キリスト教などでは死後は天国か煉獄(地獄)の二元論世界で、人の魂が【輪廻転生】している等の教えは存在しません。そうなりますと【カルマ】の存在すら否定されてしまいます。
一応、【輪廻転生】は仏教における【六道輪廻】の教えはありますが、お釈迦様の原始仏教にはそうした教えが見当たらないようで、後世の物だとする仏教関係者もあります。日本の仏教でも某宗派は公然と死後の世界はないとしています。
ならば、その某宗教が説く【仏】とは何ぞやとなります。死後の世界は無い。霊界は無いと公然と言いながら説く仏とは、どこに居るのかです。あまりにも誤った知識に支配されている宗教とも言えます。
私達日本人が住む日本では、ほとんどの人は仏教徒ではありますが、仏とは別に神と呼ばれる存在を祭り崇拝しています。その神には西洋で説かれる創造神もありますが、日本ではどちらかというと八百万(よおよろず)の神達を主体に祭っているわけです。日本では創造神はある意味消された神と言えます。
私達日本人はそうした神社に行った時、霊能力が備わっていますと、そこに神霊と呼ばれる存在が鎮座していることを確認出来たりします。では、この神霊達はキリスト教やイスラム教の教義で説明が出来るかとなった時、説明など出来ません。そもそもそうした教義が西洋の宗教には存在していないからです。
日本人のあるキリスト教の牧師は、日本人は【紙に書いた神を祭っている。自分たちは創造神の一人御子であるイエスを祭っている】と、日本神道をバカにしていました。どちらが無知なのかです。
聖書に【言葉は神であった】と期されていても、その言葉は「紙」に示さないと解りません。その時、「神」と「紙」が同じ発音を持つ【日本語】に疑問を持たないでは、実に智力が欠落しているとなります。
神(紙に示す言葉)で示し申すの【神】が理解出来ていない
私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声は【人は生まれて死んで、生まれて死んでの繰り返しである】と輪廻を告げられました。それは人には【前世】があるなのです。
その【前世】に関して、人が自分の前世を記憶しないのは前世の失敗を繰り返させない為に、この神の恩寵として忘れさせていると告げられたのです。
その旧約聖書の神と称する声は私の前世に関して、【そなたはあまりにも人が好くて、人を疑うをことを知らず。人の魂胆が見抜けぬ者であった。為に、人に利用されて悲劇の武将となって最期を遂げた。そなたの今生の学びは人の魂胆を見抜く力の養いである。されど、そなたの前世が誰であったかは教えない。】と告げられたのです。
私は自分の前世に関して教えては貰えませんでしたが、神霊世界に関わっている中で自分の前世のみならず、大本教霊界物語に書かれているような神代と呼ばれる遙かなる太古にユダヤの悪鬼達と戦っていた者であり、国常立尊様の部下として活動していた時代があることも解って来ました。私の記憶の断片の蘇りです。
大本教霊界物語によれば、国常立尊様の御引退は35万年前とされています。私自身それ以後、海底に何万年と眠っていた時期もあります。
私自身は自分が幾度かこの世に蘇って(甦って)来たことを知る者であるので、この世での命など魂の世界の寿命からすると一瞬の間に過ぎないと理解していますので、この世には何の未練も執着も無いと言えます。
私は霊能者はしていませんが、霊界修行の過程の中で何百年と「さ迷っている」霊との遭遇があります。私からすると、何を「さ迷っている」のだとなります。くだらないことに未練や執着心を持つからこの世の霊界でウロウロするのだです。サッサと本当の霊界に渡って、また人として出てこんかです。
一部の霊能者やスピリチュアルでは、盛んに【前世商売】をされている方達があります。貴方の前世は何々であったです。 しかし、霊世界を見ていきますと、常に【憑依】の問題に突き当たります。それはその人の本当の前世ではなくて、「憑依」している霊が見せる光景です。
巷では自分の前世は「天照大御神」であった。「素戔嗚尊」であった。「釈迦」であった。「弘法大師」であった。そうしたことを名乗る人が後を絶ちません。オーム真理教の教祖「麻原彰晃(松本智津夫)」と幸福の科学の教祖「大川隆法(中川隆)」の自分の前世は【釈迦】であったの争いは、オーム真理教の動向を見張っていた幸福の科学の信徒により、目黒公証役場事務長の拉致監禁致死事件を暴くことになりました。怪我の功名と言えます。
私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【人に前世有り。されどその前世を名乗って、自分を崇拝させることはしてはいけない行為。人から崇拝されるのは今生の名をもってすべし】と告げられました。
人には【前世】はあれども、それはどこまでも前世で自分が為した行為で有り、今生の自分ではないのです。
今生には今生の勤め(役目)がある
まして、それが本当に当たっているかどうかも分からない前世など、持ち出すべきものではないのです。前世など、嘘八百並べても分からないのです。誰がそれを証明出来ると言うのでしょうか?。私は前世と憑依を間違われた著名な霊能者の方を知りました。それぐらい憑依と前世の見極めは難しいとは言えます。
多くの霊能者が貴方の前世はと告げて一致しているのならばともかく、一人の者の言葉では信頼はおけないのです。時には10人が10人とも憑依で間違えるも起きているのです。
本当にその人の前世が分かる霊能者であれば、その人の過去の前世が全て言い当てられるとなります。どこにそんな霊能者やスピリチュアルの人が居ると言えるのでしょうか?。
私は豊受姫のお代であった師匠から、一度も貴方の前世はなどと聞かされたことはありませんでした。だが、自分の魂が過去世の時代に関わった幾多の霊の訪問を受けて、少しづつ解って来たと言えます。
私の元に、自分は国常立尊様のお代で、貴方の前世は【明智光秀】だと国常立尊様が言っておられると言って来られた方がありました。確かに、明智光秀も私が子供の頃に聞かされた【そなたの前世は悲劇の武将】に当たりますが、しかしながら、私の前に出て来たのは別の悲劇の武将でした。神霊世界に足を踏み入れる前から、その武将の足跡地に行くと自然と涙していたのです。どうしてここで自分は懐かしさで泣くのだろうです。過去の記憶の蘇りです。
その国常立尊様のお代と称する方が告げて来られた国常立尊様の言葉と、私に臨んだ旧約聖書の神と称する声の武将は別物だったと言えます。つまり、その国常立尊と称する声が言った私の前世は間違っていたのです。
私は2番目の師匠の元で「ニセ国常立尊」の存在を見て来ましたので、その霊の名乗りを頭から信じるなどはしません。
人には【前世】があります。しかしながら、その「前世」を詮索する必要はありません。何故ならば今の自分とは「前世」の自分の【カルマ】を引き継いでいるからです。私は武将として多くの人達の命を殺めたでしょう。決して、聖人君子とは言えません。
また、国常立尊様に仕える天使の時代は剣を振るい。そして自分も反国常立尊派によって殺されています。しかし、私は現に生きているのです。
国常立尊様は、汝の敵を殺すことなかれと説かれたされます
その時は敵に殺されていたとしても、現に今は復活して来ているのです。人に前世がある以上、人は過去・現在・未来と三世に生きます。ただ、それは肉体ではなくて【魂】なのです。
ですから、大本教で【鬼が云う】の「魂論」である「ウシトラ(牛虎)金神」の仕組みも成り立っているのです。
人は死を恐れる必要はないのです
肉体の死は、三次元世界から去るだけの話です
しかし、人はこの世の生き方しだいで霊界での位置が決まります。 恐れるべきことは、この世での生き方なのです。
この世で永遠の命ともされる魂を腐らせたり破砕するなどは、愚の骨頂と言えるのです。
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