【北見発】150以上の校歌作詞 教師の思いとは
- 2025年3月26日
春は卒業式、入学式シーズン。式で欠かせないのが校歌斉唱です。実はオホーツク地方の多くの校歌は、1人の男性が作詞をしています。男性は校歌を通して何を伝えたかったのでしょうか。
(北見放送局記者 坂野秀久)
校歌を作り続けた教師・大塚盈
湧別町の上湧別小学校では2月、児童たちが歌う校歌を録音しました。
義務教育学校への移行に伴い、3月で閉校するためです。
上湧別小学校の校歌を作詞したのは、大正12年(1923年)にこの学校に赴任した大塚盈です。
昭和18年(1943年)、小学校が国民学校だった時に作りました。
大塚は教師を務めながら、他の学校の校歌も数多く作りました。
大塚の校歌 その魅力とは
北見市の元教師・前川満夫さん、93歳。
みずからが勤めていた北見市内の同じ小学校に、かつて大塚が勤めていた縁から興味を持ち、退職後、大塚のことを調査しました。
地元の文芸誌に論文を発表したほか、大塚の作品目録もまとめました。
前川さんの調査では、大塚が作詞をした校歌は、オホーツクを中心に150曲以上にのぼります。
校歌を作る際に、大塚が必ず心がけていたことがあるといいます。
前川満夫さん
「校歌を依頼された時には必ずその学校に行って、教育目標だとか、先生の願いとか、子どもの願いとか、そういうことを聞いて歌の中に盛り込むようにしていたようです」
また、大塚は短歌集を出すなど、オホーツクの歌人としても第一人者でした。短歌で言葉を磨き続けたことが、校歌に生かされていると、前川さんは指摘します。
前川満夫さん
「詞が叙情的で言葉がやさしい。五五調だとか七七調だとか、言葉として出しやすい、歌にして歌いやすいものを作っていた」
大塚が作詞した北見市の小泉小学校の校歌の一節を見てみると…。
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山の起き伏し(七) 野のそよぎ(五) |
また、清里町の清里小学校の校歌は。
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青葉に雪の(七) 残る山(五) |
このように、いずれも七五調になっていることがわかります。
大塚作品 作曲家は
網走市の元教師で作曲家の松田彰光さん、84歳です。
大塚の依頼を受け昭和41年(1966年)、美幌医師会附属准看護学院の学院歌を作りました。大塚の歌詞は別格だったといいます。
松田彰光さん
「すぐメロディーが浮かんでくるような、導かれるような詞を持っていた。この歌に私はそんなに時間をかけないでサラッとできた記憶があります」
美幌医師会附属准看護学院 学院歌「さみどりの」 3番
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雪すさび 星は凍れど |
声楽家 北畑恵さん
「使命感をもって学校に入られて将来の仕事に向けて頑張るぞという内容を盛り込まれていて、学院生の気持ちに沿った内容だなと思います」
大塚の校歌 永遠に
3月21日、上湧別小学校最後の卒業式を迎えました。
記念品のクリアファイルに印刷されたコードを読み取ると、2月に録音した校歌が再生されます。
学校は無くなりますが、大塚の作った校歌は残ります。
取材後記
この中で、取り上げた小泉小学校は私の母校です。小学校時代、子どもながらに「いい校歌だな」と思っていましたし、作詞したのは「大塚」という人だったことも覚えていました。数年前に、大塚がオホーツクの校歌をたくさん作っていることを知り、今回の取材につながりました。
ただ、生前の大塚を知る人はほとんどいない状況で、取材は苦労しました。大塚のことを独自に調べていた前川さん、大塚と1曲だけ作った松田さんとの出会いがなければ、放送にはつながらず、本当に感謝しています。
生前、大塚は「誰が校歌を作ったのかは分からなくてもいい。ただ、歌い続けてもらいたい」と話していたようです。上湧別小学校は、コードを読み取れば校歌をいつまでも再生できるようにしましたが、まさに大塚の願いをかなえたように思います。
動画はこちらです
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