第××項 弥勒とはいよいよ始まる改革の力。神様クーデタは失敗か?
行者の世界でかなり名が知られた方に【金井南龍】師がありました。この金井南龍師は大本教に関して、神様革命(クーデタ)の失敗と語っておられます。
大本教が世に出したのは、元は創造神でありながら悪神達によって追放された【国常立尊(ウシトラ金神)】様が創造神の立場に復帰予告です。
ただ、大本教から悪神とされた神々からすれば、【国常立尊】は創造神であったなれども自分達が悪神なので追放したのであって、自分達こそ【正神】の立場の論理になります。実際に多数の神達が国常立尊様の追放を支持したからです。
その最大の理由は、国常立尊様はあまりにも「厳格な神」であられたからです。誰しも厳格な存在は煙たい。うるさい神だ!。だが、厳格な神を失ったことにより、地の神界は乱れに乱れて好き勝手、国常立尊様の後継の主宰神である盤古大神(木星神)は穏やかであったが為に、逆にそうした神々を押さえきれずに【群雄割拠】となって来たなのです。
人は誰しも最初は厳格に自分を戒めていても、自分を誘惑する安楽な環境に慣れてしまうと、その環境が良くなります。堕落の道に堕落の道にと進んで行く者なのです。もう自分を厳しく戒める環境には戻れなくなるのです。
聖書における【蛇の囁き】とは、邪心(蛇神)の芽生えなのです。為に、人は神の園に戻ろうとすれば【巳(蛇)帰る】を起こさないといけなくなるのです。邪心(蛇神)の誘惑に勝つには、常に自分を律する覚悟が必要なのです。
私はヒンズー教の奥義書とされるヴェダー典の中の【人の中に眠れるコブラが目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】の体験から【真理】の探求にと走りました。【巳(蛇)帰る】からです。だが、蛇霊を抱えていると真理の道が阻害されて行きます。いくら真理からの教えを説いても、その人に蛇(邪)がある限り、目覚めるのは難しくなります。
キリスト教でも1000派以上あるとされるように、名目上は【イエス】を頭に戴いていても内情は違うとなります。英国で新教(プロテスタント)と旧教(カトリック)が争って戦争まで起こしたわけです。イスラム教もアッラーの神と言いながら、シーア派とスンニ派の違いで国家戦争までするわけです。これらも更に幾つにも分派しています。そして争います。
多くの方は同じ神を言いながら宗派戦争するのを不思議に思うはずですが、それらは個々の宗教指導者に憑いている守護神霊が違う為に、他の方の守護神霊には従えないとなり、力の強い守護神霊が憑いている宗教指導者は独立して一派を為すからなのです。宗教指導者は霊能者の様に霊が見えるでなくても、その背後には個々の守護神霊があるからです。
大きな宗教を起こす宗教家の背後の守護神霊は、霊能者で自分には神霊が憑いていますの神霊よりも、遙かに力の強い守護神霊が存在したりするのです。しかもそれが大霊団を形成しています。自分に霊が見える程度では大宗教家の守護神霊団には太刀打ちなど出来ません。為に多くの霊能力者は町の拝み屋で終わってしまうのです。
霊能者でも力が強い守護神霊を持っておられる方は、一派を起こして町の拝み屋と呼ばれていた立場から宗教家ともなられるなのです。霊が見える同じ拝み屋でも先が違って来るのは、その方の背後霊団の大小にあるとなります。今の霊界の鉄則は、正しいとか正しいではなくて【力の強い者が支配する】だからです。
こうした宗教団体は開祖は霊能者であっても子孫は神霊がまったく見えないとなります。為に教団を組織化して、子孫に教祖の地位を継がせるなのです。だが、そうした子孫の段階になると、まったく神が解らないとなります。
また、大宗教家と成った方の魂は秀逸でも、その肉体の子孫の魂は必ずしも秀逸とはなりません。それは魂は肉体に降臨したのであって、その魂が肉体の子孫に継承されるではないからです。
