人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

魂を磨く⑧/祓い清めると霊の浄化の意味違い

よく祓い清めるという言葉が語られます。この祓い清めるとは、神社に参拝すると神主から修祓(しゅうばつ)として、頭を下げていると、【祓い賜へ、清め賜へ】と祓い串が振られることです。
また、霊能者や行者が米・麻・塩などを混ぜた物を【祓い賜へ、清め賜へ】とばら蒔く行為も一種の修祓なのです。
 
何を祓い清めているのかとなります、それは個々の人が犯した罪や汚れを祓い清めることなのです。
しかし、その時、誰しも疑問に感じることがあるはずなのです。それは刑法に触れるような犯罪を犯した時、そうした【祓い賜へ、清め賜へ】で自分の罪が赦されるのだろうかです。いくら祓い賜え清め賜へを唱えてもその罪が軽減されるとか赦されるはないのです。犯罪で警察に逮捕された時には刑務所(囚獄)に送られるように、この世の地獄に落とされるなのです。
そして、この世での刑務所で償いきれない罪ならば、死後に地獄と呼ばれるような世界に落ちるかも知れません。
 
この「祓い賜へ、清め賜へ」は、「祓い玉へ、清め玉へ」でもあるのです。
そしてこの「玉」とは【魂】を意味する玉と言えます。魂に付着する塵や埃のたぐいを祓い賜えです。
 
霊能者や行者ならば、この世に起きる【災い】は人々が起こした悪しき【想念】の塊が浄化されていく姿だと捉えています。
ほとんどの人は、自分がよければそれでよい。自分さえ得をすればそれでよい。そうした「想念」を発しています。それは霊的に言えば【悪しき想念】と言えます。こうした想念が社会に渦巻くと、その【想念】が社会の災いとなって天災などを引き起こし来るのです。こうしたことは霊能者や行者ならば誰しも語っているでしょう。
しかし、霊能者や行者でない人はそうした想念が自己の魂を汚している事実すら気づくことはありません。
 
だいたい、いくら仏教を学んでいても学問で得た知識を振り回しても、その偉ぶった想念によって社会を汚している。そうした学問主義では、死後に輪廻転生がある。カルマが来世に引き継がれるなど実務的な面から知るよしもないからです。
この世では解らずに、死後の世界で苦しむなのです。
 
明治25年に発祥して【世の立て替え】を大宣伝した大本教は、一貫して【我れさえよければの我れよし】を批判しました。個々の人の【我れよし】は小さなものであっても社会全体に広がれば、大天災の元凶となるのです。
多くの人にとって、この世が立て代わるなどは信じられる内容ではありません。しかし社会の想念が悪化すれば、古来よりこの世は滅ぶとされるわけです。
 
この世の滅びが説かれる原因は、人々の想念の悪化
明治25年当時の人々の想念と今の人の想念では、遙かに悪しき想念の世となっています

 
考古学としては未だ認められるではありませんが、一部の霊能者達はこの世は「六度滅びている」と言われるでしょう。今の世は【七度目】の世なのです。【七】の数字が意味するのは物質の【質】の世の意味であり、日本では今は【神代七代の世】ともするわけです。
そこに起きる言葉が【ダルマの七転び八起】なのです。大本教神諭予告、【この神は達磨大師として現れた】。達磨大師ではありません。【ダルマ】なのです。その達磨に秘められた意味は【玉(魂)を磨く】なのです。徹底的に自分の魂を「磨き達する」なのです。魂に汚れがあってはならないからです。
またダルマ(Dharma)とは「真理」を意味するのです。ヒンズー教においては【宇宙の秩序と法、正義】を意味する神のことです。
 
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【今の世(七度目)の終わりと、新しい世(八度目)の到来】を告げられました。それは、旧約聖書の神と称する声の持ち主の気まぐれなどではなくて、宇宙の法則と言えるでしょう。
それを見事に表しているのが大本教神諭予告【九つ花】の「みろく(369)で五六億七千万を秘めた仕組み」なのです。だが、これは【九つ花】を紐解かないと読めないのです。そしてその【九つ花】が、大本教が予告した【龍宮の音秘め】でもあることです。
 
