得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
(詰み、ね)
燃え上がる周囲を見やり、馬上にて曹操は悟った。
既に兵の大半が離反し、自分の側に残った兵もその大半が骸と化した。
引き連れた精鋭の幹部たちもその体に小さくない傷を負い、最早まともに動ける状態ではない。
「ぐあっ!?」
「ッ、春蘭!」
曹操が呆けた隙に、懐刀の片割れである夏侯惇が吹き飛ばされ、地面を転がった。
慌てて、馬から飛び降りて介抱するが気絶してしまったのかぐったりと動かず、その手に握られた得物である大剣はその剣身が半ばから砕けて最早用途を成していない。
近くでは、横向きに倒れた夏侯淵が土に汚れて転がっている。
「よう。お前が、曹操か?」
「ええ、そうよ。そういう貴方が、この賊の頭目ね」
「まあ、そういう事になってる。塚原智也だ」
「塚原……この国の人間ではないのね、貴方」
「ああ。さて、長話する気はねぇんだ。お前は、組織の長。なら、その舵取りをしなくちゃな?」
そう言って、智也は木刀の峰で肩を叩いた。
そこに迫る血塗れの傷の目立つ銀髪の女性。
「華琳様から、離れろ!」
その拳に渾身の気を込めて、楽進は脅威へと殴りかかっていた。
だが、残念ながら気迫や心意気だけで、実力差は埋まらない。
「ここはお前の舞台じゃない」
「ガッ――――!?」
智也の左腕がブレたかと思えば、楽進は空を見上げていた。
彼女の体は宙を舞い地面へと叩きつけられるようにして落ちると、そのまま動かなくなる。
楽進も弱くは無いが、それでもトップクラスの武将と比べれば半歩劣る。それこそ、一流の猛将である夏侯惇や夏侯淵が敵わない相手に勝る道理もない。
その光景を目撃し、曹操は歯噛みする。
最早とれる手段はない。彼女自身も戦える人間ではあるが、それでも目の前の少年には敵わないだろうと理解させられているのだから。
武で負け、そして策略でも負けた。
「…………降参すれば、命を助けてくれるのかしら?」
「それは、俺の決める事じゃねぇな」
智也は再び木刀を肩に乗せて周囲を見渡した。
あちこちで戦いが続き、火の手が上がっている。そして、
そういう手筈だった。火の手が上がった時点で、撤退。残るのは、最低限の偽装人数であり。彼らも戦いの勢いが増した所で戦場を離脱し終えていた。
「お前を、お前たちを裁くのは俺じゃない。民だ。その結果がどうなるか。死ぬのか、それとも生き地獄か。許されるのか、追放されるのか」
「そ、れは………」
「お前たちも散々沙汰を下してきた筈だ。だったら、
智也の言葉。それは、古来より存在する刑罰に該当する。
即ち、応報刑。
やったのだから、やり返される。やってきた事を、やり返される。
原始的で、だからこそ明確。
「お前たちが、民に報いているのなら酷い事にはならないだろうさ」
どうする?と智也は問う。
今ここで、叩き潰され炎に巻かれるか。それとも、一縷の望みに賭けて投降するか。
選択肢は、無い。
「………投降、するわ」
「そうか」
曹操の答えに、智也は木刀を肩に乗せた。
最早、漢の崩壊は秒読みである。
*
荊州侵攻は、体制側の敗北によって幕を閉じた。
この一件で、袁紹軍、曹操軍の両軍がほぼ壊滅。本拠地に残されていた待機戦力も無いではないが、乾坤一擲の作戦が失敗した上に、何処から漏れたのか荊州の一件で行われた智也の演説が民の間で広まっていた
結果、土地を離れる農民が一気に増えて、オマケに少しでもお上に打撃を与える為か、元々の土地に火を放ち、井戸を潰した者も居たほど。
更に、この荊州侵攻と合わせて、賊側は涼州攻めを敢行していた。
主力を董卓軍として、そこに元々の荊州、交趾で兵として従軍していた者を編成。
元々、反乱分子の巣窟の様な涼州。この賊による涼州攻めが行われた際にもその内部は、内乱で荒れ放題であり、そこに横合いからどの勢力から見ても数倍以上の戦力差がある者たちが攻め込んでくれば抗う事は出来ない。
唯一、状況を静観する構えをとった馬騰が、降参。漢を離脱して、賊側に降る事を条件に寝返った位か。
涼州の政治は涼州勢力に任せると馬騰並びに董卓、賈駆、華雄が残り張遼と呂布、陳宮の三名が益州へと戻ってきた。