神霊世界には、何十体か何百体の霊による【劇場型俺々詐欺】グループが存在して来ます。グループの中で演じる神名の役割を決めて、時には美人局(つつもたせ)の様に、霊媒質者に凶悪役霊を先に出して助けることで正義の存在と思わせて、霊媒質者の信頼を得るもあります。
それらは霊なので、霊が見える方にはいろんな光景を見せます。なまじ霊が見えることで、その真偽を確かめずにコロリと欺されるがあります。それらの霊団は、あわよくば自分達も大きな教団を創りたいと画策するわけです。その時、どうしても霊が見えやすい霊媒体質者がその霊集団の手先に狙われます。
そうした【劇場型俺々詐欺】グループの親玉には聖書で記載される「霊界の年老いた蛇」。配下霊を多数持つ古狐、古狸、大猫霊が見られるわけですが、その霊に使われてしまった霊能者にはその霊の本当の姿は見えないものなのです。また、霊能者だからと言っても簡単にその正体を見破れるものでもないのです。
私が伏見稲荷山で先輩の古参講員さんの瀧行を指導していると、その講員さんが何時までも瀧の中から出て来ません。何があったかと聞くと、その講員さんは瀧の中で「蛇の目」の大きな金色の目を見ていたと言われます。
その件を最初の師匠に聞くと、伏見稲荷山の某瀧場の某龍神が、自分は世に出たいのでその講員さんを自分の御代にしたいと所望されていると言います。その龍神の目です。そこで、私はそれはダメだと言ったのです。理由は、その古参講員さんは霊媒体質であっても神霊の御代が出来るだけの素質・器量を保有されていない。そんな方を神の御代にすれば、後で相談者に迷惑がかかりますと言ったのです。その話は結局消えました。
何故に人には霊が見える方と、見えない方があるかです。一般的には霊主体従と体主霊従の違いですが、
実存数×「0(レイ)」=0(レイ)
人(実存)×霊(レイ)=霊(レイ)が見える
人に霊が見えるのは、霊に懸かられることにより見えます。人は誰でも霊を見ることは可能なのです。特に霊媒体質の方ほど霊はよく見えますが、霊媒体質者は修行に修業を積まないと危ないのです。霊媒体質者でない方が霊を見たいと言えば、その肉体を霊媒体質に変える為に断食とか瀧行などの荒行を積みなさいとなります。命を捨てる覚悟があれば不可能ではないのです。
私はこうした記事を書いていますと、私には霊が見えているのだろうと思って、霊的相談のメールが来ます。しかし、私が命じられたのは【この日本の国に溢れているものから、神の仕組を人々に告げなさい】であって、一般的な霊能者とか霊能宗教家にさせるではありません。私に霊が見える必要がある時は、家系の先祖霊が私に懸かって霊を見させるなのです。ですから、守護霊が自分に懸かっていない時には霊はまったく見えません。
私自身は霊媒質者であっても、自分の肉体に懸かった霊を浄霊して行くで、霊を見る為の霊媒質ではありません。その霊の浄化能力を買われて、不浄霊が吹き溜まるとされるとんでもなく汚れた土地に住んでいるなのです。
霊が見えるのは、自分が特別に選ばれた者ではないのです。どちらかと言えば体質なのです。ですから、霊が見えることに変なプライドを出すと、必ず邪神にやられてしまうのです。懸かられている霊の正体が見えないのは自分だけとなるのです。いくら霊能力を持っていても、その背後神は必ずしも正神ではないのです。
例えば、世の中に当教団の御祭神は天照大御神となっていますと言われる宗教団体はかなりあるはずです。だが、その天照大御神は伊勢神宮の御祭神とは何の関係も無い別の存在の神があります。そう名乗っている神霊なのです。だからと言って、伊勢神宮の天照大御神がそれを詐欺だととっちめるなどはないのです。好きなようにさせているなのです。闘えばどちらかが傷つきます。
