第××項 そなたは【天の岩戸開け】の意味を解読しなさい
私が子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声が臨んでいました。その声は、【日本神話は私が創作させたものであり、天の岩戸開けなどの事実はどこにも存在していない。最後の審判の予告の為である。そなたは何故に私がそうした創作をしたのか、天の岩戸開けの意味を解読しなさい】と告げられました。
私にとって不可解だったのは、私が解読ではなく、その神が教えてくだされば済むことではないかです。それを解読しなさいとは?。
私にとって不思議だったのは、何故に日本人で仏教徒の私に旧約聖書の神と名乗る西洋の神の声が臨んだのかです。
私は神霊界修行に入った後、私の疑問は子供の頃に私に臨んでいた声は本当に旧約聖書の神なのかです。そこで調べたところ、豊受姫を始めとして7~8名の霊能者から告げられたのは、貴方の本守護神は【国常立尊】様です。
すると、旧約聖書の神と名乗っていたのは日本では「国常立尊」様なのか?。そこから私の疑問の紐解きは始まったと言えます。
最初の師匠は豊受姫の御代であり、その実力は当時の日本の霊能者の10本指に入るとされていた一流霊能者でした。この世界は無名の方が多いので、神霊からその名が出される方はテレビに出ておられる霊能者よりも優秀な方が多いとされます。
その師匠が、豊受姫様は【日本神話の天の岩戸開けの事実は存在しない】と言われていますと言います。私が旧約聖書の神と名乗る声から告げられたのと同じです。だとすれば、
日本神話は旧約聖書の神(国常立尊)と名乗る声の主の作為に基づく創作話となります。
誰が考えても、弟君の素戔嗚尊の乱暴で姉君の天照大御神が岩窟の中に隠れられたので太陽が消えて世の中が真っ暗闇になった。そこで、元祖ストリッパーとされる天宇受賣命(天鈿女命)が下半身を露出させて踊ったならば、周りの男神達が笑い声を上げるので、天照大御神が何事かと岩戸を少し開けられたところを天手力男神が力で岩戸開けられたので天照大御神が出て世の中は明るくなった。
こんな子供騙しの日本神話を信じている人達の方がおかしいと言えます。どこの世界に太陽が隠れる様な岩穴があるのかです。仮に太陽でなく精霊としての人の姿であっても、その人が岩戸に隠れたから太陽が消えるなどおかしいと言わなければ嘘です。
私が大本教神諭予告【九つ花】を紐解く前、私に加佐郡大江町(現在は福知山市大江)の元伊勢の内宮に参拝されたしと出て来ました。で、その日は休日だったので何事かと大江の元伊勢の内宮に車を走らせました。自宅から約40分ほどで行きます。
大本教の出口王仁三郎聖師も大江の元伊勢宮に参拝せよと命令を受けて、その道中に園部で逗留していたところ、既に出口王仁三郎聖師の魂が参拝して来たので、肉体のそなたは来ずともよいと言われたとする大江町の元伊勢宮です。
私が参道の山道を上がろうとすると、平安貴族の様な衣装を着た男性霊が立っています。霊能者をしていない私が霊を見るなどは希なことです。その平安貴族の様な男性霊は、自分は【麻呂子親王】と名乗りました。
後で調べたところ、麻呂子親王は用命天皇の第三皇子と言われていて六世紀頃に誕生された方です。聖徳太子の弟で、この元伊勢内宮にはその麻呂子親王が植えたとされる杉があり、この地方では七つものお寺を建立されています。与謝の鬼賊を平らげたとされていて、これが大江山の鬼退治の話につながったのかも知れません。大江町の元伊勢も与謝宮とされていて、宮津の与謝宮と両説が存在して来ます。
麻呂子親王霊と二人してとりとめのない話をしながら山道を上がって、本殿の前でその麻呂子親王と称する霊と別れて、本殿を拝したところ、誰も出て来られません。人を呼びつけておいて、誰も応対に出て来ないとは失礼な神達だと思いましたが、もしかするとここでなく「天の岩戸」神社の方で待っているのかとそちらに向かいました。
天の岩戸神社に行くと、そこに5~6名ほどの神霊達が正座されていて、行きなり私に質問をぶつけて来られます。【貴方には、ここの天の岩戸開けの仕組が解りますか】です。
この大江の元伊勢の天の岩戸神社は、大本教の出口なお開祖と出口王仁三郎聖師が神社境内の「お釜の水」を汲んで出雲大社まで運んだ神業の場所です。私は周りを見渡して、その場に秘められた霊的な意味を言いました。すると、並んだ神霊達はその通りだと言います。そして、ここの天の岩戸が開いたならば、人々がびっくりするだろうと言います。
だが、私は正座して並んでいる神霊達に【貴方達は本当の天の岩戸開けとは何かを知ってない。本当の天の岩戸開けとは、そんな小さな奇跡を人類に見せることでは無い。】と啖呵を切ったのです。
で、私はそれを知っているかとなると何も知らないなのです。だが、元伊勢を預かっている神霊達はその程度の神か!。そうした感情が私から飛び出したのです。
ただ、私は【天の岩戸開け】とは、日本神話に書かれているようなことではない。それは旧約聖書の神からそうした事実は無いと告げられたからではなく、日本神話の内容は事実と異なっていることは端から分かっている面があったのです。
伊勢神宮に行かれた方ならばご存知の方もあるでしょうが、志摩市磯部にも天の岩戸神社があります。有名な宮崎の高千穂にも天の岩戸神社があります。また信濃には【戸隠神社】もあります。私もそれらは参拝しましたが、どこも観光的にはいい場所です。霊的な冷気(霊気)があり、霊感者であればオーブの様な玉が写るもあるでしょう。しかし、太陽神が隠れたとするには無理筋なことぐらいは誰でも解ることです。
