしてください。
https://note.com/sws_jp/n/n7de7d72a8437
https://note.com/sws_jp/n/ncdb9deeac5e7
以下、最高裁の2つの判断の法廷意見、補足意見のうちの関係箇所を示します。PDFには判断内容のすべてがあります。
経産省トイレ判決 最高裁第三小法廷 2023.7.11
―改めて気づきましたが、経産省トイレ裁判の補足意見では、性同一性障害ではなく「トランスジェンダー」として表現するものばかりですね。最高裁の不勉強さが分かります。
主文1項
原判決中、人事院がした判定のうちトイレの使用に係る部分の取消請求に関する部分を破棄し、同部分につき被上告人の控訴を棄却
法廷意見から
上告人は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けているということができる。
本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。
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補足意見から―裁判官宇賀克也
性別適合手術は、身体への侵襲が避けられず、生命及び健康への危険を伴うものであり、経済的負担も大きく、また、体質等により受けることができない者もいるので、これを受けていない場合であっても、可能な限り、本人の性自認を尊重する対応をとるべきといえる。
庁舎内のトイレについて、上告人の自らの性自認に基づいて社会生活を送る利益に配慮するとともに、同僚の職員の心情にも配慮する必要がある。――法廷意見が指摘するとおり、上告人が女性トイレを使用することにより、トラブルが生ずる具体的なおそれはなかったと認められる。
違和感・羞恥心等は、トランスジェンダー対する理解が必ずしも十分でないことによるところが少なくないと思われるので、研修により、相当程度払拭できると考えられる。――経済産業省は、早期に研修を実施し、トランスジェンダーに対する理解の増進を図りつつ、かかる制限を見直すことも可能であったと思われるにもかかわらず、かかる取組をしないまま、上告人に性別適合手術を受けるよう督促することを反復するのみで、約5年が経過している。この点については、多様性を尊重する共生社会の実現に向けて職場環境を改善する取組が十分になされてきたとはいえないように思われる。
上告人がMtFのトランスジェンダーで戸籍上はなお男性であることを認識している女性職員が抱くかもしれない違和感・羞恥心等を過大に評価し、上告人が自己の性自認に基づくトイレを他の女性職員と同じ条件で使用する利益を過少に評価しており、裁量権の逸脱があり違法として取消しを免れないと思われる。
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補足意見から―裁判官長嶺安政
自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益であり、取り分けトランスジェンダーである者にとっては、切実な利益であること、そして、このような利益は法的に保護されるべきものと捉えられることに鑑みれば、法廷意見がいうように、人事院が上告人のトイレの使用に係る要求を認めないとした本件判定部分は、著しく妥当性を欠いたものであると考える次第である。
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補足意見から―裁判官渡邉惠理子
性別は、社会生活や人間関係における個人の属性として、個人の人格的な生存と密接かつ不可分であり、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法益として、その判断においても十分に尊重されるべきものと考える。
本件についてみれば、トランスジェンダーである上告人と本件庁舎内のトイレを利用する女性職員ら(シスジェンダー)の利益が相反する場合には両者間の利益衡量・利害調整が必要となることを否定するものではない。
しかしながら、女性職員らの利益を軽視することはできないものの、上告人にとっては人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益であり、また、性的マイノリティに対する誤解や偏見がいまだ払拭することができない現状の下では、両者間の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではなく、客観的かつ具体的な利益較量・利害調整が必要であると考えられる。
女性職員らの守られるべき利益(上告人の利用によって失われる女性職員らの利益)とは何かをまず真摯に検討することが必要であり、また、そのような女性職員らの利益が本当に侵害されるのか、侵害されるおそれがあったのかについて具体的かつ客観的に検討されるべきである。
徒らに性別適合手術の実施に固執することなく、施設管理者等として女性職員らの理解を得るための努力を行い、漸次その禁止を軽減・解除するなどの方法も十分にあり得たし、また、行うべきであった。
原判決が、こういった女性職員らの多様な反応があり得ることを考慮することなく、「性的羞恥心や性的不安などの性的利益」という感覚的かつ抽象的な懸念を根拠に本件処遇および本件判定部分が合理的であると判断したとすると、多様な考え方の女性が存在することを看過することに繋がりかねないものと懸念する。
取扱いを一律に決定することは困難であり、個々の事例に応じて判断していくことが必要になることは間違いない。しかしながら、いずれにしても、施設管理者等が、女性職員らが一様に性的不安を持ち、そのためトランスジェンダー(MtF)の女性トイレの利用に反対するという前提に立つことなく、可能な限り両者の共棲を目指して、職員に対しても性的マイノリティの法益の尊重に理解を求める方向での対応と教育等を通じたそのプロセスを履践していくことを強く期待したい。
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補足意見―裁判官林道晴は、裁判官渡邉惠理子の補足意見に同調