ある自称創造神と名乗る教祖霊能者は、天照大御神の眷属は「狸」だとおっしゃっていました。その自称創造神と名乗る霊能者の背後に居た神霊は大狸霊の天照大御神でした。
その自称創造神と名乗る方の信徒達全員、そうした大狸霊を拝しておられるなのです。 その狸霊の部下霊達が分担していろんな神や如来や菩薩や明王に化けて霊感者の前に現れるです。龍神から白狐まで揃っていました。ですからある程度の数がいないとその役割分担が出来ません。そうした【劇場型俺々詐欺】グループの霊も含めて、まさに群雄割拠なのです。
そこにあるのは、【勝てば官軍、負ければ賊軍】の習いです
力で勝てば「正神」と名乗り。負ければ「邪神」にされる
巷では、自分はお釈迦様の生まれ変わりだと称する方達が何人も現れます。自分がイエスの再来だと言われる方も何人も現れるです。オーム真理教の仮谷さん拉致事件が発覚した背景に、本家本物の釈迦争いがありました。同じ自分の前世は釈迦名乗りで敵対する教団信徒の動向を見張っていた対立派信徒の、まさにケガの功名からこの事件は判明しました。
だが、ほとんどの方はその教団を信じたい者はそう信じていればよいで、我れ関せずの立場だと思われます。そうした背景から、今の神霊世界がまったく統制が取れていないことを読み切っておられないなのです。
ですから、【国常立尊】の復帰があるとすれば、その前に【神界統一】が絶対条件としてのしかかって来るとなります。
国常立尊の復帰には、神界統一が必須条件
出口王仁三郎聖師と言う怪物に指揮された当時の大本教は飛ぶ鳥の勢いで拡大を続け、このままでは天皇家も危ういとなって、時の国家権力が大本教は邪神のキャンペーンを張って、治安警察をもって出口王仁三郎聖師や大本教信徒を囚獄に、神殿群をダイナマイトで吹き飛ばすなどの大弾圧を行いました(大本教事件)。
大本教は悪名高き治安維持法で裁かれましたが、裁判で無罪を勝ち取りますが壊滅状態となったのです。
金井南龍氏は、このことを神様革命(クーデタ)の失敗と述べられたのです。国常立尊様は元の創造神でありながら、国家皇室神道に敗退して元の創造神の地位には復帰できなかったからです。
すると、国常立尊など元の創造神と名乗っているだけで、さほどの神力が無い神であったのかとなります。
しかし、金井南龍師は大本教は【予告編】で、【本番】はこれからだと述べておられます。だが、もう出口王仁三郎聖師はこの世には存在しておられません。巷には自分が出口王仁三郎聖師の生まれ変わりだとか、全てを任された者だと発信されている方はありますが、根本的に何も理解されていない節があります。
確かに、大本教から出されたのは神界革命であり、神界クーデタの予告編とは言えるでしょう。敗軍と言えども元の創造神である国常立尊様が、伊勢神宮に鎮座されている御神霊に負けてしまう(国家神道による弾圧)など神界レベルで考えればあり得ないことなのです。これから先が「本番」だと考えても何の不思議でもないのです。
第××項 旧約聖書の神と大本教のウシトラ金神の類似
大本教からウシトラ金神国常立尊が世に出された時、当時の宗教学に関わる知識人や学者達はあることに気づきました。大本教で説くウシトラ金神と旧約聖書の神の性格が似通っていたからです。だが、大本教は同一神だとは説明しませんでした。
しかし、出口王仁三郎聖師は大本教からは男子と女子の予言者が出た。それは旧約聖書の予告の中の男子と女子の二人の予言者のことだとは言われたのです。出口なお開祖と出口王仁三郎聖師のことです。で、旧約聖書の予言は成就するです。
そして現在、大本教の演技の「イロハ48音」は、四八音(ヨハネ)の役割であったと語られるようになって来たのです。