私が2番目の師匠の元に居た時、その師匠は言霊師だったので出口王仁三郎聖師の言霊顕彰をする会に講師を依頼されていました。ところが、その師匠は私に自分に代わって講師をしろと言うので、私が代わって講師をしました。
その時の講師は私と松原照子さんでした。松原照子さんはその当時、雑誌ム-等に予言者としてかなり取り上げられていた方です。後に松原照子さんは東日本大震災を的中させたと話題になった方です。松原照子さんはその当時はかなり有名な方だったのです。
私の講演は2番目の師匠の様に言霊を出すのではなくて、黒板に漢字を書いて日本の漢字に【神の意図が秘められている】の解説でした。今に思えば実に「幼稚」な内容だったと言えます。
会場から何の声も聞こえて来ない静けさで、私は一瞬どうしょうと冷や汗が噴き出していました。たが、講演が終わると会場は拍手の嵐で、大勢の方から【こんな教えは初めて聞いた】と握手を求められました。誰も漢字から神を導き出すなど聞いたこともないからです。
その中で二人の女性が私に向かって、【本当の天照大御神様は存在していないものとばかり思っていました。だが、貴方に本当の天照大御神様を見ました。貴方に抱きついていいでしょうか】と言われます。
私が何事ですかと聞くと、自分達は霊能者です。貴方の肉体の胸の中にトンネルの様な洞窟があり、その洞窟の中に本当の天照大御神様が居られるのが二人とも見えましたと言われるのです。そして男の神様ですと言われます。
それを聞かされた時、当時の私には何が何だかさっぱり解らないでした。後に私もその霊能者の方が言われた男の天照大御神を見ました。それは伊勢神宮の内宮に鎮座されている神とは完全に別物でした。
私は大本教神諭予告【九つ花】を紐解いて【ラ】神を導き出した時、エジプトで太陽神を【ラ】とした意味が解って来ました。太陽神を【ラ】にしておかないと、日本における言葉の神の仕組が成り立たないのです。
私達の魂の核は、天帝の直霊たる分魂でお釈迦様の悟りでもある【人に内在する良心・この世の閻魔】神の働きですが、それに霊的姿が存在しないのではないのです。厳霊の男神として、その姿は存在して来るのです。神社等に鎮座している外在神ではなくて、自己の【内在神】なのです。
大本教神諭【節分の炒り豆にも花が咲く】
そこに【鬼が云う」の【魂】論を展開していれば、【天の岩戸」の「太陽神」の意味がもっと早く理解出来たと言えます。
大本教神諭が予告した【九つ花】の形態は、私が最初の解読者ではありません。大本教に在籍し、出口なお開祖派で反出口王仁三郎聖師で対立し、大本教を飛び出した後に【神道天行居】の開祖と成った「友清歓真」師に、どこかの神が「九つ花」とはこうした形だと教えられて世に発表はされたのです。
しかし、そこに出て来たのは真柱神は【天之御中主】様のことであるで止まったのです。日本古神道の【直霊】という意味で言えばそこまでなのです。
それは友清歓真師は【誠】で紐解く方ではなく、それを友清歓真師に教えたどこかの神もその程度の解読力だったと言えます。また、それが真性「天照大御神」のことだとなると、当時の国家皇室神道に刃向かうのかと弾圧されたでしょう。
真性【天照大御神】とは、自己の良心神の姿
謎は、何故にそれを「岩戸」隠れにしたのか?、です
この答えは既に【日月神示】などに出ています。日月神示では岩戸開けを、【一(イ)八(ワ)十(ト)】開けとして発表しています。それだけではないのです。出口王仁三郎聖師は霊界物語の中で、【正神界一八十段、邪神界一八十段】と述べておられます。そして一八十の半円と一八十の半円となりますので天地を変えると「ぐれ ん返し」とも言われるわけです。
天の岩戸開けによって、各自の魂の核神(天帝の分魂)は正神界一八十か邪神界一八十のどこかの階級に定まるのです。それが最終輪廻転生の判定の最後となるので【最後の審判】
ですから、その日までは「一八十(イワト)」隠しとなります
私が子供の頃に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声は、【日本神話の天の岩戸開けの事実などはどこにもない。私が作為させたものだ】と言われた意味は、この【一八十(イワト)】の仕組に意味があるのです。
大本教神諭に天の岩戸が開いたならば、自分の内からの光で苦しまなければならない気の毒な御方も出る式の内容があったかと思います。それは自己の魂の中に本当の真性【天照大御神】が存在して来るからなのです。そこに自分の魂の裁きは自分の良心点が関わるのです。人の良心神は世を普く(あまねく)照らします。
天照とは「あまねく照らす」
各自の良心神たる光も「世をあまねく照らす」
日本で説かれた【天の岩戸開け】
国常立尊(旧約聖書の神)の大仕掛け
自己の魂の核に太陽神・天照大御神が存在して来るので
最後の審判は【火の審判】と呼ばれる
自分は自分の魂の中からの裁きの光に耐えられないとするならば、自分を守る為には防御の【戸】が必要です。
で、天の岩戸開けの神話が創作されたなのです。
邪神(反国常立尊派の神達)からすれば、まさかまさかの【天の岩戸】の仕掛けなのです。
ならず者(破落戸)になっていると、魂に防ぐ【戸】がない
私はならず者と書いて、どうして「破落戸」なのか意味が解りませんでしたが、意味はそこにあったなのです。
世に出ていて、各地の霊場に鎮まる神霊の段階では、
この仕組をされた神の大きさが解らない
続く


にほんブログ村
この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。