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補足意見から―(現在の最高裁長官)裁判官今崎幸彦
トランスジェンダーの人々が、社会生活の様々な場面において自認する性にふさわしい扱いを求めることは、ごく自然かつ切実な欲求であり、それをどのように実現させていくかは、今や社会全体で議論されるべき課題といってよい。
現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない。今後事案の更なる積み重ねを通じて、標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。――何よりこの種の問題は、多くの人々の理解抜きには落ち着きの良い解決は望めないのであり,社会全体で議論され、コンセンサスが形成されていくことが望まれる。
なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである。
最高裁判所大法廷 令和5年10月25日決定
―この判断の中でも、法的性別の変更による「性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益」とし性別適合手術を受けて法的女性になった人は女性スペースを利用できることを当然の前提としています。外観要件も違憲だから自判すべきとする反対意見の中でも、共同浴場での男女の区分を「身体的特徴」とする通達があるから付いている人は法的女性となっても利用できないはずだ、数は少なく混乱は最小限だと説明し、更に女子トイレの利用は見えないから別のことだ、と記述しているのです。
主 文
原決定を破棄、本件を広島高等裁判所に差し戻す。 法廷意見
他方で、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、法的性別が社会生活上の多様な場面において個人の基本的な属性の一つとして取り扱われており、性同一性障害を有する者の置かれた状況が既にみたとおりのものであることに鑑みると、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである。このことは、性同一性障害者が治療として生殖腺除去手術を受けることを要するか否かにより異なるものではない。
そうすると、本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。
医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっているというべきである。
以上を踏まえると、本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。
よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。
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補足意見から―裁判官岡正晶
本決定を受けてなされる法改正に当たって、本件規定の削除にとどめるか、上記のように本件規定に代わる要件を設けるなどすることは、立法府に与えられた立法政策上の裁量権に全面的に委ねられているところ、立法府においてはかかる裁量権を合理的に行使することが期待される。
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反対意見から―裁判官三浦守⇐⇐5号要件も違憲だから差し戻し自判すべきとの意味で反対意見
身近な地域社会において、このような制度が拡大し、特に大きな問題もなく運用されているとうかがわれることは、性同一性障害を有する者を含む性的少数者が、家族を形成して子育てをし、充実した社会生活を営むという、多様な家族の在り方に関する社会的状況の変化を示しているというべきである。
5号規定についてーーホルモン療法は、ホルモンに関する薬剤を投与することにより、身体的に他の性別に適合させる一定の効果が生ずるものであり、他の性別に係る外性器に係る部分に近似する外観を備えるという点で、相応の効果が得られる場合がある。これも、上記外科的治療より強度は低いものの、身体への侵襲である。
そして、ホルモン療法は、生涯又は長期にわたって継続するものであり、精巣の萎縮や造精機能の喪失など不可逆的な変化があり得るだけでなく、血栓症等の致死的な副作用のほか、狭心症、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍等の副作用を伴う可能性が指摘され、さらに、原則として、糖尿病、高血圧、血液凝固異常、内分泌疾患、悪性腫瘍など、副作用のリスクを増大させる疾患等を伴わない場合に行うべきものとされること等からすると、生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲ということができる。したがって、このような外性器除去術等を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たるというべきである。
他方で、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、法的性別が社会生活上の多様な場面において個人の基本的な属性の一つとして取り扱われており、性同一性障害を有する者の置かれた状況に鑑みると、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである。このことは、性同一性障害者が治療として外性器除去術等を受けることを要するか否かにより異なるものではない。
そうすると、5号規定は、治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、外性器除去術等を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して外性器除去術等を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。
このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するもの――上記男女の区分は、法律に基づく事業者の措置という形で社会生活上の規範を構成しているとみることができる。5号規定は、この規範を前提として性別変更審判の要件を規定するものであり、5号規定がその規範を定めているわけではない。
近似する外観を備えている者も相当数存在する。また、上記のような身体的な外観に基づく規範の性質等に照らし、5号規定がなかったとしても、この規範が当然に変更されるものではなく、これに代わる規範が直ちに形成されるとも考え難い。さらに、性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。これらのことからすると、5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる。
性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。上記混乱の可能性が極めて低いことを考え併せれば、現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる。
5号規定は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり、5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。
以上検討したところによれば、5号規定による制約の必要性は、現時点において、相当に低いものとなっているというべきである。
トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではないから、5号規定がトイレ等における混乱の回避を目的とするものとは解されない。――トイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情に応じ適切な対応が求められる。このように、トイレ等の利用の関係で、5号規定による制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである。
性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは外性器除去術等を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない。――特例法2条の性同一性障害者の定義における「自己を身体的に他の性別に適合させようとする意思」には多様な意思が含まれるものと解され、――5号規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度の若しくは相当な危険や負担を伴う身体的侵襲である外性器除去術等を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。――制約として過剰なものになっているというべきである。
5号規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が相当に低いものとなり、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。
よって、5号規定は憲法13条に違反するものというべきである。
残余の要件により性別変更審判がされるとすると、特例法の趣旨等に反することになり、司法の判断により新たな立法をするに等しく、立法権を侵害することにならないかという問題でもある。
このような特例法の趣旨及び規定の在り方からみて、特例法は、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有するという、その心理的及び意思的な状態を基本的な要件とし、一般的な医学的知見に基づく医師の診断によりこれらが認められる者について、法令上の性別の取扱いの特例を認めることを基本的内容とするものと解される。
本件規定及び5号規定に係る要件は、特例法の趣旨及び基本的内容と不可分の関係にあるということはできず、両規定に係る身体的な状態にない者であっても、治療を踏まえた医師の具体的な診断により、特例法2条に係る心理的及び意思的な状態が認められる場合に、これを上記特例の対象とすることが特例法の趣旨に合致することは明らかである。性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることが、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益であることからすると、むしろ、両規定の違憲を理由として特例法全体を無効にすることは、立法の目的に反するというほかない。
以上に鑑みると、本件規定及び5号規定が違憲と判断される場合、両規定だけが無効となり、残余の規定に基づいて審判を行うべきものと解されるが、それは、特例法の趣旨及び基本的内容を何ら変更するものではなく、立法権の侵害というべきものでないことは明らかである。
よって、本件規定及び5号規定だけが無効になるというべきである。
そして、日本精神神経学会は、――GID学会(性同一性障害学会)は、――これらは、上記要件に係る医師の診断に関し、その診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する医師か否か、一般に認められている医学的知見に基づき行う診断か否かについて判断する上で考慮すべき重要な事情ということができる。
以上を踏まえると、裁判所は、特例法が規定する要件について、適切な根拠に基づいて判断を行うものであり、その適正が担保されているということができる。