ならば、ヨハネ(四八音)の後に【九制主】を語らなければなくなります。そこに大本教神諭予告【九つ花】があります。【九制主】です。「米」が語る「飯屋」の仕組です。そしてその中心は【救世主】の意味です。言霊の仕組には言霊で解かなければならないからです。
イロハの終わりは、ピンからキリで【ス】となります。キリとして【ス】を止めた。大本教出口王仁三郎聖師の【ス神】論は起こるべきをして起きたのです。しかし、イロハの四八音では【みろく(369)】花が成り立たないのです。五六億七千万をどこから導き出すのかが解らなくなるのです。
私は出口王仁三郎聖師の姿をした霊から【アラー】の神と示された時、【アイウエオ】で紐解くとは思いませんでした。ア門ラー。「ア」の言霊から「ラ」の言霊に行く「41」の道。すなちわ、【美濃尾張(みのおわり)】から高山への道。
私は日本神道の世界に首を突っ込んで、日本神道とは【旧約聖書】の世界かと思ったほどでした。私が子供の頃に臨んだ声は「旧約聖書の神」と名乗っておられました。そして調べて貰ったところ、私の本守護神は【ウシトラ金神国常立尊】様だと指摘されてきたわけです。
私はその旧約聖書の神と名乗る声から、【世の大立替は新しい地球に移行】であると聞かされたのですが、それは聖書の【ヨハネの黙示録】には記載されています。大本教の演技だけを見るのではなくて、聖書も見ておかないといけないのです。非常に大がかりな舞台構成になっているからです。
漢字の【弥勒】とは、【いよいよ始まる改革の力】となりますので、明らかに「神様革命」を指します。そして【弥勒菩薩は兜率天】とされますが、兜率天とは【兜で率いる】天軍ともなるのです。平和的解決ではなくて武力ももって、反国常立尊派の神々を一掃するとなります。その意味では神界【クーデタ】の予告となります。
しかしなが、【国常立尊】様とは自分が元の創造神の地位に戻る為に、そうした戦をされる様な神ではないのです。国常立尊様の追放劇の時、国常立尊様に従う天使達に出された命令は【敵を殺めるな】でした。話せば解るだったのです。
だが、反国常立尊派の天使達はそれをよいことに、戦うことを避けた国常立尊派の天使達を剣をもってことごとく抹殺したのです。それによって国常立尊様は自分の手足として働く天使達を失ってしまわれたのです。やむなく御引退となるのです。
この事柄を大本教は、反国常立尊派は「国常立尊」には自分の手足と成る部下の天使達がいない【ダルマ】の状態だと揶揄したとするのです。
だが、【ダルマ】とは真理のことでもあり、そのダルマの手足となる者が出て来れば、その「真理」は明らかになって来るのです。それを大本教神諭は「誠の者」のお世話でないと解けないと告げたのです。
誠の者とは、ダルマ(真理)の手足と成る者
国常立尊様は自分の命令によって、自分に忠実な部下達をむざむざ敵に殺されてしまわれたのです。その時の国常立尊様には【自衛権】の考えが存在しなかったのです。自分を殺そうと来る者に対しては【自衛権】を行使するです。反対派も言葉を尽くせば理解すると考えておられたのです。
話せば解る。汝の敵を愛せよ!。実に美しい言葉です
スピリチュアル等はそうした言葉に酔いしれるでしょう。だが、その結果は【問答無用】だったのです。
私個人の推察ですが、敵を殺すことを望まない【国常立尊】様には、敵を抹殺してまでその地位に戻る考えは存在しないでしょう。そこに、国常立尊派も反国常立尊派も共に生きる世界。別世界の創造です。
その存在が解らないように国常立尊様が隠しておられた新しい地球。二つの地球で、一つの地球は今の地球で反国常立尊派の神達が治める。新しい地球には国常立尊様を【唯一神】とする者達が出て行く神の大望なのです。
この「新地球」「もう一つの地球」に関しては、一部の霊能者の方達もその存在を告げておられますが、どなたも【詳細】はご存知ありません。それは、その新地球が三次元界ではなく高次元界に存在しており、今日まで誰も存在していない星である為に詳細が解らないなのです。