そして、益州は成都にて地獄の沙汰が下されようとしていた。
「もう、縄で括って門の前に吊るしといて良いんじゃねぇかな?」
面倒くさいという態度を崩す事無く、椅子の上で胡坐をかいて頬杖をついた智也は欠伸を噛み殺しながら前を見やる。
謁見の間には、十人十色の美女、美少女が勢揃いしていた。
尤も、その見た目は何れも最低限の治療を施されるだけで酷い有様であるのだが。
男であれば、そのより取り見取りの光景に鼻の下を伸ばして涎を垂らしそうなものだが、対面する形の智也は一切表情を変える事無く冷めた目を向けるばかり。
内訳としては、
袁紹軍から袁紹、顔良、文醜、田豊、袁術、張勲、孫策、周瑜、黄蓋、甘寧、周泰。
曹操軍から曹操、夏侯淵、夏侯惇、楽進、許緒、典韋、荀彧。
その他、各軍から寝返った民兵たちは城の外で治療を行った上で自由行動。
因みに、孫策と黄蓋が助かったのは「病魔の気配がする!!」と益州にやってきた流れの医者が治療したお陰だったりする。
やる気のない智也に対して、郭嘉が一歩進み出る。
「民に決めさせるとおっしゃったのではないですか?」
「そうなんだがよォ……ほら、通知するのって面倒くさいだろ?で、門の前に転がすか、吊るしておけば物好きが勝手に持って行ってくれるんじゃねぇかな」
智也の言葉に、捕虜陣の緊張感が高まる。それでも一言も発さないのは、縛られた上で猿轡を噛まされているからだ。
そもそも、捕虜など最早必要ではないのだ。
既に、漢の中に益州を拠点とした賊を討伐出来る者は居ない。
公孫賛、劉備は規模が小さく戦力が心許ない。袁紹、曹操は今回で敗れた。劉表は、基盤である荊州を失い、最早再起は不可能。
そして今回で涼州を抑えた。つまり、司隷に対して二正面作戦が可能であり、兗州、冀州を通って包囲殲滅すらも可能だろう。
頬杖を止めて天井を見上げてから、智也は胡坐を解いて椅子から立ち上がった。
「よし、後は住民に判断してもらうか」
色々と考えるから面倒なのだ、と智也は最初に立ち返る事にした。
かくして、城の前に並べられた捕虜たち。そしてその前に集められた元兗州、冀州に住んでいた人々。
「聞け!お前ら!ここに居るのは、お前たちの上としてそれぞれ兗州、冀州の政治、軍備に携わっていた人間たちだ!」
「これから、こいつらの命運はお前たちに任せる!許すにしろ、恨みを果たすにしろ、好きにしろ!」
智也の宣言に、人々は互いの顔を見合わせながらヒソヒソと言葉を交わす。
そして、少年は後ろ手に手を振ってあっさりと城内へと戻って行ってしまった。
残される彼ら。
縛られた女性陣は、同性であっても思わず息を呑んでしまうような美しさがある。
同時に、恐ろしいのだ。本来ならば、彼女らは何れも一般兵卒や農民程度では言葉を交わす事すら恐れ多い相手なのだから。
果たして、一人の青年が一歩前へと足を踏み出した。
その手に握っているのは、木の棒。
「…………いつか、こうしてやりたいと思ってたんだ」
肩で息をしながら、男が向かったのは猫耳フード軍師、荀彧の前。
血走った目も相まって、何をする気なのかは明白。徐に、青年は右手に持った棒を持ち上げ、力任せに振り下ろした。
鈍い音と共に、赤が舞い何かが転がる音が響く。
「俺達兵隊の命なんざ、竹簡の削りカスほども考えちゃいねぇ!!俺達の苦しみを思い知れ!!」
「んぐ~~~!!」
棒で殴られ、頭から血を流して倒れた荀彧の薄い腹を、青年は容赦なく蹴り飛ばした。
それが呼び水となる。赤信号、皆で渡れば怖くない、という奴だ。
「俺達の財産をよくも!!」「さぞ、贅沢三昧なんだろうなァ!?」「どれだけ私たちが、重税に苦しんだと思ってる!!」「息子の仇だ!!」「死ねぇ!!」
棒、或いは手足による暴力。
特に酷いのが、袁紹たちだ。
殴り、蹴られ、土に塗れて、恨み言を吐かれ、しかし誰も助けてはくれない。
そして、見目麗しく、一方で自分達が何をしても反撃できない女性らを前にして惨い欲望を向ける者たちもまた、居た。
この日を境に、益州の娼館には
その商品は、見目麗しいにもかかわらず所々に大きい傷痕が残っているのだとか。
覇道も、名族も、血脈も、夜の闇に沈んだ。彼女らの優れた知力も鍛えた武力も、嬌声の向こう側へと消えたのだ。