以上のとおり、本件規定及び5号規定は違憲無効であり、5号規定の要件該当性について判断するまでもなく、特例法の残余の要件に照らし、抗告人の申立てには理由があるから、原決定を破棄し、原々審判を取消して、抗告人の性別の取扱いを男から女に変更する旨の決定をすべきである。
全ての国民は、個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とするものであり、状況に応じて適切な措置を講ずることは、国の責務である。――指定された性と性自認が一致しない者の苦痛や不利益は、その尊厳と生存に関わる広範な問題を含んでいる。民主主義的なプロセスにおいて、このような少数者の権利利益が軽んじられてはならない。
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反対意見から―裁判官草野耕⇐⇐5号要件も違憲だから差し戻し自判すべきとの意味で反対意見
男性から女性への性別の取扱いの変更を求める者が5号規定の要件を確実に充たすためには、陰茎の切除と外陰部形成のための性別適合手術を受けなければならず、女性から男性への性別の取扱いの変更を求める者が5号規定の要件を確実に充たすためには、尿道延長と陰茎形成のための性別適合手術を受けなければならない(「確実に」といったのは、後記3で述べるように、これらの手術を受けなくても5号規定の要件を充足し得る場合があるとする見解があるためである。)。しかるに、これらの手術はそれ自体が申請者に恐怖や苦痛を与えるものであり、加えて、これらの手術を受ける者は感染症の併発その他の生命及び身体に対する危険を甘受しなければならない。
「性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益」は、多数意見が指摘するとおり、重要な法的利益である。そうである以上、既に特例法が存在するにもかかわらず申請者がこの利益を享受するためには上記の如き手術を受けなければならないとすることは憲法13条が保障している「身体への侵襲を受けない自由」の制約に当たるといえる。したがって、5号規定が合憲であるというためには、5号規定が上記の自由を制約していることの目的(以下、単に「制約目的」という。)に正当性があり、かつ、その目的を達成するために5号規定が選択した手段が制約目的に照らして相当なものといえることが必要である。
(1)5号規定の制約目的としては、一般に、公衆浴場等で社会生活上の混乱が生じることを回避するためなどと説明されることが多いが、5号規定が申請者にもたらす不利益との比較を行うためにはこれをできる限り自然人の享受し得る具体的利益に還元した表現を用いるべきである。この点から考えると、5号規定の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下、この利益を(読みやすさを考慮して常にかぎ括弧を付けたままで)「意思に反して異性の性器を見せられない利益」という。)を保護することにあると捉えることが適切であろう。しかるに、性器を公然と露出する行為が刑法174条の罪(公然わいせつ罪)に当たることは確立された判例となっており、一定の区域内において性器を露出することが例外的に許容されている施設の代表である公衆浴場においても公衆浴場法の委任を受けた各地方公共団体の条例が、浴室等を性別によって区別すべきことを定めてきた。これらの事実に鑑みれば、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」は尊重に値する利益であり、これを保護せんとする5号規定の制約目的には正当性が認められる。
本事件において用い得る「最善の視点」は、5号規定が合憲とされる場合に現出されるであろう社会(以下「5号規定が合憲とされる社会」という。)と5号規定を違憲としてこれを排除した場合に現出されるであろう社会(以下「5号規定が違憲とされる社会」という。)を比較し、いずれの社会の方が、憲法が体現している諸理念に照らして、より善い社会であるといえるかを検討することであろう。
要するに、5号規定が合憲とされる社会は、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が5号要件非該当者によって損なわれることがおよそ起こり得ないという点において、たしかに静謐な社会であるといえるが、その静謐さは5号要件非該当者の自由ないし利益の恒常的な抑圧によって購(あがな)われたものにほかならない。
なお,性同一性障害者はホルモン療法を相当の期間にわたって受けるなどすることによって自己の性器についても外形上顕著な変化が生ずる可能性があるところ、性別適合手術を受けずとも、このような顕著な変化をもって5号規定の要件を充足し得る場合もあるとする見解があるが、そのような変化が生ずる者がいるとしても、そうではない5号要件非該当者の自由ないし利益に対する恒常的抑圧が続くことに変わりはない。
第一に留意すべきことは、公表されている調査結果等によると、我が国の全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低く、その中でも(身体的特徴を他の性別のものと適合させたいとの気持ちから進んで性別適合手術を受ける性同一性障害者も少なくないであろうから)5号要件非該当者に当たる者はさらに少ない上に、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎないであろうという点である。
第二に留意すべきことは、――許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月23日付薬生衛発0623第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている。)や、〔2〕当該許容区域の利用者の意見等を勘案した上で、5号要件非該当者の当該許容区域への入場を禁止するか、許容するか(日時や曜日を限って入場を許容することなども考えられる。)、あるいは、その中間的な措置を講ずるか(無償又は有償で貸与する水着を着用することを条件として入場を許容することなども考えられる。)、いずれにせよ何らかのルールを利用規則として定める必要に迫られることになるであろう。