すると、その新地球に移行する者達は立替で未開の土地を開墾しなければならないのかとなりますと、早くから新地球に移行することが解っている魂は、国常立尊様が該当の魂は分割して新地球に行かせて、既に開墾開発に従事しているのです。但し、この世に残っている魂と既に新地球に移行している魂との情報は完全に遮断されている為に、この世に居る魂にはそれが解らない。つまり、自分の魂の半分は既に新地球に行っていても、この世に残っている肉体の自分にはそれが解らないなのです。
一部の霊能者の方達の話にはなりますが、もう正神界の神々は一部の大きな神社を残して本来の神霊は居られない。既に天に帰ってしまわれている。これまでの神社から出て来る神霊は元の神霊ではなくて、その神社の祭神に化けた邪神達との話があります。
ある時、私はあるビジョンを見ていました。それは私の【正守護神】が白馬に跨がり、数百匹の大型の白狐達が先兵となり、ある中型の神社を急襲して、先兵となっている大型の白狐達はその神社を守っているところの中小型の白狐達の喉笛に噛みついてそれらを倒し、その正守護神達の部下霊達がその神社に居る神霊や巫女霊を捕縛して、閉じ込められていたその神社の本来の御祭神達を救い出す光景でした。
それは邪神達に神社ぐるみ乗っ取られた本来の御祭神を救出して、天に帰っていただく作業の一端であったのかも知れません。私はその光景を見ていて、本来の御祭神が閉じ込められている神社は少なからずあると見受けました。
そこに来るのが、これまでの【外在神】ではなくて、自分自身の魂である【内在神】に切り替わりです。もしも、最後の審判と呼ばれるものが起きるとすれば、裁きの対象は【自分自身の魂】に対してであり、外在神が審判そのものに関わる出来事ではないからです。
私が子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声は次のようなことを告げられました。【この私だけを唯一の神と認める者達と、そうでない者達との永遠の別れが待っている】。その時には、二つの地球に言及がありませんでした。だが、別の時にこの旧約聖書の神を唯一の神と認める者は新しい地球に移るを告げられのです。
これを【蜂(8)】の巣別れと言います
今は日本神話でも解るように【七】代目の神代です。この七代目の神代時代が終わると、【永遠(∞)の別れである「八」の神代時代が来ます】。大本教神諭に、【時節には神も敵わんぞ】とありますが、7の世から8(∞)の世に代わる時節が巣別れの時節なのです。
そこに起きるのは、国常立尊派と反国常立尊派の永遠の別れと言えます。
国常立尊派は神様革命に失敗したので、元の創造神であってもこの地球から新天地に移られるなのです。
今の地球に残るのは、反国常立尊派の神達と言えます。
そうしたことは反国常立尊派の神々はよく理解されており、その時にはもう今の太陽は輝いていないということから、地球内部に地底王国を建設して、人造太陽を造る大計画を推し進めているなのです。
私はそうした話を霊達から聞いたのではないのです。霊達は「嘘」を平気で出します。私がそれらの話を聞いたのは霊能者である人間からです。そちらも途方も無い大計画大作戦とは言えます。
大本教の出口王仁三郎聖師を通じての【国常立尊】様の神様革命は失敗だったとは言えます。だが、その本番は大本教ではなくて、聖書の【ヨハネの黙示録】を重視しておかなければならないのです。大本教の霊界物語には、最終場面の記述がほとんどなされていないからです。
続く


にほんブログ村
この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。