大本教神諭予告【九つ花】は【龍宮の音秘め】を語る
 
霊能者でもスピリチュアルでも解っていることに、人の悪しき想念はインターネットの世界からも入り込んで来ます。世に自分は仏教を学んだと言い、自分はいと高い者式の方がありますが、その方は自分がどれほど汚れた想念を発しておられるか何一つ気づいてはおられません。いくら学問を誇って、自分の魂が汚れることが解っておられないなのです。
こうした想念の汚れたものは、その方が書かれた著本からも伝わることが知られていますが、悪しき想念を放っている方のインターネット上の文章などからも受け取ってしまいます。霊媒質者はそうしたものに触れるとその霊的汚れに苦しむが起きます。

私は霊媒質者の方で強度の霊媒質で他人の汚れた想念をまともに受け取る方には、SNSの世界から離れることを忠告しています。
 
ある方は自分は神が見える神の声が聞こえるで、自分には高い神霊が就いているとご本人は思っておられます。その方の魂は単に見る限りでは汚れてはいないのです。だが、その方の横に霊媒質者の方が行くと、その方が持っている汚れをドカンと受け取るがあります。
すなわち、その方の魂が綺麗だは霊媒質者に自分の魂の汚れを押しつけているので自分はさほど苦しくないのです。為に見た目には汚くはないのです。そこに自分の魂は美しいという錯覚を引き起こすがあります。
その肉体には自分がそうした魂の汚れを霊媒質者に押しつけている自覚はないでしょうが、そうした汚れを自分に押しつけられる霊媒質者にとってはたまったものではありません。
​この手の方は、自分の側にそうした汚れを吸う霊媒体質者が居なくなると、自分がその汚れを他の者に押しつけられなくなり、今度は自分が苦しむとなります。その時、それは自分が汚れたものを自分で浄化させずに他人に押しつけていたと自覚するではなくて、他者から攻撃されていると思い込んだりします。
 
世にどれだけ多く霊媒質者が苦しんでいるのか?。そうしたことが世に何一つ理解されていないがあります。

ある強度の霊媒質者の方で、人を見てその魂が高いとか低いとか判断されている方がありました。自分が強度の霊媒質なので、自分に汚れたものを送りつけて来る人は低い魂の持ち主。そうでない方は高い魂の持ち主と自動的に判別が出来るなのです。
 
私が修業時代、勤め先の保健の仕事で受付をしていたことがあります。そこを訪れた若い夫婦。一見するとすがすがしい感じがする若夫婦でした。ところがその二人の受付をしていると、突然にその二人から二つの黒い霊的物体が私に入り込んだ途端、私は下腹部に異常を感じて受付を他の人と代わって貰って、即座にトイレに走りました。下痢です。その若い夫婦の二人から汚れた霊的なものを押しつけられた為の【浄化の下痢】です。
まさか、あんなにすがすがしい感じを受ける若い夫婦からこれほど汚れた想念の塊を押しつけられるとは、夢だに思っていませんでした。人は見かけによらぬの典型でした。
 
2年ほど前、今はブログの世界から撤退されていますが、私の元に当時は人気ブログを書いておられる方がその弟子と一緒に訪ねて来られました。その途端に私が嘔吐いたのです。その霊能者の方からどうしたのですかと聞かれたので、たくさんのバグ犬の様なものが見えると言うと、その霊能者の方がそれで解ったと言われます。
その霊能者のブログ主が私の元に来る前、セミナーを催しておられて、一人のセミナー聴講生の方がたくさんのバグ犬の霊を引き連れておられた。それが自分に懸かって来た。セミナーを終えて私の家に来るにあたって新幹線に乗ったら、名古屋駅でそのたくさんのバグ犬の姿が見えなくなった。どこに行ったのかと思っておりましたが、ここまで憑いて来ていたのですねと言われます。
おいおい、貴方は霊能者なのだから私の家に来る前にそうした霊を処理しておいてくださいです。
 
私は霊能者をしていません。それは常に霊の存在を見るタイプの者ではないからです。だが、霊的なものが見えた時は、その一件は落着しますとなって霊的なものを見ます。その時、たくさんのパグ犬の霊は処理されたのです。
 
人を攻撃することに明け暮れている人は、自分の悪しき想念がそうした霊媒質者に送りつけられて、霊媒質者を苦しめている事実そのものに気づかないのです。和魂の正しい働きを持たないので、自分が狂魂になっていて、世に悪しき想念を垂れ流していることすら、もう気づけなくなっているのです。
 
いくら神社に行って祓ってもらっても、自分が悪しき想念を他人に送りつけているでは本末転倒と言えます。

単に霊的なチリやホコリを祓うのと、魂の汚れを浄化するは別次元の話と言えます


 

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