しかるに、利用者間のトラブルの発生を未然に防止しつつより多くの利用者が満足し得るサービスを提供することは、許容区域の円滑な経営や適切な運営管理という観点からも許容区域の管理者が満たすべき喫緊の要請であるはずであるから、あらゆる許容区域の管理者は、5号要件非該当者の利用に関する当該許容区域の利用規則を定めるに当たっては、利用者が有している「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待できる。――要するに、5号規定が違憲とされる社会であっても、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれる可能性は極めて低く、一方、この社会においては5号要件非該当者に性別適合手術を受けることなく性別の取扱いの変更を受ける利益が与えられるのであるから、同人らの自由ないし利益に対する抑圧は(許容区域への入場が無制限に認められるわけではない以上「完全に」とはいえないまでも)大幅に減少する。
なお、5号規定が違憲とされる社会においては、5号要件非該当者による許容区域の利用規則の有り様(よう)についての諸見解が、様々な公共空間において議論の対象となることが予想されるところ、そのような議論の結果によっては、追加的な立法措置や新たな司法判断により、5号要件非該当者とそれ以外の国民のいずれか又は双方の自由と利益に関して、上記に述べたものとは(もとより憲法上許容される限度においてではあるが)若干異なる事態が現出する可能性がないとはいえない。―5号規定が違憲とされる社会は、5号規定が合憲とされる社会と比べるといささか喧(かまびす)しい社会であるといえるかもしれない。しかしながら、この喧(かまびす)しさは、5号要件非該当者とそれ以外の国民双方の自由と利益を十分尊重した上で、国民が享受し得る福利を最大化しようとする努力とその成果と捉え得るものである。
5号規定が違憲とされる社会は、憲法が体現している諸理念に照らして、5号規定が合憲とされる社会に比べてより善い社会であるといえる。よって、5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲であると解するのが相当である。そして、抗告人が本件規定と5号規定を除く特例法上の要件を充たしていることは一件記録上明らかであるから、原決定を破棄した上で本件申立てを認める旨の決定を下すことが相当であると思料する次第である。
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反対意見から―裁判官宇賀克也⇐5号要件も違憲だから差し戻し自判すべきとの意味で反対意見
現在では、生殖腺除去手術は、治療の最終段階ではなく、基本的に本人の意思に委ねられる治療の選択肢の一つにすぎなくなっているのであるから、生殖腺除去手術は、医学的観点から必要性が肯定されることに加えて、本人の真の同意がある場合に限り認められるべきといえよう。――そして、本件規定は、生殖腺除去手術を受けない者は真正の性同一性障害者ではないという、医学的根拠のない不合理な認識を醸成してしまうおそれがあると思われる。
リプロダクティブ・ライツも、憲法13条により保障される基本的人権と解してよいと思われるところ、自認する性別と法的性別を一致させるために、自己の生殖能力を喪失させる生殖腺除去手術を不本意ながら甘受しなければならないことは、過酷な二者択一を迫るものであり、リプロダクティブ・ライツに対する過剰な制約であると考える。
私見によれば、身体への侵襲を受けない自由のみならず、本件のように、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、幸福追求にとって不可欠であり、憲法13条で保障される基本的人権といえると思われる。― 性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利が憲法上の権利として認められるという見解は、我が国の学説において有力であるのみならず、海外においても、国際人権法上又は憲法上、かかる権利が保障されるという考え方は、相当に有力であるといってよいと思われる。
そして、自認する性別と生物学的な性別が一致する者が誤って自認する性別と異なる性別を戸籍に記載され、その訂正が許されず、生涯、自認する性別と異なる法的性別を甘受しなければならない状況を想像すれば、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益が人格的生存にとって不可欠であることについて、大方の賛同を得られると思われる。性同一性障害者が性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益は、憲法13条によって保障されると考えてよいと思われる。
もっとも、5号規定についても、男性から女性への性別変更審判を求める者の場合には通常は手術が必要になるところ、その手術も、身体への侵襲の程度が大きく、生命・身体への危険を伴い得るものである。また、5号規定の要件を充足するための手術は不要な場合であっても、当該要件を満たすために行われるホルモン療法も、重篤な副作用が発生する危険を伴うものである。したがって、5号規定も、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利と身体への侵襲を受けない自由との過酷な二者択一を迫るものであることは、本件規定の場合と異ならないといえる。他方において、5号規定を廃止した場合に社会に生じ得る問題は――上記のような過酷な選択を正当化するほどのものとまではいえないように思われる。したがって、私は、5号規定も、本件規定と同様に違憲であるとする点で、三浦裁判官、草野裁判官の各反対意見に同調する。
--以上のとおり判決文、決定文から留意すべきところを抜き出しました。
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